act.4-5

西暦2046年

火星

某所


「大統領……」

「クリントか……? 前にも言った通り、全てお前に任せる……。私は、余りに多くの人を苦しませた……。その尻拭いをさせてしまうな……」

「何を仰るんです! 我々はあなたが居たからこそここまで……」

「本当にすまない……。私は、ただの死に損ないだ。十年前、私は死んでおくべきだった……」

ベッドに横たわる男は、天井を眺めたまま、力無い声を側に立つ男へ吐いていた。

側に立つ男は、溢れる涙を拭くこともせず、ただ直立していた。

窓の外は、赤茶色の大地。そして、地表に半分埋もれる形で鎮座する火星船団旗艦“マーズ・ペリーヌ”を中心に、居住区が築かれていた。

「クリント、お前は地球への復讐心に溢れすぎている。だが同時にそれがお前の原動力にも成っている……」

突然核心を突かれ、クリント・エラは唖然とし言葉を返せない。

「そのお前が……この火星の民を束ね、救って、みせろ……」

その時、警告音が室内に響き、すぐさま医師が入ってくる。

「エラさん、外して下さい! 蘇生措置に入ります!」

クリントの目から涙は消え、口角は僅かに上がっていた。その時の彼の顔は誰も見ていない。



 更に時は流れ、西暦2052年――。

2030年代後半から、地球圏の宇宙開発は恐ろしい程の速さで進んでいた。

各国が地球軌道上へ“都市艦”と呼ばれる、居住区を内包した超巨大艦船を次々と浮かべ、そこへ国民を移民させ、衣食住をその船の中で完結させようとした。

そして行き過ぎた環境破壊に少しでも歯止めを掛けるべく、環境保護と銘打ってアフリカ大陸への殆どの人間の出入りを禁止させた。自称“先進国”達が決めた事である。

 2040年代に完成した月面都市群も、独立した政府が設置され、自治が始まった。だが実態は国連を主体とした先進国達のただの言いなり国家であり、様々な黒い憶測が飛び交っていた。

だが新たな資源の採掘場として、そして都市艦を含む様々な宇宙艦艇の造船場としても発展を遂げ、地球から上げられた多くの人間も、月での労働へ従事した。


 だが、火星圏を目指した者達を、誰も口にはしなかった。まるで最初から存在していなかったかの様に。



西暦2052年6月2日

火星

第3居住区 病室内


 とある病室に、新たな命の産声が響いた。

「元気な男の子です」

「よかった……」

涙を目に浮かべながら、母親は我が子を腕に抱いた。

「……ジャックよ。この子はジャック・エマ」

エリー・エマは、横に立つジョン・F・エマへそう告げた。

「ジャック……お前は俺たちの希望だ」

ジョンが“ジャック”を抱き抱え、そう呟く。

「ジム……」

エリーは16年前、地球に置き去りにした息子の名前と涙を溢した。

エマ夫妻、お互いに46歳を迎えた年に新たな命を授かった。


 火星船団が火星に到達し、既に20年近く経っていた。



『ビッグ・ファイブ轟沈!』

『D-2、メインエンジン機能停止!』

『E-4第三艦橋大破!』

その叫び声に、クリント・エラ“大統領”はベットから飛び上がる。

西暦2036年5月、あの惨劇時の悲痛な叫びに似た通信手の報告が、クリントの脳内を駆ける。

それと同時に、目覚まし時計の電子音が暗い室内に響いた。


 火星船団が火星に到達後、地上へ巨大なコロニーを生成し、そこに生活の拠点を築いた。

更に、多くの人を束ねる為アメリカ合衆国政府を模倣し、火星暫定政府も設置した。

火星船団は火星に到達した。そしてそこに人々が生存していける事を身を以て証明した。いや、している。

 火星に辿り着いた時、船団は半分機能していなかった。団員は地球帰還派と火星移住派に二分され、表面下で大きな溝を生んでいた。

それも無理は無い。強引にデブリ帯を突破しようとした挙句、5千人近くの団員が犠牲になったのだ、私の命令の所為で。

だがドナルド・ドウェイン船団長は文字通り自分の身を、命を削り、火星に到達した皆を受け容れ、そして地球に帰る時が来るまでの辛抱だ、と皆を勇気付けた。

そしてその精神は受け継がれ、20年近く火星の発展と自治を支えてきた。

 クリントは16年前、火星船団出発時に月軌道上の船団旗艦“マーズ・ペリーヌ”艦内で撮った艦橋クルー達の写真盾の前に立ち、海軍式の敬礼を捧げた。偉大なる火星船団団長、そして“火星政府”初代大統領、ドナルド・ドウェインへ。

 毎朝の日課、軽い運動を行い、シャワーを浴び、配給されていた食事を摂る。

そこへ音声メッセージが端末へ入る。

『おはようございます、大統領。3日前新たに見つかった空洞について、調査班からの報告が上がっています。1000より報告会議を行いますので、出席願います』

ピーという簡素な電子音の後、メッセージは終わる。

また新しい一週間が始まる。そう心の中で呟いた。



西暦2052年6月2日 10時

火星

第1居住区 “ペリーヌ・ホテル”内会議室


「おはようございます、大統領」

「おはようジョン。君から大統領と呼ばれるのは未だに馴れないな」

「そろそろ慣れて下さい」

ジョンは笑いながら握手しそう答える。

火星船団時、環境調査班で指揮を執っていたジョンは、そのまま暫定政府環境庁長官へと配置されていた。

「早速ですが大統領、こちらをご覧ください」

壁のモニターへ、火星全体を表すCG映像が映される。

「我々は知っての通り、北極地下の氷を元に水を生成し生活しています。ですが今回見つかったのはこちら……」

ジョンがPCの前に立つ助手へ合図を送り、映像が切り替わる。

「第4居住区の建設予定地である“クロニウスの海”を調査していたチームが、地下に広大な空洞を発見しました。そして次がその空洞内の実際の映像です」

更に映像が切り替わり、真っ暗な画が映し出される。だが、採掘機のライトだろうか、それらが空洞に当てられると、キラキラと何かが光る。

「水です。汚れた氷ではない、水が、地球と同じ水が、火星にあったのです」

会議室内がどよめく。

「まだ正確な水量は分かっていませんが、今の氷の運搬や除染等の作業が大幅に削減が可能と思われます──」

 新たな発見に熱気を孕んだ報告会は終わった。

「こんな重大な発見なのに、浮かない顔だな。君らしくない」

「実は今朝、妻が“次男”を出産しまして、昨晩から付きっきりだったもので……」

クリントへジョンが答える。

「次男……? あぁ、そうか。おめでとう。奥さんも頑張ったな」

「ありがとうございます。大統領のご子息は、もうハイスクールでしたか?」

「あぁ、9月から。子供達には、勉強意外にも沢山学んで欲しいが……今のままでは――」

「それは言わない約束でしょう。地球と同じ環境を、子供達にも触れて欲しい。その為に僕は半分生かされています」

ジョンはクリントの言葉を遮る様に言う。

「そうだな……」

「では、失礼します」

そう言い残し、ジョンは会議室を後にした。



西暦2052年7月19日 10時40分

火星

キンメリア人の海 上空3000km地点


『エコー2。目標確認、いつでも行けます』

「エコーリーダー了解、 やれ」

宙を舞う一機のヒト型ロボットが、右腕を前へ伸ばす。そして腕に装備された箱から、青い閃光が放たれる。

その一本に伸びた閃光は、ある物体へ直撃し、消えていく。

『エコー2。目標沈黙を確認、回収します』

直撃を受けた物体は、機能を停止し慣性のまま宙を飛んでいく。

その物体を、先ほどのロボットが両腕で受け止める。

『2年ぶりの探査機ですか? 地球人も懲りないっすね』

そこへもう一機のヒト型が現れる。

「俺達の事が気になって仕方ない奴らも居るんだろうな」

エコーリーダーを名乗っていた若い男、スキーラ・ラッシュが微笑を含みながら応える。

「こちらエコーリーダーからマールス・ウィングへ。探査機を鹵獲した、これより撤収する」

『マールス・ウィング、了解』


 火星、キンメリア人の海に建造されているコロニー“ファースト・ウィング”。名前の通り、火星船団が火星へ到達し一番最初に建造されたコロニーである。

そのコロニーに隣接されている港へ、先ほどの二機のロボットが帰ってくる。

「スキーラ! ご苦労さん」

「あぁ」

ドック内の通路でメカニックが声を掛ける。

「アニキ!」

そこへ一人の少年がジャンプしながら駆け寄ってくる。

「エル! ここ場所へ来てはダメだと――」

「しらねーよ!」

そう言いながらタックルするようにスキーラへ抱きつき、2人とも後ろの壁まで飛ばされる。

「全く……お前の世話係はどういう教育をしてるのやら……。大統領の息子であることを少しは自覚しろ」

「空はどうだった? 変わりない?」

キラキラした瞳でエルはスキーラへ問う。

「あぁ、変わりねーよ。それより、アレを見てみろ」

反対の窓側の壁へ浮遊しながら、スキーラが指差す。ドック脇のこの通路からは、先ほどのロボットや船が港で整備されている様子が一望出来る。

そして一番手前、通路側へ巨大なロケットの様な物が鎮座している。

「ロケット……?」

「あぁ。恐らく火星探査用の機材が積まれている」

「なんで火星を調べる必要が? 俺らが居るのに」

「火星を調べる為じゃ無い。俺ら“火星に住む人”を調べる為なのさ」

「?」

エルはキョトンとした表情でスキーラを見上げる。

「ま、その内分かるさ。メシ行こーぜ」

「あぁ、うん……?」

スキーラの言っている事が理解出来ないまま、エルは彼の後を追った。


「ハッチ解放します」

カシュッという軽い音と共に、ロケットはあっさりと腹わたを見せる。先ほどの回収されたロケットだ。

「今回は地表探査用では無く、火星上空からの偵察ドローンの様ですね」

一人の若い男の技術者が内部を眺めながら言う。

「地球との通信は遮断されているな?」

「はい。試作レーザーのお陰で完全に機能停止しています」

「アレもなかなか使えるな」

「まぁまだ課題が山積みですけどね」

その若い技師が無線を取る。

「アーム、1番レーンに下さい」

ドック内の天井に吊り下げられている作業用のクレーンが、ロケットの横たわっているレーンへ移動してくる。

「どうも」

無線を置き、手に持っていた携帯端末からクレーンへアクセスし、アームを操作する。

「ロックは解除出来そうですか?」

「爆裂ボルトだから無理だ。カットするからアームで機体をホールドしてくれ」

「了解〜」

技師は端末を操り、ロケット内に収まっているドローンの動体をアームで掴む。ロケット内には別の技術者が潜り、ドローンを固定しているパーツを分解している。

 ふと、若い技師はドック脇の通路を歩いているスキーラとエルを見つける。

地球は、どういう場所なのだろうか。そう心の中に言葉が浮かんだ。



西暦2057年10月5日 10時40分

月面都市 モスコシティ

上空約2,000km地点


「なァ、今俺たちが地球圏で一番外側に居る人類なんだぜ」

『便器で頭でも打ったか? 仕事しろ仕事』

「んだよ、こんなトコ俺だってとっととおさらばしてーよクソ」

宇宙服に身を包んだ2人の男が、月軌道上の人工衛星に取り付き何か作業をしている。

『フィリップ! お前のケツ、上空から何か接近してくる!』

「あぁ!? デブリの接近警報は……」

フィリップと呼ばれていた男が上を見上げようとした瞬間、2人の目の前に巨大な“白い鳥”が舞い降りる。

「うわァ!?」

『フィリップ!』

バランスを崩した男が宙に投げ出される。すかさずその白い鳥が左羽を広げ、その男を受け止める。

「な、なんなんだコイツぁ……」

赤く光る鳥の目を見る。

『“地球人”、大人しくこの衛星を渡せ』

2人の無線通信に、別の若い男の声が割って入ってくる。

「んだテメー! そんな事されたら、俺のクビだけじゃ済まねえだろ! バーカ!」

フィリップはおずおずと命綱を頼りに人工衛星まで這いながら戻っている。

『わ、分かった。くれてやるから、俺らの船に戻らせてくれ』

「オイ!」

『こんな所で死にたかねーんだよ!』

そんな2人の様子を冷めた目で視る、白い鳥のコックピットに座る青年。

2人の作業員は自分たちの乗ってきた小型艇に乗り込み、そそくさと月へ帰って行った。


「こちらエコー2。予定通りネット衛星を奪った。回収を頼む」

『了解』

その返事と共に、一隻の輸送船が宇宙の暗闇から現れる。

「地球人が俺の接近に気付いていたぞ。この“ガーベラ”、ステルス性能はまだまだだな」

『エコー2、110秒で月の治安維持軍が来ます』

「ひとつ、コイツの性能テストに……と言いたい所だが、帰るとしよう」

『後部デッキから着艦して下さい』

「了解している」

その青年は、自分の手足の様にガーベラを華麗に操り、輸送船へ帰って行った。

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