一年生 八月 [夏休み編]
第7話 ださださファッション
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寝不足気味なのに身体がやけに軽く感じる。スマホで時間を確認すると、待ち合わせの二十分前。僕はほどよく緊張しながら電車に揺られていた。
改札を通って外へでると、強い日差しを浴びて目を細める。夏休みになったせいか、駅前はがやがやと混み合っていて、僕と同じくらいの歳の子が歩いている姿をよく見かけた。
どの映画を見に行くかなどなど、満水さんと予定を合わせていたら、暦が変わって、八月になっていた。
きょうがその約束の日で、終業式以来、ラインでやりとりはつづいているものの、満水さんと会うのは約一週間ぶりになる。
久々に会えるうれしさ半分、どんな風に接したらいいのか緊張半分で、僕は映画館までの道を歩いていく。駅の近くに隣接しているショッピングセンターの西口が待ち合わせ場所だった。
「え、うそ」
遅刻しないように、はやめに家をでてきたけれど、満水さんのほうが、はやく到着していた。
満水さんはスマホをいじりながら立っていた。サックスブルーの七分丈のシャツワンピースに、足首が隠れるくらいのしろいソックスとローカットの生成りのコンバース。肩にはチャコールグレーの小さめのサコッシュを下げていた。髪はイエローのバンダナでまとめていて、余った部分をくるくると巻きつけ、カラーの入った三つ編みのようにしている。
「はやいね」
声をかけると、満水さんがこちらへ顔を向けた。
「いま来たとこ」
満水さんがスマホをカバンにしまってやわらかい笑みを浮かべた。鳩尾のあたりがきゅっと切なく響き、ゆるみそうになる頬を必死で堪えたけれど、無表情でいることなんてできなくて、自然と笑みがこぼれてしまった。
「暑いから、なか、入ろう」
「うん、そうだね」
僕は満水さんと並んで自動ドアを通り、ショッピングセンターへ入っていった。一階はスーパーで、半袖だとすこし肌寒く感じるほど空調がきいている。僕は「飲みもの、買ってもいい?」と訊ねたら「わたしも買う」と満水さんが答えた。
明るい店内を歩きながら、僕は口を開く。
「久しぶり」
「うん。一週間ぶり、くらいかな?」と満水さんが云った。「でもぜんぜん、そんな感じしないね」
「だね。宿題、進んでる?」
「んーまあまあ。お盆前にできるだけやっておきたくて」
「そっか。おじいちゃんの家、行くって云ってたもんね」
「まだしばらく先だけど一応ね。小暮くんは?」
「ほかにやることないから、けっこうやってるよ」
「先に済ませておきたいタイプ?」
「あとから慌てたくないタイプ、かな。まとめてできないから、コツコツやっておきたくて」
「いっしょ」と満水さんがほほえんだ。
僕らは話しながら、それぞれ飲みものを持ってレジへ向かった。緊張して上手く話せないんじゃないかと、すこし不安だったけれど、緊張しているのに不思議とふつうに話せてしまう。まるで、会っていなかった時間がなかったみたいに。
お互いに飲みものを買ってから、僕らはエスカレーターで上にある映画館へ。昼間で、なおかつ夏休みなのもあってか、想像以上に混み合っていた。
チケットを買って、まだ上映まで時間が余っていたので、先にポップコーンを買うことにした。そこまで長くはない列ができていて、僕らは最後尾に並ぶ。
順番を待つあいだ、前にいる、おそらくカップルと思われる大学生くらいの男女に目がいった。香水のにおいが漂ってきたせいもあるけれど、彼らの服装が気になって。
男の人はひょろっとして背が高く、赤い帽子をかぶり、だぼっとしたしろいTシャツに、小さめのウエストバッグを肩から下げ、くるぶしにかけてタイトになる太めの黒いズボンをはいている。足下はゴツっとしたスニーカー。
女の人はパーマのかかったモカブラウンの髪で、小さめのポシェットを下げ、背中にロゴの入った大きめのTシャツをジーパンにタックインして腰まで引き上げている。足下は、ベルトがたくさんあるサンダルだった。
このふたりを見ていると、もやっとすると同時に、おしゃれだな、と思ってしまう。どちらもシンプルでTシャツしか着ていないのに、なんでそう見えるのか、心の底から疑問だった。
僕はすこし目線を下げた。無地の紺のポロシャツに、ただのジーパンと、リュック。自分の手持ちの服で、余所行きのものを選んできたのに、これを着ているだけで、満水さんのとなりに並んでいるのが、恥ずかしくなってくる。
いままで、自分の服装なんて、気にしたことがなかった。服なんて、着られればよかったのに、なんでこんな風に考えてしまうんだろう。
僕は横目で満水さんを見た。満水さんの私服は、何度か見たことあるけれど、いつもかわいいなと思う。女子のおしゃれがよくわからない自分でも、そう思えるくらい。
なのに、僕はこれでいいのだろうか、とつい考えてしまう。ダサいと思われてないかと、いっしょに歩きたくないのではないかと、気にしてしまう自分がいた。
列が進み、ポップコーンを買って、人のすくない場所へ移動する。
「香水、きつかったね、前の人」
「あ、うん、そうだね」と僕は云った。「ごめん、ちょっと、トイレ行ってきてもいい?」
「うん。ポップコーン持つよ」
「ごめん、ありがと」
「パンフレット見てるね」
「わかった」
僕は満水さんと別れてトイレへ入った。空くのを待ってから用を足し終えると、手を洗いながら自分の顔を見る。
ワックスもなにもつけていない、直毛の黒髪に、すこし垂れ下がった目尻と、コケても膨らんでもいない頬。ニキビはないけれど、ろくに外出していないせいか、肌はしろくて貧相な感じがする。
唇が荒れていないことを確認し、僕は濡れた手で前髪をいじった。上げたほうがいいのか、流したほうがいいのか、それすらもわからない。ポロシャツも第二ボタンまで開けて、すこし男らしくしてみようか。
「やめよ……」
なんか無理して格好つけてる感じが否めず、僕は前髪を整え、ポロシャツのボタンを留めなおした。ハンカチで手を拭いてから、ポケットに忍ばせていたタブレットを数粒噛むと、すーっと頭がクリアになる。
僕は両頬を手で打った。
映画を見に来たのに、自分ばかり見てどうするんだ。
きょう見に来た映画は青春コメディものだった。マンガが原作のようで、あらすじはというと、主人公で生徒会長、完璧超人の男子生徒、三輪(みわ)くんが、生徒会メンバーとともに文化祭を大成功させるために奮闘する。しかし黒魔術部がだしもので、本物の吸血鬼、悪魔や暗黒騎士などを召喚してしまって――という内容だった。
そして現在、三輪くんが、ライブで盛り上がっている体育館を死守するため、暗黒騎士ザスガルと渡り廊下で一騎打ちをしている最中である。ちなみにザスガルはなにかのコスプレだと思われているため、生徒が見てもまったく怖がられていない。
『ふっ。小僧、やりおるな』
『生徒会長、ですので』と三輪くんがメガネをくいっと上げた。『ここから先は、一歩も通しませんよ』
三輪くんが、自在箒を構える。
『そんな木の棒で、我と互角にやり合うとは』とザスガルが黒く太い剣を構えた。
『愚かな。あなたには、そんな風に見えているのですね』
『なんだと』
『これは悪しき汚れを払い、淀みを消し去る力を秘めた、聖なる剣なのですよ』
『聖剣だと。莫迦なッ。なぜ貴様のような小僧が、聖剣を持つことができる!』
『生徒会長、ですので』と三輪くんがにやりと笑った。『――体育館で刻まれている魂のビート。わきあがる熱狂の歓声。背中から感じる人々の魂の共鳴を、邪魔させるわけにはいきません』
三輪くんがザスガルに向かっていく。
僕は思わず胸が熱くなった。なにを云っているかぜんぜんわかんないけど、鎧などで完全武装したザスガルに、自在箒だけで立ち向かう三輪くんがかっこよく見えてくる。
場内は、何度も笑いに満ちた。満水さんも最初は声を殺していたけれど、徐々に耐えられなくなったのか、声にだして笑うようになっていた。
終盤、それぞれの生徒会メンバーが怪物を倒し、後夜祭となる。しかし怪物たちの『悪しき魂』を吸収した邪神ゴルガディアが復活し、学園全体が深い闇に覆われた。
だが、聖火(キャンプファイヤーの火)を利用し、三輪くんが弓道部から矢と弓を借り、聖火を矢に灯して邪神の心臓を射抜き、倒すことに成功する。大団円のその後、文化祭を陰で支えた生徒会の活躍は『文化祭を盛り上げるための演出』として新聞部が報道し、過去もっとも盛り上がった文化祭として伝説となった。
「おもしろかったねー」
「うん。まだちょっと、お腹痛い」
「わたしも。筋肉痛になりそう」
上映が終わり、僕と満水さんは外の通路を歩いていく。内容はカオスでツッコミどころ満載だったけれど、ばかばかしくて思いっきり笑える映画だった。
「三輪くんもかっこよかったけど、書記の赤富士(あかふじ)ちゃんも強くて好きだったなー」
「大悪魔ゾアドに、チョーク一本で勝つとは思わなかったよ」
満水さんが笑った。「ほんとにね。逃げてるだけかと思ったら、封印するための結界張っててさ。『チョークの無駄使いをしてしまいました』って勝ったときの台詞、かっこよかったー」
僕らは映画の内容を話しながらゲートを通っていく。なにを話してもカオスすぎて、何度も僕らは笑ってしまった。
「このあと、どうしよっか?」
満水さんの声のトーンがすこし落ちる。
「すこし、ぶらぶらしない?」
映画を見終わったあとのことを、考えていないわけじゃない。のんびりできる場所は把握していた。でも考えている計画通りに進めたいわけでもない。なんとなく、いまはどこかで休憩をするよりも、満水さんとただ話をしながら歩きたい気分だった。
「うん。服、見に行ってもいい?」
僕はうなずいて、満水さんとエスカレーターで下へ降りていく。三階に着くと、吹き抜けの渡り廊下を進んで別館へと入っていった。
そこは異世界かと思うくらい、華やかな景色が広がっていた。
フロアのそこら中に店舗があり、動きまわっている店員さんは小綺麗な服装で接客をしたり、商品を並びなおしている。お客さんもおしゃれを意識している人たちばかりのようなきらびやかな人が多く、僕は肩身が狭くなっていき、足取りが重くなっていった。
「普段、こういうところで、買い物してるの?」
「ううん、ぜんぜん。気楽に行けて、安いところで買ってる」
「そうなんだ」
「センス、ないけどね」
「そう?」と僕は云った。「この前会ったときも、きょうも、おしゃれだと思うけど」
「ありがと」
満水さんが下を向きながら、ちょっとだけ前にでた。
「この前のは、お母さんのお下がり。きょうも、借りてきたやつで、髪もやってもらったの」と満水さんが云った。「自分の服、いいの、ないから」
大人っぽい服装だなと思っていたけれど、そういうことだったんだと納得した。そして僕は、なぜだか親近感を覚えてしまう。
手持ちの服は『だれに見られても、どうでもいい』と思える服ばかりだった。
だけど満水さんと会うときは、そういう服ではいけないと思ってしまう。
たぶん、満水さんも同じなのかもしれない。自分の服では自信がないから、お母さんのものを着てきたのかもしれない。それを褒められても、きっとあまりいい気分にはならないはずで、僕は自らの発言を悔やんだ。
「じゃあ、下見しない?」と僕は云った。「僕も、あたらしい服、ほしいから」
並んで歩いても恥ずかしくならないように、自分に自信をつけるためにおしゃれになろうと、僕は思う。その上で、満水さんにも気に入ってもらえたらいいな、と。
今度また、いっしょに出かける予定を作るための口実もかねて。
僕は、満水さんの返事を待った。
「うん」と満水さんが明るい声音で答えた。「小暮くんの好みも、教えて」
満水さんがすこし早足で前を行く。僕は遅れないように、その背中を追った。
好み、か。
なにを着ていたって、満水さんが着ていれば、なんでも『好き』と云ってしまうような気がするけれど。
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