シャルの魔法
シャルが私のロングタオルを胸に巻いて、漸く行動再開が可能になりました。
それでも下着が丸見えなので隊列は私が先頭、真ん中にグリンが、最後尾をシャルにしてラビリンスを進みます。
「でもシャル、折角『魔女の森』から持ってきたマントとローブだったのに、穴だらけになっちゃって台無しね?」
あの不思議な布地で作られた、美しい光沢を放つマントとローブを思って私は最後尾のシャルにそう声を掛けました。
「……心配は無用です。あの布地は母様特製の『魔法糸』で作られた物。時間が経てば何もしなくとも修繕される優れ物なのですから」
「それは凄いね! そんな布地、見た事も聞いた事も無いよ!」
シャルの返答に、グリンが後ろを振り返る事無く驚きの声を上げました。
魔力を攻撃に使う事が出来る様になるタレンドを持った「魔法士」と、アイネさん達の様な「魔女」とは根本的な事が違うみたいです。
その時。
「……待って……前方から何かがやって来ます……」
シャルが何かに感じたのかそう呟きました。
でも、私やグリンにはまだ何も見えないし感じられません。
これも魔女が持つ能力なのでしょう、シャルは生物の気配を敏感に察知する事が出来るようです。
思えばアイネさんも、「オーディロンの森」へ踏み入れた私達の事を遥か遠くから気付いていたようだし、シャルにその能力があっても不思議じゃないわね。
上層でも、その能力で怪物の存在を事前に察知出来ていた事もあり、私達は彼女の言葉に疑いを持つ事も無く、ユックリと武器を構えて戦闘に備えました。
「……メル……グリン……。私から攻撃してもいいかしら?」
そんな私達の背後から、シャルがそう提案してきました。
確かに、どんな怪物か確認してからじゃ、またシャルが大騒ぎを起こすかもしれません。
本当は、怪物の種類や性質なんかを確認してからの方が良いんだけど……ここはその方が良いかもしれません。
「……そうね……シャル、お願い」
私はグリンと目配せをして確認し、彼女にそう答えました。
ここは兎も角、彼女の攻撃力を確認する事を優先したのです。
緊張の度合いを高めて真剣な表情になったシャルが頷き、私達の前に進み出ました。
彼女にとっても、怪物を倒す為に魔法を行使するのは初めての事なのです。
もし、彼女の魔法が怪物に通用しなかったり、思った様なダメージを与えられなかった時の事を考えて、私とグリンは彼女の後ろについて何時でも飛び出せる態勢を取りました。
魔法が唯一の攻撃手段である彼女には、怪物を直接攻撃したり防御をする手段が乏し過ぎるからです。
「……
シャルが今までに聞いた事のない、不思議な旋律の言葉を呟きだしました。
それと同時に、彼女の身体から淡い光が発せられます。
でも……この綺麗な光……。
彼女から発せられる光は、どこか暖かく美しいと感じられたのです。
それはグリンも同じ様で、魔力を高めている彼女の背中を見つめています。
「
まだ怪物の姿は確認出来ないけれど、何かを感じ取っているシャルにはその位置が把握出来ているのでしょう。
詠唱を完結させた彼女は、魔法を発動させました。
シャルが突き出した掌に凝縮された光……魔力が、その姿を炎の球体へと変えて前方へと発射されました。
弓矢ほどの速さで飛翔する炎球が通路の前方、僅かに左へと折れた場所に着弾しようとしたその時!
「ギャギャウッ!」
丁度飛び出して来た怪物が、その直撃を受けて断末魔の声を上げました!
しかもその炎は、後続の数匹を巻き込んだようです!
「キャアッ!」
「あつつっ!」
でもその余波は、離れた場所で陣取っていた私達にまで達しました!
思わず私とグリンは、手に持っていた盾でその熱波を防ぎます!
炎熱の風が去って恐々前方を確認すれば、未だ燻る炎に照らされて黒い塊が数体横たわっていました。
恐らくシャルの一撃で、私達の前に現れる事も出来ず全滅させられた様です。
……恐るべき攻撃力と効果範囲と言えました。
「ちょっとシャルッ、熱いじゃないっ! もうちょっと加減出来なかったのっ!?」
……今考えれば……。
もし彼女の提案を呑まずに、通常通り私が前衛に出て盾役を買っていたら、今頃私はあの横たわる黒い塊の一つだったかもしれません……。
「何ですか!? 仕方が無いでしょう!? 初めて使うのですから、簡単に制御など出来ませんわ!」
でも、シャルにとってそんな事はどこ吹く風、悪びれた様子も無くそう言い返して来ました。
それどころか、初めて魔法を使った事に興奮してるのか、どこか嬉しそうにも見えます。
横たわる黒焦げの塊は恐らく「ソードウルフ」。
大型の四足歩行獣で鋭い牙と爪、そしてその名前の由来である剣の形をした尻尾が驚異の怪物です。
でも本当に恐ろしいのはその習性で、ソードウルフは群れで襲ってきます。
ラビリンスで怪物の波状攻撃を受けては、生半可な冒険者なら只では済まない所なのですが……今は見る影もありません。
「ふふーん……我ながら中々の威力だった様ですわ。私の魔法ならば、こんなラビリンスでは敵無しだと言う事が証明されましたわね!」
目の前に転がっている結果に、シャルは大層ご満悦でした。
「……危険だわ……」
「……そうだね……ちょっと考えないとダメだね……」
でも私はそう呟き、グリンもその言葉に同意を示してくれました。
よく見たら彼の顔は少し蒼ざめています。
「ちょっ……何故っ!? 何故ですのっ!? これほどの攻撃力を示したと言うのに、余りにも不可解ですわっ!」
だけど私達の決定に、シャルは大いに不満だった様です。
もっとも、ちょっと考えればそんな事分かり切った事なんだけどね。
「あんた、戦闘中に
直撃は勿論、距離を取っていてもかなりの熱波が襲ってくるのです。
近距離ならその炎に晒されただけで命に関わるのです!
私の言葉に流石のシャルも反論出来ないのか、唇を尖らせて俯きました。
「……あれ? ところであんた、あんな熱風を受けて何ともないの?」
シャルが魔法を使った時、私とグリンは盾でその余波を防ぎましたが、何も持っていなかった彼女はモロに受けていた筈です。
「はぁ!? 魔女が自分の使った魔法に襲われるなんて間抜けな事、する筈も無いでしょう? 攻撃用の魔法には先に防御障壁を展開する呪文が組み込まれているのです。展開されたその防御障壁で、私の身体は自らの魔法で傷つく事など無いのです」
得意満面の彼女を見て、私は大きく溜息をついて脱力してしまいました。
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