洞窟の怪老人たち

 ―――カツッ……カツッ……カツッ……。


 まるで石床の様な通路に、私達の歩く足音が響きます。

 砂を噛む音が殆ど聞こえないのは、やはりアイネさんの魔法で毎日掃除されているせいでしょうか?

 それに彼女が言った通り、洞窟の中には野獣や怪物は勿論、小動物すら姿を見せませんでした。

 これほどの洞窟なら、野生動物には格好の住処となる筈なのに、それを全く確認出来ないと言う事は、アイネさんの魔法で侵入が防がれている結果なんだろうな……。


 私達は、「魔女の試練の洞窟」の地下二階へと到達しました。

 深く入り組んでいると言う程ではないけれど、幾つかの分かれ道と小部屋からなる一階では、何度か行き止まりにあったりしました。

 でも、この地下二階はどうやら一本道の様で、真っ直ぐに奥へと続いています。

 徐々に高まる緊張感に、私達は自然と会話をしなくなり、無言のまましばらく突き進んでいきました。


「……あら……? ……あれ……」


 暫く歩くと、前方にぼんやりと明るい光が確認出来ました。

 グリンとシャルもそれを確認出来た様で、特にシャルからは決心にも似た雰囲気が漂ってきます。

 試練について、アイネさんからは「行ってみれば分かりますよ」としか言われてないし、どんな事が待ってるか分からないんじゃ仕方ないわよね。

 その光へと近付くにつれて、そこが部屋になっている事が判りました。

 どうやらこの一本道も、ここで終わっているようです。


 部屋の入り口で立ち止まった私達は、どうにも奇妙な雰囲気に声を出せず立ち竦んでいました。

 部屋全体が青白い光を発しているかの様に、仄かに明るい空間の中央に台座が据え置かれています。

 大理石の様に白い台座上には、アイネさんが言っていたガラス玉……魔導球が、そして台座を中心にして緑の光を発する円が記されています。


「……あれが……母様の言っていた魔導球ね……それにあれは……魔法陣かしら?」


 よく見ると、円の中には複雑怪奇な模様が記されていました。

 ……いえ、あれは文字……? 

 兎に角、初めて見るその円陣は「魔法陣」と呼ばれる物の様です。

 魔女に伝わる秘法か何かなのかな……?


「……わたくしはこれより『魔女の試練』を執り行う為に、あの魔法陣へと入り魔導球に触れてきます。何が起こるか分かりませんから、あなた達は少し離れて見ていて下さい」


 シャルが、台座と緑の円陣を指差してそう言いました。

 ここまで来れば私達に何か手伝う事など出来ないし、私はグリンと目配せをして彼女に頷き返しました。

 シャルは僅かに目を閉じて精神を集中し、次に目を見開いた時には一切の迷いが打ち消された瞳を湛えていました。

 普段の様子からは到底想像出来ない、引き締まった表情ね。

 シャルは一人進み出て、ユックリと魔法陣の中へと入っていきました。


「ちょっ……これ……何っ!?」


 彼女が円陣の中へ入り、魔導球へと触れたその瞬間! 

 円陣を作り出す緑色の光が一際強く輝きだし、私は思わずそう声を出してしまったのです!

 目を覆う強い光はすぐに収まりました。ユックリと目を開けてシャルの方へ向くと、彼女が立つ円陣の周囲に3つの白いもや


「グ……グリン……ッ! アレ……アレ……ッ!」


 白い靄は、良く見れば何か人の形をしていました。

 まるでシャルを襲おうとしているかの様に彼女を取り巻き、その周囲をユックリと周っています!

 私とグリンは咄嗟に剣を抜き放ちました! 

 何が何だか分からないけれど、目の前でシャルが襲われそうになっているなら助けないと!


「きゃっ!?」


 でも次の瞬間、その靄が指らしきものをクルリと回すと、持っていた私の剣が手から離れて床に叩き落とされました! 

 私の手には何の衝撃も無かったのに、まるで剣が自らの意志で私の手から離れた様な現象に、私は思わずグリンの方へと目を遣りました。

 彼の方も同じ現象が起こった様で、信じられないと言った目で私に返答してきました。


『……お主達はそこで静かに見ておるが良かろう……。これはこの娘の試練なのじゃからな……』


 唖然とする私達に、その白い靄はそう言葉を掛けてきました。

 よく見ればその靄は、どうも老人の姿をしている様です。

 それが三体、シャルの周辺に立ち、魔法陣の外から彼女をじっくりと観察しています。


『……しかし四百五十年ぶりの試練じゃと言うのに……なんじゃ、この魔法陣は……? これではこの娘に近付けぬではないか……』


『……この魔力には覚えがあるの……アイネの奴め、こんな仕掛けを施すとはな……』


『……これはあれじゃな……。前回の教訓から、我らを近付けさせぬ様にと言う彼女の嫌がらせじゃの……』


『……確かに前回は色々ちょーっとやり過ぎたかのー……。年寄りの楽しみじゃと言うのに……』


 最後に話した老人が、深々と溜息を吐いて俯きました。

 それに続いて他の二体も溜息を吐いて俯きます。

 その中心でシャルは、何が何だか分からないのか、怯えた表情で周囲にキョロキョロと首を巡らせています。

 白い靄に人の姿……。

 私はそれを書物で読んだことがありました。


「……ひょっとして……ゴースト……? それとも……レイス……?」


「メル、君はアレを知ってるのかい!?」


「……え……ええ……多分……」


 私の呟きに反応したグリンが問い質してきましたが、私にも確信の持てる事ではありませんでした。


 ―――幽霊ゴースト……または死霊レイス……。


 人の思念や魂、魔力等が具現化した、実態を持たない怪物モンスターです。

 レベルの高いラビリンスで、いくつか確認されていると言う記録を見た事があったのですが、実体を持たないその怪物達に通常の武器は通用せず、特殊なタレンドか魔法、もしくは特殊な効果を付与された武器でしか太刀打ち出来ない厄介な存在です。


『……これこれ、そこのお嬢ちゃん。人をお化け呼ばわりするなら、お主をジックリと観察しても良いのじゃよー?』


「……ヒィッ!」


 その老人がニタリと浮かべた笑みに、私の全身が総毛立ちました! 

 でもそれは恐怖では無く悪寒! 

 この老人霊にもし「観察」されたら、どんな辱めを受けるか分からないと言う直感が働いたのです! 

 私は思わず自分の体を抱いてその身を守りました!


『……おいおい、若者を揶揄からかって遊ぶんじゃあない。わし等の権限は試練を受けに来た者にしか効力を発揮しないのじゃからの』


『お嬢ちゃん、わし等は怪物の類じゃあないわい。わし等はここで魔女の試練を受けに来た者へと裁定を下す存在……。思念体と呼ばれる者じゃ、安心せい』


 そう語った老人霊は、もう私達に興味が無くなったのか再びシャルへと視線を戻しました。

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