act.2 動き出す世界

act.2-1

西暦2098年4月21日 12時00分

ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区

(ジャパン標準時19時00分)


 結局、ホテルを借りる計画はやめた。

この町にある図書館の本はほとんどジャパン語だった。全く読めない。

もっと大きな町に行けばあるだろうが……。

とりあえず、町を1周して生活に必要な物を調達し、タクシーで崖の近くの通りまで戻ってきた。

崖を目指して歩いていると、向こうから車がやってきた。

僕の前で止まり、窓が開く音がする。ケイさんだった。

「あれ? クロ君戻ってきたの?」

「あ、こんばんは。ええ、両親が仕事の都合で先にアメリカに帰国したんですよ。なので眺めの良いこの辺でキャンプでもしようかと思って……」

「キャンプ道具があるようには見えないけど?」

「多分、大丈夫と思います…」

「この辺り、明かりもないから危ないよ? 泊まるとこないなら、ウチに泊まる?」

「え! いいや大丈夫ですよ……」

どうしよう。地球人の家に泊まる事は調査するのには都合がいいかもしれないけど、僕の正体がバレてしまうリスクも……。

嘘で僕の周りの情報を固めていくのも難しい……。

「遠慮しなくてから! ウチ広いし。それに、今家にばーちゃんしか居なくて寂しいし……」

「そう、なんですか……じゃあ一晩だけ。明日はちゃんとホテル予約しますので」

「律儀だなぁ~」

ケイさんは笑いながら僕を車に乗るように促した。

後で聞いたが、両親は単純に仕事の出張で家に居なかったらしい。

変に勘ぐってしまった自分を憎んだ。


 お、大きい……。

僕が想像していた広さじゃない。1つの部屋だけで何㎡あるんだ……。

僕の寝室用にと用意してくれた部屋、本当に10x10m位ありそうな広さだ。

ドアの外から声がする。

「クロ君、入って大丈夫?」

「あ、はい」

ケイさんは風呂上りだったらしく、シャンプーの良い匂いを携えて部屋に入ってきた。

「ごはんとか何買ったの~?」

僕が買った物を漁り始めた。

「ええと、即席麺とかパンとか……」

「ちゃんと食べないとダメだよ~。もうすぐご飯出来るから! と言っても、おばあちゃんが作るんだけどね」

「ありがとうございます、本当に……」

「いいって。おばあちゃんも久しぶりのお客さんで喜んでたし。お風呂はご飯の後で良い?」

「はい、ありがとうございます」

「んじゃ、居間に来てね~」

ケイさんはそう言いながら部屋を後にした。


 その日の晩御飯はとても楽しかった。

料理は、サラダと、みそスープ、それに鯛をショウユという物で煮込んだ料理。どれもとても美味しくて、それに初めて食べる味なのに、とても懐かしいような気がした。

それにラーメン屋でも使ったハシという器具の正しい使い方も教えて貰った。

ケイさんのご両親は宇宙開発をしている同じ会社に勤めているらしく、お兄さんはトウキョウで働いているそうだ。

おばあさんはケイさんのおじさん(お父さんの弟さん)の農業を手伝っているそうだ。

僕がまだ1週間ほど日本に居る事を伝えたら、農作業を手伝ってもらえればその間、家に泊まって貰って構わないというが……。

少し考えて、明日答えを伝えよう。



西暦2098年4月23日 2時10分

ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区

(ジャパン標準時11時50分)


「おじさーん、クロくーーん! お昼だよー!!」

遠くからケイさんの声がする。

結局僕はケイさんの家にお邪魔して、1週間泊まらせて貰う事となった。

「クロくん、じゃあお昼休みにしようか」

「はい!」

首に掛けたタオルで額の汗を拭い、ケイさんの乗ってきた車へ向かう。

「あ~疲れた疲れた。そういえば今日は大学じゃなかったのか?」

「今日は1限だけだったの」

「そうかそうか~」

「クロくんが手伝ってくれてるお陰で、おばーちゃんすごい助かってるってさ!」

「いえいえ、こちらも泊めさせて頂いている身ですから」

「このままウチで働いてくれたらいいのになぁ」

おじさんが笑いながら言う。

「あはは……」

「クロくん困ってるじゃないですか!」

「俺は本気だよ~?」

僕たちは笑いながら昼食の時間を過ごし、仕事に戻った。

昼からはレタスの収穫をした。

おじさんによれば、少しずつ環境が変わり食物の育ち方も変わっているそうだ。

レタスは、段々と育ちが悪くなっており、品種改良もしているが中々うまくいっていないそうだ。

現在多くの食物は、管理された土地で機械的に作られており、1年を通して安定的な供給が行われているそうだが、

自然の手で作られた野菜・果物も需要があり(殆どが上流階級者相手ではあるが)、農家は不滅だ!とおじさんは豪語している。

そうして今日も1日が終わった。



西暦2098年4月23日 12時00分

ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区

(ジャパン標準時19時00分)


 ケイさんが居間のテレビの前に陣取っている。

「あ、クロ君。何か今からアメリカが緊急の放送するんだってさ~。ドラマ観たいのに~」

風呂から戻ってきた僕に言う。

「? 何の放送なんですかね?」


 テレビの映像が切り替わり、ホワイトハウスらしき会見場の映像に切り替わる。

『みなさんこんにちは。合衆国大統領、ジョナサン・コルトです。先日発生しました、我が国のスペースデブリ清掃会社が運用している護衛艦と輸送船が襲撃された事件についてです――』

「ああ、一昨日起きたっていうアレか~」

ケイさんはテレビに釘付けになっている。

映像は宇宙船の艦内らしき場所に切り替わる。そこへ現れた”僕たちの”白い鳥が映し出される。

――そう、マーニャが接敵してしまった時の映像だったのだ。

クロは絶句し、テレビに焦点が合っていない。茫然と立ち尽くしている。

「うわ、何この映像。映画?」

「……」

何も言葉が出ない。

「クロくん……何か怖いねこれ……クロくん?」

「え? えぇ、何なんですかね……これ……」


『――徹底抗戦する!よって、ここに!”アメリカ合衆国宇宙軍”を結成する事を宣言する!!――』


 一緒に降りてきたマーニャ・エルはやはり失敗していた。

あの様子では、死んだと考えるのが妥当だろう。

僕が”見捨てた”。

自責の念に駆られる。

あの時、冷静に対処出来ていれば、彼の命も救えて、そして地球人達に無駄な刺激を与えずに済んだのではないか……。

この放送を他の部隊の者たちも観ていただろうか? いや、観ていただろう。

恐らく先遣隊の人たちも観ていたであろうし、火星へも連絡は行った筈だ。

僕は思わぬ大失敗を引き起こしてしまっていた。

こんな地球人の生活に浸りながら、ダラダラ調査を進めていて良いのだろうか?

先遣隊の人間と接触するのは標準時4月27日。

それまでに、必要な調査を終わらせておく必要がある。



西暦2098年4月24日 2時00分

ジャパン ヤマガタ県中央区

(ジャパン標準時11時00分)


 僕はケイさんに教えて貰い、ヤマガタ県立の大きな図書館へ来た。

「宇宙開発……2030年代……40年代……」

文献を探し出し、本を取っていく。


 無い……。詳しい火星船団に関する記述が全くと言っていいほど無い。

宇宙開発史 2035年の頁。

“地球の人口は100億人を突破し、環境悪化と食糧難・貧困格差の拡大の一途を辿っていた。

そこで各国は地球外へ本格的な進出を行う為動き出した。地球軌道上コロニー、人間が生活可能な大型宇宙船、月への移住、そして火星への移住。”

どうやら人類は、大型のコロニー内蔵型の船を地球軌道上に並べ、そこへ移民政策を行ってきた様だ。

月面基地は主に工業用都市として機能しているらしい。

火星移住計画に関して……。

“2036年1月、火星船団出発。しかし5ヵ月目の某日、流星群に遭遇し全滅。計画は頓挫した”

それだけ……? しかも、全滅しただと……。

クロは怒りと悲しみに震えた。

艦艇30隻、総勢1万6千人から成っていた巨大な船団が火星を目指したのに、たったこれだけ……?

本を並べた机へ頭を伏し、泣いた。

そして感じた。人類のほとんどは、人類が火星を目指した事を知らない。


 更に情報を掴むべく、共用のコンピューターの席に着いた。



西暦2098年4月23日 16時20分

合衆国特別工業都市艦 ナンバー・ワン

第9倉庫


 倉庫の前に着き、ドアの認証をユーキ・アルスが解除する。

「どうぞ」

ラビ・デルタは言われるがまま倉庫へ入る。

「……! これは……」

目の前には大量のアーマースーツや、その他ロボットが大量に分解され、並べられていた。

「先ほど言った様に、“白い鳥”に使用されていたパーツが我々の開発した物と類似していた為、過去の”作品”を分解し調査を行った後です」

ユーキがモニター内蔵のデスクに近づき、電源を入れる。

そのデスクの上に立体映像で、白い鳥の分解された頭部が映し出される。

「残念ながら、既に“鳥”は本国へ送られてしまった為、スキャンされたデータを元に調査しています」

「何故わざわざこんな船で?」

「過去に開発されたアーマースーツ等は、全て宇宙(そら)にあります。地球に保管する場所が無いんですよ。いわば放置された作業艦達は、地球の外付けの記憶装置ですね」

「へぇ……」

ユーキは立体映像を指でなぞって操作し、一つの部品を拡大表示する。

「これです、我々のパーツに類似している箇所は」

そしてラビの後ろに転がっている巨大なカメラ用のレンズを指さす。

「興味深いのは、もう3世代程前の型のカメラレンズであるということ」

ユーキはラビの顔も見ず、話し続ける。

「ですが独自に改良され、我々の1世代前程の性能は出ています。そこから判断するに、どこかの発展途上国か金の無いテロリストが改造したか……」

「ちょっと待ってくれ、その3世代前の部品が横流しされたという可能性は無いのか?」

「無いですね。2030年代に開発された最初期のスーツ達に使用されていたパーツです。それらの機体は数機しか無く、全て現在も保管されています」

「そうなのか…」

「まぁ、過去それらの機体の開発に携わった人間が技術の横流しをしたというのも十分考えられます。下請けの会社の派遣社員、とかまで考え出したらはたして何百、何千人該当するか」

「確かに……」

その時、ユーキの携帯端末が鳴る。

「アルスだ。……何!? 地球に……分かった。デルタ氏は? 分かった」

通話を切り、端末をポケットへ仕舞う。

「デルタさん、地球に降りよう」

「どうしたんです急に」

「”白い鳥”が地球に現れた……!」

「なんだって!?」



西暦2098年4月24日 5時00分

ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区

(ジャパン標準時14時00分)


 図書館を後にし、新ツキシマ駅まで帰ってきた。

駅前のロータリーに、ケイさんの車が止まっているのを見つけ、走って駆け寄る。

「すいません、お迎えまでして貰って」

「いいよ~今日は暇だったし。おじさんの手伝いをサボる口実にもなったし!」

ケイさんが笑って答える。

「面白い本はあった?」

「はい、ジャパンについて色々調べる事が出来てよかったです」

「それはよかった!」

また嘘をついてしまった。


 ウェブで火星船団について調べたが、結局都市伝説的に扱われているサイトばかりで、詳しい情報を得る事は出来なかった。

僕はなんともやるせない気持ちだけを図書館から持ち帰った。


 ケイさんの家に着く前から、なにやら空が騒がしい。

バタバタと鳴る飛行機(ヘリコプターと言うそうだ)が空を縦横無尽に駆け回っている。

家まで続く広大な農道を走りながらケイさんも空のヘリ達を見ていた。

「なんだろうね~、騒がしいね」

「何かあったんでしょうか……」

その時、1機のヘリが目に留まる。

他のヘリに比べ明らかに大型だ。

そして気付く、そのヘリが”僕の鳥”を吊るして飛んでいる事に。

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