過分な力
彼等は私の姿を見止めると、笑顔を浮かべてこちらへ小走りに寄って来ました。
「き……一昨日は危ない所を有難う御座いました」
そう言ってぺこりと頭を下げたのは、青みがかった銀髪を持つ可愛らしい女の子。
一目見る限りでは大人しく、ラビリンスに挑戦する様な性格には見えません。
もっとも「タレンド」が発現してしまえばその資質は兎も角として、軍に所属するか冒険者になる事が基本的には義務付けられてるんですけどね。
「ふんっ! ……別にお前に助けて貰わなくてもあんな怪物、俺達だけで何とか出来たんだっ!」
「……なーに? ……あんた……わざわざここまで来て喧嘩を売りに来たのかなー……?」
「……ヒッ!」
わざわざ目の前まで来て憎まれ口をたたく少年に、流石の私もカチンと頭に来ました。
必死で感情を抑えてるんですけど、今私がどんな表情をしているのかは、ドン引きしたシャルを見れば想像出来るわね。
「ちょっとっ、エルビンッ! 違うでしょっ!? ちゃんとお礼を言わないとっ!」
そんな少年の横柄な態度を見て、少女が即座に
どうにもこの少女の方が、精神的には遥かに大人な様です。
「ちぇっ……。あ……あの時はちょっとだけ助かったよ……。あ……ありがとう……ございました……」
まるで姉に怒られた弟の様に、少女に促されて少年は感謝の言葉を口にしました。
思春期の少年なんてグリンしか見た事が無かったけど、彼はずーっとあんな性格だし、本当はこれ位生意気なのかもしれません。
そう考えたら、少し微笑ましくなりました。
「申し遅れました。私はティア=セルブレート、彼はエルビン=スチュアートと申します。つい先日冒険者としての許可を得たばかりの駆け出しですが、どうぞよろしくお願いします」
私の雰囲気が少し柔らかくなったのを感じ取ったのか、ティアと名乗った少女が自己紹介を済ませました。
もっともエルビンと紹介された少年は、相変わらず大きな態度のままですけどね。
「宜しくね、ティアちゃん。私はメリファー=チェキス、メルで良いわ」
「私はシャルルマンテ=ウェネーフィカ。特別にシャルと呼ぶ事を許可しますわ」
私の自己紹介に次いで、エルビンに負けず劣らず態度の大きいシャルがそう言いました。
「メルさんに……シャルさんですね? こちらこそよろしくお願いします!」
「……態度のでけー女……」
「何ですってーっ!」
折角納まりかけた雰囲気を、エルビンの一言が台無しにしました。
私もティアも、それぞれシャルとエルビンを宥めて仲裁に入ります。
こんな事をしていては、一向に話が前へと進みません。
「メルー、シャルー、どうしたの? 食事が冷めちゃうよ?」
その時、厨房からグリンが顔を出しました。
さっき声を掛けられてから結構な時間が経過してるし、これだけ店内で騒がしくしていれば不審に思うのも当たり前ね。
「……っ!」
彼を見たエルビンが、途端に駆け出しカウンターの中へと入りました。
「ラ……ラビリンスではありがとうございましたっ! 俺……あんたの『食事』に感動しましたっ!」
「……え……?」
突然見ず知らずの少年に詰め寄られて、グリンは目を点にしてフリーズしてしまいました。
それにしても何? この対応の差は……?
「ごちそう様―っ! すっげー美味かったっ!」
「ごちそう様でした! 本当にこんな美味しい食事は初めてです!」
結局、折角だからと言う事で、エルビンとティアも交えて昼食を取りました。
私としては、何故彼等がここに来たのか疑問で仕方なかったのですが、昼時も大きく回ってお腹も減っていたし、それに彼等がグリンの料理を絶賛する姿は見ていて嬉しかったので、一先ず不問にしました。
グリンも自分の料理を絶賛して貰いとっても喜んでいて、その場で無粋な話が出来る雰囲気ではなかったのです。
「ところで、君達は何であのラビリンスに居たの?」
グリンが全員に食後のコーヒーを出し終えて、改まってそう切り出しました。
彼も今までは言いませんでしたが、彼等の事情は気になっていた様です。
「君達、聞いた限りじゃまだ経験も多くないよね? あのラビリンスは君達が挑戦するには、どう考えても力不足だと思うんだけど?」
いつになくグリンの言葉は厳しいものですが、でもその理由を私は理解出来ます。
ラビリンスに出現する怪物は、例えタレンドを持った冒険者であっても油断をすれば命を落とす程の強さを持っているのです。
……そう……彼の両親の様に……。
「そ……それだよっ! その経験不足も、あんたの『食事』があれば克服出来るんだよっ!」
でもエルビンはその問いに答えず、自分の要望を話し始めました。
「あの後、あんたに貰った食事を摂ったら、あれだけ苦戦した『モールラビット』にも何とか勝てたんだよっ! あんたの食事をもっと貰えれば、俺達は簡単に強くなれるんだっ! なぁ、頼むよっ! もう少しあの食事を分けてくれないかっ!?」
……なる程、エルビンは完全に勘違いをしてここにやって来たんですね。
でもそれは、グリンの首を縦に振らせる言葉じゃないと言う事に気付いていません。
「……『ドライビーフ』は、もうすでに色んな場所で売られている筈だよ? 別に僕の所へ来なくても、余所で買えば良かったんじゃないか?」
少し声のトーンが落ち、明らかに気分を害しているグリンがそう答えました。
エルビンの隣に座るティアはそれに気付いた様で、頻りに彼の裾を引っ張ってるけど、興奮気味のエルビンはそれに取り合いません。
「あんたのじゃないとダメなんだっ! 勿論、余所でも買えるし安くはないけど、何よりも効果が段違いだったんだよっ! あんたのは特別製だって言う噂もあるし、何よりあんたの作った物は何処にも売ってないだろっ!? だから頼むよっ! あんたの食事を俺に売ってくれよっ!」
確かに、グリンの作る「ドライビーフ」や「迅速飴」の効果は、一般に出回っている物よりも効果が高いのです。
それは「発明者」に依る処なのか、タレンドを二つ持つ「特異者」に依るものなのかは分かりません。
「……駄目だ……」
熱を帯びたエルビンの言葉に、それと反する声音でグリンは答えました。
ですがその返答は当然と言えば当然です。
「何でだよっ!? ひょっとして金を持ってないって思ってるのかっ!? でもそれなら少しは……」
「……ちょっと……もう止めなよ……」
それでも尚食い下がるエルビンに、ティアが顔を青くして引き止めます。
「お金の問題じゃないよ。君の資質の問題だよ、エルビン」
更に低くなった声でグリンがそれに答えました。
雰囲気もいつもの彼から発せられるものでは無く、どこか怒気も含まれています。
そんな彼を前にして言葉を失うエルビンに、グリンの言葉が畳み掛けました。
「君は食事の効果で強くなるんじゃなくて、自分の力を鍛えて底上げを考えるべきだ。ハッキリ言って今の君に『レベル4 ラビリンス』なんて荷が重い場所だし、本当ならあの時全滅していてもおかしくなかったんだよ?」
それは一切の気遣い等無く、ただ単純に事実だけを語った言葉でした。
「だ……だからあんたの食事が必要だって……っ!」
「いくら頼んでもダメだっ!」
それでも食い下がろうとするエルビンに、グリンは彼には到底似合わない怒声でエルビンの言葉を遮りそう告げました。
そこには、自身の能力を錯覚しては取り返しのつかない事になると言う注意と、食事の効力を過信する事による危惧が込められていました。
「な……何だよっ! こっちが下手に出れば言いたい放題言いやがって! そんなに出し惜しみするならもう頼まないよっ!」
でも血気盛んなエルビンに、グリンの言葉は届かなかった様です。
彼はそう捨て台詞を吐くと、椅子を倒して立ち上がりそのまま店を出て行きました。
慌ててそれに続いたティアも、一度此方へと振り返って一礼すると、そのままエルビンを追って出て行きました。
「……グリン……?」
状況が良く呑み込めないシャルの声がポツリと呟かれましたが、それに応える声は返って来ませんでした。
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