act.4-3

西暦2036年5月25日 15時00分

火星まで約2800万km地点

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 艦橋


 火星船団は火星圏を目前にして足踏みしていた。

船団の行く手を阻むように立ちはだかる巨大なデブリ帯。それを前にして船団と地球側で如何にして火星を目指すのか。そもそも火星到達を諦めるべきなのか協議が続いていた。

先遣隊からの情報によると、船団正面から視て縦15万キロ、横20万キロ、奥行き8万キロメートルに及んでいた。それらは火星の引力に導かれながら緩やかに移動しているが、デブリ同士で衝突し四方八方に動き回る厄介な壁、いや先遣隊の言葉を使うなら“カーテン”だ。


地球からの通達事項を通信手が読み上げる。

「地球からの回答は変わらず迂回ルートの提案と、地球帰還プランの提示です。船団から見て右上空7万キロ地点にある“カーテン”の切れ目からの迂回ルートからの進入を挙げて来ています」

更に最悪な事に、我々はこのカーテンのデブリが一番密集している区域へ、真正面から当たってしまった事だ。

「カーテンの切れ目と行っても、この不規則なデブリの動きでは、いつ塞がるかわかりませんし……」

「偵察隊からの情報を元に、デブリの動きを観測班が予測していますが、到底不可能でしょう」

「アイツらは俺達を火星に行かせたいのか、地球に帰したいのかどっちなんだ?」

一人の士官が愚痴を溢す。

「……我々は、火星を目指す。到達せねばならんのだ」

艦長席に座るクリント・エラ副艦長兼艦長代理が言葉を放つ。

「ですが結局、この迂回ルートでも地球帰還用の燃料が足りなくなります」

「火星到達は、船団長の意思だ。……先ほど出たプランで行こう。デブリ爆破による航路の開拓。このまま”カーテン”を直進する。これしかない」

クリントの反論を許さない強い言い方に艦橋内は静まり返る。

「……了解。火器管制、戦術航海とプランを構築します」

「頼む」



同時刻

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 艦内


船団は宙域に停留したまま、先日破損した艦の修復作業が進められていた。

窓の外には、密集した隊形で並ぶ船達が見えていた。

「デブリ同士の衝突で発生したデブリが飛散し、火星の引力に引かれて舞っているんだろうな」

ジョン・F・エマは言葉を溢す。

「かなりの量ね」

妻のエリー・エマもまた外を眺めながらポツリと言う。

「ここを突破するのはムリだろうな……。上はどう考えているやら」

「……」

2人にとってこの艦内生活のルーティンの一部となっている艦内の散歩。外では慌ただしく船の修理が進められているが、協力出来る事も無い2人は今日もまたいつもどおり艦内を観察しながら廊下を歩いていた。

その時、ジョンの携帯端末が鳴る。

「環境調査課エマです」

『戦術航海課、ロベルトです。次の任務に差し当たって調査依頼があります。1600に第1会議室へ集合願います』

「了解」

『では』

パンツの左ポケットへ端末を仕舞う。

「次の任務? 火星到達前に?」

「なんだろうな」

そんな話をしながら、廊下の先にある休憩スペースを目指した。



西暦2036年5月25日 16時00分

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 第1会議室


マーズ・ペリーヌの持つ一番巨大な会議室へ、わずか6人ばかりの人間が集まった。

クリントが口を開く。

「急な召集申し訳ない。が、我々には時間が無い。例のプランを話してくれ」

クリントが目線を送った戦術航海課の若い士官が小さく頷く。

「はい。ではこちらをご覧下さい」

会議室の立体ディスプレイに現れた無数の点が、巨大な壁を成していた。

「こちらがリアルタイムで情報集取され更新されている、”カーテン”と呼んでいるデブリ帯のホログラムデータです。船団正面から見て、上下左右を仮定しています。そしてここ」

ホログラム上のカーテンの一部がオレンジ色に表示される。我々から見て右上の位置にあたる。

「この地点は現在デブリの密度が低く、且つ下方から流れてくるデブリが直前の巨大なデブリ帯がせき止めてくれているおかげで、比較的デブリの動きが遅くなっています。この箇所の一点突破。そこから船団はカーテンを抜けます」

その士官が言い終わると、一瞬の静寂が会議室を押し潰した。

「……で、この場に僕の様な人間が呼ばれた理由は?」

ジョンは困惑する思いを隠し、質問する。

「先ほどのここ、下方からのデブリをせき止めている箇所を爆破し、更に下方へ移動させます。その為、巨大なデブリ内部に爆薬を設置し、下方へのみ飛散させなければならない為、設置可能な箇所の場所・地質調査をお願いします」

「なるほど……」

まだ疑問、いや、猜疑心が拭いきれない。

「ジョン、疑問が残るのも無理は無い。しかし最短ルートで迂回しても、現在の計算上、地球帰還までの燃料が足りない事は明白なのだ。ここで長く留まっている訳にもいかない」

クリントの目に、地球で会った時のような若さの残る綺麗さは無かった。艦長が病に倒れてから、彼が代理として相当な重責に耐えてきた事が解る。

だがその様な燃料の問題も抱えていたとは初耳だ。不安は顔に出さずにジョンは答える。

「……了解です。僕も火星に行きたい。チーム編成は?」

「ありがとう。調査チームのメンバーは君に任せる。5人チームを2つ用意してくれ。建築課の掘削チームと合わせて小型艇とグライダーでカーテンに潜り込む」

「了解」

「既に爆破シミュレートは完了しています。あとは実際に出向いて可能かどうかを判断するだけです」

ホログラムモニターのオレンジに光っている箇所が、一帯が爆破されデブリが飛散する方角を表すアニメーションに変わっていた。

「調査チームは本日2000時に現地へ向かって貰う。爆破チームはマーズ・ペリーヌと”エスペランサ”から兵が出向く。十分に準備しておいてくれ」

エスペランサとは、マーズ・ペリーヌ級2番艦で、船団の第二司令艦として機能している。

「わかりました。……その、ミッション説明の為に先の燃料問題の事もチームに話して宜しいですか?」

「ああ。この事実はすぐに皆へも公表するつもりだ。言ってくれ」

「分かりました」



「ーーその為、今回のミッションはかなりの危険が伴う。それも、火星到達前にこの様なリスクを冒さなければならない。それでも協力してくれる者が居たら、後からでも申し出てくれ。……以上」

ジョンの自室からテレビチャットを通じて、各艦に散らばる調査チームメンバーへ伝える。

リスク分散の為、各部署もメンバーを別々の船に分けて乗船する様になっていた。

一瞬の静寂。

『何言ってんスか!』

『火星を目指す為にも、僕は全力を尽くすだけです!』

『俺は参加しますぜ』

50人から成るチームのメンバーから次々と声が帰ってくる。少し目頭が熱くなるのを感じる。

「ありがとう……。10分後にメンバーへ召集を掛ける。呼ばれた者はビッグ・ツー第6格納庫へ1830に集合してくれ。以上だ」

会話を切ろうとした時画面の右下で、一人俯き不満げな妻の顔が一瞬有った。



同日 19時50分

火星まで依然約2800万km地点

火星船団超大型輸送船 ”ビッグ・ツー” 第6格納庫内


「最終確認だ。この6箇所が爆破ポイント。チーム1は1〜3、チーム2は4〜6の地点を調査・採掘する」

格納庫の片隅で、環境調査チームの13名と、掘削作業を行う技術チーム10名が集まり、最終ミーティングを行っていた。環境調査課はほぼ全員が立候補してしまった為、各チーム5人の作業員と、1人リーダーを置いた6人体制と成った。皆も4ヶ月近くの航海で、船での生活に飽きてきていただけかもしれない。

「作業完了後、”ビッグ・ワン”より爆弾を載せたランチが現場へ向かう。以上だ、質問は?」

ジョンが一通り話し終え、皆を見渡す。

「では成功を祈る、解散」

「ウーラ!」「了解!」

等みな口々に答え、士気は上々だった。


『チーム2リーダー。オールグリーン』

『E-2、発艦準備完了』

『第6ブロック、隔壁閉鎖完了。ハッチ解放10秒前』

全長30kmに及ぶビッグ・ツー超大型輸送艦の扉が開く。開け放たれた巨大な扉の先には、広大な黒い海と、並んで停泊している他の船達が見えた。

『チーム1リーダー、先行する』

『E-1了解。続きます』

その無線と共に、チーム1を乗せた小型艇がビッグ・ツーを離れ海に消える。

次々と船が発艦し、巨大なカーテンへ挑む。ジョンは、2チームそれぞれの作業を監視出来る様に、単独”アーマースーツ”に身を包み隊に追従する。

アーマースーツとは文字通り、人が着込む様に搭乗する5m程の人工骨格で出来た強化外骨格装置の発展形だ。

「チームアクチュアル、発艦する」

アーマースーツの脚部ロックが外れたのを確認し、スラスターを吹かせ久々の無重力世界に身を任せる。先ほど摂った宇宙食のゼリーが胃の中で意思を持って泳ぎ回っている様だ。


カーテンを目の前にし、隊は2つに別れる。

『チーム1、第一ポイントへ接近する』

『チーム2リーダー了解。カーテン内部へ侵入する』

『チーム1リーダー了解。グッドラック。アウト』

チームがそれぞれ動いているのを後方で見つつ、周囲のデブリの飛散情報をチェックする。

マーズ・ペリーヌで処理された観測データが3次元データで常に配信されており、こちらからもチェック出来る。

『チーム1リーダー。第一ポイントへ到達。作業開始』

「チームアクチュアル、了解。20秒後に小デブリが衝突する。ショックに気を付けろ。オーバー」

ジョンは冷静に情報を伝えつつ、チーム2から送られてくるライブ映像にも目を配っていた。

想像以上に同時に扱うデータが多い。まだ作業が始まったばかりのジョンに、少しばかり不安が募る。


『チーム2リーダー。第五ポイントもクリア。掘削作業開始する』

ミッション開始から1時間程経ったであろうか。ジョンはチーム1の上空で待機しつつ、周囲の情報を収集していた。

その時であった。最終ポイントである第三ポイントへ向かっているチーム1から無線が入る。

『こちらチーム1リーダー。アクチュアルへ……人工物だ。第三ポイントの巨大なデブリは、何かの建造物です。確認願います』

「チームアクチュアル了解。そちらへ向かう」

何か胸の奥がざわめく。ジョンはスラスターペダルを踏み込み、下方にいるチーム1の作業場所へ向かう。刻一刻とデブリの配置が変わるこのカーテンの中で、長居はチームの生存率にも関わるし、このミッション自体の失敗にも直接繋がる。

「これは……」

第三ポイントの直上100m付近まで近づき、メインモニターにその物体を捉える。

巨大な白い壁。鉄骨が無数に張り巡らされ、補強されてある。どうみても人工物の壁が目の前にはあった。

「チームアクチュアルからマーズ・ペリーヌへ。第三ポイントは巨大な構造物だ。調査データを送るので、飛散するデブリの動きの再シミュレートと、爆破ポイントの再計算を願う」

『こちらマーズ・ペリーヌ、了解』

ジョンがその巨大な壁の周囲を飛び回り、3Dスキャンを行う。その間にも、チーム1の面々はその壁に降り立ち、成分分析を開始していた。

「こちらチームアクチュアル、先に3Dデータを送る」

スキャンしたデータをマーズ・ペリーヌへ送る。600m四方もある巨大な壁。これがこのカーテンの抜け道を作っていたのだ。



同時刻

マーズ・ペリーヌ 第二演算室


 普段は航行状況や、先行している偵察隊からの情報処理に使用されているこの演算室も、今はこのカーテンの情報処理に全てを費やしていた。

「調査チームからのデータ来ました」

一人の若い男が言う。

「X線解析との結果照合終わりました。表層部は厚さ1mのカーボンファイバー、内部の骨は全て鉄で構成されています」

演算室には既に砲術科や建築技師達が召集されていた。

「これは……船の外壁じゃないな」

「もっとデカい、何かの防護壁みたいだ。この骨の組み方、耐衝撃にだけ特化している」

「月面基地とかで使われてるのとも、ISS(国際宇宙ステーション)なんかとも構造が全く違う。何のパーツだ?」

演算室内の巨大なモニターを見上げなら意見が飛び交う。

「これが何者なのかはとりあえず置いておこう。今の爆薬で破壊した場合にどういう結果になるのかが先だ」

シミュレーターに何パターンかの入力を行いながら、飛散パターンを出力していく。


 ”壁”に取り付いたチーム1メンバー達もまた、同様の会話をしていた。

『スゲぇな。過去の宇宙開発競争の遺物がここまで流れて来たのか?』

『にしちゃ結構新しいモノに見えるな』

『この断面、意図的に壊したというよりも、もっと強いパワーが加わって弾け飛んだミテーだ』

『まぁこのデブリ帯の中を彷徨っていたんだろうからなぁ』

そんな会話を聞き流しながら、ジョンはチーム2へ連絡を取る。

「こちらチームアクチュアルからチーム2リーダーへ。現在チーム1は第三ポイントのデブリ爆破方法の再シミュレート中で時間が掛かっている。何か異変があればすぐに教えてくれ」

『こちらチーム2リーダー了解。まもなく第五ポイントの掘削完了する』

「アクチュアル了解。アウト」

無線を切り、マーズ・ペリーヌからの返答を待つ。


この不気味に浮かぶ巨大な人工物が、ジョンの胸のざわめきを尚更強くさせる。

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