act.3-3
西暦2098年7月14日 15時00分
ブラジル セアラー州
フォルタレザ国際宇宙空港
輸送船 ラッキー・マウンテン号
船内
(ブラジル標準時 12時00分)
「諸君、遂に我々は計画を実行する! 長きに渡った諸君らの働きに心から感謝する」
一人の長身の男が、客室に居る20人あまりの前で話す。
「愛おしき“ホワイトドール”達よ、もちろん君たちもだ。残念ながら、一人は志半ばで地球人の手によって殺められ、一人はあろうことか寝返った。亡き者の無念は、裏切者の死を以て晴らされるだろう」
男の視線は8人の子供たちへ向けられた。
一同は、ある者は憎しみの目で、ある者は恍惚の目で長身の男を観る。
「自らの手で自由を、勝利を勝ち取れ! オール・フォア・マールス(All For Mars)!」
「「「フォア・マールス!!」」」
ラッキー・マウンテン号へ、8個のコンテナの積み込みが終わり、シャトルの発射準備が整う。
行き:月面都市 セレニティ・シティ。
西暦2098年6月30日 10時20分
合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン
第一宇宙港
「少佐~、早くしてくださぁい~」
「待て待て、離陸許可は10時半以降だ。そう慌てるな」
「だァ~~」
ここへ来てから、初めて完全にフリーな休暇を得た。ラビ・デルタはリサ・マーガレット一等兵に促されるがまま、国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイムへ遊びに連れて行く事となった。
クロ・エマ少尉もまた初めて外出許可が出た為、ついでに(主にリサの相手をさせる為)出かける事となった。
リサとクロは階級は違えど、同じ位の年で馬が合うようだ。
「なぁ、急にクリスのトコに行ったら迷惑だろ? 今度ちゃんとアポ取ってから……」
「大丈夫! 今日帰るかもって伝えてあるから!」
「それはお前が帰るって言ってあるだけだろ?」
「サプライズですよ、サプライズ!」
「あ~……」
「……デルタ少佐は、そのクリスさんって方に会いたいんですね」
ラビとリサの会話にクロが横槍を入れる。
「少尉の言うとおり! バレバレですよ~」
リサは上機嫌でシャトルの搭乗口へ向かう。
「あのなぁ……」
「クリスさんとはどういった関係なんですか?」
「食いつくなオイ。なんでもねーよ、1回メシに行っただけだ」
「へぇ……」
納得したのか無関心なのか分からない答えを貰う。
ゲートに着き、小型シャトルへ乗り込む。これはラビ所有の……ではなく、ユニヴァース・ワン共有のシャトルだ。
自分のシャトルを持つなぞ、一兵士の年収で出来るわけがないのだ。
「こちらUS-1003、離陸許可を」
≪ユニヴァース・ワン、了解。ハッチオープン。良い休暇を≫
「サンキュー」
ハッチから宇宙へ出る。あとは自動操縦に任せるだけだ。
同日 11時10分
国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム
第二ブロック キャルロット市
入艦審査等を終え、都市艦内の電車を使い第二ブロックの中枢都市 キャルロット市へ向かった。
「すごい、これが船の中だなんて……!」
電車の外を眺めるクロの目が輝いている。
「全長670kmだもんなァ、船だと気付かねえよ」
「たった2か月しか経ってないのに、なんだか懐かしいな……」
リサも感慨深そうに窓の外を眺めている。2人ともまだ立派な子供なのだ。
駅に着き、そこからはリサの案内でクリスの住むアパートまで来た。
インターホンを押すリサ。
「リサ! お帰り~~!!」
玄関のドアを開けるなり、クリスがリサへ抱き着く。
「たっだいまー!」
リサもクリスに笑顔で抱き着く。そして、クリスが横に立っている男に気付く。
「え?」
「ひ、ひさしぶりー……ハハ」
ラビがぎこちなく挨拶をするのと同時に、クリスがリサを連れて部屋に消えてしまう。
「……少佐、嫌われているのでは」
「ウルセェ」
クロの厳しいつっこみが入る。
「なんでアイツが来てるの!?」
「へへーサプラーイズ!」
屈託のない笑顔でリサが言う。
玄関ドアの向こうから声がする。
「クリス、突然来て悪かった。また今度……あれば」
「え?」
リサが思わず反応する。
「あ、ちょっと待って!」
クリスがドアを少しだけ開け、去ろうとするラビを捕まえる。
「……5分、いや2分待って。部屋片付けるから……」
「えーいっつも汚いからイイジャン」
「うるさいっ!」
小声でリサへ言い返し、ドアを閉めた。
「どうぞ、狭い部屋ですが……」
「お邪魔します……」
「お邪魔します」
ラビとクロが漸く部屋に上がる。
数メートルの廊下を歩き、リビングに入る。
白を基調とした部屋だが、黒のソファーや緑のクローゼットなど、家具のセンスは……。
「えと、何か飲む? 水かコーヒーくらいしか……」
「あー、いや、お気遣いなく……」
ニヤニヤしながら2人の会話を見ているリサ。
クロは終始不思議そうな顔で3人を見ている。
「あ……えっと、コイツは、クロ・エマ少尉。同じ部隊に居るアーマースーツのパイロットだ」
「宜しくお願いします」
「あ、どうも……。凄い、こんな若いのに少尉さんなんですね」
「いえいえ。ハイスクールでロボット競技をやっていたら、いつの間にか引き抜かれてしまっただけですから」
今のクロは、そういう“設定”で生きている。事実を知っているのは極一部の人間のみだ。
「ねー聞いてよ! 私のアーマースーツの訓練、ラビ……少佐がみてくれてるのよ! これは運命だよね!」
「そうなの? ……というか、本当に宇宙軍に入っちゃったんだね、リサ」
リサの軍服姿を改めて見て、少し悲しそうな表情をするクリス。
「俺が言うのも変な話だが、まだ他の道を探すのも良いんじゃないかな。リサも、クロも」
クロがラビを向く。
「私は自分から志願したって言ってるでしょ~!」
「いや、君たちの様な若い人間が戦場に出てはいけないんだ。どこまで落ちぶれてしまったんだこの国は。俺自身もだ。毎日訓練し、君たちを評価する……その度に、自分を憎み、殺しそうになる……」
ラビが顔を俯ける。
「ラビ……」
初めて病院で会った時と同じ、凄く悲しそうな目をしている。
「すまない。まぁ、君たちにはまだいろんな可能性があるって事さ。トイレ借りるぜ」
そう言ってソファーから立ち上がり、廊下にあるドアを開けようとする。
「……アッ、そこは」
クリスが言いかけた時には遅く、ドアを開けた瞬間雪崩出てきた服やゴミがラビの膝まで飲み込む。
「……早く言ってくれないかな」
「ふっ……アッハハハ!!」
リサが思わず笑い転げる。
「フフフッ」
クロもくすくす笑っている。
赤面し、へにゃりとフローリングに座り込むクリス。
なんだか締まらない空気になった。
その後は、皆で昼食をとり、街中をぶらぶらして有意義な1日を過ごした。
ここ数か月の疲れが漸くリフレッシュ出来た気がした。
西暦2098年7月15日 21時20分
合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン
キャンプ・ブラックシュガー
ラビ・デルタの自室
今日も新兵達の訓練を終え、自室で今日行ったテストの評価、そして明日行う訓練内容を確認していた。
とても憂鬱な時間だ。
脳内で愚痴を吐きながらタバコを一本取り、口へ運ぶ。デスクに置いてある写真を見る。
先月末、アルファ・アーカイムで撮った4人の写真を見て少し落ち着く。
一回喫煙所行くか。そう思い椅子から立ち上がる。
その時であった。
≪月政府から全世界へ向けた緊急放送だ。艦内でも流す≫
なんの前置きもなく艦内放送が突然始まる。
≪えー……、月政府大統領 ロナルド・ノーガードです……。現在我々は “火星艦隊”と名乗る武力組織によって各都市を制圧されつつあります……≫
な、何が起きているんだ!?
急いで部屋のテレビを点ける。映像は月面都市セレニティ・シティの官邸のようだった。
『彼らの要求は……』
そこで違う男が映像に写りこんでくる。
『私は“火星艦隊”司令官、“エル・エラ”である! 既に大半の月面都市は我々の制圧下あるッ!』
エル・エラと名乗る男は、握り拳を高く掲げる。
『我々の要求はたった一つ! アフリカ大陸の譲渡である!』
唖然としてテレビ画面に食いつくラビ。
『我々、地球文明から見捨てられた“火星人類”はァ! 地球に残る最後の“地球”、アフリカ大陸へ帰るのだ!』
ラビの脳裏にクロの姿が浮かぶ。即座に部屋を飛び出し、クロの自室へ向かう。
部屋を出ると、キャンプ中も大騒ぎとなっていた。
共有スペースの巨大なテレビの前には兵達が山となって観ていた
「クロッ!!」
部屋のドアを叩く。
「アイツらは何故月に!? いつ、どうやって来た!?」
「わ、わかりません……」
「本当に何も知らないんだな!? 一つでも隠している事があればッ……!」
ラビはそこで漸く口を止める。
「……僕は本当に何も知らないんです。知らされてないんです……、教わってないんです……」
クロが溢す。
「地球の事も、火星の事も。地球に帰りたい人の事も、帰りたくない人の事も! 地球に来たとき、マーニャをなんで見捨てたのかも分からないんですよ! 僕が知っているのは、マシンの乗り方だけ……。僕は一体何なんですか!?」
クロが泣き崩れる。
呆気にとられ、茫然とクロを見つめる事しか出来ない。
「……すまない」
そう言い残し、ラビはすぐに部屋を出た。
同日 21時50分
合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン
宇宙軍司令部 作戦会議室
月面都市侵攻を受け、緊急招集が掛かる。
「えー、先の火星艦隊による月面都市の侵攻。これについてまだ何も情報が無い為、宇宙軍単独での強行偵察任務が大統領から下りた」
ジェームズ・ビーデン大将自らが作戦概要を説明する。
「本国の解析班によると、映像の改竄等は無く、出ていた月大統領本人に間違いない。またビデオを流したのではなく、発信源からライブ中継であった事も確定している」
会議室のスクリーンへ月主要都市が載った地図を出す。
「現在、全てのネットワーク網は遮断されており、こちらから接触を図る事も不能。また艦隊と名乗っているが、月軌道上へその様な艦艇が接近した事は確認を取れていない。ISS(国際宇宙ステーション)も、月へ接近する艦艇、また月治安維持軍が出動した形跡も全く掴んでいなかった」
「その確認はいつ時点ですか?」
一人の将校が質問する。
「昨日、標準時18時30分頃だ。その後、月軌道上の人口衛星群が全てシグナルロストしていた事が分かった」
「何故その時何も報告が無かったんだ?」
「破壊された?」
「要求を出しているのに連絡を絶った理由が分からない……」
周りが騒がしくなる。
「静粛に。現在出ている無人偵察機から映像が来た、映せ」
スクリーンがその偵察機からのライブ映像に切り替わる。
「現在、“セレニティ(晴れの海)・シティ”、上空800km地点です」
クリアな映像に、何も映っていない。
「何も映ってないじゃないか」
「もう月面基地に着いたからでは……?」
「だとしても、上空に別部隊を待機させるのが定石だろう」
「サーマルカメラに切り替え可能ですか?」
ラビが問う。
「あぁ。やってくれ」
ジェームズが隣に立つ男に伝える。
映像が切り替わった瞬間、スクリーンの大半が青に染められる。月面都市の明かりが少し見える。
が、画面左端、艦の様な形をした熱源を数十個捉える。
「あッ……」
一同が思わず口を開けた瞬間、映像が途切れる。
「む、無人機からの応答が無くなりました……」
「……至急、今撮ったサーマルの映像を解析班に回せ」
「ハッ」
会議室は一気に騒がしくなる。
同日 22時00分
月面都市 セレニティ・シティ
月政府官邸
「みィごとな演技だったぞ大統領! 演劇スクール出身かな?」
上機嫌でロナルド・ノーガードへエル・エラが話しかける。
「で、現在の状況はどうですか」
「スルーですかい! まぁ全て順調、といったところかな。周辺宙域に異変は無いかな?」
エルが通信手の若い男に尋ねる。
「はい。ですが世界各国の偵察機が飛来してきており、対応に追われています」
「月面基地は我々の技術で武装してあるのだ。無人機くらい対応出来て下さいねぇ!」
「ホワイト・ドール達も出しますか?」
「そんなに対応出来ないの? 第三艦隊を向かわせなさいよ」
「裏側が手薄になりますが……」
「どーせ全ての都市を制圧したなんてウソ、すぐバレちゃうんだから良いのよ。要のここを護れれば良い!」
「了解です。こちら“ムーン・クイーン”、第三艦隊は晴れの海沖へ終結せよ――」
「我々から提供出来る“切り札”を使っても、全ての宇宙軍を相手になんて出来ません。いつまで月を人質にしておくつもりで?」
ロナルドが不安そうに聞く。
エル・エラがくるりと体を翻し、巨大な月面の地図を見渡す。
「ん~さァ? 地球人のみなさんこんにちはですねぇ~」
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