act.3-6
西暦2098年7月18日 5時15分
月
モスクワの海沖1000km地点
空母 ロックスリー
≪AS(アーマースーツ)部隊、当艦と随伴したまま、第一艦隊へ合流する≫
≪RA-1、了解≫
ロックスリーに残った全ASは警戒態勢で出動している。
偵察部隊は無事月面に到着したらしく、ロックスリーもこの宙域を離れ、晴れの海沖で陽動作戦中の第一艦隊の元へ合流しようと動き出した。
「……」
クロ・エマ少尉は、ようやく自室のベッドから離れ、白い鳥のコックピット内でスタンバイしていた。
1時間程前、作戦行動前にラビが話しに来ていた。
『クロにはこれからの人生を作る選択肢がいくらでも自分で作る事が出来る。だからこそ、今自分に出来る事をして、選択肢を一つでも多く作れ』
今の僕に、一体何が出来る?
あのエル・エラと名乗る謎の火星艦隊司令官。一切知らされていなかった月侵攻作戦。
僕なんて彼らの計画の一部の歯車でしかなかったのだ。マーニャ・エルも、きっとそうして切り捨てられたのだ。
交渉する材料として、あまりに不十分な存在なのだ。
「イエロー・ブラックチームが敵艦と交戦状態に入りました!」
ロックスリーの通信手が報告する。
「何ィ!?」
ロックスリー艦橋内が一気に緊張に包まれる。
「敵艦3! 中国が云っていたスナイパーがその艦だと言っています! それの排除を行っています!」
「偵察部隊は?」
「レッドチームは晴れの海へ直進中。ブルーチームはモスクワの海へ侵入開始……あッ……イエロー2、シグナルロスト……」
「なんという事だ……当艦も援護に向かう!」
「しかし艦長! 空母1隻が突っ込んだ所で、的になるだけです! AS部隊を向かわせましょう!」
「ぬうゥ……キュリオスへ連絡。当艦は偵察部隊の援護に回る、と」
「了解……戦闘宙域で敵の電波障害です。本隊と連絡取れません!」
「えぇい……AS部隊、一旦帰艦させ、武器・エネルギー補給急げ!」
クロが周囲が急に慌ただしくなるのを感じる。
「何があったんですか?」
コックピットを降り、近くに居たメカニックに聞く。
「ASが全機補給に帰ってくるんだ!」
「な、なぜ?」
「偵察部隊が戦闘に入ったんだ! 助けに行くんだよォ!」
そう言い残し、メカニックは格納庫脇へ飛んで行った。
「ラビさん……」
西暦2098年7月18日 5時20分
月
モスクワの海 東部
≪イエロー2がやられた!≫
「ブラックチーム! あの逃げている船をやる! イエローはもう一隻をヤれ、隊を崩すな!」
ラビ・デルタ少佐が吠える。
≪≪≪了解ッ≫≫≫
イエロー2を落とした船とは別の、もう1隻の船が離脱しようとしている。
その船は、恐らく遠距離砲撃用に改良されている筈である。そちらを落とさなければ、晴れの海沖の艦隊が危ない。
編隊を組み直し、その船を追う。がしかし、その時レーダーにあらたな機影が映る。
「このパターンはッ……」
≪ブラック1! “白い鳥”が来ます!!≫
月の向こう側から、ついに2機の白い鳥が現れた。
「俺が鳥の囮になる、あの船をなんとしても落とせ!」
≪了解です!≫
ブラック・イエローチームが逃げている船を追いつつ、もう1隻の船をAS5機の全火力を叩き込み、ようやく撃破する。
その間にも逃げている船の下側から、2機の白い鳥が来ていた。ラビ達の下方を通り過ぎ、大きく迂回し後ろから回り込んでくる。
「オメーらの相手はオレだ!」
ラビは隊列から離れ、一気に上昇する。2機の鳥の上からマシンガンを叩き込みながら接近する。
1機はバレルロールで回避しつつこちらへ向かってくるが、1機はAS隊を追おうと飛んでいく。
逃げる鳥をロックオンし、肩部に装備された残りのミサイルを放つ。
鳥は器用に羽を使いマニューバを繰り返し、ミサイルを撒いた所で、レーザー砲でそれらを撃ち落とした。
ラビがもう1機の鳥にロックオンされ宙で絡み合う。
「クソッ!」
2機ともお互いの軌道を予測し合い、白い鳥のレーザー砲と、ラビの90mm弾は宙を切り裂くばかり。
もう1機の白い鳥が逃げようとしている。
「クソッ! イエロー・ブラック、鳥が1羽そっちに向か……」
無線を開いた隙に、ラビのAS左腕ひじ関節を白い鳥に撃ち抜かれる。
「クソックソッ!」
すぐに左腕をパージし、誘爆を防ぐ。が、唯一レーザー砲を防げるALシールドを失ってしまう。
≪貰ったッ!≫
混線した無線から、敵のパイロットらしき声が聞こえた。また若い子供の声だ……。
動きの止まったラビのASを、白い鳥が逃すはずが無く。鳥の羽前部のレーザー砲がこちらを向いている。
死、それを感じる。
その時、ラビの目の前が白い物体に覆われる。
「なッ!?」
≪ラビさん、大丈夫ですか!?≫
無線の声は、クロ・エマであった。
クロの操る白い鳥が、ラビのASの盾となり敵のレーザー砲を受け止めていた。
「クロッ!?」
≪こンの、裏切りモンがァァ!≫
≪その声は、キエルだな!? 違う! 僕は地球と火星を結ぶ為に動いたまでだ!≫
≪言い訳不要! 死ねクロ・エマァ!!≫
キエルの操る白い鳥が態勢を立て直し、真っ直ぐクロの鳥へ突っ込んでくる。
「クロ! 下がれェ!」
≪僕の“ガーベラ”に、レーザーは効きませんッ!≫
2機の白い鳥が、お互いにレーザー砲を撃ち合い、揉みあいながら月に落ちていく。
「クロォ!」
≪白い鳥が1匹来てるぞ!≫
≪ブラック1が被弾した!?≫
「落ち着け、俺達はあの船を落とす! それだけに集中しろ!」
≪りょ、了解……≫
イエロー1、ベクター・ガーランド少尉が命令する。
敵艦からの砲撃を回避しつつ、好機を伺う。が、敵艦の船速も早く、対空防御に隙もない。
このままでは、恐らく晴れの海に集結しているであろう敵本隊と合流されてしまう……。
その時、光の矢が敵艦の後方甲板を貫く。
≪なんだ!?≫
≪偵察チームの癖に、ドンパチやってるじゃねーか!≫
「ロック・グレイ!?」
空母ロックスリーから出撃したAS小隊、隊長のロック・グレイ少尉からであった。
≪加勢するぜ~。こうなったら敵を叩くしかない。ロックスリー小隊、敵白い鳥を落とすぞ!≫
「まさかお前に感謝する日が来るとはな」
ベクターが機体を一機に敵艦へ詰めながら答える。
≪へっ! ラビ大佐は大丈夫だ、クロが向かった。後ろから来てる鳥は俺達が貰うぜ、ガンドッグ!≫
「了解した」
≪了解!≫
「イエロー・ブラック、敵艦を仕留めるぞ!」
≪≪≪了解!≫≫≫
「クソッ、リリー・アールが苦戦しているッ!」
キエル・エフは、敵の増援によって状況を巻き返せないと判断し、リリー・アールの操るガーベラにも連絡し、撤退する合図を送る。
ラビとクロへレーザー砲で牽制射撃しつつ、撤退する。
≪クロ、助かった……。だが、遂に君の同胞を俺は殺した≫
「言わないでください。僕は自分で考え、自分で動いています」
≪そうか……ありがとう≫
沈黙。
≪こちら、ブラック1。各隊状況を≫
ラビが回線を開く。
≪こちらイエローリーダー。敵艦撃沈を確認。白い鳥は撤退しました。イエロー2以外、損害なし≫
≪こちらブルーリーダー! やっと繋がった……。こちらは未だ接敵なし。モスコ・シティに敵兵力は確認出来ません≫
≪こちら、RA(ロックスリー・アーマースーツ)リーダー、ロック・グレイ。 イエローチームと合流中。全機無事です≫
≪こちらレッドリーダー。現在晴れの海上空3km地点に、所属不明艦6隻が停泊中≫
≪例の見えない船か?≫
≪そうです。戦闘に参加する様子は無く、第一艦隊と戦っているのは月治安維持軍の船のみと思われます。宇宙港は閉じられており、敵戦力不明。強行偵察しますか?≫
≪……ブルーチームと合流した後、偵察を許可する。敵の“白い鳥”が飛び回っている。十分注意し待機≫
≪レッドリーダー了解≫
≪ブルーチーム、レッドチームへ合流します≫
≪その他AS部隊は一度ロックスリーへ帰艦する≫
「了解」
≪≪≪了解≫≫≫
西暦2098年7月18日 5時40分
月
湿りの海沖50km地点
空母 ロックスリー
レッド・ブルーチームが晴れの海“セレニティ・シティ”へ強行偵察する様子を、ロックスリー会議室内にてモニタリングしていた。
ロックスリーは、晴れの海の南西に位置する湿りの海沖で待機・警戒を行っていた。
≪レッド1。セレニティ・シティ、F22連絡通路のドアから宇宙港へ潜入します≫
レッドチームの3名は、機体を月面に停留させ、人間のみで潜入を行う。
ブルーチームはその間、周囲の警戒に当たる。その連絡通路のドアが人間が侵入可能、且つASを置いていても見つかりにくそうな地点であった。
「ブラック1了解」
≪レッドチーム、レディ≫
≪ブルー1、扉を破壊する≫
ブルー1のASが両手を使い、月面トンネルの天井部のドアをこじ開ける。
全ASのメインカメラとパイロットのヘルメットに装着されたカメラから、全てリアルタイムで映像が送られてきている。
「セレニティ側、警報等は出していません」
「了解。レッド1、先ほど送ったデータ通り、そのトンネルを北上して下さい。北700mの位置の天井に旧連絡用通路へつながるドアがある筈です。そこを爆破し進入して下さい」
サラ・ジョーズ戦術航海士の案内によって侵入していく。
≪レッド1了解≫
レッド1がそのドアを見つけ、ドアロックが掛かっている事を確認し、爆薬をセットする。
≪ブリーチ(爆破)≫
破壊したドアから侵入し、周囲を警戒する。現在は完全に使用されていないらしく、中は真っ暗だ。
≪クリア。レッド1、北上を続ける≫
「爆破をセキュリティシステムが感知しました。監視カメラはこちらが握っていますが、人間が来るかもしれません」
「了解。更に1100m北上。床にあるドアからドローンを投入し、すぐ撤退して下さい」
≪レッド1了解≫
「ブルー1。敵が来るかもしれない、警戒怠るな」
ラビがマイクを取り伝える。
≪ブルー1、了解≫
張りつめた空気に静寂が流れる。
≪レッド1、ドアに着いた≫
1人のパイロットがドアを引き開けようとするが、開かない。ヘルメットを2回左手で叩き、爆破準備の合図(ハンドサイン)を送る。
もう1人のパイロットが爆薬をセットし、3人とも距離を取る。
≪レディ……ブリーチ≫
小爆発と共にドアが吹き飛ぶ。
≪ブルー3、ドローン展開。ロックスキー、遠隔操作OKですか?≫
ロックスリーでモニターを見ている1人の兵がうなずく。
「ロックスリー。OKです。撤収して下さい」
「小型艇がセレニティから接近中! 8分で到着します!」
「レッドチーム、連絡通路は現在フリーです。今の地点の真下を爆破し、連絡通路に出て下さい。50m南下し、F15連絡通路ドアから外へ脱出を。ブルーチーム、F15地点まで飛び、レッドチームを直接回収して下さい」
サラが冷静に伝える。
≪ブルー1了解。回収に向かう。ブルー2、レッドチームのASを連れてロックスキーへ帰艦しろ≫
≪ブルー2了解≫
更に緊張が会議室を包む。
≪こちらレッド1、連絡通路へ出た。あと3分で外に出る!≫
≪ブルー1、了解!≫
ブルー1、3がF15ドアへ向かう。
「F18ドア付近でドアロックが壊れたみたいだ」
「空気漏れはしてないんでしょォ? めんどくさいなァ~。こっちは火星艦隊とかいう奴等と政府がクーデターみたいな事起こしちゃって滅茶苦茶だって時に」
「地球は今頃どうしているんだろう」
「どうせ月の人間の事なんて他人事さァ」
セレニティ・シティから出た小型艇の船内で、2人の技師が愚痴りあう。
「ア? 前方から機影2……どこの部署の船だ?」
「機体コード、XF-98……アメリカのスーツぅ!?」
「なんだってェ!?」
小型艇の前に2機の巨人が立ちはだかる。
「「う、うわぁぁぁ!?」」
≪こちらは合衆国宇宙軍である。抵抗しなければ、何もしない≫
「こ、こちらセレニティ・シティ都市整備課の者です……。た、助けて……」
≪何もしないと言っているだろう≫
「違うんです! 助けて下さい! 我々は外と通信する手段を一切奪われて、都市部はクーデターで滅茶苦茶な状態なんです! お願いします!」
「お、オイお前! 俺はセレニティに家族が居るんだ!」
「じゃあお前だけ残れよ!! 俺は下に降りるんだ!」
≪こちらブルー1。接触した小型艇の人間は、セレニティ・シティの都市整備課の人間と名乗っているのですが、助けてくれとの事で……≫
「デルタ少佐、保護しますか?」
サラが問う。
「……彼らの身元が確かなら、市民の様子等も聴けるかもしれない。保護しよう」
「分かりました。ブルー3、その市民を保護し撤退して下さい」
≪ブルー3了解≫
≪レッドチーム、撤収完了≫
≪ブルー1も帰艦します≫
「了解。全機撤収」
「ドローン、依然進行中。艦長へ報告。レッド・ブルーチームあと5分で帰艦」
「了解」
漸く、月偵察任務の一部が終わった。
「艦長。作戦指揮のサラ中尉から、あと5分でAS部隊が帰艦との報告です」
「漸くか、長かった……。全員に告ぐ、AS部隊の収容を確認次第、戦闘配置のまま現宙域を離脱する」
ロックスリー艦長は少しリラックスする。
「第一艦隊へ通達。作戦完了、ロックスリーは撤収するッ」
「了解」
西暦2098年7月18日 6時05分
月
晴れの海沖900km地点
空母 “第一宇宙艦隊旗艦”キュリオス
「艦長! 駆逐艦オフィリス被弾!」
「損害は!?」
「メインエンジンに被弾、機関停止! 退艦命令を出しました!」
「クソ……月の奴等め……。オフィリスの脱出艇を回収する! キュリオス、モーリスから分離する!」
「アイ・サー!」
ロックスリーの偵察任務が始まって1時間。ここで我々第一艦隊が戦闘開始して40分。損害が徐々に大きくなっている。
陽動作戦の域ではない損害だ。
ラビ達ASが遠距離攻撃型の船を潰してくれたとはいえ、月の艦隊の攻撃は緩まない。
「KA-3-1、シグナルロスト!」
「モーリス、対空防御率65%まで低下!」
次々と悲鳴に似た報告が入ってくる。
「ファイターへ通達。キュリオスはモーリスと分離作業中、一時離着陸を制限する……」
「第一格納庫、被弾箇所から誘爆!」
「第一格納庫をパージ! メカニック収容急げ!」
その時、漸く待ち望んだ連絡が入る。
「艦長! ロックスリーより入電! 偵察任務完了、撤退する、です!」
「よォし! 全艦へ、撤退準備! 脱出艇回収後、最大船速で現宙域を離れる!」
「アイ・アイ・サー!」
西暦2098年7月18日 4時30分
アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市
国際連合本部 総会議場
(現地時間 7月17日 23時30分)
「では、有志国家による“地球連合軍”の設立をここに宣言します」
月軌道上宙域での大規模戦闘。EU・中国・アメリカ艦隊が大打撃を受けた事で、漸く世界が動き出した。
が、会議場内は慌ただしいばかり。
「月の現在の様子はどうなっているんだ?」
「アメリカが現在調査中のはずでは?」
「なぜ米軍が単独で動いているんだ?」
「それは中国、ヨーロッパ連合も同じだろ!?」
「静粛にッ!」
ジョナサン・コルト合衆国大統領が静かに答える。
「現在合衆国宇宙軍によって偵察中です。未だ敵の目的・戦力は不明です。ですが、月治安維持軍が加担している事は確かです。こちらを」
会議場の大画面モニターに、つい先ほど行われた戦闘の映像が映される。
「おぉ……」
「宇宙で艦隊戦……」
一同がどよめく。
「月治安維持軍の所有する駆逐艦です。3隻が合衆国艦隊と交戦しました。こうなった以上、我が軍が得た情報は連合軍へ全て提供するつもりです。なんとか、この争いに終止符を打ちましょう」
ジョナサンは、焦る内心を隠すのに必死であった。
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