新米冒険者達
「兎に角これは、当分公表しないようにした方が良いね」
重い足取りでラビリンスの上層へと向かう最中、グリンがそう切り出しました。
「エストーリャ」を使用した思いも依らない結果に、やや暗い雰囲気だった私達の気を紛らわせる為だったのでしょう。
「……そうね……。全ての魔法士がこの薬を簡単に使える様になったら、ちょっと危険な事になりそうだもんね……」
彼の意見に、私は賛成でした。
シャルの話が間違いないとして、最小の魔力でもあれだけの効果が出せるのだとしたら、市場に出回るような事は少し考えなければ……なのです。
「そ……そうですわね……。今回の事は、一旦母様に相談して決めた方が良いと思いますわ」
確かに、アイネさんに相談した方が良いと私も思いました。
場合によっては「マシュガノフ」の様に、禁薬指定とするのも仕方ないかもしれません。
強力な切り札としては申し分ないですが、誰にでも手に入れる事が出来る状況になれば高い確率で問題が起こる事でしょう。
それを考えれば、シャルの言う事も止む無し……なのです。
ただ幸いだったのが、今回使用した分で「エストーリャ」はストックが無くなったと言う事でした。
それに多く作ろうにも、材料には「針ヤマネコの銀髭」が必要で、それが簡単に手に入る代物ではないと言う事でした。
今の所グリンが作ろうと思わない限り、誰にも「エストーリャ」を手にする事は出来ないのです。
「……あら……? 前方に人の争う気配が……それに怪物の気配も感じます……」
その時シャルが立ち止まり、そう言って前方に意識を向けました。
私達にはまだ何も感じられませんが、特殊な感知能力を持つシャルがそう言うのならばまず間違いないでしょう。
ここで、人と怪物の気配が同じ様な場所からすると言う事は、恐らく他の冒険者が怪物と戦っているに違いありません。
「……多分問題ないと思うけど、万一の時に備えて慎重に近付こう」
グリンの提案に私とシャルも頷いて、緊張感を高めて歩き出しました。
ここはもう、このラビリンスの上層に当たる地下二階。
この「レベル4 ラビリンス」に挑もうと言う冒険者ならば、余程の事が無い限り苦戦する事は無い筈です。
「レベル1 ラビリンス」から順に攻略して行けば、既に3つもの迷宮に挑んでいる筈で、少なくない戦闘を経験してきていると思われます。
そんな冒険者達ならば、強くなった敵を前にしても大苦戦……全滅の憂き目にあう様な事は無い筈なのです。
倒せそうならば戦闘を継続するでしょうし、敵わないと見るならばすぐにでも撤退を考える事でしょう。
ここはこのラビリンスでも上層部分。
逃げるにしても、それ程困難な階層ではないのです。
暫く進むと明らかに戦闘を行っている怒号が聞こえ、それにつれて幾つかの人影も見えて来ました。
どうやら4人の冒険者が、上層でよく見る怪物「モールラビット」と戦っているようです。
モールラビットはモグラの体にウサギの様な耳を持ち、動きは愚鈍ですが高い体力と巨大な前足から繰り出される強力な攻撃が厄介な怪物です。
視力は殆ど無いと言われていますが、その代り異様に高い聴力を持っており、感知範囲内なら僅かな音でも反応すると言われています。
でもここまで来るような冒険者なら、やはり脅威とはならない筈ですが……。
「おいっ! そっちに回り込めっ!」
「硬いっ! こいつの体はすっごく硬いぞっ!」
「危ないっ! エルビンッ、一旦退いてっ!」
「うるさいっ! そんな事出来るかっ!」
どうやら、苦戦している様でした。
モールラビットは聴力が高いので、確かに逃げるには厄介な怪物です。
しかも地上では動きも愚鈍ですが、土中を進むスピードは驚くべきものだとの報告もあり、倒しきらなければ安全を確保する事も難しいでしょう。
それでも全く逃げる方法がない訳では無く、初心者でもない限りはその方法も心得ていて然り……なんですけどね。
「……グリン、どうする?」
「……うーん……」
私は、前方の戦闘を窺っているグリンにそう声を掛けました。
迂闊に手を出したら、逆に怒られるケースと言う事もあるのです。
何か新しい取り組みや戦法、それこそ“
その場合は勝手が違うので、如何に熟達した冒険者達でも格下の怪物に手こずる事も考えられます。
傍から見て危険であると思えても、手出しは無用……と言う事なのです。
「キャーッ!」
「ティアッ!? ティアッ!」
だけど、そんな事も言ってられない様です。
パーティ内で唯一らしい女の子が、モールラビットの攻撃を受けて吹き飛ばされました。
「……っ!? メルっ!」
「わかったっ!」
グリンもそれを見て、非常事態だと思ったのでしょう。
彼がそう叫ぶと同時に、私はその場を抜剣して飛び出しました。
完全に注意が逸れているモールラビットの背後に一瞬で詰め寄り、その勢いの儘に背中へと剣を突き刺しました!
「グバッ!」
モールラビットが、その小さな口から大量の血を吐きだしその場に倒れ込みました。
私の剣は運よく怪物の急所を突き刺した様で、一撃で怪物を絶命に至らしめたのでした!
「……ふぅー……」
「メルッ! ご苦労様っ!」
「あら……中々やるじゃない」
一息ついた私の元へと、グリン達が歩み寄って合流しました。
私は彼等に笑顔で答えて、立ち尽くしている冒険者達の方へと向き直りました。
「あなた達、大丈夫だった?」
「あ……ありがとう……」
「……よっ……余計な事をするなっ!」
私が掛けた言葉に、吹き飛ばされ尻餅をついていた女の子はお礼を言おうとしましたが、その言葉を遮る様に男の子がそう抗議してきました。
ざっと見ると4人の冒険者は皆若く、年齢で言えば14、15歳でしょうか?
そんな年齢では大した経験なんて積んでいないと簡単に想像が出来、さっきの状況も間違いなく苦戦していたと考えられました。
他の3人は安堵と感謝の表情が伺えましたが、1人の男の子がそう啖呵を切った事により、途端に居心地の悪い表情となりました。
私も、何故この子がそんな風に食って掛かって来るのか理解出来ません。
「……あんた、あのままだとそこの子が危険だったのよ? 分かってるの?」
「う……うるさいっ! あんなのピンチでも何でもないっ!」
「やめなよ……エルビン……」
私の言葉に、更に食って掛かって来るエルビンと呼ばれた少年を、他の3人が必死で宥めています。
私もどう対処して良いのか分からなくなり、思わずグリンの方へと視線を遣りました。
「……やあ、ゴメンよ? ついうっかり加勢してしまったみたいだね。迷惑をかけてしまった様だし、僕達は早々に失礼するよ」
グリンは、いきり立っている少年にそう謝罪してニッコリ微笑みました。
年上の、しかも助けられた冒険者一行から下手に出られて、少年も怒りのやり場を失った様です。
そもそも逆切れする事自体間違いで彼が思考的に幼い事を指しているのですが、グリンはそんな事を指摘する事も無く柔らかい笑みで対処したのでした。
「……じゃあ、行こうか? メル、シャル」
グリンは、私達にもやんわりとした笑顔を向けてそう言いました。
その笑顔でそう言われたら、私にそれ以上いう事などありません。
それは、シャルの方も同じ様でした。
「あ、そうだ。僕達はもう帰る所なんだけど、これは使わなかったから君達に上げるよ。何かの役に立つかもしれないし、良ければ貰ってくれないかな?」
グリンはそう言って、その少年に「ドライミート」を手渡しました。
市場で買えばまだまだ高価なドライミートを貰って、少年は驚きの表情でグリンを見ています。
グリンもその顔に笑顔で答えて、彼等の前から立ち去りました。
立ち去る私達の背中に、少女だけは深々と頭を下げていました。
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