act.1-6

西暦2098年4月23日 12時20分

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

アルファシティ メインストリート沿い

カフェ "ファースト・ストリート・カフェ"


 静まり返る店内

「あ、あの……大丈夫?」

クリス・エマは、床に座り込んだまま泣いている店員に近づく。

「…………」

無言のまま立ち上がり、着ていたエプロンを脱ぐ。

「……マスター、今までありがとうございました。昨日までの分は、給料振り込んでおいて下さい」

「え、えぇ!? ちょっとリサ!」

カウンター奥の厨房から年増の女の声がした。

だがその少女(リサと呼ばれていた)はエプロンをカウンターに置き、走って店を出て行ってしまった。


 再び静まり返る店内。

「こんちは〜……。マスター、リサちゃんが走ってったけど、どしたの?」

サラリーマン風の男がマスターへ聞く。

「さぁ〜……。まぁ、とりあえずこの店は辞めちゃったみたい」

「えぇ〜リサちゃん居ないなら他の店行こうかな〜」

「そんなこと言っていいのかい? このストリート沿いのどの店にも入れないようにしてやっても良いんだよ?」

「ジョーダン!冗談だって〜!」

そんな常連とのやりとりを聞き流しながら、私は残されたバーガーを2,3口食べ、店を後にした。


 ……私の悪い癖だ。彼女がどうなったのか、とても気になる……。

年も15,6歳くらいに見えた。

今はラビ・デルタが居なくなったこの……寂しさに似た感情を紛らわせたいのに。

いや、紛らわせる為に、彼女を探すのも……いやいや……。

そんな事を1人思いながら街を歩く。

すると、1人とぼとぼ歩く彼女を見つける。

ああ、見つけてしまった……。一応声を掛けてみよう。ラビの事をパイロットだと思ったのは、恐らく私が彼と話していたからだろうし、少し負い目も感じる。

だが、彼女は突然立ち止まった、バスを待っているようだ。

今だ、話しかけよう。そう思い近付こうとした時、丁度バスが来る。

あーもう、乗っちゃえ!

ダッシュでバスに駆け乗り、何故かバスの中で彼女から隠れるように人混みの後ろに行く。

5つ目程だろうか、そのあたりのバス停で降りた。彼女と私以外降りる人はいなかった。

先に降りた彼女は、私には気付かず、重い足取りで歩いて行く。

家か……?

そう思いながら、自然と体は建物の物陰に隠ながら尾行していた。何しているんだ私は……と、ここに来るまで何度自問しただろう。

周りを見渡せばいわゆるスラム街で、貧困層が集まって暮らしているようだ。

都心からたった5つバス停が離れるだけでこうも違うのかと驚く。

5分ほど彼女をつけて行くと、3階建ての共同住宅のような場所に入って行った。

2階の、正面から見て一番左の部屋だった。

階段下まで私も小走りで近づく。

2階からの声が丸聞こえだった。

「何ィ!? 仕事辞めただァ!!?」

男の怒声が響く。

「そうだよ!私はもうこんな所出て行く!!」

「んだとぉぉ!?」

「キャアッ」

彼女の悲鳴が聞こえる。

私は慌てて階段を駆け上り、玄関のドアを開ける。

「大丈夫!?」

部屋を見ると、ゴミが散乱した部屋の真ん中で、その子はうずくまり、大声を上げていたであろう男が電気スタンドを彼女に振り落とそうとしていた。だが、彼女は強い眼光で男を睨んでいた。

「なんだオメェ?」

「そんな女の子に暴力を振るって、恥ずかしくないんですか!」

私が吠えると、その男は真っ直ぐこちらへ向かってきた。

「勝手に上がってんじゃねぇ!!」

手にしていた電気スタンドを振りかざそうとしてくる。

すぐに相手の攻撃を避けようと構えるがその時、彼女が男の背に飛び乗り、その電気スタンドのコードを男の首に巻きつけ思い切り縛る。

「ウガッ!? こんのガキ!!」

男が後ろへ倒れ騒ぐ。倒れた衝撃で彼女も部屋の奥へ投げ飛ばされる。

その隙を突き、私は部屋へ駆け上がり、思い切りその男の股間を蹴り潰す。

「ウッ!? ……」

男は気を失った様だ。

「あなた、大丈夫?」

「えぇ……あれ、お姉さんは……」

「話は後、とにかく外に出るわよ」

「う、うん」

彼女は服や菓子をバッグに詰め、すぐに家を出てきた。

「私も聞きたい事が色々あるけど、取り敢えずここを離れましょう」

すぐにタクシーを捕まえ、駅を目指す。


 電車を使い、別ブロックにあるクリスの自宅を目指す。

「お姉さんも、宇宙軍の人?」

「違うわ。私は国際宇宙ステーションで働く一般人よ。それに宇宙軍は今日出来たばかりよ?」

「でもさっき助けてくれた時、あなたも軍人なのかと思いました……」

「宇宙で働くにはね、地球で空軍学校を出るのが早いのよ」

「ああ、だから。なるほど」

「変な話よね、宇宙に住んでて、宇宙で働きたいのに、地球の学校行った方が働きやすいって」

「ふふ、そうですね〜」

彼女が少し笑いながら答える。

「あ、その話し方に戻ったね」

「え〜?」

「その語尾伸ばす話し方、接客している時もそうだった」

「あ、そうだ!先ほどは彼氏さんの服を汚してしまって、失礼しましたぁ〜」

「彼氏? 違う違う、私たちそういう関係じゃないから!」

「へぇ〜そうなんですかぁ〜〜?」

「そんな探る様な目をしても、事実は事実だから」

「へぇ〜?」

「……何よ。私はクリス・エマ。あなたは?」

「あ、リサ・マーガレットです」

「いい名前ね、リサ」

どうやらこの子の緊張も解けてきた様だ。

所で、勢いでこの子を連れてきちゃったけど、この後どうしよう。



西暦2098年4月23日 15時30分

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

メイン宇宙港 16番ドック


「ラビ・デルタさん。お待ちしておりました」

「どうも、ええと……」

「DARPA(国防高等研究計画局)のユーキ・アルスです、よろしく」

年齢は俺と同じか少し上くらいだろうか。黒髪のアジア系の男が出迎える。

「よろしく。DARPAの人間と先ず合わせるって事は、白い鳥の解析はまだ終わってないという事ですかな」

「いえ、その白い鳥についてでもあります。とりあえず、シャトルが準備してあります。すぐに出ましょう」

「了解です」


 小型のシャトルへ乗り込み、すぐに離陸シーケンスへ入った。

どうやら向かう先は別の船らしい。

「デルタさんは、あの鳥が人工物であるとはお聞きしましたか?」

「ええ、詳しい事は聞いていませんが」

「重大な事が分かってしまったのです」

ユーキが顔をこちらに近づける。

「あの鳥の目玉、あれに使われていたカメラは、数十年前に我々が作ったものとほぼ一致したのです」

小声だが、力の入った声で告げる。

「!?」

頭が真っ白になる。アメリカの自演、とはジョークでクリスに言ったが、まさか本当に……。

「アメリカによる自作自演と思われるかもしれませんが、各研究機関は本気で解析しています。もちろん政府も本気で要求してきている。だがしかし、今日全世界へ向けて宣言した通り、この脅威に対して徹底抗戦すると大統領自ら言ってしまった手前、我々と政府関係者の間でも混乱が生まれつつあるのです」

小声だが、ハッキリ早口でそう告げた。

「犯人は、アメリカ人?」

「そう取る事も出来ますし、横流しされたパーツをどこかのテロリストか、国かが作ったとも考えられます」

「なんという……」

思わず言葉に詰まる。

「まぁ、着いたら現物をお見せします」

ユーキは再び俺の向かいの席に座り、窓の外を眺める。

心臓が押し潰されそうだ。

こんな緊張、生まれて今まで感じた事があっただろうか?

胃も収縮するのを感じつつ、静かな宇宙を眺めた。



西暦2098年4月23日 16時20分

合衆国特別工業都市艦 ナンバー・ワン


「デルタさん、着きましたよ」

「ここは……」

「特別工業都市艦 ナンバー・ワンです。ここに研究・対策本部が置かれています」

「工業都市艦……一般人も居るのか?」

「今は居ません。地球軌道上コロニー建設の為に作られた、例えるなら巨大な作業船だったのですが、計画が頓挫してからこの船は半分スペースデブリと化していました。それを再利用させて貰って居ます」

「なるほど……だが、こんな巨大な船が必要なのか?」

「DARPAと聞いて、あなたが最初にピンと来た方があるでしょ?」

「なるほど、アーマースーツの開発もここか……」

ユーキはにっこりとして目を細める。

シャトルはそのまま入港し、船着場へ降りた。

「私だ、第9倉庫へ行く」

《了解》

近くのエレベーターの端末から、ユーキが連絡を入れていた。

船着場の入り口から、艦橋塔へ入る。

地球軌道上コロニー……その計画が破棄されてから何年経ったのだろうか。

2040年代には既に終わっていたはずだ。

しかしこの艦は、そこまで汚くは見えない。

ずっと手入れはされていたのだろうか?

周囲を見、疑問と不安が湧いてくる。

動く手すりを握り、低重力の廊下を進む。

「デルタさん、こちらです。行きますよ」

巨大な空間に当たり、そこにあるエレベーターに乗る様だ。

「我々は待機していますので」

アルファ・アーカイムからついて来た黒服の男たちは、どうやら入れない様だ。

エレベーターへ乗り、倉庫を目指す。



西暦2098年4月20日 11時35分

地球上空780km地点


≪クロ!大変だ!!偽装が取れる!!≫

突如クロの元へ無線が入る。

「ここで無線を使うんじゃあない!落ち着け、剥がれたなら船へ戻るんだ!」

≪ダメなんだ、船とも連絡が取れないんだァ……≫

泣きそうな声が伝わる。

だがあまり交信をしていれば傍受されて気付かれる可能性もある。

≪クロォ!”敵の”戦艦が見える!やられちゃうよォォ!!ク……≫

そこで無線が途絶える。恐らく地球の裏側へ回ってしまった。

マーニャ、彼はどうなってしまったんだ……。その最後の無線が脳内でリフレインする。



西暦2098年4月20日 12時15分

ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区

(ジャパン標準時21時15分)


 ヤマガタ県沖の海へ、一つの隕石が落下した。

しかし、その隕石は着水する寸前4つに裂け、中から白い鳥が出現していた。

全長16m程もある巨大な鳥は、幅20m程もある羽を羽ばたかせ、海面上を滑空し陸地を目指す。

「パージ完了。メインカメラ、FA(全周囲)モニター正常、ナイトヴィジョンモード正常。ジャミング装置正常。水平装置正常、GPS探知完了。レーダー探知はされていない」

クロ・エマは自分を落ち着かせる様に一人狭いコックピット内で呟く。

マーニャ・エルは明らかに失敗した。

偽装の隕石が途中で剥がれ、恐らく信号を探知され地球軌道上で捕まったか、或いは……。


 陸地へ近づくと、海岸沿いのそびえ立つ崖下に、大きな空洞を見つけそこへ鳥を泊めた。

頭にライトを装備し、外に出る準備をする。

ハッチを開け立ち上がった瞬間、重力に体が引かれている感覚がする。重い。

外に出ると、重力に足を取られコックピットから滑り落ち、危うく崖からも落ちるところであった。

落ちてそのまま鳥の横で仰向けに寝る。

海鳥の巣があるのか、周りはフンがまき散らされ、臭い。

そしてこの潮の匂い、これもあまり良い匂いではないが、どこか懐かしく、心をくすぐる匂いだ。

起き上がり、崖の端に立つ。

「わぁ……!」

思わず声がこぼれる。

肺一杯に息を吸い込み、真っ黒な空と海、境界の分からない地の果てを見つめる。

星々が瞬き、空に吸い込まれそうだ。

何をどうすべきか、正直まだ頭が整理出来ていない。

だがしかし、心臓は高鳴り、心は希望に満ちていた。


 僕は本当に、地球に来たのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る