驚愕の効能

 ―――フシュルルル……。


 私達は中層での検証を諦めて、下層である地下五階に到達しました。


 本当はこんなラビリンスの奥まで来る予定じゃなかったんだけど、中層の地下三階での騒ぎを聞きつけた他の冒険者がやって来たみたいで、仕方なくここまで移動したのです。

 それは今、他の誰かにシャルの魔法力を見られる訳にはいかないと判断しての行動でした。


 シャルの魔法力を見られ、それが親衛軍の耳にでも入れば、すぐにでも彼女は王都へと招聘しょうへいされるでしょう。

 それに、これから検証する「エストーリャ」の効力も、今はまだ誰かに知られる訳にはいきません。

 比較的人の訪れる可能性が高い中層は避けて、ここにやって来たのでした。

 そして私達の目の前には、巨大な二首の大蛇を思わせる怪物「ヘビトカゲ」が立ちはだかっていました。


 ―――フシュルルルル……。


 チロチロと赤い舌を出し、二つの鎌首と二股に分かれた尻尾を威嚇する様に振りながら、ヘビトカゲは私達との間合いを徐々に詰めようとにじり寄ってきます。


「シャルッ! 今度はちゃんと手加減しなさいよねっ! あんたの魔法で真っ黒焦げなんて、まっぴら御免なんだからっ!」


 後方で待機しているシャルに、私は怪物から目を逸らさずにそう叫びました。


「心配は無用ですわっ! 今度はわたくしの魔法で、華麗に仕留めて見せるのですからっ!」


 一体何処からその自信が湧いて来るのか分からないけれど、兎も角彼女には自分の魔法を制御して使える様になって貰わないと話になりません。


「……グリンッ!」


「分かってるっ! 出来るようなら『エストーリャ』も使ってもらうよっ!」


 この下層に長く留まって戦う事は、余り良策とは言えません。

 今回はそれ程長く滞在する予定では無かったのも勿論ですが、今の私達は戦力不足が否めないからです。


 怪物モンスター単体だけを相手にするなら、今の私でも一人で相手にして倒す事も出来ます。

 でも、ここでの戦いはいつでも一対一の戦闘とは言えず、それも一戦で終了とはいかないのです。

 長く滞在するなら、確りと準備をしたパーティを組む必要があります。

 だから出来れば、この戦闘でシャルには能力をしっかり把握して貰い、同時に「エストーリャ」の効能も知れればと考えているのです。


「ジャアァァッ!」


「ふっ!」


 驚くべきスピードで飛び掛かって来たヘビトカゲの攻撃を、「神懸り」を発動させた私は何とか見切って横に跳んで躱しました! 

 やはり今の私が「神懸り」を完璧に制御するには、足りない物がまだまだ多い様です!


「タレンド」にはまだまだ未知の部分が多いのですが、僅かに知られている事がタレンドの「理解力」です。

 より深く自分の「タレンド」を理解する事で、自身の力を更に底上げする事が出来ると言われているのです。

 タレンドの特性、必要な筋力、様々な情報を確りと把握して、それに見合った筋力や瞬発力、戦い方を突き詰めて行けば、より強力にタレンドを使いこなせる事が出来る……と言われていますが、自分をレベルアップさせるなんてそう簡単な事ではありません。

 ですがそれを、短時間だけ可能にする事が出来るアイテムがあります!

 それがグリンの作りだした「食事」なのです!

 今“公表されている物”は二つ。

 筋力、攻撃力を底上げできる「ドライビーフ」。そして……。


「グリンッ!」


 私はグリンに、の使用許可を確認しました。

 グリンは大きく頷いて、私に了承の意を示してくれました。


「シャルッ、準備してっ! 私が奴の動きを止めるから、タイミングを見てその『エストーリャ』を使うのっ! 良いわねっ!」


 そして後方で待機しているシャルにそう叫び、ポケットから紙にくるまれた小さな塊を取り出しました。

 紙の中には淡い碧色をした飴玉が一つ。

 でもそれこそが、この場での切り札となる「食事」だったのです!


 ―――この飴の名は「迅速飴」。すでに公表されている、グリンが作り出した特別な飴です。


 その効能は、食した者の俊敏性を引き上げる効果があります。

 今、ヘビトカゲと私の動きは拮抗しており、私がヘビトカゲを抑え込むにはどうにも力不足です。

 でもこの飴で素早さを底上げすれば、速さでヘビトカゲの動きを抑え込む事も不可能じゃないんです。


 ―――カロン……。


 私はその飴を口に含みました。

 食した瞬間は僅かに塩辛さが舌先を刺激します……。

 でもその後に来る、得も言われぬ甘さが何とも言えません!

 口の中で溶け出す飴は、まるで舌に絡みつく様にしてその甘さを私の脳裏へと伝えてきます! 

 でもこの飴はそれで終わりではありません!

 シュワシュワと泡を発して、不思議な感覚を口中に与えてきます。

 その刺激と甘さが、何とも癖になる不思議な飴なのです!


「おっっっいっし―――っ!」


 私は怪物を前にして、思わず頬に手を当ててそう叫んでしまいました! 

 戦闘を忘れさせる美味しさ! 

 これはこれで問題かもしれないわね!


「ジュアァァッ!」


 その隙を見逃さずに、ヘビトカゲが私へと攻撃してきました! 

 だけど「迅速飴」の恩恵を受けている今の私には、ヘビトカゲの攻撃を確りと見極める事が出来ます!

 飛び掛かるヘビトカゲの二つの頭、その攻撃限界距離を把握して、ヘビトカゲの脇を擦り抜ける間際に斬りつけました!


「ジャワァァッ!」


 本体との距離があり切込みが僅かに浅かったものの、手傷を負わせる事に成功しました! 

 着地したヘビトカゲはそのまま跳躍して、通路の天井にその強力な四肢でへばりつきました!


「ヘビトカゲ」と言う名前の通り、この怪物はヘビの頭と胴体、尻尾を持ちながら手足をも持っています。

 ハッキリ言って意味があるのか疑問でしたが、こういった使い方をするとなると納得がいきました。

 逆さになったヘビトカゲと私は奇妙な対峙をします! 

 でもそれはそう長い時間ではありませんでした! 


「シャアァァッ!」


 天井部に張り付いていたヘビトカゲは、天井を地面と見立てたかのように蹴って此方へと跳躍しました! 

 まるで私を一呑みにでもするかの様に、二つの口を大きく開き迫って来ます!

 その攻撃を確りと視て、タイミングを併せて僅かに前へと踏み出した私は、一つの口を剣で、もう一方を盾で防いでその突進を正面から受け止めました!


「くうっ!」


 でも強い力に突進力が加わり、私の踏ん張りも押し返されます! 

「迅速飴」の恩恵を受けた「神懸り」を使用して前進力に力を与えていなければ、私は敢無あえなく吹き飛ばされていた事でしょう! 


「あっっっま―――いっ!」


 このタイミングを見計らって、シャルの叫び声が聞こえました。

 間違いなく「エストーリャ」を服用した声に違いありません! 

 動きを止めた今が、ヘビトカゲに向けて魔法を放つチャンスなのです!


雷神の御霊にグロム・ドゥシャー申し上げる・エルピダ……そのお力を以てシィーラ我が敵を切り裂く・イニミークス剣となれ・イスパーダ……」


 視界の端にさっき見た魔法の光が映り込みました。

 問題はちゃんと制御出来るかと言う処なのですが……。

 シャルが突き出した右掌に、球状となった青白い魔力が凝縮され、今にも溢れて飛び出して行きそうです! 

 ちょっとー……頼むわよー……。


殲滅せよアッグレシオーっ! 雷神剣デアトニトゥルス・ラミナっ!」


 彼女が魔法を完結させると同時に、細い光線が認識を超える速さで放たれました! 

 それは目で追う処か、何が起こったのかすぐには把握出来ない速さです!

 突然、私が押さえ込んでいたヘビトカゲの圧力が無くなりました。

 呆然とする私の眼前で、ヘビトカゲはユックリと地面に倒れ込んでしまったのです!


 注意してその姿を確認すると……。


 じわりとヘビトカゲの体に赤い線が引かれて行き、やがて胴体と二本の首が完全に切り離されてしまったのです!


「ちょ……ちょっと……これ……って……」


 私は横たわるヘビトカゲの亡骸を見てゾッとしました。

 ほんの一瞬で、シャルの魔法はヘビトカゲの体をいとも簡単に切断してしまったのです。

 もしそれが私の体に触れていれば、痛みを感じる事も無く手足が落ち絶命していたかもしれないのです。

 少し離れたシャルとグリンも、唖然としてその光景を見て声も出せない様です。


「シャ……シャルッ! 加減してって言ったじゃないっ!」


 私は、即座に彼女へと詰め寄り猛抗議しました!


「わ……わたくしも今回は魔力を最小に抑えたのです……それにあの魔法は、本来あの様な形状では……まさか……こんな……」


 私に言い寄られたシャルも、涙目になって首を振っていました。

 自分でも想像出来なかった程、この結果は驚異的な事だったのでしょう。

 これは使い方を誤れば、とんでもない事になり兼ねない薬です。


「と……兎に角、回収出来る物は回収して、すぐにここから立ち去ろう……もう今日は検証どころの気分じゃないからね……」


 腰からナイフを引き抜きながら、グリンがそう提案しました。

 私とシャルもその提案に賛同し、無言のまま頷いてグリンの作業を手伝いだしました。


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