act.4-4

西暦2036年5月25日 21時30分

火星まで依然約2800万km地点

デブリ帯”カーテン”内部


 依然としてチーム1の作業は中断されたまま、マーズ・ペリーヌからの指示待ちとなっていた。

チームの面々は、下方から襲い来るデブリの雨を避けながら静かに待機していた。

『こちらチーム2リーダーからアクチュアルへ。第六ポイント掘削作業終了。爆薬セット出来ます』

「アクチュアル了解」

すぐさま指揮を取っているジョン・F・エマが、母艦マーズ・ペリーヌへ通信を回す。

「こちらチームアクチュアル、チーム2の作業が完了した。B-2は第四ポイントへ向かってくれ」

『B-2了解、5分後に到着する。アウト』

「アクチュアルからチーム2リーダー。5分後にB-2が第四ポイントに到着する。チーム2も第四ポイントへ集合せよ」

『チーム2リーダー了解、向かいます』

第四から第六ポイント担当のチーム2は順調に作業が進んでいる。問題はチーム1が行っているこの第三ポイントだ。

複雑な謎の人工物を爆破し、あらぬ方向へデブリが飛散する可能性がある。その為こちらで収集したデータを元に、ペリーヌでデブリが飛散する方向をシミュレートし、それを元に爆薬をセットする地点を再計算して貰っているという状況だ。



同時刻

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 艦橋内


「観測隊より報告。下方より高速で飛来する高濃度のデブリ群が接近中。凡そ50分後に爆破ポイントに接触します。我々の道が、塞がる恐れがあります」

「50分……」

クリント・エラ副艦長兼艦長代理は苦い表情を浮かべ、接近するデブリ群のデータを凝視する。

「副長!」

更に別の一人の通信手が叫ぶ。

「どうした」

クリントが自分のモニターから目を外す。

「地球側からの返信なのですが……」

その通信手からクリントの手元のモニターへ暗号化ファイルが転送されて来たのが分かった。すぐに復号し、地球から送られて来たテキストメッセージを表示し、絶句する。

「な……」

そこにはチーム1がぶつかっている構造物に関する見解データと、もうひとつの文章。

「……”構造物データを確認した結果、2年前テスト的に建造されたスペースコロニーの残骸である可能性が高い。”……」

その淡々とした報告文章にクリントの怒りは頂点に達し、そして落胆した。

「……またしても貴様ら……」

クリントは力無く呟く。

「第二演算室へデータはもう渡してあるな?」

「はい。直に算出も終わると思います……」

その文章の中身を知っている通信手は気まずそうに答える。

「そうか……。船の修理は全て完了しているんだな?」

「はい」

「全艦へ通達。2200時にこのカーテンを突破する。ここまでの努力が水泡に帰す。即時出発に備えよ」

「あ、アイ・サー!」

その一言に艦橋内がざわつく。

「デブリの爆破によって、その接近して来るデブリ群へどれほどカウンターアタックを食らわせられるか、すぐに算出してくれ」

「了解!」

「偵察隊へ通達。2145に現宙域を離れ、船団へ合流せよ」

「アイ・サー!」



『こちらマーズ・ペリーヌ、チームアクチュアルへ。第三ポイントの新たな爆破プランを送ります。急ぎ爆薬設置をお願いします』

「アクチュアル了解」

ジョンはチーム1へデータを転送しながら、ペリーヌ側が急ぎ焦っている事を不穏に思う。

「アクチュアルからチーム1リーダー。作業はどれ位で終わるか?」

『チーム1リーダー。地点のチェックを行い、ほぼ爆薬をセットするだけなので……10分掛かりません』

「了解。B-1を第三ポイントへ集結させる」

『チーム1了解』

ジョンがマーズ・ペリーヌへ爆薬設置チーム・B-1への要請をしていた時、全周波帯回線で通信が割り込んでくる。

『こちらマーズ・ペリーヌから全船団へ。2200時に船団は再出発し、このデブリ帯を強行突破する。2145に巡航体形へ移行完了せよ、以上』

それは余りにも唐突な注文だった。だが同時にあの焦り具合にも納得してしまっていた。

「こちらアクチュアル。チーム2、B-2と共に第一ポイントの設置作業に移行出来るか?」

『こちらチーム2。間も無く爆薬設置完了します。すぐに向かいます』

「すまない、頼む」

すぐにペリーヌへも通信を開く。

「こちらチームアクチュアル。2145までに撤収は無理だ。2200にビッグ・ツーへ帰艦する」

『……こちらマーズ・ペリーヌ。了解した。幸運を祈る』

時間はもう無い。が、B-1が第三ポイント付近まで接近している。B-2と合流したチーム2が第一ポイントまで移動し始めたのも把握した。なんとか間に合うか……?



同日 21時50分

同宙域


『チーム2、第一ポイントの設置完了。撤収する』

『チーム1、第二ポイントも作業完了』

両チームから報告が入り、全ての作業が終わった事を確認した。

「こちらチームアクチュアル、マーズ・ペリーヌへ。作業完了、全機帰還します」

『マーズ・ペリーヌ。了解、よくやってくれた』

慎重にデブリ群を抜け、ようやく船団の光の元へ帰って来た。

巨大な輸送船”ビッグ・ツー”の格納庫の扉が開き、そこへ着艦する。

盛大な迎えはあるわけも無く、すぐに各小型艇等を格納庫内で固定させ。艦の出発へ備える。


「副長、爆破いつでも行けます」

「了解。30秒のカウント後爆破。同時に船団微速前進開始」

「了解。全艦へ通達。カウント開始!」

「メインエンジン起動、発進ヨォーイ!」


 ジョン等はビッグ・ツーの会議室のモニターにて、観測ポッドから送られて来ている映像を見ていた。

「爆破30秒前!」

無線を受け取っていた一人が云う。ビッグ・ツーはマーズ・ペリーヌ、更にその後ろのビッグ・ワンの後に続いてデブリ帯へ進入する。映像にいつもは自分が乗っている艦の背後が映し出されており、不思議な感覚だった。

「3、2、1、爆破!」

その読み上げられた声と同時に、彼方で一瞬閃光が走る。

「映像拡大しろ」

望遠映像には、見事に我々から見て下方へ飛び散っていく大量の破片が見えた。

「ヨッシャ!」

「FOOOO!!!!」

会議室内に歓声が起こり、ジョンは少し呆れ気味だった。が、小さく口角を上げ、右手を握りしめていた。この計画に参加して、初めてひとつの仕事をこなした。

これから益々忙しくなるだろうという、楽観的で、だが希望に満ちた言葉をポツリと心の奥で呟いた。


『船団長より全船団へ、伝えたい事がある』

またも船団全体無線が部屋に響き渡る。神妙な声の主はクリントだった。ジョン等他の船からビッグ・ツーへ移って来ていた者等は、船内の会議室にて体をシートへ固定し、発進の時を待っていた。

何が始まるのかと周りのチームメイト達が少しざわめく。

『船団長、ドナルド・ドウェインだ』

その声は弱々しく、そしてひどく掠れていた。皆は固唾を飲んで放送に耳を傾けている。

『我々はこれより、現在目の前に立ちはだかるデブリ帯を強行突破する』

ゴホゴホッと辛そうな咳が挟まる。

『この様な手段を取らざるを得なくなってしまったのか。それは我々船団の全体の燃料消費が想定よりも激しく、地球復路分の燃料確保が難しい為である』

ブリーフィング時にこの事はチームに伝えた為、周囲は静かに放送を聴いていた。恐らく他の船や部署では、かなりの動揺が広がっている事だろう。地球へ帰れないかもしれない、その事実を叩きつけられるのだ、無理もない。そう思いながらジョンも静聴していた。

『では何故我々はそこまでして火星を目指すのか? 第一に我々には皆、火星を目指し、第二の母星として火星の生活地盤を固める、確固たる意思があるからだ』

「そうだ!」

「その通り!」

周囲で小さく声が上がる。

『そして第二に、我々はこれ程の熱意ある若者、研究者、軍人らが世界中から集まった”精鋭”であるにも関わらず、地球側は端から計画は不可能と決めつけていたからである……!』

ドウェインの言葉尻に熱が籠っているのが解る。周囲は再び静聴し、熱い目線を艦内スピーカーへ向けていた。小さな咳払いを置いて、ドウェインは続ける。

『皆には本当に申し訳ないと思うが、船団が出発して初めて、地球側は軌道上にスペースコロニーを建造し、そこへ移住する計画を主軸として宇宙移民計画を進めている事が明白になってきた。……だからこそ! 我々は不可能を実現してせしめ、そして堂々とその成果を地球へ持ち帰ってやろうではないか!』

「うおおおお!!!」

「ドナルド! ドナルド!」

「火星船団バンザイ!!!」

皆が一斉に咆哮し、鼓舞している。ジョンはその光景に感動していた。皆の意思は一つだった。

『どうか、皆の更なる協力を願う。船団長より、以上』

そう締め括られ放送は終わった。その見事な発破かけによる熱気を孕んだまま、船団は再び駒を進めようとしていた。


「リーコン1、2。ペリーヌを先導せよ」

『リーコン1了解』

『リーコン2了解』

「船団長、ありがとうございました」

指示を出し終わり、クリントはドウェインへ謝辞を述べる。船団はカーテンの隙間を抜ける為、船を縦一列に並べ換えていた。

「何を云うか」

ドウェインは久々に医療艦からマーズ・ペリーヌの艦橋に立ち、辺りを見ていた。

側には医師が付き添っている。

「やはりいい船だ。この船、船団。お前に任せるぞ」

「な、何を仰っているんですか大佐……」

「その呼び方は止めろと言っただろう」



西暦2036年5月25日 22時40分

火星まで依然約2800万km地点

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 艦橋内


 時折、ガンッ、ゴーーーン……といった、船を叩く小さなデブリの音が不気味に響いていた。

だが慎重にデブリの海を潜り、ようやく抜け出す事が出来た。艦内にも安堵の空気が流れるが、まだ後続の26隻がデブリの中だ。

「エスペランザ。ペリーヌに代わり船団を率いてそのまま先行せよ。マーズ・ペリーヌは現宙域にて後続艦の監視に当たる」

『エスペランザ、了解。先行する』

ドウェインは艦長席に座っては居たが、指示は全てクリントが出していた。

カーテンを抜け、船を減速させながら反転させる。艦橋のメインモニターが後続の船団を捉える。

接近している高速デブリ群は、先ほどの爆破で80%は接近を阻止出来ていた。だが油断は禁物だ。

その時であった。

「観測機より入電! 下方より超大型デブリ接近!」

「映像回せ!」

クリントが檄を飛ばす。

「これは……! デブリ発生源のコロニーの残骸と思われます!」

「このタイミングでッ……」

思わず目を見開き言葉を溢す。

「全艦、コロニーへ攻撃開始、全武装の使用を許可する! 我々も攻撃しつつ接近し全艦へ詳細な位置情報を送れ!」

「了解! 全艦へ通達! 下方より急速接近中のデブリを攻撃せよ! ウェポンズフリー! ウェポンズフリー!」

「全艦、可能な限り最大船速でカーテンを抜けろ! 多少の損害は構わん!」

「船団戦術データリンク接続。イージスによる自動攻撃開始」

「ダメです! カーテン内に居る船からでは、障害となるデブリが多すぎて有効打となりません!」

「ビッグ・ワンが戦闘機の発艦許可を求めています!」

「カーテンを抜けた艦はペリーヌの元へ集結せよ! 三段梯形陣を組みつつ攻撃を続ける! ビッグ・ワンの戦闘機発艦を許可。砲撃の射線に入らせるな!」

「リーコン及びエスペランザへ転進命令を出し、目標への艦砲射撃支援を出せ」

思わずドウェインが指示を言う。

「アイ・サー!」

クリントはそれに答える。

「ビッグ・ワンより第一、第二戦闘群発進! 2分で戦闘距離に到達!」

船団は、宇宙巡洋艦を元に建造されたマーズ・ペリーヌ、2番艦のエスペランザを先頭とし、後続は輸送艦を優先した隊形でカーテン突破を試みていた。その為多くの武装した船は隊後方に位置しており、攻撃がままならない。

マーズ・ペリーヌの対艦レーザー砲が火を吹く。間髪入れず実弾による砲撃とミサイルによる攻撃を続ける。が、巨大なコロニーには少しのダメージしか入らず破壊までに至らない。

更にデブリ帯の中を掻分けるようにしながら猛進してくるコロニーは、周囲に纏ったデブリがアーマーとなって弾を更に弱体化させてしまう。

「クソッ……どこまでも我々の邪魔をしやがって……そこまで火星に行かせたくないか……」

クリントが血の滲むような言葉を溢す。ドウェインは静かに戦局を見守っていた。

「戦闘機部隊からの攻撃効果判定。損害は軽微ですが、わずかにコロニーの軌道が逸れています」

「砲撃緩めるな。メインエンジン停止、主機エネルギーを対艦レーザーへ回せ」

船団は12隻目までカーテンを突破した。その時、コロニーで巨大な爆発が発生する。

「観測班、報告せよ!」

「爆発原因不明! ……ッコロニーが3つに分裂! 隊列へ更に急速接近!」


まるで時間が一瞬で過ぎ去った様であった。

巨大なデブリ群が雨、いや雪崩の様に船団を襲い、地獄絵図と化す。


「あ、あぁ……」

皆、茫然とその光景を見つめる事しか出来なかった。

「ビッグ・ファイブへ直撃! 船が、沈みます……」

カーテンを抜ける既の所で、動植物や家畜の搬送に使われていた輸送艦ビッグ・ファイブのメインエンジンをデブリが直撃し、瞬く間に爆散する。


 船から宇宙の海へ放り出された大量の白い鳥達が、一瞬だけ宇宙を翔び、そして死んでいく姿を、マーズ・ペリーヌ艦橋のモニターが捉えていた。

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