第5話 へとへとチャイム


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 一週間があっという間に過ぎて、夏休みが来週に迫ってきた。もうすぐ学校に行かなくてもいいんだと思ったら、まだ頑張れる気がして、階段をのぼる足に力が入る。


 廊下を歩いて教室のドアを開けると、満水さんはまだ来ていなかった。ぽっかりと空いた席を眺めながらぼーっとしていると、横から満水さんがふらっとやってきて、小さな声で「おはよ」とあいさつをしてきた。


「おはよう」


 満水さんがしずかに椅子に坐った。どうやら風邪を引いているみたいで、マスクをしており、何度も咳を繰り返している。


「だいじょうぶ?」と声をかけたらいいのに、僕は満水さんの背中を見つめることしかできなかった。心配して保健室へ連れていったら、まわりの注目を集めてしまいそうで。満水さんに気があると、思われるかもしれなくて。


 あれから、僕は満水さんと距離をおいている。


 どのような距離感でいたらいいのか、わからなくなっていた。なにも気にしてないように見せるために、気さくに話しかければ逆に変だと思われそうで。


 その変化に、周囲の友人も、そこまで親しくないクラスメイトも、まったく気づいていないみたいだった。僕らのことが話題になったり、噂になったりすることもない。クラスでも目立たない、地味な僕らのあいだになにが起きているのかなんて、まわりからしたら些細なことでしかないのだと、あらためて感じた。

 


 三限の授業がはじまる前に、満水さんは早退した。


 僕は次の授業の準備をしながら、ぽっかりと空いた満水さんの席を見る。


 早退したとき、ほっとしてしまった。


 心配だったというのも、もちろんある。でもそれ以上に、満水さんがいると、胸がざわついて落ち着かなくなっていて――そんな風になってしまった原因はきっと、このあいだのことが関係しているのだと思う。


 友達だから、なんだと云うのだろう。そんなこと気にせず、いままで通りにしていればいいのに、それができない。


 なんでだろうと――自分の心に正直に向き合ってみると、満水さんとそういう関係を望んでいないからだと思う。

 

 友達ではなく、恋人になりたかったんだと気づいたら、ぶわーっと顔が熱くなってきた。僕は片手で下敷きをパタパタと扇ぎ、頬の熱をさましていく。自覚をすると、胃のあたりがきゅっと縮んで、深い息が何度も漏れた。


 満水さんが友達だと思っていても、僕はそういう風に接することができないのであれば、自分の気持ちを正直に伝えるしかない。


 告白、の二文字が頭に浮かぶ。だけど、いま告白したところで、フられるのは間違いない。


 僕は溜息を吐いた。わざわざ、自ら傷を負いにいくようなものじゃないか。結果がわかっているのに、そんなことをする必要がどこにある。それならこのまま、満水さんに気持ちを隠したまま過ごしていたほうがいいじゃないか。


 僕は気分を入れ替えるために教室からでて、廊下の窓を開けると、ドライヤーからでてくるような熱風が入ってくる。きょうも快晴で、どこまでも均一な色合いの青空が広がっていた。


 こんなに澄み渡った空を見ても、胸中はぜんぜん晴れやかになってくれない。


 上辺だけ繕って、友達のフリをしながら接していればいいのだろうか。それとも、正直に自分の気持ちを伝えるべきなのか。


「はっ、ぁぁあぁぁ…………」


 苦しくて叫びたくなって、だけど学校だから他人の目が気になって思いっきり声がだせない。心のおもむくままに叫べばいいのに、まわりを意識してしまう自分がいる。目立ちたくないとか、いろいろ考えてしまって。


「どうしたら、いいんだろう……」


 次の授業がはじまるチャイムが鳴り響き、僕は足取り重く教室へ戻った。


 満水さんとのことばかり考えていて、授業の内容は、まったく頭に入ってこなかった。

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