魔女の試練

「……グリン……メルー……」


 老人霊が放つ好奇の視線に晒されて、魔法陣の中からシャルが涙目で訴えて来ました。

 でも私達にはどうする事も出来ません。

 私は目でシャルにこう伝えました。


 ―――頑張って……と。





『……ほうほう……この娘もまた随分と才能に恵まれておるのー……』


『……ふむふむ……しかしアイネの実子ではないのじゃな……』


『……ふひひ……あの娘は結局独身を通したのか……』


 まるでシャルからあらゆる情報を引き出している様に、彼女を舐め回す様に見ていた老人霊が口々にそう零します。

 それはそれで凄い事なんでしょうが、その視線に晒されているシャルにしてみれば、居心地が悪いなんてもんじゃないでしょう。


「……ヒッ……やっ……」


 直接触れられている訳でなくとも、流石に何かを感じ取ってるシャルは小さな悲鳴を上げていました。

 でも今、あの魔法陣から出ればもっと酷い事をされる……。

 何故だか私とグリン、そして恐らくシャルもそう確信していました。


『……ふむ……直接触れられぬのは何とも残念じゃが……シャルルマンテ=ウェネーフィカよ……早速試練を行うとするかの……』


「なっ……何故わたくしの名を知っているのですっ!?」


 シャルは驚いてそう問い返していますが、私とグリンは何となく受け入れて聞いていました。

 昨晩、アイネさんにされたと言う事もあり、この老人霊が彼女と同じ事をしてもそれ程驚く事は無かったのです。


『……お前さんの事はだいたい分かっておるのじゃ。これよりわし達にも分かり辛い、お主の内面について質問するでな。感じたままに答えるのじゃ』


 三体の中で比較的良識派な老人霊の言葉に、シャルは恐々と頷きました。


『……ではまず問いの一つ目じゃ。お主は今旅の途上にあり……』


「……えっ? 私は別に旅などしませんわ」


 老人霊の話の腰を、シャルは物の見事にへし折りました!

 流石はシャル! 

 老人霊に言われた通り感じたまま、思ったままを口に出してるわね。


『……そこは例えに決まっとろうがっ! イチイチ話の腰を折るでないわっ! ……老人だけにな』


 でも即座に返って来た老人霊の言葉に、如何なシャルも絶句してしまいました。

 老人霊はドヤ顔で満足気です。


「……え……と……ご、ごめんなさい……」


 返答に困ったシャルは、とりあえず謝ると言う選択をしたようです。


『ま……まぁ良いわい。では続けるぞ。……お主は今旅の途上にあり、魔女の森へと向かっておる。歩いて帰ればまだまだ時間も掛かるのじゃが、帰り着くまでには幾つも見た事のない街がある。じゃが魔法を使って飛んで帰れば、すぐにでもこの森へと帰って来る事が出来るじゃろう……。さて、お主はそのまま歩いて旅を続けるのか? それとも飛んで帰るのかの?』


 ……え……? 何、この質問……? 

 どっちを答えても間違ってない様な気がするんだけど……。


「そんな事、考えるまでもありませんわ! 当然飛んで帰ります!」


 シャルは然して考える事も無く、即座にそう答えました。

 確かに老人霊は感じたまま答えろと言っていたので、その返答は間違ってないんだろうけど……。


『……ふむ……。初めて訪れる街には興味ないのかの? 見た事のない物や食べ物があるかもしれぬのじゃが……』


「別に、そんな物に興味などありませんから」


 老人霊の問い返しに、シャルは即答で返しました。


『……相分かった……それでは問いの二つ目じゃ』


 今度は、その右隣に立つ老人が口を開きました。

 シャルの答えで、一体何が分かったんだろう……?


『……お主は食事を摂り満腹な状態じゃ。しかし、目の前にはおよそ一人前の料理が残っておる……。持って帰る事も出来ずに、このままでは残して帰らねばならぬじゃろう。その時、お主の前に腹を空かせた子供が十人現れた』


 これまた突飛な設定ね……。

 食事を摂っている所に子供が十人現れる状況って、かなり不自然なんだけど……。


『誰か一人だけならば、その食事を与えれば満足させる事は出来るじゃろう……。しかし、十人に分け与えれば一口程度しか与える事が出来ぬ。さて、お主は誰かを選んで一人の子供だけに与えるのか? それとも均等に分けて十人全員に与えるのかの?』


 設定は兎も角として、これもまた答えがあってない様な質問ね……。

 こんなの、本当にシャルの主観一つだわ。


「……え? 食べさせないとダメなのですか?」


 でもシャルは、その二択を飛び越えた質問を老人霊に返しました。


『……なんじゃ……? 飢えた子供を目の前にして、お主は食事を分け与えぬのか?』


「当然ですわ。何故私が見ず知らずの子供に、私の食事を与えなければならないのかしら?」


 少し驚いた様な老人霊に、シャルは胸を張ってそう答えました。


『……ホッホッホ……なる程なる程……相分かった』


 それでもその回答で問題なかったのか、老人霊は可笑しそうに頷きました。

 この質問って……必ずしも選択を取らなくても良いって事なのかしら……?


『……それでは最後の問いじゃ』


 更に、その右隣に立つ老人霊が口を開きました。


『……お主の目の前に、仲間が倒れておる。酷い怪我を負って、今にも死んでしまいそうじゃ。すぐにでも治療を行いたい所じゃが、すぐ近くまでその仲間を襲った一団が迫っておる。治療をしていてはその一団に取り囲まれ、さりとてその一団を相手にしておっては仲間が死んでしまう。……さて、お主は仲間の治療を優先するのか? それともその一団を先に殲滅するのかの?』


 ……間違いないわ……。

 この問いには明確な答えなんて無い様です。

 結局の処どちらを選んでも、その選んだ人の性格や経験から導き出される答えであり、正しい物なんて何一つない筈なのです。


「……え? そんなの、仲間を抱いて飛んで逃げるに決まっていますわ?」


 でもシャルは、またしても選択に無い答えを出しました。


『……ほうほう……飛んでその場から逃げると申すか……』


「当然ですわ。私は、母様から治癒の魔法も少しだけ授けられました。飛びながら治癒を施し、安全な場所で本格的に治療すれば良いだけですもの」


 その答えには私も言葉を失いました。

 それは、魔法を身近に感じていないと出てこない答えだったからです。

 今は魔法を使えないとは言え、流石はアイネさんの教えを受けた魔女と言う事なのでしょうね。


『……相分かったっ!』


 一際大きな声で老人霊がそう答えると、三体の老人霊はまるで霧のようにその場から消え失せました。

 何が起こったのかすぐに分からない私達は周囲の状況を伺いますが、老人霊が掻き消えたと言う事しか大きな変化がありませんでした。


『……シャルルマンテ=ウェネーフィカよっ! 汝の魔法力を如何程とするのか……今、裁定した』


 その時、この部屋全体から発せられている様な声が響きました。

 その声は先程の老人霊が発していた物と同じですが、その姿は何処にもありません。


『……汝の中にある潜在魔法力は目を見張るものがある……じゃが残念ながらそれを全て引き出す事は、今は出来ぬ。今後世界を見て、よりお主が成長した時にその都度解放して行く事とした。……目の前の台座を見るがよい……』


 その言葉に、私達全員の視線が台座の上に注がれました。

 そこには、いつの間にか置いてあった魔導球の代わりに、真珠色の小さな珠が付いた首飾りが置かれていました。

 シャルは導かれる様に、その首飾りを手に取りました。


『……その宝珠を常に身に付けておくと良い。その宝珠を通して、我らはお主の成長を見守り、必要に応じて能力を解放して行くとしよう……。これにて魔女の試練を終了とする』


 その言葉を最後に、この部屋を取り巻いていた不思議な雰囲気が掻き消えて、最初に訪れた時と同じ空気に変わりました。

 どうやら老人霊達はこの場所から居なくなった……と言う事なのでしょう。


「……これが……魔女の試練だったの……?」


 宝珠を握り締めて、シャルはそうポツリと独り言ちました。

 確かに「試練」と言う割には、ただ出て来た老人霊の質問に答えただけでどこか拍子抜けするのも仕方ありません。


「……兎に角、今はアイネさんの所へ戻ろう。詳しい内容は、きっと彼女が教えてくれるよ」


 グリンがそう提案して、私もそれに頷いて賛同しました。

 ここであれこれ想像するよりも、アイネさんならば間違いのない答えを話してくれると私も確信していたのです。


「……ええっ!」


 振り返ってそう頷いたシャルは、満面の笑みを浮かべていました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る