act.4-2

西暦2036年1月11日 10時00分

月面都市 セレニティ・シティ上空 150km地点

“火星船団旗艦” マーズ・ペリーヌ 艦橋


 2036年、また新たな年を迎えた。1年前は地上(地球)で、だが今は月で、船の中で。

ジョン・F・エマは遠くの空(宇宙)を眺める。遥か7500万km先の赤い星、火星を。その目はどこか曇り、明るく輝く周りの“火星船団”技術者達とは異なっていた。


「全艦隊、データリンク完了。艦長、いつでも行けます」

オペレーターが伝える。

「了解。イオンエンジンに火をくべろ。出力50%で維持。スイングバイ後、ロケットエンジン点火。最大出力で月重力圏を離脱する」

「アイ・サー!」

火星船団団長兼、マーズ・ペリーヌ艦長であるドナルド・ドウェインの命を受け、副艦長のクリント・エラが応える。

船団の燃料やその他物資の積み込みを行っていた補給達が離れていく。船外甲板や、デッキから敬礼や手を振る人達が見える。

艦橋内でも、手が空いている者がそれに応え敬礼する。30隻から成る巨大な船団が動き出す。

「全艦異常無し。正常に随伴しています」

「了解」

通信手から報告が入る。通信手の前には、船団全ての船が立体的に映像が出力され、リアルタイムに動きが反映されている。これも各艦の間で繋がっているデータリンク技術の賜物だ。

イオンエンジンに徐々に火が入り、航行速度が増していく。太陽光の当たる “月の表”から漆黒の“月の裏側”へ入る。観測手が月面のある物に気付き、少し嬉しそうに伝える。

「艦長、月面をご覧下さい」

「ん? おぉ……」

艦長が思わず感嘆の声を上げる。

現在建造中の月面都市“モスコ・シティ”に『GOOD LUCK』と光の文字が闇に浮かび上がっている。良く見れば、建設されたビルや、作業重機、船が発している光が集まった物であった。

「必ず帰って来るぞ」

艦長が力を込め言う。

「イエス・サー!」「はい!」「オォーッ!」等、皆が歓声を上げる。

ジョンは、静かに一人地球に残した息子のジムを想う。もっと君に愛していると言えば良かった、もっと沢山遊んであげていたらよかった。これ程“人”を愛おしく、恋しく思った事があっただろうか。

自分から放り出しておいて、何を今更と。この2か月程、宇宙に上がりこの自問自傷ばかり。一緒に宇宙へ上がった妻はどう思っているのだろうか。そんな事ばかり考えながら再び明るくなった月面を眺める。


 高速航行に伴い、自室のシートでベルトを巻き体を固定させていたが、巡航モードに移った事が通知され、自由に艦内を移動出来る様になった。

窓から外を眺めれば、マーズ・ペリーヌの両翼に装備された太陽帆が展開され巡航モードに入った事が体感出来た。この帆が、これからの旅の電力となり、推力となるのだ。

別区画の妻の部屋を目指し艦内を歩く。食堂の前を通りがかると、大勢の人が集まり出航を祝っていた。極地での生活でもそうらしいが、こういった閉塞された環境で重要なのはイベント行事らしい。そういった行事が士気を高め、日付感覚を保たせるのだ。

だがしかし、酒なんて持ってきて大丈夫だったのだろうか? 無くなったら暴動すら起きそうだ、と心の中呟く。俺も煙草が尽きた時にはしんどくなりそうだ。


「エリー、俺だ。入るよ」

インターコムから伝えるが、返事が無い。ドアノブへ手を触れると、自動でドアは開く。

妻は、ベットに伏し一人泣いていた。

「どうしたんだ?」

そっとベットの端へ座る。

「……私たち、いや私、母親失格ね」

目を合わせずそう溢す。俺も父親失格だ、そう思っていた、とは声に出せず心の中に仕舞う。

「そんな事言うな、君は今まで十分やってきただろ? それに2年後にまた会える、そしてまた元の生活に戻ろう」

「2年後! あの子はもう5歳になっているのよ!? この時期に親の愛情を受けないであの子は大きくなっていくのよ!」

「俺は一人で行くって言ったのに、着いていくと云ってきたのは君じゃないか!」

エリーの言葉に思わず強く言い返してしまう。

「……だって、同じ位あなたを愛しているもの……。あの時私はどう選択すれば良かったの……?」

漸く体を起こし、こちらへエリーが向き合う。

「その言い方は、卑怯だよ……」

ジョンも言葉を濁す。

静まり返る室内。

すっと、妻が両手を広げる。

『ハグして』とエリーの心の声が聞こえる。

あぁ……と声にもならない声で応え、体を寄せる。

「私っていつもこう、後から選択した事ばかり後悔して」

「知ってる」

「……でもあなたと結婚して、ジムを授かった事だけは一度も後悔してないわ」

「……へへ、知ってる」

「ムカツク。でも目の前にある事をやらなきゃね、ジムの未来の為にも」

「あぁ、そうさ」

俺も後悔している、とこの時妻に言うべきだったのだろうか。そう言えれば俺は楽に成れたかもしれない、が。ジョンは言葉を心の奥底へ埋めた。



西暦2036年3月11日 13時00分

火星まで約6500万km地点

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 艦橋


今夜の出航2か月記念のパーティーを前に、艦内は少し浮かれ華やいでいた。

艦橋の隅で、航海士と数人の技師が渋い顔をしながらモニターを睨んでいた。

「今までの航路から、燃費計算に狂いはありません。デブリ等の回避行動をした際の消費量も推定値内で収まっています」

月からの航路をモニターで表しながら航海士ロイ・パトリックが言う。

「ですよね……。各艦からも特にエンジン異常や燃料漏れ等も報告されていません」

通信手であるレイ・オッドマーも付け足す。

ここに来て、船団全体の燃料の消費量が当初想定値よりも多い事が判明したのである。

「前回の補給時に、数値にズレは?」

「ありませんでした」

クリント・エラ副長がロイへ問う。

「セイル(太陽帆)での電力供給も十分、エンジン異常も無いとなれば、そもそもエンジン出力と燃費が間違っていた、と言わざるを得ませんな」

機関士のディオ・フリーマンが単刀直入に言う。

「ううむ……。艦長の仮眠時間が終わったら、現状の報告会議を開く。一応、火星から地球帰還する為の往路の計算を……」

「算出済みです。燃料艦6隻の全て、文字通り全ての燃料を各艦へ配分すれば、帰る事が出来ます」

「つまり、6隻はその場(火星)で破棄、という事だな?」

「そうです」

ロイは、口早に答える。

一同が言葉を無くす。

「……火星のデブリ帯に、6隻人工物を混ぜるのか」

フリーマンが皮肉交じりに言う。全員の冷たい視線が刺さる。

「失礼。もしかしたら、の話だよ」



同日 15時00分

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 第一会議室


「艦長、寝起きに申し訳ないですが……」

「あぁ、データは視た……ゴッホゴホ、あぁ……」

「艦長、体調の方は……」

クリントが言葉を詰まらせる。そこへ、通信士が割って入る。

「地球から返信来ました。開きます」

この時点で、船団と地球間に7分の時差が発生していた。最小限のデータで通信する為、テキストメールでやりとりを行っていた。

会議室のスクリーンへ、本文を表示する。

「“エンジンの燃費問題について。開発課からは問題点が不明との回答。超距離航行の実証データが無いため再現不可。我々としては地球帰還を推奨する”」

「これだけ……? こっちには1万6千人の命が掛かっているんだぞ!?」

思わずクリントが声を荒げる。

「落ち着けエラ。しかしまぁ、なんと適当な……」

ドウェイン艦長も机に肘をつき、溜め息を吐く。

「んん……航海長、例の輸送船の全燃料を使えば、帰艦は可能なのだな?」

「はい、現在の燃費のまま推移すれば」

「分かった。ゴッホゴホ……では、メインエンジンを最低限出力で、セイル航行に切り替えた場合はどうなる?」

「もし今切り替えれば、3か月遅れの11月に火星圏へ到達します」

「分かった。が、空気・飲食類はどうなる?」

物資課の男へ聞く。

「えぇと、今から何か月と仮定すれば良いですか?」

「到達まで9か月、現地調査を1か月に短縮、往路11か月。21か月だ」

「……申し上げにくいですが、とても水が足りません。酸素生成にも共有されていますから……。最長でも当初予定プラス2か月分しか水がありません」

「そうか……」

再び重い空気が室内を埋める。艦長が再び辛そうな咳をし、口を開く。

「あぁ……。航海長、このまま船を進めて、安全に引き返せる限度は?」

「……約5.5千万キロ地点です、約3か月後です」

「分かった。地球にも返信しろ、3か月以内に続行の可否を決めると。この事は内密に、不要な混乱は招きたくないからな」

「「「了解」」」

「ありがとう」


「地球の人間達は、こうなると解っていたんだ……!」

艦長が退室した後、クリントが愚痴る。

「どうなんですかねぇ、でもあの言い草は腹立ちますよね~」

1人の技師が同情する。

「去年だって、移民政策一番手の我々の火星調査よりも、都市艦計画や、コロニー計画に多く予算を割いたり、計画案を受け入れていたそうじゃないか。我々は当初から舐められていたんだ!」

クリントが激昂するなか、まぁまぁ等と他のスタッフ達が声を掛けながらも部屋を後にしていく。

「……クソがァ!」

思い切り壁を殴り、クリントも部屋を後にする。

 その晩、マーズ・ペリーヌ内で開かれたパーティーは賑やかではあったが、どこか影を落とすものであった。

そして、その席に艦長ドナルド・ドウェインの姿も無かった。



西暦2036年5月24日 2時40分

火星まで約2800万km地点

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 艦橋


 深夜の静まり返っている艦橋内。自動航行モードで進んではいるが、操舵手や通信士等、必要最低限の人員は配置されている。またシートで仮眠している者もいた。

突如、警報が鳴り響き赤色灯に艦橋内は赤く染められる。

「なんだァ!?」

「異常接近警報!? 下方から高速デブリ帯、30秒後に接触します!」

「全艦へ通達、データリンク解除! マニュアルでデブリを回避せよ!」

「セイル畳めぇ!」

艦橋内へ人間達が慌ただしく集まり自分のシートへ着く。操舵手が舵を取り、通信手の声を聴く。

「左後方へ接近!」

「プッシュ! プッシュ! プッシュ!」

マーズ・ペリーヌの左翼スラスターを吹かせ、船体を右舷にドリフトさせる。なんとか間に合った様で、デブリは船を掠め上空の闇へと消えていく。

「被害は?」

「当艦は被害ありません!」

「各艦の状況確認!」

クリントが艦橋に入ってくるなり指示を飛ばす。

「チャーリー2、エンジンにレベル2の破損を確認」

「フォックストロット4、左舷セイルを喪失」

「副長、2隻がデブリと接触しました。一度船団を停め、修復作業を優先させます。宜しいですか?」

通信手がクリントへ問う。

「構わん、使える人材はどの艦からでも遣わせろ」

「了解」

「先行しているアルファゼロより入電」

「回せ」

≪こちらアルファゼロ! マーズ・ペリーヌへ、偵察部隊からの映像を回します。星の……まるでカーテンだ……≫

「何を言っている?」

その時、艦橋内の正面モニターへ偵察隊から届いた映像が表示される。

「なんだこれは……」

船団から見て下から上へ、まるで水が流れるが如く大小さまざまなデブリが飛んでいる。先の接触したデブリも、この流れから弾き出された一部だったのだろう。

クリントが副長席の端末から受話器を取り、艦長室へ繋ぐ。が、返答は無い。

「……」



同日 6時15分

火星船団旗艦 マーズ・ペリーヌ 第一会議室


「現在の状況報告を」

クリントが口を開く。

「あの、艦長は……」

一人の男が聞く。

「現在体調を崩されている。医療艦で診て貰っている為私が代理する」

「分かりました……」

「まず2隻の修復作業ですが――」


 3月に入った頃だっただろうか。

「艦長、失礼します。来月の太陽風の予報なのですが……」

クリントが部屋に入るなり、机に伏しているドナルドを目に入れる。

「艦長……?」

寝ているわけでなない、そう直感的に分かる。耳を近づけると、息をしていない。

「艦長! しっかりして下さい!」

すぐに端末から保健室へ連絡を入れる。床に寝かせようと担ぎあげた時に、血を吐いていたのを確認した。血を拭い、蘇生措置を試みる。が、息を吹き返さない。

そうしている内に救護班が到着し、すぐにAEDで蘇生措置に入った。

「離れて下さい。3,2,1……」

班員のカウントダウンと共に電気ショックを与えられ、息を吹き返す。

辛そうな咳と共に、かすかに血を吐き散らす。

「艦長、起きないで下さい。保健室へ運びます」

「あ、あぁ……」

力無く担架に横たわり運ばれていくドウェイン艦長。その姿はあまりにも弱々しく、かつての姿とは別人の様に思われた。

その時から、艦長の業務代理を俺が任される事が多くなった。


 俺が彼の意志を継ぎ、火星を目指さなくては。

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