第2話 そわそわ席替え

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 昼休みになると、机同士をくっつけ合い、グループでかたまって昼食を食べている姿があちこちで見える。僕もそのなかに溶けこむように、自分の席で友人たちといっしょにお昼を食べていた。


「次のLHR、席替えするって」

「やっとかー。春からずっとだったもんなー」


 僕は上の空で友人たちの話を聞いていた。最近ずっと、満水さんのことばかり考えている気がする。こうしてご飯を食べているあいだも、意識は満水さんのところにあって、目が自然と彼女のことを追いかけてしまっていた。


 満水さんは窓側の席で友達と愉しそうに話しながら席を囲んでいる。派手で目立つような子があまりいない、落ち着いているグループに満水さんはいた。


 口を動かしながら眺めていると、ふいに満水さんがこちらへ目を向けた。僕はとっさに目をそらし、お弁当に入っていたおかずを箸でつまむ。見ていたこと、バレてしまっただろうか。


 そろーっと顔を動かして、ようすをうかがうと、満水さんは何事もなかったかのように友達との会話に混ざっていた。


 ほどなくしてお弁当を食べ終わり、僕はグループから離れてトイレへ向かった。用を足し終わって廊下を歩いていると、向かいから満水さんが歩いてくる。


 胃がきゅっと縮む。距離が近づいていくごとに足の力が抜けて、軽く震えてしまったけれど、僕は気にしないように無表情を繕いながら前を歩いていった。


 満水さんと、すれ違う。


 足音が遠ざかっていくと、僕はゆっくりと振り返った。


 満水さんは気づいていないようで、そのまま廊下を歩いていく。と思ったそのとき、急に足が止まって満水さんがこちらを振り向くと、横髪が広がって、ふわっと頬にかかった。


「席替え、するんだって」と僕は苦し紛れに口を開いた。

 満水さんがにっこりとほほえんだ。「近く、なれるといいね」


 さらっと云って、トイレへ入っていった。


 僕はくるりと正面を向きなおり、教室へ向けて歩きだす。席に戻ると、友達に「顔、赤くね?」と云われたので「廊下、暑くて」と答えておいた。


 

 五時限目のLHRでは噂されていたように席替えが行われた。黒板には座席表が描かれ、教卓にある空き箱に入っているクジを引いてくださいと学級委員が指示をだす。


 廊下側から順番にクジを引いていく。順番を待っているあいだ、教室にはどことなく緊張感が漂い、ひとりが引いていくごとに話し声が大きくなっていった。


 順番がまわってきて、僕はクジを引き、席に戻りながら折り畳まれたクジを開く。六番。どこだろうと座席表を確認してみると、廊下側のいちばんうしろ、いま坐っているすぐ横に移動するだけだった。


 クラスメイトが次々とクジを引いていき、教室に歓喜と絶望の声が入り交じる。そして満水さんの順番がやってくると、僕はまるで自分のときのように、いや自分のときよりもずっと、心臓が大きく高鳴っていった。


 満水さんがクジを手に取ってから、自分の席へすたすたと戻っていく。そのとき、一瞬こちらに視線を向けて、すぐにそらした。


 全員がクジを引き終わり、担任の一声で移動をはじめる。


 僕は机を持ち、すぐとなりに移動した。あっけなく終わってしまって少々残念に思ったけど、前のほうにならなかったので安堵する気持ちのほうが大きかった。


「ここ?」


 頬杖をついていると、満水さんが机を持ちながらやってきた。


「うん」


 うなずくと、満水さんが「あんまり変わらなかったんだね」と笑いながら前に机を下ろした。位置を整え、スカートを押さえながら椅子に坐ると、シャンプーかなにかのあまい香りがふわっと漂ってくる。僕はなぜかそのにおいを嗅いではいけないような気がして、机の位置をすこしだけうしろに下げた。


 残りの時間は夏休みの計画表を書くことになった。全員が席に着いたのを確認してから、担任がプリントを配っていく。


 満水さんがこちらを振り向き、プリントを渡してくる。たったそれだけなのに、僕はなぜか緊張してしまって、受け取る手がかすかに震えてしまった。


 担任は教卓の近くにある椅子に坐った。最初はしずかだった教室も、時間が経つにつれてとなり近所で話す人が増えていき、自由な雰囲気になっていった。


 プリントには、夏休みの一日の生活リズム、目標、自分なりの過ごし方を書くところがあった。僕は部活をしていないので、ほとんど埋めることができず、起床してから就寝するまでを適当に書いていく。


 そのとき、机に、椅子がぶつかった。


「書けてる?」


 手を止めて、目だけ上げると、満水さんが身体を横にしながらプリントの中身をのぞいてきた。


「ぜんぜん」と僕は云った。「満水さんは?」

「わたしも」と満水さんがプリントを見せてきた。


 そして、まるでそれがふつうなことみたいに、僕の机の半分を使いだした。


 でもそのことに触れたら、満水さんが二度と同じように接してくれなくなるような気がして、僕は黙ったままシャーペンをいじって内容を考えるふりをした。


 満水さんの息づかいが、聞こえてくる。


「ねえ」

「ん、なに?」

 満水さんが小声で云った。「あの映画、見た?」

「それだけじゃ、わかんないけど」

「えー、っと。ある日突然、自分の影がなくなって、影を取り戻すために旅にでることになった、女の子の――」

「夏影を想いながら?」

「そうそう、それ」


 シャーペンを握る手に、すこしだけ力が入る。


「僕、日曜に、見に行くよ」


 いっしょに行く? なんて誘えるわけもなく、僕は自分の予定をただ伝えることしかできなかった。


「わたしも」


 そうなんだ、と僕は答えることもできたはずなのに、返事をすることなく、無言でプリントを書く。誘ってもいいタイミングだったのだろうか。いや、もしかしたら、ひとりでじっくりと見たいかもしれないし、あるいは友達と見に行くのかもしれない、と誘っても断られた場合のことをついつい考えてしまった。


 夏休みになれば、満水さんと、しばらく会えなくなる。


 夏休みの目標。


 満水さんと仲良くなること。


 なんて書いたら、担任から呼びだされてしまうだろうか。でもそれ意外に思いつくものがなくて、結局そこは空欄のまま、書くことができなかった。

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