act.3 レッド・プラネット・アタック

act.3-1

西暦2098年6月8日 16時00分

合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン

周辺宙域


「クロ、W-0(ウィスキー・ゼロ)の調子はどうだ?」

≪問題ありません、行けます≫

「了解。GD各機、警戒態勢を維持したまま現宙域で待機だ」

≪了解≫

「ようしクロ、手加減なしで掛かって来い」

≪わかりました≫


 新型のアーマースーツを用いて、鹵獲した白い鳥との模擬戦闘。

これまでにない緊張がアーマースーツ部隊全体を包んでいた。


≪こちらGD-3! W-0を捕捉……ユニヴァース・ワン直下2kmの地点!?≫

「索敵遅いッ! GD-2は3の援護に行け!」

≪了解!≫

「GD-1、ユニヴァース右舷から回り込むぞ」

≪了解≫

ユニヴァース・ワンの直上で待機していたラビ・デルタ達GD-1部隊も応援へ向かう。

2kmの地点までレーダーに探知されずに接近してくるとは、”白い鳥”のスペックでもあろうが、クロ・エマの卓越した操縦技術と相まって恐ろしい存在だ。

ラビ・デルタ少佐はコックピット内で少し口元がニヤけている。あんなに素晴らしいパイロットが居る事に。


≪GD-2、なんとしても鳥のケツに食い付け!≫

GD-2の3機のアーマースーツが白い鳥の後ろを必死に追う。

だがアーマースーツから放たれた90mmマシンガンの銃弾はどれも白い鳥をかすりもしない。

≪GD-3-1! 迎撃する、こっちに追い込め!≫

≪どっちだGD-3!?≫

クロの操る白い鳥は宙を可憐に舞い、アーマースーツ部隊を翻弄し連携を崩していく。

≪GD-2、敵と距離を取れ。レーザーを使う!≫

≪了解!≫

その混戦をラビは離れた所から観察していた。

≪リーダー、俺らは加わらないんですか?≫

「あの狭い宙域でこれ以上の混戦は危険だ。鳥が宙域から離れた所を俺達が叩く、今はあいつらに任せろ」

≪了解……≫

GD-1-2のアレックス少尉が少し不満そうに返してくるのが聞こえる。

その瞬間、シグナルロストの警報音が鳴り響く。

≪GD-2-3、3-1、3-2、戦闘不能≫

空母キュリオスから通信が入る。

一度に3機も落とすとは……。

「俺達も戦闘に加わる。1-2、ライフルで奴の動きを止めろ」

≪了解≫

その時通信が入る。

≪GD-2、やれェ!≫

GD-3-3のグレイ少尉が白い鳥へ急接近し、文字通り飛び乗った。

「GD-3-3! 離れろ!」

≪クソ、奴が邪魔で撃てねえッ……≫

アレックス少尉が鳥を捕捉したまま撃てずにいる。

そうこうしている内に白い鳥の爆発的な推力でGD-3-3は振り落とされ、すぐさま翼のレーザーで撃墜されてしまう。

≪GD-3-3、戦闘不能≫

「アレックス、撃て! バーニー、奴を挟み撃ちにするぞ」

GD-1-3のバーニー少尉と共に白い鳥を追いかける。

2機が白い鳥を追い込むように鳥の後ろ左右から銃弾を浴びせ動きを封じる。

≪……そこッ!≫

アレックスがトリガーを引く。

GD-1-2が装備する試作レーザーライフルが白い鳥を射抜く。

とは言っても、模擬戦闘用に出力は大幅に落としているが。

≪W-0戦闘不能。戦闘を終了します≫

「了解、全機帰投する」

≪了解……≫

キュリオスから通信が入り、各機帰艦していく。



同日 18時20分

合衆国特別工業都市艦 ナンバー・ワン


 先の模擬戦の評価をパイロット・戦術士官らと行い、ラビとクロは結果報告へ都市艦ナンバー・ワンへやって来た。

「ユーキ」

「デルタ少佐、クロ少尉」

ユニヴァース・ワンとナンバー・ワンの接続部へ着き、迎えに来ていたユーキ・アルス特務大尉と合流した。

「あぁ~疲れた、メシを先に取っても良いか?」

「ええどうぞ」


 ユーキが乗ってきた送迎車に乗り、DARPAの研究施設へ向かう。

「例の襲撃から一か月で、よくもここまで復旧したもんだ」

ラビは窓の外を眺めながら溢す。

「まぁ、合衆国が今一番金をつぎ込んでいるトコだからねぇ」

「他の大国も同じ様なもんだろうな」

「あぁ。まさに一触即発! ビッグバンがもう一度起こるかもね」

「シャレにならねぇ」

ラビがユーキの言葉を聞き流す。

「クロ少尉、ここでの暮らしには慣れたかい?」

「え? えぇ、大分慣れました」

突然話題を振られた事に少しクロが動揺する。

「そっかそっか」

ユーキは満足そうに笑い、彼も窓の外を眺めた。


施設に着き、食事を取った後小さな会議室へ入る3人。

「先の戦闘データは貰っているよ、まだ詳しくは視ていないが……」

ユーキが端末を操作し、壁のスクリーンへ先ほどの戦闘記録を表示する。

「白い鳥1機の撃墜に、アーマースーツ4機の損失とは……」

ユーキは若干笑いながらスクリーンを眺めている。

「笑うな、これは重く受け止めないといけない現実だ」

ラビは至って真面目に言う。

「ほぉ……、こういう戦い方なのか~。制御スラスターを余り使わない操縦は、少尉の”癖”なのかな?」

白い鳥の羽を動かす事で、慣性によるマニューバを行っているクロの操縦に注目する。

ユーキはクロへ問う。

「なるべく燃料消費は抑えたいですから」

クロがユーキへ口を開く。

「確かに。だが2機に追われて動きを制限されているあの状況下、君の鳥なら急制動で逃げられたはずだ……」

ユーキの喋るトーンが下がる。

「僕には出来ませんでした」

「手を抜いたのか?」

「おいユーキ、そういう言い方は無いだろ」

思わずラビが口を挟む。が。ユーキは続ける。

「だがしかし、この直前に包囲していた3機のアーマースーツを瞬時に、しかも同時に落とす芸当をやってのけているのに、何故ここでは出来なかったんだ?」

スクリーンへ、その瞬間を映していたGD-2-1の映像を出す。

「その時咄嗟に出来ただけです。追ってきていた2機は不規則な動きながら僕の動きを確実に制限する、そんな戦い方をしていたので無理でした」

「ふぅ~~ん」

ユーキはあからさまな態度でクロへ返す。

こんな子供っぽい男だったか?

クロも少し警戒した目で見返す。

「何が不満なんだ? アンタらしくない」

「別に。ああいう“飛び方“は白い鳥のパイロットは皆やるの?」

「まぁ、大体は……」

「なるほどなぁ……。うん、ありがと」

ユーキが急にそっけなく話す。何かメモを取っているのが見える。

「キミのその意見が嘘だったら、実戦では白い鳥に歯が立たず、何機のスーツが落とされるだろうねぇ」

ユーキの言葉に、クロもラビも不快感を露わにする。

「それで、デルタ少佐的には、白い鳥との戦闘はどうだった?」

「あぁ……? まぁ見ての通り、3機で掛かってようやく互角という感じだったよ。正直90mmの実弾じゃとてもじゃないが当たらない」

「まぁ今回の戦闘データを元に、機動予測をプログラミングする事は可能だよ」

「それも助かるが、レーザーライフルの量産はまだ無理か?」

「それねぇ……」

ユーキが一枚の写真をスクリーンへ映す。

「白い鳥の技術を用いて小型化を進めたいのだが……この部分、機関部が完全なブラックボックスに成っていてなかなか解析が進んでいない。クロ君にも協力して貰ったが、彼も内部機関のひとつひとつまでは分からないようだったし」

「そうか……。あの機動・スピードに付いていけるミサイルの搭載も難しいな?」

「アーマースーツに載せるには、あまりに巨大なミサイルになってしまうね。艦艇に積むレベルの物でしか」

「白い鳥に対抗するには、船で戦った方が効率的か?」

「ん~……。こういう言い方は誤解を招くかもしれないけれど……アーマースーツが鳥達の“囮”になって、それを艦艇がサポートする、というのが今出せる一番の解かもしれない」

「囮、ね……。ガンドッグ(狩猟犬)の名前が廃るな」

ラビはあまりに直球なユーキの言葉に吐き捨てる。



同日 20時10分

合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン


 ユーキへ報告を終え、ラビとクロの2人はユニヴァース・ワンへ帰ってきた。

宇宙軍ユニヴァース・ワン内のキャンプ・ブラックシュガーの宿舎に戻る。

「クロ、長い事付き合せてすまなかったな、おやすみ」

「おやすみなさい少佐」

少し疲れが見えるクロの顔を見て、罪悪感の様な感覚が心に残る。

ラビは一度自室に戻り、着替えを持って部屋を後にする。


 シャワールームへ向かう途中、怒声が廊下の向こうから聞こえてきた。恐らく共有スペースからだ。

「テメーらが上手く誘き寄せないから、こっちが撃てなかったんだろォ!?」

「俺らだって必死に食らいついてたんだ! テメーらGD-2の応援が遅いから俺らが落とされたんだ!」

「んだとGD-3のホモが!!」

「オメーらの索敵がアメぇんだよォ!」

「おいやめろ!」

「ニックお前飲み過ぎだ!!」

予想通り、GD部隊の奴等だった。

こういうのは口を出さず、こいつら同士で解決するのを待つべきだろうが、自分が指揮を執っていた事もあり負い目を感じる。

「ヤベ、隊長……」

一人がラビに気付く。

共有スペースが静まり返る。

「あぁ……」

皆の視線が集まる。

「……今日の結果は、君たちの問題ではない。根本的に機体のスペック差がありすぎたのだ、これは紛れもない事実だ」

ラビはありのままの事を言う。

胸倉をつかみ合っていた男達が力無く手を解き、立ちすくむ。

「……だが、今回の戦闘データによって、相手の動きも分かった。プログラムの修正や、レーザーライフルの実用化で必ず対抗出来るだろう……」

最後の言葉は、力無く消えかけていた。だが。

「……そうだ! これから俺達のアーマースーツも強くなる!」

「宇宙軍もこれから強くなるんだ!」

「USUF! USUF!」

「火星人をファックしてやるぜ!」

「イエェ!!」

「ハント イット(Hunt it)! ガンドッグス(Gundogs)!!」

 盛り上がる男達を後目に、ラビはその場を立ち去るしかなかった。



西暦2098年6月15日 15時00分

合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン

第一宇宙港


 今日、4隻の大型人員輸送船が入港してきた。

運んできたのは、新たに宇宙軍へ入った新兵たちであった。人数にして実に一万五千人。

内八百人がアーマースーツパイロット志願兵である。地球や各都市艦で基本訓練を受け、ここへやってきた。

今後、ユニヴァース・ワンが本格的に宇宙軍の中心となって運用されていく事をラビはようやく感じた。

ラビ達テストパイロット部隊の面々も、新兵たちを迎え入れる為宇宙港に来ていた。

 宇宙港に設営された会場で、宇宙軍大将ジェームズ・ビーデンより挨拶があった後、それぞれ配属された部隊へ散らばっていた。



同日 16時

合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン

キャンプ・ブラックシュガー

中央広場


「――えー、皆が宇宙軍、それもアーマースーツのパイロットを志願してくれた事を誇りに思います。我々と共に、盾と成り、矛と成り、祖国を守る為の力に成りましょう。以上、ありがとう」

ありきたりな演説をした後、拍手喝采を背に浴びながらラビは降壇する。

「見事なスピーチでした少佐」

「嫌味か?」

クロが珍しく話しかけてくる。

「やはり、宇宙軍は火星人類を叩くつもりですか?」

「さァな」

「先日の戦闘データを見させて貰いましたが、ナンバー・ワンを襲ったのは火星で作られたマシンじゃありません」

「お前が知らない所で作られた可能性もあるだろ?」

「でも……」

「あいつら3機だけで襲ってきただけでも無茶苦茶だが、最後は単騎で奇襲してまで白い鳥を奪おうとしていた、異常だ。それが“火星人”の仕業ではないと?」

「“火星人”って呼ぶの止めて下さい」

「論点を逸らすな」

「もういいです」

クロは会場を後にしていった。

ラビも自分の放った言葉に後悔した。



西暦2098年6月15日 21時05分

月面都市 セレニティ・シティ

月政府官邸


「――はい、先遣隊を迎え入れる準備は出来ています。もちろんあなた方も。我々も蹶起(けっき)の時を待つのみです」

≪例の寝返ったホワイト・ドールはどうなった?≫

「はい、アメリカが白い鳥と共に手の内に収めたまま……。どういう訳か、新設した宇宙軍に配属させた様で……」

≪ほぉ……?≫

「8日に、白い鳥とアメリカ軍が使用しているアーマースーツとで模擬戦闘を行った様です。一部データを入手しましたが、戦力差は1:3、圧倒的にあなた方“火星艦隊”に分があります」

≪しかし宇宙軍とて急速に軍拡を行っているだろう。数の前に質は負ける。先の大戦でも証明されてきた事だ≫

「申し訳ありません……。あ、あと、こちらをご覧頂きたい。レーザー兵器をアーマースーツが携行可能な程まで小型化を行っています。まだ本格的な運用はまだの様ですが」

≪白い鳥から技術流出した可能性は?≫

「無いです。未だ彼らはブラックボックスに手を出せていません。艦艇に積んでいたレーザー砲を無理やり小型化させたに過ぎません」

≪だろうな、アレを無理やり解体でもすれば、自爆シーケンスが働いているはずだ。まぁ良い、1週間後にまた連絡する。以上≫

「はッ」

通信が切られ、男はシートに深くもたれる。

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