act.2-4

西暦2098年4月24日 10時35分

ジャパン海上自衛隊/アメリカ海軍 アオウミ基地

基地内 地下取調室

(ジャパン標準時 4月24日 19時35分)


「……僕たちは、火星船団の生き残りです。地球へ帰る事前準備の為に派遣されたんです」

クロ・エマはようやく口を開いた。

「火星船団……?」

ラビ・デルタは困惑する。

「やはり、他の国の人も知らないようですね……」

クロは目を伏せながら話し続ける。

「今朝、僕は図書館に行ったんですよ。そこで調べてみたんです。火星船団は地球ではどのように語り継がれているのか。しかし僕は絶望しました。僕が読んだ本では“2036年に出発したが、5か月後に流星群と遭遇して全滅”。その1行しか書かれていなかったッ……!」

「……おい待て、36年? 60年以上前に立ったって事は、火星にはまだ住んでいる人間が……!?」

「えぇ、出航当時は1万6千人の人間が30隻の船に乗っていました。今はコロニーや当時の船を利用して7万人近くが住んでいます」

「な……」

ラビは絶句する。

思考が追い付かない。

これは嘘なのか?

いや、クロ・エマの言葉に曇りは無い。ただ事実を話している、そういう説得力があった……!

「すまない、少し失礼する」

未だ目を伏せているクロへ声を投げ、部屋を出る。

「おい、聞いていただろう。火星船団の事実確認と、それと最近行われた火星調査の結果が欲しい」

「分かりました!」

一人の男がすぐに飛び出す。

「それと、食事を用意して持って来てくれ。クロ・エマの部屋もだ」

「了解です」

もう一人の男も部屋を出る。

再び取り調べ室へ入る。

「……随分慌てるんですね」

クロが冷たく言う。

「当たり前だ。俺が無知なだけかもしれないが、その様な大規模な船団が送られていたなんて知らなかったんだ」

「そうですか、ではデルタさんの質問の答えです。……あの時、僕たちは隕石に偽装して地球圏へ飛来しました。ですが大気圏突入直前になって、彼の……マーニャ・エルという男の乗る鳥の偽装が剥がれ、宇宙船に見つかってしまったんです。月外縁にまだ居たであろう僕たちの母艦とも無線が通じず、彼はパニックに陥っていました。僕は何もしてあげられる事もなく……。僕が知っているのはこれだけです。恐らく、正常に機体制御出来ず、そのまま重力に引かれて、船に突っ込んだんだと、思います……」

静かに、クロが涙しているのを感じる。

「そうか……ありがとう」

「ありがとう……?」

「何故君は地球へ来た? 命令か、それとも望んだのか?」

「……半々ですね。祖父からよく地球の話を聞いていました。それで興味がありました」

「祖父……ということは、火星船団の乗組員か?」

「そうです。火星のコロニー建設に携わった偉大な人です」

「そうか、良い爺ちゃんを持ったな」

そこへ食事を持った男が入ってくる。

「ああ、ありがとう。手錠の鍵を外してやってくれ」

「分かりました……」

その男は不服そうに従い、クロの手錠を外す。

下がるようにラビがサインする。

「さ、メシだ。君がジャパンで食べた料理ほどウマくは無いだろうが」

「……イタダキマス」

「何だそれ?」

「ジャパニーズが食べる前に言う言葉みたいです」

「は、ははは! 面白いなお前! 気に入った。さて、まだ聞きたい事は山ほどある。メシを食いながら答えてくれ」

ラビが続ける。

「君たちの目的は、地球へ帰ること。戦争目的では無いのだな?」

「はい」

クロは断言する。

「その事前調査として君たちを送ってきた……。政治的な要求なのであれば、火星の代表者が、例えば国連に移民を要求するとか、そういう事をした方が良かったんじゃないか?」

「さぁ、上の人達がどういう考えなのかは分からないです。火星でも地球に帰りたい人と、そうでない人に分かれていますし。僕は地球の環境調査を頼まれただけなんです」

「そうか……火星でも、人は変わらないんだな」

ラビは少し目を背ける。

「その調査した結果は? どうやって火星へ持ち帰るんだ?」

「それも分かりません。僕はただ、“27日に先遣隊の人間と接触し調査報告をしろ”としか」

「先遣隊? 君たち以前にも来ている人間がいるのか!?」

「えぇ、そうだと思います。僕たちも地球派遣が決まるまで知りませんでした」


 そこへ、数人の男達が入ってくる。

「ラビ・デルタ大尉。君には退席して貰う。これは高度な政治的案件だ」

「誰だお前?」

ラビが立ち上がり対面する。

「DIA(アメリカ国防情報局)の者だ。クロ・エマは早急に合衆国へ移送し取り調べを行う」

「オイオイオイ、そんな事聞いてねーぞ。俺は明日コイツと一緒に本国に帰る様に命令されている」

≪ラビ・デルタ君、私が直々に命令したのだ。聞いてくれ≫

一人の男が、立体モニタを持っている。そこから声がする。

「大統領……」

≪君の“取り調べ”の様子を見ていた。見事だった。内容から早急にその少年と直接話さなくてはならないと思い命令したのだ≫

「大統領! 火星船団というのは実在していたのですか!?」

≪すまない、まだ正式なコメントは出せない≫

「コメントじゃない、事実を知りたいだけです! 大統領!」

≪明日帰国するのを待っている。以上だ≫

通信を切られる。

「……!」

ラビは露骨に歯ぎしりする。

「コイツがメシを食い終わるまで待ってやってくれ」

「いいでしょう」



西暦2098年4月24日 3時00分

同基地内 倉庫内

(ジャパン標準時 4月25日 12時00分)


「おはようデルタ君。お疲れの様だね」

ユーキ・アルスが声を掛けてくる。

「あぁ。アンタは元気そうだな」

「ふふ、“白い鳥”のオリジナルに触れられるんだ。今から興奮しっぱなしさ!」

「いいなぁ」

「……あの少年の事かい?」

「あぁ。彼もまた、火星の大人たちに利用されているだけなんじゃないかって。そんな思いが強くてな」

「人類が宇宙に出た所で、人間の本質は変わらないだろうね」

「へっ……そうなんだよな」

この前クリスと一緒に行ったカフェ、そこの女の子を見て同じようなことを思った。


「そのまま引いて! オーケー、そのままー!」

倉庫の奥では、白い鳥を入れたコンテナを輸送機へ積み込んでいた。

「デルタ大尉、アルス博士。コンテナを積んだらすぐに出発しますので、機内でお待ちください」

「了解した」

一人の兵士が敬礼しすぐに離れる。

機体左側面にある搭乗口から乗り込み、椅子に座る。

深いため息をラビがつく。

「……なんだか疲れたよ。おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

ユーキはバッグから本を取りだし読み始めた。

ラビは背もたれを倒し、うずくまるように横を向いた。


 十数分後、輸送機のエンジンに火が入り、アメリカを目指して飛び立った。



西暦2098年4月25日 13時00分

アメリカ合衆国 ネバダ州

ブラックロック砂漠

(アメリカ標準時 4月25日 5時00分)


 薄明るい砂漠の真ん中へ、輸送機と随伴の戦闘機が着陸態勢に入る。

空輸中は特にトラブルも無く、無事に合衆国へ辿りついた。

「こんな砂漠のど真ん中に降りるのか……?」

ラビは窓から外を眺めながら不安をこぼす。

その時、砂漠の真ん中に3本の光の線が現れる。

「ここが滑走路なのか……!?」

そのラインに従い、輸送機は着陸した。

更に目の前に巨大なトンネルの様な建造物が地面からせり出してくる。

そのトンネルに入ると、輸送機ごと地下へ動き始めた。

「はぁ~まさかこんな施設が本当にあるとは」

ユーキも思わず言葉をこぼす。

「知っていたのか?」

「いや、ここは昔から航空・宇宙産業で重要な役割を果たしてきた場所なんだ。ロケットのテストとか、飛行訓練とかね。でもこんな砂漠でやるには、人とか機材を一々持って来たりするのは面倒だろうな~とは思っていたんだ」

「そうなのか……」

腑に落ちたような落ちていないような反応をする。

やがてその巨大な“エレベーター”は止まり、正面の巨大なゲートが開く。

ゲートから光が溢れ出てくる。

その先には広大な空間が広がっており、基地がまるまる一つ収まっているような気さえした。

「こんなに広いのか……」

呆気にとられていると、輸送機の搭乗口が開き、一人の士官が上がってくる。

「ラビ・デルタ大尉、ユーキ・アルス博士。長旅お疲れ様でした。ジェニファー・ハッサム少尉であります」

敬礼をしているのは若い女の空軍士官だった。

「出迎えありがとうございます」

「ありがとう」

二人も言葉を返す。

「指揮官が待っています。付いて来て下さい」

「分かった」

少尉が振り返り搭乗口へ向かおうとした瞬間、ゴンッと鈍い音がする。

頭を出口上部へ思い切りぶつけていた。

「あいった~~……」

「おいおい、大丈夫かよ」

ラビがうずくまっている少尉に声を掛ける。

「大丈夫……です。いきましょ……」

明らかに無理をしている少尉を見て、思わず笑ってしまう。

「笑わないで下さいッ!」

「はいはい、付いていきます」

輸送機の横に停めてあった車に乗り、司令塔へ向かう。

「少尉殿、この基地は空軍の基地なのか?」

「えぇ、公表はされていませんが」

「何故我々もここに?」

「さァ……秘密の基地だから、その鳥も隠しやすかったんじゃないですかね」

「白い鳥の事は知っているんだな……」

そんな会話をしていると棟の前に着く。

建物に入ると、広い会議室の様な部屋に通される。

「大佐。デルタ大尉、アルス博士到着しました」

「うん、ご苦労」

細身の身長の高い男が出迎える。

「ブラックロック基地指揮官、マイケル・レビー大佐だ。会えて光栄だよ」

「ラビ・デルタ大尉であります。光栄だなんてとんでもないです」

お互い敬礼で返す。

「DARPAのユーキ・アルスです。宜しく」

「宜しく博士。さて、我々には時間がない、手短に話を進めよう」

大佐が部屋の真ん中にあるデスクの立体モニターを起動する。

「まず捕獲した白い鳥は工業都市艦ナンバーワンへ移動する。あそこの方が機密が保ちやすいからな」

「この基地とか、他の公表されていない基地でいいのでは……?」

「考えてみろ。地球は一つに繋がっている。どこからでもネズミは入って来られる。が、都市艦は宇宙に浮かぶ孤島だ。守りやすいし、立ち入る人間も限られている」

「なるほど……」

「僕の聞いた話では、既に合衆国の主要な研究機関や大学にも、国内外から不正アクセスが押し寄せているようだしね。もちろんDARPAにも」

ユーキが皮肉交じりに笑いながら言う。

「その通りだ。研究機関を都市艦1隻にまとめた方が効率も良いしな」

「了解した」

「さて、その宇宙へ上げる為にも、先に二人には宇宙へ上がって貰う必要がある」

「鳥の宇宙での護衛ですか?」

「その通りだ。まぁ今時点でも狙われておかしくない状況だが、宇宙では尚更分からない。火星人の先遣隊の者たちや、他の国の連中も狙ってくるだろう」

「……」

ラビも思わず固唾を飲む。

「そこで、君たち二人は宇宙軍に所属してもらう事となる」

大佐は二通の指令書を手渡す。

二人ともすぐに目を通す。

「USUF(合衆国宇宙軍)第一宇宙軍 少佐……」

「USUF特務大尉権限……か」

「当分の間は、空軍の管理下に置かれるだろうが、いずれ独立した新しい軍隊となるだろう」

「あの……大佐に聞くのも変な話ですが、宇宙軍ってもう出来ているんですか?」

「安心しろ。宇宙軍初の司令部基地は、宇宙にある!」

大佐は立体モニターを指でなぞり動かす。

都市艦ナンバー・ワンが居る宙域を拡大する。

そこへ、もう一つの船が表示される。

「これは、宇宙工業都市艦ナンバー・ツーだ。だがこれからはこれが宇宙軍本部となる。名前等もまだ決まっていないがな」

「は、はぁ……」

なんだか、いや、全くと言っていい程実感が湧かない。

「一昨日海兵隊に復帰したら、今日には新設されたピカピカの宇宙軍在籍か~~」

「光栄に思え。今日ワシントンD.C.で宇宙軍結成式典がある。その場へ君たちも行くのだ」

「今日!? はぁ~非常時なのに、そういうのはキチンとするんだなぁ」

ラビは気怠そうに答える。

「君たちが宇宙を、地球を守るんだ。シャキっとしろ」

大佐が檄を飛ばし、ラビは大佐を見る。



西暦2098年4月25日 18時00分

アメリカ合衆国 コロンビア特別区ワシントンD.C.

ホワイトハウス

(アメリカ標準時 4月25日 13時00分)


 ホワイトハウスには大統領他、各軍トップの閣僚達が集まり、第六の軍・合衆国宇宙軍設立の調印・宣言が行われた。

盛大なパレードや式典の様子は世界中へ配信された。

「皆さんへ紹介します! 宇宙軍初の士官にして、白い鳥を撃墜した英雄、ラビ・デルタ宇宙軍少佐です!」

大統領が高らかに謳いあげ、ラビが一歩前に出る。

大きな歓声と拍手が沸き起こる。

ラビはキリとした表情を崩さないまま、直立していた。

内心、自分をピエロの様に扱おうとする大統領への暴言で脳内は溢れていた。



同時刻

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

第二ブロック キャルロット市

クリス・エマの自宅


「ねぇ! ねぇクリスさん! デルタさんがテレビに出てるよ!」

リサ・マーガレットは、慣れない調理をしているクリス・エマへ声を掛ける。

「えぇ!? 今度は何をしたの!?」

クリスも手を止め、慌ててテレビの前に来る。

「宇宙軍の設立式だよ、そこに出てるの!」

≪――宇宙軍初の士官にして、白い鳥を撃墜した英雄、ラビ・デルタ宇宙軍少佐です!≫

ラビが死んだ目をして舞台上に立っているのを見る。

「やっぱり宇宙軍になったんだね~!」

リサは感嘆する声を上げる。

だがクリスは、ラビが言わんとしている事を汲み取る。

「……ラビも、大変そうね」

「そうですか~?」

クリスは、彼があっという間に遠い存在に成って居た事に気付いた。

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