act.1-7
西暦2098年4月21日 23時00分
ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区
(ジャパン標準時8時00分)
腕時計のアラームが鳴る。
朝が来た。
コックピットを出て、再び崖の端に立つ。
空が青い。海も青い。グレーがかった雲が流れている。
改めて地球に来たことを感じる。
「はぁ~~……」
思わずため息が漏れる。なんて美しいんだ。
コックピットに戻り、バッグの中から食料を取り出す。
そして1冊の本も一緒に持ち外に出る。
パサパサしたクッキーの様な、高カロリーな朝飯を食べながら本をめくる。
「うみ。海は地表の70%を占める海水。深さ平均3700m。面積にして面積は約3億6106万km2……。でっかいなぁ~、本物を見てやっと分かったよ、じいちゃん」
そっと本を閉じる。
「ここはジャパン、ヤマ……グァタ? ヤマガタ? のはず。では、この海の向こうにユーラシア大陸があるのか。ここから700km程しかないのに、見えないんだなぁ……」
独り言を延々と呟く。
「さて、仕事しなきゃ」
コックピットに戻り、本を仕舞う。
バッグを背負い、崖下の海を目指す。
「ここは元々内地だったのか?」
廃れた車両の様なものが放置されているのに気づく。
それを運用する為のレールの様なものも引いてあるが、崖に飲まれ海へ落ちている部分もある。
崖をよく見てみれば、徐々に海水に浸食され崩れていっているのが分かった。
環境破壊が進行している現れだろう。
なんとか崖下までたどり着き、バッグからコップ程の大きさのカプセルを取り出す。
海水を掬い、カプセルの蓋を閉じ、腕に装着したモニターを見る。
「塩分濃度3.8%……このあたりじゃ普通なのかな?」
カプセルをバッグへ仕舞い、海水に手をつけ舐めてみる。
「おぉ、本当に塩だ。からい!」
なんだか笑えてきた。何もかもが新鮮に感じる。
無性にその塩のプールへ飛び込みたくなり、パイロットスーツを脱ぎ捨てる。
そして全裸になりざぷざぷと海の中へ入る。
「うっ……つめたい……ぬるい?」
全身の鳥肌が立つが、とりあえず顔まで沈めてみる。
海の中で目を一瞬だけ開けてみる。
上から見た時とは違い、緑っぽくにごって見え、色々なものが浮いている。
魚なんて全然見当たらない。
「ぷはっ」
海面に頭を出し、息をする。
もう少し沖の方へ出て、仰向けに浮かぶ。
「まるで無重力みたいだ……」
また独り言をこぼす。先ほどまで居た崖の向こうから太陽が昇ってくる。
暖かいその黄金の光はクロを照らし、さんさんと輝いている。
太陽の光がここまで心地よく感じる事があるなんて。
「はは、はははは……」
また笑いが込み上げてくる。
そしてなぜか涙も零れてくる。
その涙の理由はよく分からない。でも、ここが人間にとっての故郷である事を、恐らく心が、体が思い出したのだろう。
バタバタと音が近づいて来た。空を見ると、立て飛んでいく航空機が見えた。
「あれは……なんていう乗り物なんだろう」
西暦2098年4月21日 23時.30分
ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区沖
海上自衛隊 偵察ヘリ内
(ジャパン標準時8時30分)
騒音が響く機内。
「昨日の落下物はこの当たりで着水したようだが……海底に反応あるか?」
「反応ありません。周囲に破片なども見当たりません」
「だとしたら隕石か? ……しかし大気圏で燃え尽きなかったとは」
「宇宙の掃除屋さんたちは何してんですかねぇ」
今の時代、地球軌道上に浮かぶ無数のデブリや宇宙ゴミが地球に落ちてくる事は珍しくなく、あまりに数が膨大で宇宙デブリ清掃会社が手におえる範疇に無かった。
多くは大気圏で燃え尽きるが、入射角が偶然良く、地球へ辿りつく事も稀にある。
「ま、昨日の飛行艇が探って何もなかったワケだ。周辺に破片もないし撤収するか」
「了解。でも昨日のニュース見ました? デブリ清掃にあたっていた船2隻も沈没したっていう……」
「あぁ、デブリに衝突したってアレだろ」
「船が沈むレベルですよ? もしかして、その一部がここにも落ちていたりして」
「ま、それはあり得るかもな。だが俺達が出来るのはここまでだ、あとは潜水士にでも任せよう」
「はい」
西暦2098年4月21日 1時00分
ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区
(ジャパン標準時10時00分)
クロは海からあがり、また白い鳥の元へ戻っていた。
先ほどの飛行機? がクロの上空を通って戻って行ったのが見えた。
服を着替え、私服になり街へ向かう支度をする。
街の文化の発展度、人種、生態、文化を研究する為だ。
長袖のYシャツにデニムパンツ、スニーカー。
ここでどの様なファッションが流行っているかは分からないが、あまり目立たないであろう。
通貨もドルが使える……はず。英語も通じるはずだ。
バッグの中を空にし、崖をよじ登り崖の上に立つ。
「おぉ……」
再び歓喜の声が漏れる。
あたり一面、緑の草が生い茂り、遠くに山が見え、その眼下に町が広がっていた。
予想よりも町が遠い事が気になるが、足取り軽く町を目指す。
……30分ほど歩いただろうか、重力下でこんな長時間歩いたのは初めてだ。
きつい、予想以上に体力を消耗する。街はまだなのか……。
すると100m程先で、地面を耕している2人組を発見した。その人達に声を掛けてみることにした。
近づいてみると、2人は老婆であった。
「あの、こんにちは……。町までは、歩いたら何分くらいで、着きますか?」
息が上がって、とぎれとぎれになってしまう。
『え? やろこ何て言ったかわがたが?』
『わがんね……アメリカ語け?』
『そりゃ英語ね』
えっ、英語通じないの!? 今なんて言ったんだ、ジャパン語ってあるのか!?
3人ともお互いにきょとんと顔を見つめあい、微妙な時間が流れる。
「えぇと……」
必死にジェスチャー等で言いたい事を表そうとしている時、遠くから声がする。
『おばーちゃーーん! ごはん持ってきたよーー!』
小さな車両に乗った少女が、窓から手を振りながらこちらに向かってくる。
この子もジャパン語を話している!
『あ、ケイじゃね。あの子に任せよ』
『んだな』
その老婆に手招きされ、一緒にその少女の車両へ歩く。
『あんがとね。それでケイ、この子の言ってる事わかるけ?』
一人の老婆が車両から降りてきた少女へ言う。
『え? 外国の人? ちょっと話してみるね』
そう言い少女が聞いてくる。
「あーはじめまして。英語話せますか?」
「あ、はい! よかったーー!!」
その少しぎこちない英語に思わず安堵し、その少女へ抱き着いてしまう。
「あの、ちょっと……!」
「はっ、すいません。失礼しました!」
すぐに離れ謝る。
『最近のわけぇ子は大胆じゃ、おっほっほ』
一人の老婆が笑いながらこちらを見ている。
『ちょ、ばーちゃん! 違うから!』
何か勘違いをされてしまった様だ。僕も愛想笑いを返してしまう。
「えーと、で、どうしたんですかこんな所で?」
少女が聞いてくる。
「あ、そうでした。あの、ここからあの町まで歩いたら何分くらいで着きますか?」
「歩いて? ま~4,50分は掛かるかなぁ……」
「そんなに掛かるんですか!?」
「そりゃあ……今から街に行くけど、乗っていきます?」
「いいんですか! 助かります!」
「いえいえ。じゃあクルマに乗っておいて下さい」
「はい!」
彼女は布で包まれた小包を老婆達へ渡し、運転席へ戻ってきた。
「じゃ、行きますよ」
「お願いします!」
その老婆達は小包から取り出したご飯(お米を握ったもの?)を食べながら、こちらへ手を振っていた。
僕も手を振り返しその場を離れた。
「えぇと、私はケイ・ナカノです。あなたは?」
「クロ・エマと言います。本当にありがとうございます!」
僕は深々と頭を下げる。
「いやいや良いですって。ところで、あんなトコで何してたんですか?」
しまった、何も言い訳を考えてなかった。
「えぇと、道に迷ってしまって……」
「こんなとこに観光? 珍しい人もいるんですねェ」
「そ、そうなんですー」
以外と食いつかれることなく、あっさり彼女に流される。
「ご両親と一緒?」
「え、えぇ、町のホテルに居ます」
「そっかそっか~」
「ケイさんは何をされているんですか?」
「私は大学に通っています。たまに家の農家手伝ったりも」
「そうなんですね~、いいですね。農家とかやってみたいです」
「そうですか? 私はこんな所出て行って宇宙にでも上がりたいですけどね」
彼女は冷たく言う。何か理由があるのだろう。
「そうなんですね……」
少し微妙な空気が流れ、静かに町に着くのを待った。
15分ほどで、町の大きな通りに着いた。
「この当たりで大丈夫です。ありがとうございました!」
「え? ホテルはもっと先ですけど、大丈夫ですか?」
「はい! ほんのお礼です」
ポケットから1ドル札を出し渡す。
「あの、これ……」
「では、またお会いする事があれば!」
半ば強引に僕は車を降り、手を振って彼女を見送った。
時計を見ればもう12時前だった。おなかも空いた。
優しくてきれいな女性だったな……。あんなお姉ちゃんが欲しかったな、なんて思った。
「チップってやつかなこれ……1ドル札? いつのお札なんだろ……」
ケイはクロに貰ったお金をきれいに折り、財布にしまった。
その1ドル札の印刷年は、2032年と書いてあった。
クルマから降りた近くに、巨大な建物があった。
多くの人やクルマが出入りしている。
ショッピングモールと書かれている。食料も簡単に入手できるだろう。
正面の入り口から入り、フロアガイドを見てみる。
すごい! 全8階建てで、5階まで色々なお店で埋め尽くされている!
お店の全幅はどのくらいあるのだろう? 乗っていた船と同じくらいあるんじゃないか!?
僕はまるで5歳児のように興奮しフロアガイドを眺めていた。
「いらっしゃいませお客様、何かお探しですか?」
案内係りのような女性に声を掛けられる。
「いえ、どんなお店があるのか見ていただけです」
「そうでしたか。こちらにも詳しく書いていますので、よろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
ニッコリとパンフレットを渡された。
2フロアが食べ物のお店で埋まっている、あとはファッション、雑貨、保険屋に旅行代理店なんてものもあるのか!
1階にあった広いホールの様な場所のベンチに座り、パンプレットを熟読する。
周りから視線を感じる。歩く人達は、アジア系、ほとんどジャパニーズか? 他の人種は見受けられない。
ケイさんが言っていた様に、やはり物珍しいのか。さらに他の星から来たとなれば、なんて。
話している言語はほとんどジャパン語らしい。共通言語は英語になったんじゃないのか?
そうだ、あとで図書館に行こう。2030年以降、どういう風に世界が、ジャパンが歩んできたのかがわかるはずだ。
さながらタイムトラベラーの様な気分だ。
となれば、食料を置きに行ってまた町に戻ってくるのも面倒くさい。
ホテルに部屋を借りるか。どのくらいの値段なのだろうか、あとで調べてみよう。
とりあえず腹ごしらえしよう。この”ラーメン”というのは気になる。
食べたことのある即席麺とはかなり見た目が異なる……。
このスシ……とはなんなのだろう。とりあえず目についたラーメンという店に行く事にした。
エスカレーターを上り、2階の店を目指す。
……が、相変わらず周りからジロジロ見られる。ジャパニーズにデリカシーというものは無いのか。
エスカレーターを上がると、目の前がその店だった。
ガラスの棚の中にたくさんラーメンが並んでいる。これは模型なのか?
とりあえずそのまま店の中に入る。
『いらっしゃいませー!』
といきなり大声で叫ばれる。何だ、何が起きたんだ!?
思わず辺りをキョロキョロしてしまっていると、
「お客様、そちらの機械で食券を購入して下さい」
人の好さそうなお兄さんが英語で教えてくれた。
「どうも……」
一番上にあった”ラーメン"と書かれたボタンを押すが、何もならない。あ、先にお金を入れるのか。
財布から8ドル出し機械に入れるが、お札が返ってきてしまう。
「あの、すいません、買い方を教えて貰えますか?」
そのお兄さんに聞いてみる。
「わかりました」
ニコっと笑って答える彼にお札を渡す。
「えぇと、ずいぶん昔のお札ですね。両替してきますので、少々お待ちください」
「あ、ありがとうございます」
すぐに彼が戻ってくる。
「これで大丈夫です。ラーメンで宜しいですか?」
「はい、すいません」
彼がお金を入れ、ようやく食券を買う事が出来た。
後ろに伸びていた行列に申し訳なく思いながら席につく。
独特の香りが店内を漂っていて、カウンターのテーブルや床は油でベトベトしている。
テーブルの上には、調味料が並んでいる。これを自分でトッピングするのだろうか?
そうこうしているうちにラーメンが出てきた。
「ラーメンお待たせしました~。フォーク使いますか?」
「お願いします」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
おぉ。白いスープにベーコン? と黒いパリパリした紙みたいなものが乗って、その下に麺が隠れている。
テーブルに置いてあったスプーンを取り、スープを飲んでみる。
「熱っ!」
思わず声が出てしまった。が、これはおいしい!
さっそくフォークで麺を絡め取ろうとするが、なかなか上手く取れない。
この器具を使ってみるか……。
隣の中年の男が使っていた2本の棒を使い、麺を掴もうとする。
なんだこの棒は? この男の人はなんであんな上手く扱えるんだ……!
そんな事を思いながら、やっと口に運ぶ。
おいしい……! スープが麺に絡まって、絶妙にマッチしている!
そんな感動に浸りながら、一人初めての地球ゴハンを満喫した。
このラーメンを"火星"でも作れないだろうか?
act.1 未知との遭遇
完
◆act.2 予告
世界は動き始めた。
アメリカ合衆国の宇宙軍設立宣言に各国が反発。
各国の思惑が交差しながら、地球圏外での急速な軍拡が始まろうとしていた。
ラビ達の操るアーマースーツも、対白い鳥用の戦闘機として改修が始まる。
そして、地球に降り立った少年・クロ。
彼は何の為に地球へ来たのか?
act.2 動き出す世界
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