act.2-6

西暦2098年4月27日 19時30分

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

第二ブロック キャルロット市

クリス・エマの自宅


「ただいま~」

「おかえりー!」

夕飯を作っていたリサ・マーガレットが、仕事から帰宅したクリス・エマに飛びつく。

「これ! 5月1日から宇宙軍の一般公募が始まるんだって!」

リサがどこかで貰ってきたのあろうチラシをクリスへ押し付ける。

「あぁ、そうみたいね……」

押し付けられたチラシを受け取る。クリスの職場もその話題で持ちきりだった。

リサはキラキラした目でクリスを見る。

「……本当に宇宙軍に入るの?」

「うん!……都市艦とか地球を守って、人の役に立ちたいの」

「でも、危険も沢山あるのよ? 私個人的にはもっと別の道に……」

クリスは言葉を詰まらせ、顔を伏せる。

「クリスさん……でも私は、私の選んだ道を行きます」

リサは真っ直ぐクリスの目を見て言う。

「……リサが選んだのなら……」

「うん……ありがと!」

クリスはリサを強く抱きしめる。

こんな子供が軍を目指す現実に、そしてそれを止める事が出来ない自分自身に怒りを覚えながら。


 リビングのソファーに座り、缶ビールを飲みながらその公募のチラシを眺める。

この数日彼女と生活を共にしてきたが、とても献身的で、従順なかわいらしい少女だ。一緒に住み始めたばかりで気を使っているだけかもしれないが。

ただ、あの父親に認められたいという欲求が今の彼女を形成していったのだと思うと、胸が苦しい。

そんな事を思いながらふと、募集要項に目が留まる。

「ねぇ、でもリサってまだ16歳でしょ? 応募資格17歳以上になってるけど……」

「問題ないです! 私5月1日生まれなので!」

「え、そうなの!? じゃあ誕生日パーティーしなきゃ!」

「えぇ~いいんですかぁ~?」

リサはフライパンを握りながら露骨にニヤけ、体をくねらせる。

「当たり前よ! じゃあ、5/1は試験の後すぐ家に帰ってくること!」

「了解です~!」

リサの眩い笑顔に、クリスは罪悪感の様なものを感じた。



同時刻

合衆国特別工業都市艦ナンバー・ツー

宇宙軍仮司令部内 会議室


「コホン……。さて、先の演習の状況報告を行う……」

ラビ・デルタは少し照れながら会議室の檀上に立ち話す。

周りからはひそひそと話し声と笑い声が混じって聞こえる。

「あのなァ! 俺の機体がオーバーヒート起こしてなけりゃ、シャトルはどうなっていたか分からんのだぞ!?」

ラビは怒鳴る。

「分かってます~」

「いやァ、あくまで演習だ! とか言っていた張本人が一番テンション高かったからな~」

バーニーが横から言葉を差す。一同が笑いだす。

「はいはい、分かったから。各チームリーダー、報告しろ」

「GD-1リーダー。敵の奇襲後、即時密集隊形に移行でき、味方が食い止めていた“敵隊長機”の撃墜が出来ました」

GD-1のリーダーが皮肉交じりに言い、また笑いが起こる。

「はいはい……。ところでGDって何だ? SFはスペースファイターの略だろ?」

「GDは狩猟犬(GunDog)の意味でーす」

誰かが言う。

「“ガンドッグ”ね、ハイハイ……」

ラビは飽きれた様な声を漏らす。

「では次」

「GD-2リーダー。2-2が狙撃に気付き自らを盾としてシャトルを守りました。彼のお陰で作戦が続行出来ました。残りの2機はファイターと一緒に敵スーツの迎撃に向かいましたが逆に翻弄され、シャトルから離れすぎてしまいました」

「GD-3リーダー。デブリを逆に利用され、敵の接近を許してしまいました。また、相手のスーツ1機に手も足も出ませんでした」

「SF-1リーダー。敵機の早期発見は出来ましたが、デブリ帯に逃げ込むまでに狙撃によって甚大な被害を受けました。また射程距離もこちらは短く近接戦になる今回は、アーマースーツ相手だと優位に立てない為、周囲警戒に専念すべきだと分かりました」

「ありがとう。諸君らが気付いている通り、今回使用できる火器によってかなり戦術が制限される。基本的にはシャトルから離れず、守備に徹した作戦で行く。だが、デブリ帯を利用したのはいい判断だった」

ラビは続けて話す。

「GD-2-2のパイロットは?」

一人のパイロットが立ち上がる。

「ベクター・ガーランド少尉であります」

「君は、実戦でも自分を犠牲にする覚悟があるか?」

「はい」

「ガーランド。宇宙空間で君が大破した場合、デブリが360°に爆散する事になる。体より先にシールドを使うように。だがいい反射神経だった」

「ハッ」

ベクターは席につく。

「それと……GD-3の中で、俺にナイフで挑もうとしていた奴がいたな?」

「……自分です」

別の一人が立ち上がる。

「GD-3-3、ロック・グレイ少尉です」

「君は即座にナイフを取りだし私に向かってきたが、その時右手に持っていたマシンガンを破棄しナイフに持ち替えた。それがデブリとなる危険性もある。いい判断と反応だったが、アーマースーツには腕が2本あるんだ。左腕も操作出来るようにこれから頑張れ」

「了解です」

「さて、私からは以上だが、何かほかにあるか?」

「少佐、エンジンのオーバーヒートの問題は、明日までに解決出来ますか?」

「現在システム面を調整中だ。リミッターを設ける関係で、今日より若干出せるパワーが落ちるだろう」

「了解です」

「他には? ……明日は早朝からの任務だ、十分休養を取っておけ。……ファイターもアーマースーツも、メカニックが徹夜で整備を進めるだろう。翌朝の機体チェック時にでも一言礼を言っておけ。解散」

「「「了解!」」」



西暦2098年4月28日 9時00分

空母キュリオス 格納庫内


 空母、とは言っても元々デブリ業者らがアーマースーツを輸送する為に使っていた船を宇宙軍が購入して転用しただけにすぎない。

中央の艦橋やエンジンを積んだメインシップに、対角線上に4つの巨大なコンテナを配置している。

1つのコンテナにアーマースーツなら4機、戦闘機なら6機格納可能な広さだ。

船を正面から見ると“X”の形に見える。その事から、“Xタワー”という愛称を早速付けられていた。Xウィングとは誰も呼ばない。

Xタワーは宇宙標準時7時30分に工業艦ナンバー・ツーを出航し、無音の海を地球を目指し泳いでいた。


 コックピット内でシートに深く座り、両足をコックピット入口の上で組んでラビはリラックスして待機していた。

その時に、無線と艦内放送同時に放送が流れる。

≪作戦区域に到着。ファイター、アーマースーツ全機発艦準備≫

格納庫内の整備兵たちが引き上げ、格納庫内の照明が落とされる。

アーマースーツの発艦準備が整い、発艦シーケンスに移る。

「了解。“ガンドッグ”全機、発艦準備!」

無線を開きながら、コックピットハッチを閉める。


 アーマースーツが吊るされている格納庫の床部分が開き、暗い宇宙空間が見える。

≪エリアクリア。全機発艦を許可≫

「GD-0了解。発進する」

船と繋がれていた肩の固定具が外され、宇宙空間へ産み落とされる。

正面に、巨大な青い星が映る。

そこへXタワーから無線が入ってくる。

≪こちらキュリオス。“ウィスキー”から報告。天候不順の為、到着が10分遅れになるとの事だ≫

「了解した。こちらGD-0、各チームリーダーへ。“ウィスキー”の到着は0935に変更。それまでレベル3で待機」

≪了解≫

30分も待機か。

地球上空400km内はどの都市艦も入れない。今この空域に居るのは俺達だけ。

地球が目の前に感じる距離だ。

地球に引きずり落とされないよう、たまに脚部のスラスターを吹かせる。


 静寂の中、永遠に続くような時間が流れた。

≪……こちら“ウィスキー”。なんとかたどり着いた。道案内を頼むよ≫

「ようこそ。ご案内しますよ」

目標のシャトルをメインカメラで捉える。大気圏内を随伴していた高高度戦闘機が引いていくのが見える。

「こちらGD-0、“ウィスキー”と合流。キュリオスは撤収してくれ。各機、シャトルの護衛につけ」

≪≪≪了解≫≫≫

工業艦ナンバー・ワンまで1200kmの旅が始まる。

1時間程で到着する短いミッションだ。

昨日の訓練同様、ファイター10機をシャトルの全周囲に配置し、アーマースーツ3機ずつから成る3個小隊をシャトル前・左右後方に配置している。ラビはシャトル真下に位置する場所で並走していた。


 10分程飛行を続けた時、ファイターから通信が入る。

≪こちらSF-1-4、右舷よりデブリと思われる物体が3つ接近中。150秒後シャトルと接触する危険あり≫

「了解。“ウィスキー”、デブリが右舷より接近中だ。上昇して回避しろ」

≪“ウィスキー”、了解≫

「GD-2、右舷に展開しデブリを警戒」

≪了解≫


 そのデブリが一行の下を通過しようとしていた。

≪デブリ、直下700mを通過します≫

報告が入る。

「熱源反応は無し。……まったく、どこの国のゴミだ?」

ラビは迷惑そうに独り言をこぼす。

その時だった。デブリ3つ共が同時に分解し、中からアーマースーツらしき機体が飛び出してきた。

「!! 敵襲ッ! GD-3迎撃!」

≪了解!≫

シャトル左後方についていたすぐさまラビとGD-3で迎撃に移る。

「“ウィスキー”は最大船速で振り切れ!」

≪了解した!!≫

だがしかし、3機の敵アーマースーツは迎撃に向かった4機には目もくれず、逃げていくシャトルへ直進していく。

≪無視すんじゃねェ!≫

GD-3-2がマシンガンを放つが避けられてしまう。

振り向いた敵機の1機が一瞬何かを光らせる。

その瞬間、GD-3-2の右膝部分が融解し爆発する。

≪3-2、右脚部被弾!≫

「3-2、その場で待機していろッ!」

何が起きた……?

一瞬の出来事に唖然とする。

別方向からの狙撃か……? いや、高速で飛んでいたデブリか?

だがセンサー類は何も反応しなかった……。

脳裏に、ジャパンで白い鳥と交戦した時の風景が浮かぶ。

ユーキ・アルスが“指向性レーザー兵器”ではないかと言っていた、アレだ。

だとして……何故それをアーマースーツが装備している!?

「SF全機、敵が1km圏内に入ったら一斉にミサイル発射!」

スラスター出力も敵機の方が上だ、追い付けない……!

「GD-3はそのまま追い続けろ。俺が先行する」

≪GD-0、どういうことだ!?≫

ラビはモニターで一つの機能をOFFにする。スラスターの出力リミッターが解除されたのを見て、ペダルを踏み込む。

一気に加速し、強烈なGが圧し掛かってくる。

≪全機ミサイル発射!≫

シャトルを守っていた戦闘機が一斉にミサイルを敵機に向け放つ。が、一瞬にして全てが撃ち落とされてしまう。

「よくやった!」

ラビはミサイルによって足止めされた1機に接近し、90mmマシンガンを叩き込む。

敵機背部のスラスター部分に直撃し、大爆発を起こす。

爆散した敵機の破片がラビの機体に激しい音を立てながら降り注ぐ。

もう1機の敵がこちらを睨む。その瞬間、再び何かが光る。

「あッ……」

ラビが思わず言葉をこぼした瞬間、一瞬にしてラビの機体中に穴が開く。

力なく項垂れたラビのアーマースーツは、小爆発を起こしながら宙を舞う。

≪少佐ァァ!!≫

後から追ってきたGD-3によって、ラビを攻撃した敵機も撃墜される。

もう1機は諦めたのか、宙をジグザグに飛び回り、その場から撤退していった。



西暦……何年?

暗闇の中?


 ここは…どこだ。

目の前には真っ暗な空間が広がっている。

俺は死んだのか?

なぜ死んだ?

俺は誰だ?

今何時だ?

その時、目の前で一瞬何かが光った。

ふと体へ視線を落とすと、光の矢が腹部に突き刺さり、貫通していた。

これで死んだのか。男は納得した。


……いやだ、死にたくない。まだ知りたい事が沢山ある。見たい風景、会いたい人。

今日はまだタバコも吸ってない。

一昨日買ったカミソリもまだ使ってない。

……。


「ハァッ! ハァッ……!」

鼻と口を覆う呼吸器の中で精一杯息を吸う。

ラビは目を覚ました。

生きてる……。

体から力が抜けるのを感じながら、ゆっくり呼吸を整える。

横の机に置いてある時計を見る。

4月28日、14時……。

作戦は!? シャトルはどうなったんだ!?

身体は反射的に起き上がり、辺りを見渡す。

誰も居ない。

俺の体は問題無いみたいだ。ふと自分の腹部を見て、異常が無い事に少し安堵する。

服もこの病院の物と思われるパジャマに着替えさせられていた。

呼吸器を外し、ベッドから起き上がる。

病室を出ても誰も居ない。静かすぎる。

廊下の窓から外を見てやっと気付く。建設途中の宇宙軍司令部。ここは工業艦ナンバー・ツーの中なのだと。

廊下の上部の電光掲示板を流れる赤い文字列が目に入る。

『緊急事態発生。総員避難区域へ退避せよ。』

その文字が延々と流れている。

何が起こっているんだ……。まさか敵が襲ってきたのか!?

ラビは急いで病室に戻り、ベッドの横に置かれていたパイロットスーツへ袖を通す。

再び廊下に出た時向こうから声が聞こえる。

「デルタ少佐!」

「アンタは? 何が起こっているんだ!?」

「ここの軍医です。先ほどナンバー・ワンにて爆発事故が起こり、その処理に総員駆り出されています。ナンバ・ツーは現在分離し、ナンバー・ワンの退避先になっています」

「分かった、俺も向かう」

「いえ、今は危険です。先ほどの戦闘で酸素不足状態に陥っていたんです。一緒に避難区まで来てください」

「だが……」

「いいえ、今は安静が必要です! 付いて来てください」

その男の軍医に言われるがまま、ラビは付いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る