魔法の食材

 私達は、「魔女の試練の洞窟」から魔女の森で待つアイネさんの元へと帰ってきました。

 そして今は、シャルがアイネさんの目の前で跪き、彼女の額に手を翳しているアイネさんが言葉を発するまで固唾を飲んで待っている状態です。


 アイネさんは今、封印が解けたシャルの「魔法力」がどれ程かを判定している所です。

 試練の洞窟で出て来た老人霊達は、確かにシャルの「魔法力」を裁定したと言いました。

 そして、シャルが得た宝珠を通じて彼女の成長を確認し、その都度能力を解放して行くと言いました。

 でも、実際その力がどれ程解放されたのかは、流石に判別がつきません。

 実際に使ってみれば分かるのでしょうが、もしも大きすぎる力だったならば、その場が地獄と化す可能性もあるのです!


「……ふぅー……あのクソジジイ共……」


 えっ……!? 


 今、アイネさんらしからぬ声が聞こえた様だけど……聞き間違いかしら?


「あ……あらあらまぁまぁ……嫌だわ……わたくしったら……」


 目を点にして視線を送る私達に気付いたアイネさんは、途端に右手を赤らんだ頬に当てて照れだしました。


「……コホン……さあ、シャル……目をお開けなさい」


 一つ軽い咳払いをして、先程の事は無かった事にしたアイネさんが、シャルにいつもの優しい声音でそう告げました。


「……母様……」


 でも集中していたのか、目の前で跪いていたシャルには、先程アイネさんが発した言葉は聞こえなかった様です。

 私とグリンもその場の空気を察して、さっきの事は無かった事にしようとアイコンタクトで確認し合いました。

 シャルは目を開けると、ユックリと立ち上がったアイネさんが発する次の言葉を待っていました。


「……シャル、落ち着いて聞いてね? 貴女に使う事を許された『魔法力』は甲・乙・良・好・低・劣の六段階で下から二段、低までです」


 優しくシャルに告げるアイネさんですが、その表情にはどこか悲し気で、シャルを気遣っている様でした。

 それを敏感に感じ取ったシャルは、表情を強張らせてアイネさんが口にする次の言葉を待っていました。


「……『低』までですと、グリンさん達の世界で、「魔法士」と称されるタレンドを持つ者達が使う魔法程度の力しか発揮出来ません……」


 ―――……えっ!? それって駄目なの!?


 魔法を使う事の出来るタレンドを持つ、所謂「魔法士」達は今の世界でとても貴重な存在であり、彼等が使う魔法はどれもこれも強力だと聞いています。

 そんな彼等と同等の力を使えると言うなら、それで何の問題も無いと思うんだけど……?


「……母様……ごめんなさい……わたくしが至らないばかりに……」


 シャルはアイネさんの言葉を聞いて、涙ぐんで俯き震える声でそう言いました。


 ―――ええっ!? 泣くほどの事なのっ!?


 一体「魔女」の基準で、今いる「魔法士」ってどういう風に映ってるんだろう?


「……良いのよ、シャル。それにそんなに悲しまないで? あのク……お爺さん達は、貴女が成長すればそれに併せて能力を解放すると言ったのでしょう? 貴女はまだ若いわ……。これからどんどん成長して、早く立派な魔女になれる様に努力すれば良いだけなのだから」


 優しいアイネさんの言葉と微笑みに、シャルも漸く涙を拭いて笑みを浮かべました。

 何だか分からないけれど、期待と不安で一杯なのは私だけなのかしら? 

 そう思ってグリンを見れば、何だか感銘を受けているのか優しい眼差しで二人を見ていました。


 ……駄目だわ……危機感を持っているのはどうやら私だけみたいね……。


 シャルが魔法を使えるようになったのはとっても心強いけれど、それがドンドン強力になれば手に負えなくなるかもしれない……そうは考えないのかしら?

 小さく溜息を吐く私を余所に、話が終わったのかアイネさんが此方へ向き直りました。


「グリンさん、メルさん……。この娘はまだまだ未熟ですけれど、外の世界を経験すれば今後どんどん成長するはずです。それまでどうか、仲良くしてくださいね?」


 そして小さく頭を下げました。

 それに釣られて、私達もその場で頭を下げて了承しました。


「さぁ、シャル……貴女からも改めて挨拶なさい」


「ふ……ふん! 私があなた達に手を貸すのですから、何があっても大船に乗ったつもりで居なさい! 良かったわね、こんな優秀な魔女が同行するなんて、本当にあなた達は幸運なんですからね!」


 きっと照れてるんだろうけれど、そっぽを向きながら胸の下で腕を組みそう言い放つ彼女を見て、私は本当に成長するのか疑わしくなりました。

 アイネさんはそれを見て「あらあらまぁまぁ」と頬に手を合って微笑んでいます。

 そしてグリンは……。


「分かったよ、シャル。色々と頼る事になると思うけれど、どうかよろしく頼むよ」


 彼女の言葉をそのまま受け取り、真っ当な返答をしました。

 呆れる私とは裏腹に、シャルは更に顔を赤くしてそっぽを向いたままです。


「……ところでグリンさん……。お願いしていた『マッシュの苔』は手に入りましたか?」


 兎に角一段落ついた事で、アイネさんは話題を変えてグリンにそう話しかけました。


「ええ、アイネさん。苔はおっしゃっていた通り、間違いなく採集する事が出来ましたが……それでご相談があるのです」


 グリンはこの場で、苔を採取した時の事を話すつもりの様です。

 本来なら誰かに知られる事は避けるべき事なんだけど、今この場に居るのは四人でその内二人は魔女。

 俗世に興味のない彼女達ならば、知られても問題ないと彼も考えたのでしょう。


「……と言う訳で、この苔を手に取った時に新しい『レシピ』が思い浮かんだんです。ぜひそれを試したいんですが……良いでしょうか?」


 この場で彼のレシピを再現すれば、わざわざ毒味する事無くその効果を知る事が出来ます。

 それに、試練の洞窟までそう遠くないので、もし具合の悪い物が出来上がっても苔はすぐに取りに行く事が出来るのです。


「それは構わないけれど……。『マッシュの苔』以外の材料はこの場で揃うのかしら?」


 確かにそれが気掛かりでした。

 と言うのも、書き記していたグリンの言う材料は、どれも初めて聞いた物ばかりだったんです。

 それがどこで手に入るのか、簡単に手に入る様な物なのかさえ分からないのでした。


「……それが……僕達にも分からな材料が幾つかあるんです……。『マッシュの苔』は兎も角、『テヘランダケ』に『ベラドンナ』『リテナドール』と『安寧水』と呼ばれる物です。アイネさんはこれらをご存じないですか?」


 グリンが言い連ねた材料を聞いていたアイネさんが、その目を僅かに見開いて驚きを表していました。


「……ビックリしました……グリンさんの言った材料は、全てこの家にあります」


 今度はこちらがビックリする番でした。

 今までの例から考えれば、彼の言った材料の幾つかはアイネさんが知ってるとして、他はラビリンスで手に入れる物だとばかり考えていたのです。


「今、グリンさんの言った材料は、恐らく他の場所では手に入れる事が出来ないでしょう……。何故ならその材料は全て、『魔法植物』や『魔法調合』で作られる物ばかりだからです」


 ここでも初耳の言葉が出てきました。

 魔法の……植物……? 

 魔法の……何だろう? 

 でも、恐らくはアイネさんの魔法によって造られた物……と言う事なんでしょうね。


「アイネさん……その『魔法生物』や『魔法調合』と言うのは……?」


 グリンも同じ疑問を抱いたのでしょう、アイネさんにその説明を求めました。

 憶測で話を流しても問題ないんでしょうが、今後同じような材料が出た時にまた疑問に思わなければならない事を考えれば、今聞いておく方が良いのに間違いはありません。


「……『魔法植物』とは、到底かけ合わせる事の出来ない植物同士を魔法で掛け合わせ、出来た植物を更に栽培して再び掛け合わせる……この作業を長い年月をかけて繰り返した物です。栽培を続けるには、毎日一定量の『魔力』を注がなければならない、とても不安定な植物ですね。『魔法調合』も同様に魔法を用いて作り出した物ですが、こちらは液体や固体と言った有形物を作り出す技術です。どちらもあなた方が住む世界には存在しない物です」


 何だか難しい上にとんでもない時間の掛かる物みたいだけど、それよりも魔力を注がないといけない植物や合成物なんて初めて聞いたわ。

 そんな特殊な物なら、この場所以外で手に入らないと言う話も頷けます。


「……何だか危険な気配がしますね……。ここで新しく作られる薬の成分をハッキリさせておかないと、後々とんでもない事になりそうな気がします。すぐに用意しますので、暫くお待ちくださいね」


 アイネさんは、魔法生物や魔法調合物のみを使用する今回のレシピに危惧を感じた様です。

 今から用意すると言う事は、すぐ制作に取り掛かって欲しいと言う事でしょう。

 すっかり日も暮れて食事もまだなのですが、今はそんな事を言っている時ではありません。

 アイネさんの準備が済み次第、こちらもすぐ制作に取り掛かれるよう準備を開始しました。

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