act.4-6
西暦2057年10月6日
地球
某所
「――ご覧いただいた通り、この“白い鳥”は高度なステルス性能を有しており、約800mまで接近されないと感知出来ませんでした」
暗く閉ざされた大間の会議室。巨大な丸テーブルを、10数名程がまばらに座り囲んで居る。
壁に設けられた巨大なモニターには、昨日人工衛星を奪取された際の現場作業員のヘルメットカメラの映像が出されていた。白い鳥が画面一杯に映し出され、赤い目の様なものが不気味に光りカメラを睨んでいる。
「武装は不明。ハードポイントやウェポンベイも確認出来ませんでした」
「この様な戦闘機が開発されている情報は一切ありませんでした。“地球圏では”」
別の男が意味深に言う。
「これは去年、火星へ送られた無人機が撮った写真です」
モニターへ赤い星が映し出される。そしてその中に、白く光る一つの点が見える。
画像にズームが掛けられ、段々とその点が拡大されていく。太陽の光を受け、輝いている物体と分かる。
「鳥です。この時から既に“火星人類”が白い鳥の開発を始めていた事になります」
「人類は、やはり火星に到達していたのか……」
「7年前より再開されたドローンによる探査ですが、火星圏到達前に全てシグナルロストしています。船団の生き残りによる妨害であると考えるのが妥当でしょう」
「火星船団は2036年1月に出発した後、同年5月巨大なデブリ帯と接触し、その後音信不通となっています」
「そのデブリが、我々が破棄したコロニーの残骸というのが皮肉だな」
「……。船団は当時の宇宙巡洋艦クラス3隻、駆逐艦クラス5隻を保有していました。さらに超巨大輸送船1隻を偵察機・戦闘機用の空母としても運用していました。もし彼らが軍備を再編しているとすれば、大きな脅威となります」
「ネット衛星の奪取に始まり、“彼ら”はなんらかの行動に出ようとしています」
「核武装すべきだ」
誰かが言い、一瞬の静寂。
「……月、及び月軌道上を最終防衛ラインとした『地球圏外からの侵攻に対する防衛プラン』構築を進めて参ります。月都市の核武装も、視野に入れましょう」
西暦2057年10月6日 15時20分
月
モスクワの海
輸送艦内
ガーベラ。美しい名だと思う。白いガーベラの花言葉は『律儀』『純潔』そして『希望』。その花の本物は見た事ないけれど、図鑑で見た。この白い鳥の姿をした花は、僕らの希望なのだ。格納庫で翼を丸ている自分の愛機を惚れぼれと眺めていた。20歳になったエル・エラは、自身の立場が嫌いだった。形だけの大統領、それの息子。だがそんな微妙な立場であるにも拘らず父は慕われていた。そのレッテルは周囲から、常に尊敬される人間でならなければならないという自負のプレッシャーとなっていた。が、ある時から自分が優秀であれば、人は付いてくるという事に気づいてしまった。さらに大統領の息子という肩書きも大きい。彼は、この自分のレッテルが値札通り、いやそれ以上あると理解し、利用しようと思った。
「エルさん。スキーラさんは予定通りセレニティ・シティでの会合に成功、撤収開始しました。回収ポイントへお願いします」
「了解した」
伝達に来た者はすぐ自分の持ち場へ戻った。エルもすぐにガーベラのコックピットへ滑り込み、システムを起動させる。
「エル・エラ、発艦するぞ」
≪了解、上部ハッチ開放します≫
天井が左右に開き、星空が広がる。ガーベラ胴体下部のスラスターを一瞬吹かし機体を船外へ解き放つ。
巨大な六輪装甲車で、スキーラ達6名は月面を移動していた。
出来たばかりの地下鉄を使いセレニティ・シティからモスコ・シティへ、更にモスコ・シティからこの手配してあった装甲車に乗り込み回収ポイントを目指した。
「ッ! 来ました、追手です!」
助手席に乗っていた通信手が叫ぶ。
「スキーラ様、ヘルメットを着用して下さい」
「あぁ」
手渡されたヘルメットを被ると、スーツと接続され密閉された事、酸素の残量警告などがバイザーの右下に表示される。
「7時方向、小型宇宙艇。武装・所属不明!」
助手席の男が報告を続けた。
一人の男が運転席後ろのヘッドマウントディスプレイを覗き込み、脇に備え付けられているグリップを握る。この装甲車の上部に設置されている50口径機関銃を操作する為だ。
あっという間に小型艇は装甲車左側に肉薄し並走している。天井の機関銃はまだ小型艇に銃口を向けていない。
≪車両を停止しなさい。更に500m以上“逃走”するようであれば、武力行使する権限がある≫
その小型艇からの通信だ。だが、通信手ら一同応ずる事なく進み続ける。
緊張感がこの車内に張り詰める、灰色の大地を装甲車は突き進んでいく。
スキーラも思わず窓の外を見渡す。その時。
≪こちら、エコー2。補足しました≫
「バッカス! やれ!!」
「っしゃア!」
通信手が合図した瞬間、50口径を小型艇へ浴びせる。怯んだ小型艇が少し装甲車から距離を取る。
≪貴様らを宇宙法違反と見做し……≫
そう小型艇から通信が入った瞬間、白い物体が横切る。一瞬まばゆい光が空を裂く。小型艇がスキーラの視界から消える。気付けば小型艇ははるか左舷で地面に叩きつけられ粉砕されていた。エルが来たのだと分かった。
≪お怪我はありませんか、スキーラ様?≫
皮肉めいた声が聞こえる。バイザーを開け、通信手からマイクを受け取る。
「遅かったじゃないか、エル」
「月政府は協力的だ。我々と同じく地球を憎む者も多い。が、我々の様に孤立している訳ではない。地球とは手を繋いだ状態で、背面で我々とも手を繋いでもらう必要がある」
輸送船へ戻り、スキーラがエルと格納庫の窓を眺めながら話していた。
「これでようやく、地球へ帰る為のチケットを手に入れた訳ってことか」
「あぁ」
だが、二人の望む通りには、世界は動かなかった。
月軌道上を主とした地球防衛ライン構築が極秘裏ではあるが急速に行われ、火星側はどう発展していくのか、地球側の出方を見守るしかなかった。
そして事態は急に動き出す。2060年1月6〜19日にかけて、火星へ計2,000発あまりの超長距離ミサイルの雨が降り注ぐ。人類史上初の惑星間攻撃の瞬間であった。
月を飛び立った大型ロケット達は、火星に接近すると分離し、腹わたのミサイルを一斉に解き放つ。迎撃を行うも、圧倒的な数の前に半数は地表へ辿り着いてしまった。あまりに火星の空の守りは手薄であった。
幸いにもミサイルの大半は、何も無い地表を抉ったが、13発が地表都市ファースト・ウィングへ直撃し、ドームは半壊。7千人余りの命が一瞬のうちに奪われた。
更に間髪入れずに2060年1月20日、宇宙巡洋艦3隻、駆逐艦7隻、空母2から成る艦隊が地球圏より襲来する――。
≪ビッグ・ワンは太陽湖上空のデブリ帯に退避させろ!≫
≪エスペランザへ、ビッグ・ワンの護衛に就け≫
≪敵艦隊、依然として我々直上より侵攻中。距離2万!≫
「月は、何故こんな事を伝えてくれなかったのだ……」
怒号に似た無線が飛び交う中、クリント・エラはファースト・ウィングに眠る“マーズ・ペリーヌ”の艦橋で一人呟く。
「艦長、発進出来ます!」
「了解……。錨を上げろ」
メインエンジンに火が入り、赤い土煙を上げながら、30年間眠っていた船体が起き上がる。
今日という日を想定していなかった訳ではない、が。
「増加装甲を前面へ全て展開。アルファ1、2と共に敵艦隊の陽動へ向かう。チャーリーは現宙域よりスイングバイを利用し、敵艦隊左舷からアタックしろ」
≪チャーリー了解≫
「民間人の避難は?」
「輸送船団へ避難済みです」
「裏からなるべく遠くまで逃せ」
「アイ・サー」
勧告等も一切無しで先制攻撃。更に艦隊まで差し向けるとは、完全に我々を“消そうと”している。クリントは、再び怒りの念に飲み込まれそうになる。
「敵は一方からしか来ていないのか? 今のデブリ帯の配置なら3方向がガラ空きだ…」
避難民で溢れる輸送船の片隅、ジョンが不安を溢す。次男のジャックは無邪気に窓の外を眺めている。
「もう、地球には戻れそうもないわね」
力なく妻のエリーもジャックの背中を見つめながら言う。何も言葉に出来ず、堪らなくなりエリーを抱擁する。二人とも抱き合ったまま、静かに涙を溢す。
その時、ジャックが窓の外を指差して驚く。
「ママ! 何か光った!」
「え?」
その瞬間、閃光と共に大量のデブリが船を襲う。
「艦長! ブラボーより入電、輸送船団の居る宙域付近に更に3隻敵艦を確認!」
「やはり別働部隊が居たか。……ガーベラ隊を輸送船団へ向かわせろ!」
「ア、アイ・サー!」
「ペリーヌからの指令だ! 我々は輸送船団、及びブラボー艦隊の援護へ向かう!」
「マジか……」「クソッ!」「主力艦隊はペリーヌとチャーリーで抑えられるのか?」
待機していたガーベラのパイロット達にも動揺が広がる。エル・エラはそれを静観していた。
「えらく落ち着いてるな」
スキーラ・ラッシュがエルに話しかける。
「宇宙で一番大切なのは冷静でいる事だ。兄さんが教えてくれた事じゃ無いか」
「ヘッ、スゲーよお前は」
スキーラはエルの頭をグシャグシャと乱暴に撫でる。
「やめてください。行きましょう、地球人達に見せつけに」
「……っしゃー、行くぞお前ら!」
「「「ウオォーッ!!!」」」
「敵駆逐艦群、E1,2,3とそれぞれ仮称。一番先陣を切っているE1へ対艦ミサイル発射。出し惜しみは無しだ!」
「ブラボー全艦、E1へミサイル発射!」
ブラボー艦隊の船は皆、元々は火星船団の輸送船であった物を改修し、駆逐艦クラスまで底上げした船だ。正規の、しかも最新型の地球側の駆逐艦と渡り合えるかは分からない。
ブラボー艦隊から発射されたミサイルは瞬く間に迎撃され、反撃が来る。
「チャフフレアを前面へ散布!」
敵ミサイルを撹乱するフレアをバラ撒き、敵のミサイルの雨の中を突き進んでいく。火星艦隊の船は皆、アームやレールでデブリや装甲板を船と接続し、盾の様に船の外側へ展開出来る増加装甲システムという物を装備していた。デブリの中を進む際に使用する為に装備されているが、当然敵からの攻撃を受け流す為の盾の役割も出来る。
「全艦、砲門2時方向へ開け! 取り舵と共に対艦レーザー一斉射!……取り舵ィ今ッ!」
敵のミサイル攻撃が一瞬弱まった瞬間、ブラボー艦隊は左へ舵を切る。それと同時に、全艦のレーザー砲が火を吹く。
「アルファ2被弾! 戦線離脱します!」
「アルファ1! 2の離脱を援護しろ!」
クリントは焦る。敵艦12隻。こちらは2隻で敵艦隊の周囲を飛び回り各個撃破を目指すしかない。
「ブラボー艦隊、敵艦隊へ向け対艦レーザーを使用!」
「止むを得ない。こちらも対策を取られる前に一気に片付ける。敵空母M1,2へ対艦レーザー照準、撃てッ!」
一瞬、敵が何が起こったのか分からない、という気持ちを感じ取れた様な気がした。
「M1轟沈! M2は損傷軽微、敵戦闘機来ます。数15!」
「クソ……」
「ビッグ・ワンより戦闘機中隊到着!」
「よく来てくれた! アルファ1、ペリーヌと共に敵戦闘機を引き摺ってビッグ・ワン戦闘機隊の前に差し出すぞ。残っている増加装甲全て左舷へ展開しろ! 180°回頭、面舵いっぱァい!」
「面舵ーッ!」
「敵残艦隊もこちらを追ってきています!」
「いいぞ……。チャーリー艦隊! 今だ、敵のケツを叩け!」
≪待っていましたッ!≫
その号令と共に、デブリ帯に潜んでいたチャーリー艦隊が飛び出し、敵艦隊の背後を取る。
チャーリー艦隊の対艦レーザーとミサイルが一斉に宙に放たれ、敵艦隊が火に包まれる。
「輸送船団に指一本触れさせるな!」
「奴ら、輸送船団に的を絞ってやがる!」
ブラボー艦隊を摺り抜け、敵艦隊は火星圏を離脱しようとしている輸送船団を目掛け飛ぶ。
「振り切られるぞ! 対艦レーザーはどうした!?」
「リチャージ中です! ミサイルは残弾ゼロ!」
「クソ! 対艦レーザーの射程の短さはどうにかならんのかッ」
砲手長が怒鳴る。その時、通信手が報告する。
「後方より熱源接近! 数6!」
「敵機か!?」
「不明!」
≪ブラボー艦隊、加勢します≫
「なァ!?」
短い通信が入った後、艦橋の真横を白い機体が駆け抜けていく。
「ガーベラ……ッ!」
「各機散開、敵艦を各個撃破せよ」
≪≪≪了解≫≫≫
白い鳥達は瞬く間に敵艦隊へ追い付き、船に纏わり付く。
「船は鳥に落されるのがお決まりなんだよ!」
スキーラはコックピットで呟きながら、ガーベラの両翼に内臓された対艦レーザーを開く。
それと同時に、敵の迎撃を掻い潜りながら敵艦へレーザーを浴びせる。が、撃沈には至らない。
≪兄さん、攻撃が甘いよ!≫
「エル!」
更に追従してきたエルのガーベラが、敵艦のエンジン部分にレーザーを浴びせ誘爆させる。
他のガーベラも敵艦の周囲を飛び回り、レーザーを一方的に浴びせ瞬く間に3隻とも撃沈する。
「華々しい戦果だ、“ホワイトドール”諸君ッ!」
プライマリー・ウェポンズ @Trap_Heinz
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