第34話 にこにこプール


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 ゴーグルを首から下げて更衣室のカギを手首につける。更衣室は温風が常に吹いていて、上半身が裸になってもまったく寒さを感じなかった。


 きょうは以前勉強会をしたメンバーでプールへ遊びに来ていた。訪れたのは電車を乗り継いで約一時間弱のところにある『アクアスドーム兎原(うばら)』という場所で、満水さんの話では屋外にもプールがあるけれど、冬季は屋内のみの開放となっているらしい。


「やべー。なんかちょい緊張してきた」と若藤がロッカーのドアを閉めながら云った。

「なんでだ?」

「おまえ女子のスク水以外の水着見たことあんの?」

「いや。ないが」と沼が肩にタオルをかけた。「それで緊張する理由がわからん」


 となりで沼と若藤が話しているのを聞きながら、僕は自分の体格の違いをついつい比較してしまっていた。


 沼は部活で鍛えているせいか、肩と腕の筋肉が盛り上がり、腹筋が見事に割れている。若藤も沼ほどではないけれど、足や腕にほどよく筋肉がついた細マッチョ体型で、海パン姿が様になっていた。対して僕は――腕も足も細くて腹筋もまったく割れていない。身長もふたりと比べて低いせいもあって、主観ではあるけれど、どこか貧弱な印象だった。


 この身体を見て、がっかりされないだろうか。痩せていたほうがいいと耳にすることはあるけれど、ふたりのような男らしい体格のほうがやっぱりかっこいいよなあ、とつい考えてしまう。


「見ず知らずならまだしも、同級生だとふつうに気まずくね?」

「ああ、そういうことか」と沼が間をおいてから答えた。「だがよく考えろ。満水はケイのカノジョだろ?」

「おう」

「片割れは俺の妹だ。そのふたりを、おまえはそういう目線で見れるのか?」

「……いや。どっちもおまえらの顔が浮かぶ……」

「となれば、弓峰をそういう風に見れるかだが」

 若藤が横に手を振った。「無理無理。あいつのことそういう風に見たこと一度もねーから。お、案外緊張しなくなってきた。よっしゃ、行こうぜ!」


 若藤がゴーグルとタオルを持って先に更衣室を移動していく。僕と沼はその背中を追いかけるように歩いていった。


「あいつ、単純だな」

「沼は逆に落ち着きすぎてる気もするけどね……僕も、けっこうドキドキしてるよ。女子の水着見るの」

「満水の、だろ?」

「あえて濁したのに……」

「すまん。だけど、そうか。ふつうはそういうものか」と沼が首を触った。「俺もまあ、そういうことを考えないわけじゃないが。別に、緊張はしないな。試合のほうが、よっぽど緊張するからかもしれん」

「それとこれとは別な気がするけどね。あ、じゃあさ、沼が女子にドキドキするのってどんなときなの?」と僕は思いつきを口にした。

「構えが美しいやつと、きれいに引き胴を決めたやつを見たとき」

 僕は溜息をついた。「沼は女子より、剣道が好きなんだってよくわかった……」


 そんな感じで話しながら、ぺたぺたと足音を鳴らしながら進んでいく。更衣室をでてから、身体を慣らすための温水に浸かり、シャワーを浴びて通路を進んでいくと、塩素のにおいが濃くなり、遠くから聞こえるはしゃぎ声が大きくなってきた。


 視界が開けてプール場へ。目を疑うくらい天井が高く、湾曲した屋根から差しこむ光が全体を明るく照らしていた。季節柄ということもあって、それほど混んでいる印象はなく、プールのなかで遊んでいた人たちを見ていても、窮屈さはまったく感じない。


「なあ。あれやばくね!?」


 端にタオルをおいていたら、若藤が肩をたたいてきて、奥にあったウォータースライダーを指さした。ごつごつとした岩場のようなところに青い筒状の管が幾重に伸び、高さはだいたい二階か三階くらいまである。プール場のなかでもっとも目を引いていて、目の前を通り過ぎていく人たちの多くがそちらへ足を向けていた。


「お。来たぞ」


 僕は顔を動かすと、満水さんを含めた三人が水着姿であらわれた。荷物はどこかへおいてきたようで、手にはなにも持っていない。


「こっち見んな若藤」と弓峰さんが腕を組んだ。

「なんでオレだけ!? こいつらは!?」

「あんたの目だけエロい。キモい。寄るな」

「完全に偏見じゃねえか……てかおまえ、身体うすくね? もっと食ったほうがいいんじゃねえの?」


 弓峰さんが「はいはい、うるさいうるさい」と軽くあしらう。クセのある髪をゴムでひとつにまとめ、しっぽを垂らすようにサイドに流していた。下地がオレンジのブロックチェック柄のビキニを着ていて、胸のあたりに大ぶりのフリルがついている。制服を着ているときはわからなかったけれど、くっきりと鎖骨が浮いていて、腰はくびれており、太股は細いふくらはぎとだいたい同じくらいだった。


「おい。隠れきれてないぞ」

「うるさい」


 弓峰さんのうしろで、直美さんが膝を軽く曲げて隠れていた。ビーチバレー選手が着ているような、身体にぴったりと張りついたセパレートタイプのスポーティな水着を着ていて、黒地に赤いラインが入っており、おへそが見えるように腰まわりがわかれている。髪はお団子。剣道をしているせいか、ほどよく引き締まったふくらはぎと、がっちりとした肩幅が顔の小ささを引き立てていた。


 その横に、満水さんがいた。


 目を向けると、満水さんが爪先同士をこすり合わせながら顔をそらした。前髪を残したハーフアップ。太すぎず細すぎない手足が伸び、上下一体型の水玉模様のネイビーの水着は、肩紐にゴーグルが挟まっていて、腰のあたりがきゅっと密着し、下はスカートのようなハーフパンツのような独特なかたちをしていた。


 その姿を見て、ぼーっと軽く放心していたら、満水さんがゆっくりと顔を戻し、ちらっとこちらを見てから、慌てたようにふたたび顔をそらす。


「あんまり、見ないで……」

「あ。ご、ごめん」と僕は顔をそらした。


 そう云いつつも気になって、横目でちらっとようすをうかがうと、満水さんが腕でお腹のあたりを隠していた。水着のせいなのかわからないけれど、ふたりに比べて若干、満水さんは体型がふくよかで、胸があるように見える。もしかしたら、僕と同じで、自分の体型について気にしているのかもしれないな、となんとなく思った。


 水着は似合っていて、かわいかったけれど、なんだか胃のあたりがむやむやしてくる。独占欲、だろうか。満水さんの水着姿をだれにも見せたくない自分がいた。沼と若藤は、友達だからまだゆるせるけれど、赤の他人にこの姿を見せるのがいやでしょうがない。


「まずどうする? 準備運動?」

「いらねえだろそんなん。ガチで泳ぐわけじゃねえんだし」と若藤が云った。「ま、とりあえず本命の前に、まずはあれで身体慣らさね?」


 若藤がそばにあった流れるプールを指さした。蛇行したプールのなかで小さな子どもと大人が混じりながらゆっくりと歩いたり、泳ぎながら移動している。


 来ていきなりバラバラで行動するよりも、最初は全員で愉しみたいなと思ったので、僕は「そうしようか」と同意したら、弓峰さんと満水さんも「いいよー」「わたしも」と軽い感じでその提案に乗ってきた。


「俺は準備運動をしてから合流する。怪我をするわけにはいかんからな」

「私も」


 沼兄妹がそろってアキレス腱を伸ばしたり、腕や手首を入念にほぐしはじめた。僕らはふたりの元を離れてプールサイドを歩いていくと、各自それぞれ入水前に軽く足首などをまわしてから、ゆっくりと水のなかに足を入れていく。


「えっ?」


 思わず声がでてしまう。お風呂が軽くぬるくなったくらいの水温で、まったく冷たさを感じない。全身を浸けると、水深は胸くらいで、流れはそこまで急じゃない。立ち止まっていられなくもないけれど、まわりの迷惑になってしまうので、僕は流れに身を任せて進んでいった。


「ケイ、ケイ」

「なに?」

「せぇぃ!」と若藤が顔面に水をかけてきた。

「ぷぁ、っちー……」僕は顔についた水を拭いながら云った。「いきなりはやめてー」

「うふふ、あはは。ほら、追いついてごらーん」と若藤が茂みをかきわけるように進んでいった。

「待ってー」

 弓峰さんの笑い声が聞こえた。「あいつらバカすぎ」


 前を行く若藤を追いかけながら、満水さんたちとの距離が空きすぎないようにうしろを振り返る。そこで、満水さんがいないことに気づいて、僕は歩く速度をゆるめて顔を動かした。


 そしたら、水中に満水さんらしき姿がゆらめいているのが見えた。僕は首に下げたゴーグルを装着して潜ってみると、ゴーグルをした満水さんが平泳ぎをしながら近づいてくるのが見える。


 両手を差しだすと、満水さんがバタ足に切り替えて手を伸ばした。ぎゅっと、指と指を絡めるように手をつなぐと、満水さんの口から水泡があふれだし、息がつづかなくなったのか、ゆっくりと浮上していく。


「っぷぁ」

「っ、はぁー」


 ゴーグルを外すと、目と鼻の先に満水さんの顔があって心臓がどくんと跳ねる。濡れた前髪がおでこにぺったりと張りつき、ハリのある肌についた水滴の数々が雫になって水面へ戻っていった。


「バレちゃったー」と満水さんがゴーグルをはずしながら云った。「驚かそうと思ったのに」

 僕は前髪を上げながら云った。「泳ぎ、きれいだね。ちょっとびっくりした」

「驚くところそこー」と満水さんがほほえんだ。「ユコー。はやくー」


 満水さんが手を上げると、のんびりと歩いていた弓峰さんがひらひらと手を振って「ゆっくり行くからさき行っててー」と云ってくる。僕は満水さんと顔を見合わせて「じゃあ、いっしょに若藤追いかけます?」と訊ねたら「うん」と明るく答えた。


「水着、似合ってるね」

「そう? ありがと。恵大、髪濡れると、いつもと違う感じするね?」

「そうなの?」

「そうなのー」と満水さんがにへーっとやわらかな笑みを向けた。


 小さな声で話しながら、前を行く若藤のところへ歩いていく。そのあいだ、手はつないだままで。みんながいるとき、普段はこういうことをしないけれど、水のなかでならバレないだろう。他の男への牽制だなんて、水中に潜めた僕の男心は、隠せていないかもしれないけれど。


 

 これで何回目になるだろう。僕は階段を上がりながら滑った回数を数えてみる。一回目は若藤と、二回目は満水さん、そして三回目は直美さんといっしょだったから――四回目か。


 順番待ちをしていた列の最後尾に沼と並ぶ。ここのウォータースライダーは短めと長めの二種類があり、短めのほうは身長制限がなく、小学生などでも愉しめるようになっていた。人気があるのはやっぱり長めのもので、列には中高生に混じって大学生らしき人たちや大人の男女もいたりする。


「沼? だいじょうぶ?」

 沼が肩をびくっと上げた。「あ、ああ。ヨユウだ。この程度、屁でもない」


 強気なことを云っている割に、となりにいた沼は腕を組みながら険しい表情を浮かべていた。普段から無愛想なので、付き合いが浅い人ならその変化はわからないくらい微妙なものだけど、中学からの付き合いの僕には簡単に見てわかる。


「怖いの?」

「そんなことはない」

「一応教えておくね。叫ぶと怖さって軽くなるらしいよ」

「ほんとうか?」

「たぶん?」

「不確かな情報を教えるな……」

「だけど意外だったなー。沼が絶叫系苦手だったなんて」

「苦手ではない。そういうのを体験したことがないと云ったんだ」と沼が云った。「そもそも意味がわからん。なぜ人はこういうものを作るんだ? なぜわざわざ怖い思いをしたい? なぞすぎる」


 沼がぶつぶつと小言をつぶやく。普段は口数がすくないのに饒舌になっていて、動揺しているようすがちょっとおかしく、でも笑ったら機嫌を損ねそうだったので、僕は「そうだねー」と適当に相槌を打ちつつ順番が来るのを待った。


 列が消化していきウォータースライダーの入り口が見えると、帽子をかぶった係員が「次の方どうぞー」と声をかけてきて、沼が前に進んでいく。


「待ってくれ。角度がおかしい。先がまったく見えない。この先はどうなっているんだ?」

「お水が広がっておりますー」

「いやそれはわかるんだが。そういうことじゃなくて」

「ご準備いいですかー。はい、そこに坐ってくださーい」 


 慣れた感じで係員があしらうと、渋々といったようすで沼が入り口手前に坐った。ほんのちょっと間ができて「それではどうぞ、いってらっしゃいませー」と合図をしてきたのち、覚悟を決めたように両手で勢いよく筒のなかへ入っていく。


「う、……おぉぉあああっぁっぁああああ――――ッッッ!」


 筒のなかから絶叫が聞こえてきて、僕は口を押さえて笑いそうになるのを必死で堪えた。クールな沼のレアな一面がまさかこんなところで見れるとは思わなかったので、それだけでもきょうは来た価値があるなあ、と思う。


「はい次の方ー」


 僕は水が勢いよく吹きだしている筒の前に坐り、合図をされてからそのなかへ入っていった。すぐさま急降下して勢いに乗ると、視界一面が青い筒でいっぱいになって右へ左へあおられる。途中で何度か外が見え、腕や足を軽くぶつけながら順調に滑っていき、最後にどばぁっと水中へ吐きだされた。


 水面から顔をだすと、プールサイドで若藤と弓峰さんが沼と話しながら、けらけら笑っているのが見えた。


「はぁー。っしょ」と僕はプールの縁に手をついた。

「おっ。ケイもおつかれー。これからこいつらともう一本滑ってくんだけどいっしょに行くか?」

「待て。だれが行くと云った。俺はいかんぞ」

「いや、僕はもういいかな。ちょっと疲れたから休憩してくるよ」と僕は髪の水気を弾きながら云った。「満水さんたち、どうしてるかわかる?」

「直美ちゃんは二十五メートルプールで泳いでるって。マユはジャグジー? に行ってるねって云ってた」

「僕もそっち行こうかな。直美さんはトレーニング? だよね、きっと」

「じゃあ俺もそっちに」

「いいからほら行くよー」

「おい、押すな」


 弓峰さんが沼の背中をぐいぐいと押し、若藤が「んじゃまたあとでなー」とひらひらと手を振ってきた。そのようすを見て、ほっと胸をなで下ろす。誘った手前、みんなが愉しんでくれるかどうか不安なところがあったけれど、各々愉しめているようだし、どうやら杞憂で済みそうだった。


「ええと、ジャグジーは」


 僕は顔を動かしながらプールサイドを歩いていくと、隅っこに円形のプールが見えた。人気で派手なウォータースライダーなどに目がいくからだろうか、面白味のないここは人気がないようで、なかには満水さんしかいなかった。


「いいね、ここ」

「落ち着くよー」


 ジャグジーのなかに足を入れる。膝よりすこし高いくらいで、水底から絶え間なくあふれでてくる細かな泡が足裏を刺激してすこしくすぐったい。水温はプールよりすこし高く設定されているみたいで、中央付近でゆっくりと膝を屈めて全身を浸けると、軽く息が漏れてしまった。


「疲れた?」

「ちょっとだけ」と僕は顔を洗いながら云った。「でも、気持ちいい疲れっていうか。愉しいね。みんなと遊ぶの」

「うん、ほんとに」と満水さんがしみじみした声で云った。「みんなと、遊べてよかった」


 満水さんがどこか儚げな表情を浮かべながら端に身体をあずけた。その顔を見て、胸の奥に寂しさが募る。


 もうすぐ、二学期が終わる。来年には、クラス替えがある。まだまだ、それまで時間はあるけれど、みんなで遊べる機会は、そう多くない。だから――クラスが離れる前に、みんなでどこかへ遊びに行きたいと、僕は満水さんから話を持ちかけられていた。


 そんな彼女の想いが詰まった提案を、ふたりで行きたいからなんて、自分勝手な理由で断れるはずがない。弓峰さんにも云ったけれど、ふたりでは、また今度行けるのだ。


 でも、このメンバーで遊ぶのは、今後むずかしくなってくると思う。


 彼女もわかっているのだろう。クラス替えで、全員が同じクラスにはなれないことを。いまのように気軽に誘って集まれる機会は、これからどんどん減ってしまうことを。それぞれ別のクラスで出会いがあり、あたらしい友達との付き合いも増えてくるはずで。進路のことも考えないといけないし、部活もどんどん忙しくなってくるだろうから。


「あ」


 すこしセンチメンタルになっていたら、満水さんがすくっと立ち上がった。彼女の視線の先へ顔を向けると、直美さんがなにかに怯えたように身を縮めながら、きょろきょろと顔を動かしてプールサイドを歩いている。


「なんかようす変じゃない?」

「だね。具合、悪いのかな?」

「直美さーん」


 満水さんが呼びかけながら手を振ると、こちらに気づいて、直美さんが早歩きで近づいてくる。


「え、あっ」と直美さんが立ち止まった。「お、お邪魔、じゃない?」

「ぜんぜんだいじょうぶ」

「そうそう。気を使わないでー」

「じゃ、じゃあ。失礼」と直美さんがジャグジーに足を入れた。「はぁ……あ、ったかぁ」


 ほふっーと、軽く息を吐きながら目を閉じ、肩まで浸かる。僕はちょっと気になったので、頃合いを見て訊ねてみた。


「もしかして、具合悪い?」

「ううん。なんで?」

「あれ。じゃあ僕の勘違いかな。なんかようす変だなと思ったんだけど。ね?」

 満水さんがうなずいた。「なにかあった?」

「えっと。さっきまで泳いでて。ちょっと休憩してたら、変なおじさん? に声かけられて」と直美さんがゆっくりとした口調で話しだした。「むかし選手? だった人みたいで……アドバイス? してきて。怖かったから、トイレ行くふりして、逃げてきた」

「あーたまにいる。わたしも小学生のとき、公営プールで泳いでたら、何回か声かけられたことあるよ」

「え、ほんと?」

 満水さんがうなずいた。「そのときは、お母さんがいたからだいじょうぶだったけど、けっこう怖いよね」

「うん、怖かった……直人のアホ。どこ行った」


 三人でのんびり話していると、しばらくして、すこし離れたところで弓峰さんたちが歩いているのが見え、まっすぐこちらへ向かってきた。


「おっ。直美ちゃんもいる。呼びに行く手間省けた」

「あっ、たけっ。プールってより風呂じゃねこれ」

「俺はもうここから動かんぞ……」


 沼だけやたらとぐったりしていた。さらに追い打ちをかけるように、直美さんがぶすっとした顔で「アホ」となじってくると、沼はわけがわからなそうにしながらとなりに腰を下ろす。


「なあ。なんであいつ機嫌悪そうなんだ?」

「お兄ちゃん……ほんとおつかれ」


 僕は労うようにぽんぽんと肩をたたいてあげる。全員で和を作るようにジャグジーを囲んでいたら、ふいに弓峰さんが「次みんなでどこ行くー?」と話を振ってきた。


「これからの時期なら山でスキーかスノボじゃね?」

「却下。寒いし遠いし痛いし怖いし」

「夏なら海だな」

「却下。べたべたするし髪痛むし日焼けするし汗かくし暑いし」

「おまえ家からでるな」

「ゆ、遊園地」と直美さんが小さな声でぼそっとつぶやいた。「一度も、行ったことない、から」

「え、そうなの?」と満水さんが云った。「家族でも?」

「うん」

「小学生のときから稽古漬けだったからな。お互い、そっちが優先だったから、親にそういうところへ連れていってもらった覚えがない」

「あー、だから、あんなにンふッ」

「それ以上云うなケイ……」と沼が口をふさいできた。

「じゃあ次は遊園地? 私はそれでも別にいいけどー」と弓峰さんが指で髪をくるくるともてあそんだ。

「めんどくせえなあ。行きたいなら素直にそう云え?」

「こっち見んな若藤」

「いまさら!?」


 横でわちゃわちゃと話が弾んでいるなか、僕は満水さんのほうへ目を向けた。なにも云わずに、にこにことやさしげな眼差しを向けながらみんなの話を聞いている。僕はその顔を見て安心し、ふたたび顔を戻した。


 クラスが離れても、この先、もう二度と遊べなくなるわけじゃない。会える機会は、たしかにいまよりすくなくなるかもしれないけれど、何度でも、集まろうと思えば集まれる。それが喩え、大人になっても。きっと。


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