act.2-7

西暦2098年5月1日 20時00分

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

第二ブロック キャルロット市

クリス・エマの自宅


「誕生日おめでとう」

クリス・エマはリサ・マーガレットへ、17本のロウソクの立ったケーキを差し出し、部屋の照明を消す。

瞳にロウソクの灯を映しキラキラさせている。思い切り息を吸い込み、一息で全てのロウソクの灯を吹き消す。部屋は暗転する。

部屋の照明のスイッチを入れ、再び部屋が明るくなる。

リサは笑顔で涙目になっていた。

「ど、どうしたの?」

クリスは少し戸惑いながら聞く。

「……だって、人に誕生日お祝してもらうなんて……久しぶりだった、からぁ……うわああぁぁ」

リサはそのまま泣き出してしまった。クリスはリサの隣に座り、優しく抱きしめた。

「ありがどぉグリスさぁァん」

「はいはい、いい子いい子」

背中をさすって、リサが落ち着くのを待つ。

自然と笑いあう2人。

ようやくリサが心を許してくれたような気がした。


 リサが今日行った宇宙軍の一般公募の一時試験は、高等学校の卒業(または卒業見込みの)証明があれば筆記試験は免除された。あとは心理テスト、身体検査それと簡単な面談のみであった。

アメリカ合衆国の各州や各都市艦で行われた為、リサは一番近くの都市艦“リライズ”へ一人小旅行をしていたのだった。

結果は5月10日以降に届くそうだ。



西暦2098年5月2日 14時00分

合衆国特別工業都市艦 ナンバー・ツー

改め、

合衆国宇宙軍司令部艦 “ユニヴァース・ワン”

司令室


「掛けたまえ」

ジェームズ・ビーデン宇宙軍大将が、部屋へ入ってきた少年へ投げる。

少年に付いてきた監視役の男が携帯端末を開く。

端末は地上のホワイトハウスと繋がっていた。

「大統領閣下」

≪ジェームズ、色々ご苦労だな。さて次から次に申し訳ないが、火星から来たその少年、クロ・エマを宇宙軍少尉待遇で扱ってくれ≫

「ハッ……。しかしどういう風の吹き回しで?」

≪彼は我々と争う気は無い。彼の要求は、火星人類の地球圏への帰還だ。そこで彼には、今後の地球と火星を結ぶ調停役となって貰う≫

「それは適任だと思います、が、なぜ宇宙軍へ?」

≪彼は保険だ。万が一の時、”駒”は使える手元に置いておくのが良い。それと同時に技術提供等も行ってもらう。それが彼を自由にした条件だ≫

「なるほど、承知しました」

≪ありがとう。あとはそちらに任せる≫

ジェームズが画面へ向かって敬礼すると、通話は一方的に切られた。

クロの後ろに立つ監視の男へ目をやる。

「すまんが、少し席を外して貰えるかな」

「了解」

男はすぐに部屋を後にした。

「”駒”だとさ、クロ・エマ君……」

ジェームズは椅子に深く座り込む。

「火星に住む人達が地球へ帰って来られるなら、僕の命なんて安い物です」

「はぁ……。良い覚悟だな、何歳だね君は」

机のモニターに、丁度送られてきたクロのプロフィールを表示する。

「16です」

「16……」

ジェームズが言葉に詰まるのを感じる。

「僕たちは12歳からあの”白い鳥”や宇宙船の操縦方法を学びます。生きる為に」

「それがどう生きる為に繋がるんだ?」

「宇宙空間で人間は生きられません。船の中でないと死ぬんです。それに、僕の話した内容にも書かれてあると思いますが……」

ジェームズはモニターの資料に目を移す。

「火星圏に近い宙域での宇宙船への海賊行為。あれもほとんど僕らの仕業です。生きる為です」

「なるほどな。相手は君たちを見捨てた憎い地球人だものな」

クロの目に光は無い。

その時、大きな振動が部屋を揺らす。



同時刻

合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン

船外


≪少佐、ナンバー・ワン接舷完了です≫

「了解、ご苦労だった。すぐ交代が来る。お前らは先に帰艦して良いぞ」

≪了解です≫

「はぁ~やっと元通りか」

ラビ・デルタ少佐はアーマースーツの無線をオフにし、一人呟く。


4月28日。ジャパンで鹵獲した白い鳥をこの都市艦へ輸送中、謎のアーマースーツ部隊による襲撃を受け、俺は一時意識不明の状態に陥ってしまった。

後で聞いた報告によると、襲撃してきた3機の内2機は撃破し、1機は戦線離脱した。

しかしその残った1機が、輸送船が都市艦ナンバー・ワンに到着したのを見計らい再度襲撃してきた。

ナンバー・ワンのドックは壊滅状態。停泊していた艦船5隻が沈没。3隻が中破という大損害を出した。

その中には白い鳥を輸送していた船も含まれていたが、白い鳥自体は破壊されることは無かった。

襲撃してきたアーマースーツが白い鳥を奪還しようと試みたが、我々の部隊がそのアーマースーツを撃墜した。

我々のアーマースーツ3機の小破・中破という損害と引き換えに。

攻撃を受け飛散した宇宙デブリとの衝突事故を軽減する為、ナンバー・ワンと接舷していたナンバー・ツーを一度切り離していたのだった。

そのナンバー・ワンの修繕、宇宙デブリの回収を終え、再び接舷させたのだ。

ちなみにナンバーツーは、”ユニヴァース・ワン”に改名され正式に宇宙軍の司令部艦となった。


≪デルタ少佐、ご苦労様です。交代します≫

「了解、任務を引き継ぐ」

宙域警戒任務を交代し、ラビもユニヴァース・ワンへ帰艦する。


 ユニヴァース・ワンのドックに泊まっている空母キュリオスへ帰艦する。

≪ご苦労少佐。急で悪いが、ジェームズ大将が直々に及びだ、司令部へ行ってくれ≫

「了解、キャプテン」

艦長からの無線を切り、アーマースーツを降りる。

「技術中尉! 左脚のスラスターレスポンスが若干悪い、調子を診てやってくれ」

「了解です、少佐」

リコット中尉に注文を付け、キュリオスの艦内を通りユニヴァース・ワンの接続部に向かう。



「ラビ・デルタ、入ります」

「入りたまえ」

ラビが司令室へ入る。

椅子に座っている銀髪の少年の後ろ姿で誰かが分かる。

「司令、話というのは」

「見ての通りだ。クロ・エマ”少尉”を君直属の部下とする。面倒を見てやってくれ」

「しかし彼は……」

「僕はあなた方地球人との仲介役です。そしてあなた方の人質でもあります」

「はぁ……?」

ラビは理解が出来ていない。

そして、クロ・エマが以前会った時とは別人の様な冷たい目をしている事に、恐怖に似た感情を覚えた。

「まぁ彼の言った通り、我々の”交渉材料”という事だ。有事の際にすぐにカードを切れるポジションに居た方が良いだろう。その為の宇宙軍だ」

「交渉材料ですか……。良い言い回し(言い訳)ですね」

「そう皮肉るな。頼む。彼の部屋も用意してある。今後は一士官として扱ってやれ」

「了解しました」

「エマ少尉、今後はラビ・デルタ少佐の元で動け。行動は自由だが、監視は付いている」

クロは左腕に装着された腕輪をチラと見る。

「了解です」

ラビに連れられ、クロも部屋を後にする。



西暦2098年5月5日 15時40分

合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン

周辺宙域


≪こちらユニヴァース・ワン。GD-1、上空130kmまで中国の都市艦が異常接近している。警戒を怠るな≫

「GD-1、了解~」

ラビが気怠そうに答える。

毎日の様に繰り返される緊急出動。

慣性飛行に任せゆっくり宙を漂う。


白い鳥の出現、それに先日の輸送船を襲った謎のアーマースーツ部隊、それらの情報は世界中を混乱させた。

世界各国が疑心暗鬼になっている。

自国の宇宙都市艦を護る為という口実の元、各国が急速な宇宙空間での軍拡を始めた。

最初に言い出したアメリカの一国民が言えた事では無いが、宇宙条約の平和利用の原則は破り捨てられたと言ってよいだろう。

地獄の様な展開だ。

真っ黒な宇宙空間に各国の思惑が漂い、ひしめき合っている。

何かきっかけがあれば、地球人同士で宇宙戦争をすぐに始めてしまうだろう。

火星に人類の生き残りが居るという事は、どの国も信じていない。

そんなに存在を証明したいのであればアメリカが勝手にやってどうぞ、というのが各国の反応だ。

だがクロ・エマを証人として世界中に晒し上げたとしても、世界が信じる可能性は限りなくゼロだ。

事実、俺の部下となった男は本当に火星から来たのか?

そんな疑問が最近頭から離れない。俺には確かめる術が無いのだ。


 俺はモニターに目をやる。

中国の都市艦がデブリを避ける為という事で進路を変更し、我々ユニヴァース・ワンの100km圏内まで接近しようとしているのだ。

全く、無秩序な空間だここは。

国境が無い場所でも。

≪こちらGD-2-2。中国側の戦闘機発艦を確認しましたぁ≫

「GDリーダー了解。各機現状の宙域で待機。」

≪≪了解≫≫


 その後は何も起こらず、中国の都市艦は離れていった。20分間の緊張が解ける。

≪こちらユニヴァース・ワン。GD-1、2。警戒解除、帰艦しろ≫

「GD-1了解。GD-1、2撤収だ」


 警戒任務に当たっていたラビ達がユニヴァース・ワンへ帰投する途中、新型のアーマースーツ同士で模擬戦闘が行われているのが見えた。

クロはもっぱらそちらの手伝いに当たらせていた。

彼を前線に連れて行くべきなのか、俺には判断が付かなかったからだ。

実際、彼の操縦技術は卓越した物だった。テストパイロットとして十分に働いてくれているだろう。

そう、それでいい。そう自分に言い聞かせながらキュリオスへ着艦した。


「少佐ぁ~、新型のスーツ見ました?」

「いや、まだだ」

ロッカールームに向かう途中、ロック・グレイ少尉(コールサイン”GD-2-2”)が話しかけてくる。

「そもそもなんですけどぉ、アーマースーツを軍事転用する必要ってあるんですかね? 他の国だってまだ戦闘機がメインじゃないっすか?」

「戦闘機では出来ない、細かな動きが宇宙空間で取れるのが利点だと俺は思っているが」

「でもこんな広い宇宙空間で要るんですかねェ。それに腕でわざわざ武器持たなくても、ハードポイントに装備すりゃ良いし……」

「とことんスーツに否定的だな。だが備えあれば、役立つ時もあるさ。咄嗟に鳥へナイフを突き刺す時とかな」

皮肉気味にラビは返す。

「なるほどナァ~~。でも、こんな広い宇宙でそんなもつれ合うなんてイヤですけどねェ」

「ふっ、確かにな」

 ロッカールームへ入り、タバコだけ取ってそのまま喫煙所へ向かう。

無人の喫煙ルームへ入り、タバコへ火をつけ煙を燻らす。

窓の外を眺めると、まだアーマースーツ同士での模擬戦闘が行われていた。

あの緩やかに、舞うように飛ぶスーツ、きっとあれはクロが乗っているに違いない、そんな事を思った。

あの日、ジャパンで観た白い鳥の美しく飛ぶ姿を思い出しながら。

「デルタ少佐」

「あァ!?」

喫煙所にクロが入ってくる。驚き煙を吸い込んで咽るラビ。

「大丈夫ですか……」

「お前、模擬戦闘中じゃ……」

「先の中国艦の接近で、僕らも出撃待機中でした。今テストしてるのはGD-4の方たちです」

「あぁ、そうだったか……。で、何の用だ?」

「デルタさん……」

クロが少し俯く。

「……話辛い事なら、俺の部屋で聞こうか?」

「いえ……。ただ、僕はこれからどうしたら良いのかなって……」

「あぁ……」

何も答えられない。タバコを吸うラビ。

「僕は地球の環境調査・報告の為にここまで来ました。しかし今こうやってアメリカの軍人として、軍艦に乗っている。僕の本来の使命を果たせないまま……」

煙を吐くラビ。

「もしかしたら、僕は火星に住む人を撃つ事になるかもしれない……」

「それは無い」

ラビがきっぱりと答える。

「お前の使命は、地球と火星人類を繋ぐ事だ、断つ事じゃない」

「それで、テストパイロットにしたんですか?」

「ああそうだ。だが俺もお前をどう扱って良いか分かっていない。ただお前を死なせる訳にはいかないし、お前の手で誰かを殺させる訳にもいかない。情けないが、そういう風にしかお前を扱えないんだ」

「僕は、どうすれば良いんですか……?」

「お前は生きろ。それだけで意味があるんだ」

「……」

「他に地球に降り立ったであろう8人についても何の情報も掴めていないし、お前が接触予定であった”先遣隊”の者達についても同様。となれば、今地球側に最も必要な人間、それはクロ、お前なんだ」

「……はぁ」

「俺はお前を死ぬ気で守る、だからお前は死ぬ気で生きてくれ」

「……分かりました。ありがとうございます」

クロは力無く喫煙所から漂い出ていった。

「子供を利用する大人、そんな人間には成りたくなかったんだがなァ…」

愚痴を溢しながらタバコがもう燃え尽きている事に気付く。

「クロ・エマ、か……。エマ……」

ふと、クリス・エマの事を思う。

彼女は今何をしているのだろう。



西暦2098年7月14日 未明


 一隻のロケットが、地球を発った。

月へ向けて。



act.2 動き出す世界




◆act.3 予告


宇宙戦争。

SFでしか聞いたことのないワード。

それが今、目の前に横たわっていた。

地球と火星、そして月。

人間達の欲が宇宙をも飲む。


act.3 レッド・プラネット・アタック

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