act.2-3

西暦2098年4月24日 5時30分

ジャパン ヤマガタ県ツキシマ区

(ジャパン標準時14時30分)


 ラビの乗る輸送ヘリと、もう1機の攻撃ヘリが鳥の目の前に降りる。

ラビもすぐさまヘリから降り、2人の姿を認める。

ジャパニーズの女性と、白人の少年……。

この少年がパイロットなのか……?

「両手を頭の後ろに組み、両膝をつけ!」

ラビが叫ぶ。

ケイをゆっくり地面に寝かせ、指示に従うクロ。

「彼女を保護しろ」

「了解」

4人の兵士が近付き、2人がケイを保護する。残りの2人はクロに銃を向けたまま距離を取っている。

そこへ3人の兵を従えたラビも近づく。

ラビがサインを出し、1人の兵士がクロを地面に倒し、ボディチェックをする。

「少年、名前は?」

ラビが問う。

「クロ・エマです」

「クロ、君がこの鳥のパイロットか?」

「……はい」

「何故逃げなかった?」

「……あなた達と戦う気が無いからです」

クロは、ラビ・デルタを見上げながら答えた。

睨んでいる訳ではない、真っ直ぐな、青い瞳で。

「そうか」

ラビは目を背け、言葉を残しその場を離れる。

撤収の合図を送り、ヘリへ乗り込む。



西暦2098年4月24日 9時00分

ジャパン トウキョウ都アオウミ区

ジャパン海上自衛隊/アメリカ海軍 アオウミ基地

(ジャパン標準時 4月24日18時00分)


 巨大なコンテナを下部に提げ、CH-87輸送ヘリ“ホース1”がアオウミ基地の飛行場に到着する。

護衛のヘリも7機に増えていた。

先にコンテナを地上に降ろし、牽引車がコンテナを運んで行く。

ホース1も地上に着き、ラビ達が降りる。


「アオウミ基地指揮官、デービッド・リム少将である。見事な作戦だった」

「少将からお出迎えとは、恐れ入ります。ラビ・デルタ大尉であります」

リム少将から差し出された右手に応え握手をする。

後ろから、目隠しをされ体の後ろから手錠で固定されたクロ・エマが連行されていく。

「あの少年が……。日本のメディアも騒ぎ始めている。諸君らが海へ出て交戦した事によって情報はあまり流れてはいないだろうが」

「いえ、我々が海で戦うよう誘導した訳ではありません。“白い鳥”のパイロットが自ら海へ出たのです」

「ほう……。彼には、聞かなくてはならない事が山ほどあるな」

「はい。しかし、一人ジャパニーズの少女が白い鳥と、そのパイロットと接触していました。彼女についても追及する必要があるかと」

「うむ、追って取り調べをしよう。ゆっくり、とは行かないかもしれないが十分に休息を取っておいてくれ」

「ありがとうございます」

ラビは敬礼し、その場を去る。


「デルタ大尉」

基地内の食堂で夕食をとっている所に声を掛けられる。

「ホーク中尉、どうした?」

「本国へ白い鳥を輸送するそうです。それに伴い、大尉とアルス博士、そしてクロ・エマも本国へ行ってもらいます」

1枚の指令書を手渡す。

「ま、そうだろうな~」

フォークでウィンナーを口へ運びながら指令書を開け、紙を眺める。

「明日空軍の輸送機がここに来るのか。そしてそのままアメリカ行き、と」

「大尉と行動を共にできて光栄でした。今日の冷静な作戦指揮は私の目標です」

突然ホークが言い出す。

「おい、急になんだよ! ゴッホゴホ……」

思わず咳き込んでしまう。

「いえ、本心を言ったまでです。私にとっては、初めての“実戦”であったものですから……」

「ん~~。今日のは特殊中の特殊なミッションだった。命令してくる上の奴等も居なかったし、指揮するのもヘリ4機のみ。ジャパン自衛隊はタスクフォースと言いつつも別行動であったし、それに“敵”と言えるのも1人、1機だけだった」

ラビは話しながら、自分も脳内を整理する。

「それに我々は全滅していてもおかしくなかった。敵が謎の技術でミサイル迎撃をした瞬間も見ただろう?」

「えぇ……」

「ヘリの50口径弾も命中はしていたが決定打を与えるに至っていない。我々が今回“勝った”と言えるのかどうかも正直分からない」

「なるほど……」

中尉はあからさまに落胆し、言葉を失った。

「ま、勝ったかどうかは別にしても、任務である白い鳥の捕獲には成功したんだ。鳥の解析が進めば、その技術だって吸収して対抗する手段だって、きっと確立されるさ」

ラビは軽く流し、食事に戻る。

「……大尉、本当にありがとうございました。ですが、大尉は私の目標に違いありません。失礼します!」

「そっか。ま、張り切りすぎて早死にしないようにな」

「ありがとうございます!」

中尉は敬礼し、その場を去る。

鳥のパイロットに、会ってみるか。



西暦2098年4月24日 10時30分

同基地内 地下取調室

(ジャパン標準時 4月24日19時30分)


 部屋の椅子に縛り付けられたまま、何時間程経ったのだろうか。

クロ・エマは朦朧とした意識の中、必死に意識を保とうともがく。

椅子ごと揺らし、目の前にある机に倒れ込み、頭を打つ。

痛い。痛みがなんとか意識を保たさせてくれる。

涙が流れてくる。

「クロ・エマ。俺が誰か分かるか?」

部屋のドアが開き、1人入ってきた気配がする。この声に聞き覚えがある。

「君はこの部屋に来てまだ1時間と少ししか経っていない。永遠に続く地獄の様な時間だったかもしれないが」

その声がした後、椅子を持ち上げられ、再び座らされる。

手錠はそのままであるが、椅子に固定されていた紐を解かれ、目隠しを取られる。

一瞬部屋の光に目がくらむ。

すぐに部屋中を見渡す。

正面に巨大な鏡。天井にはエアコンと監視カメラ。

そして背後に男が立っている。

「あなたは……あの時の」

「ラビ・デルタ大尉だ」

「ラビ・デルタ……」

「俺は心理学とか分からないんだが、君が口を割っていないのを見るに、今まで行われた拷問という名の取り調べは無意味だったようだな」

ラビはクロの肩にそっと手を置き、目の前の鏡を睨む。

「この鏡はただのガラスだ、向こう側からはこちらが見えている、もちろん声も聞こえている」

ラビはクロの向かいの椅子に座る。

「こういうの嫌いなんだよね、苦痛を与えて無理やり吐かせるってやり方」

その喋りは、クロに宛てているようで、鏡の向こうの人間達へ向かっている気がした。

「……分かってますよ。こういうのがあなた達のやり方なんでしょう? 痛みを与えた後に優しく語りかけて、僕を服従させようという……地球人のやりそうな事だ……!」

数時間前に見た顔ではない。この少年は痛みを与えられ、明らかに抗戦的な目になっている。

「あー、俺本当にそういうのじゃないんだよ。今は海兵隊に居るけど、元々は宇宙でゴミ拾いしてた、ただのサラリーマンなんだよ」

そう言うと、ポケットから海兵隊のIDと、S.C.E.Dの名刺を取りだし、机に並べた。

「……は?」

気が抜けたようにクロが答える。

だが、ラビの眼光が鋭くなるのをクロは感じた。

「……俺は、君の“仲間”に仲間を殺された。そして、君の“仲間”を殺した」

クロは全身に鳥肌が立つの感じる。目を大きく見開き、ラビの目を見る。

その時、先日見た“420事件”の映像がフラッシュバックする。

「……俺はお前達を憎んでいないのかと聞かれれば、NOと答える。だが聞きたい、あの白い鳥には明らかに我々以上の技術を以て作られた兵器が搭載されている。なのに何故、船に自爆するような攻撃を仕掛けてきた? 君がその時の張本人で無いと分かってはいるが、何故だ?」

ラビの冷たい言葉に、クロは言葉が出ない。

だがラビの目は瞬きする事もなく、クロの目を掴んで離さない。

「……僕たちは――」



西暦2098年4月24日 5時20分

ジャパン トウキョウ都チヨダ区

首相官邸内

(ジャパン標準時14時20分)


「何ィ!? 米軍がヤマガタで実弾を使っただと!?」

「はい、現地の自衛隊からの報告で、“白い鳥”と交戦状態に入ったと……!」

「住人達の避難はどうなっている?!」

「海上で交戦しましたが、周囲に船は居ませんでした。海岸沿いでは自衛隊によって人の出入りは禁止されていた為、立ち行った者も居ません。流れ弾による被害もまだ届いていません」

「そうか……。白い鳥の捕獲任務じゃあなかったのか!? アオウミの司令官に繋げ!!」

ジャパン総理大臣、トモハル・オオツカは激高した。

「ですが総理! 自衛隊の出動を渋りほぼ米軍に丸投げした我々が何か言える立場でもありません。実弾使用の許可を出したのも我々です!」

「アメリカ政府が、白い鳥については他言無用で、出来るなら我々に任せて欲しいと言ったから任せたのだッ! それに事実国内で戦闘が行われたんだ、どう足掻いても国民には何か説明しないとならんだろう!」

「先の戦闘について知っている国民は居ないと言っても過言じゃありません。住民からの通報等も出ていませんし、情報の漏えいはありません。どうか目を瞑って……」

「目を瞑ってだとォォ!? 第二次大戦以来初めて国内で起こった戦闘を、見逃せと!?!?」

オオツカ総理は立ち上がり、外へ出る準備を始める。

「総理、何をなさるおつもりですか!?」

秘書が止めに入る。

「この“非国民”がァ! どこの国の回し者だ貴様はァ!!」

秘書の制止を振りほどき、部屋の出口へ向かう。

「ですが、公表すれば、日米の関係に大きな……」

「うるさァいッ!! 白い鳥を発見した時、与野党揃いも揃って目を背けやがって! この国は私が守る!!」

その時、部屋に一人の男が入ってくる。

「大変です総理! 先ほどの戦闘の様子がネットに上げられていましたァ!」

秘書は膝から崩れる。

総理は立ちすくみ、やがて肩を揺らし始める。

「……くっ、はははッ! だから言っただろう、この世界、何も隠し事は出来んッ」

「現在様々なサイトへ転載された動画の削除を行っていますが、中には海外のサーバーにあるものもあって……えぇと……動画の撮影者を現在特定して……」

「もういい、放っておけ。事実は事実だ。すぐに臨時閣議を開く。招集を掛けろ」

「……承知しました」



西暦2098年4月23日 13時00分

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

第二ブロック キャルロット市


「ようこそ、我が家へ」

「おじゃま、します~……」

リサ・マーガレットはクリス・エマに言われるがまま、クリス宅までやって来た。

そこまで広くは無いワンルームの部屋。

玄関から居間へつながる廊下にはごみが散乱している。

白を基調とした部屋だが、黒のソファーや緑のクローゼットなど、統一感は無い。

「やば、今日燃えるごみの日だったか~。出すの忘れてた……」

クリスは独り言を呟きながら適当にごみを片付け始めた。

「あ、あがってあがって。ちょっと汚いけど」

「はい~」

クリスがごみを片付けている後ろを抜け、部屋に入る。

ベッドの布団も適当に丸められ、化粧台の前には今朝したのであろう化粧品が放置されている。

……正直、見た目のクールさに反して、部屋が……その……。

「あ、冷蔵庫の中の物とか飲んでいいよ~」

「あ、ありがとうございます~」

そう言われ冷蔵庫を開けるが、予想通りというか何というか。缶ビールとミネラルウォーターしか入っていない。

食事は作らないのだろうか。

食器棚に並べられていたコップを取り、水を入れ飲む。

ソファーに腰掛け、少しリラックスする。

「どう? 落ち着いた?」

クリスもソファーへ飛び込む様に座ってくる。

「わぁ!?」

コップから水が零れそうになるのを防ぐ。

「は、はい~、大分落ち着きました」

ぎこちない笑顔をクリスへ向ける。

「ならよかった!」

クリスは嬉しそうだ。

「……あの、なんというか、クリスさんって、意外と……私生活は適当なんですね」

「お、ストレートに言うねぇ~」

「すいません……」

「素直な人は好きよ。それで、これからどうする?」

クリスは真面目な顔でリサへ聞く。

「どう……」

「リサはさ、なんで宇宙軍に入りたいって、あの時言ったの?」

「あれは、その~……クリスさんとデルタさんの話を聞いてて、興味が湧いただけというか……ここじゃない場所なら、どこへでも行きたいと思ってただけなんです……」

「そっか~。学校とかは行きたくないの?」

「別に……今も自分で勉強はしてて、高卒認定なら持っていますし……」

「ん~勉強目的じゃなくてさ、友達作ったり、遊んだりしたいとかは?」

「あまり、考えたことなかったです……ママが死んでから、パパに認められる事だけを思って生きてきましたから……」

「……パパって、今日殴られそうになったあの男?」

「はい」

「そう……。リサが家を出ようと決心した事は、間違っていないわ。今までよく頑張ったね」

クリスは優しくリサを抱きしめる。

リサは顔を歪め、大粒の涙を流しながら泣き始めた。

「よしよし……」

クリスはリサを抱いたたまま、優しく見守った。


 子供の様に泣きはらした後、リサは静かに眠りについた。

子供の様にというか、まだ子供か。

3年前に母親を亡くしてから、父親と同棲はしていたが、

父親は勝手にリサを母親の家の籍へ移しており、ただの他人という間柄だった。

その事が最近分かり、徐々に父から離れたいと思うようになったそうだ。

母親の生前から父にはあまり見向きされておらず、母親に先立たれてからは父親の代わりに働かされていた。

リサの給料が少なかった時や、ギャンブルに負けた腹いせにリサへ暴力を振るっていた様だ。

だがそれが猶更、父に認められたいというリサの欲求を強くしていた様に感じた。


 さて、彼女をどうしてあげるべきか?

リサの母親の実家があるなら、そちらに引き渡す手配をするか、学校か孤児院に編入させるか。

だが全てはリサが決める事だ。その手助けの為に、私は力になろう。

彼女の可能性はまさに無限大だ。

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