act.3-7
西暦2098年7月18日 18時20分
空母 キュリオス
ラビ・デルタの自室
(月から310000km離れた地点)
今朝の作戦終了後、合衆国宇宙軍 第一宇宙艦隊はなんとか月軌道より脱出。偵察任務を終えた。
AS(アーマースーツ)部隊指揮を執っていたラビ・デルタ少佐は疲弊し、12時間以上の深い眠りについていた。
≪デルタ少佐、デルタ少佐≫
部屋の端末から呼び出す声がする。
「あぁ……」
掠れた声を上げ、ベッドから這いずり起き受話器を取る。
「なんだ……」
声に生気は無い。
≪お休みの所すいません。こちらへ向かってきているユニヴァース・ワンと今夜00時に接舷します。AS部隊へ宙域警戒任務を命じます≫
「……んん……了解した」
≪残存しているAS部隊での警戒態勢・スケジュールを1930時までに報告願います≫
「はいよ……。え? ユニヴァース・ワン?」
「デルタ少佐、かなり疲れてましたけど、大丈夫ですかね」
通話を切った女性オペレーター士官がフォード・フィオ艦長へ投げかける。
「どの兵も疲弊している。彼だけじゃない。キミもそろそろ交代して休憩に入れよ」
「了解です」
今回の作戦で、多くの犠牲を払った。ヨーロッパ、中国も同様だ。この事態を受け、漸く国連が動き出した様だ。
“国際連合軍”の結成。これからもっと多く犠牲が出るだろう、私もその内の一人かもしれない。
フォードは椅子に深く座ったまま、大きな溜め息を漏らす。
「それじゃあ、君ら月の住民は人質って事か?」
「そう……なるんですかねェ……」
キュリオスの休憩室で、月面で保護したセレニティ・シティ都市整備課の男ケイン・ロンドと、警戒任務の休憩中であったAS部隊パイロット達が話していた。
「“火星艦隊”ってのは何なんだ?」
「わかりません……。一般市民は完全に情報統制されています。ネットの使用ももちろん、各月面都市間の移動も許されていません」
「ひでェな……」
「宇宙でこんな事が起きたら、市民は本当に手も足も出せないな……」
パイロット達が同情の声を漏らす。
「月の大統領様は、“侵攻されている”と言っていたんだぞ。それで来てみりゃ謎の艦隊と手を組んで月の軍隊に銃を向けられるし、一体何がどうなってんだ」
アレックス少尉も愚痴を溢す。
「ドローンの映像の解析完了しました。セレニティ・シティの宇宙港へは火星艦隊と思われる船が8隻入港していました」
1人のエンジニアが会議室のスクリーンへ映像を映す。
サラ・ジョーズ戦術航海士はスクリーンを凝視する。
「偵察部隊が接敵した艦と、同型ですか?」
「はい」
「しかし、酷い船体ですね。対レーザー装甲を旧型の船に無理やりくっ付けたような……。元の船は分かりますか?」
「不明です。認識コードも不明」
「では、スペックは先ほどの戦闘から推測するしかありませんね」
「ですね……」
西暦2098年7月19日 0時05分
空母 キュリオス
(月から430000km離れた地点)
「俺が寝てる間に、ずいぶん大事になったんだな」
ラビは感情を込めずに言葉を吐く。
「リーダー、しっかりして下さいよ」
ユニヴァース・ワンは、月への総攻撃に於ける連合軍艦隊の旗艦として運用されようとしていたのだ。
参加する各国の宇宙軍艦、また国連軍も艦を派遣してきていた。
「宇宙にこれだけ戦艦が並ぶと、壮観だなぁ」
ボケっとラビが溢す。
≪総員、これより当艦はユニヴァース・ワン第二宇宙港の外に接舷する。船外作業急げ≫
艦内放送が流れる。そりゃそうだ、どの宇宙港も船で一杯だろう。入港出来るワケが無い。
空母キュリオス以下第一艦隊は漸くユニヴァース・ワンへ辿りついた。駆逐艦オフィリスを除き。
船が着くなり、怪我人や遺体の収容作業が行われた。兵が敬礼し、第一艦隊の帰艦を労い、祝う。
「艦長、ジェームズ・ビーデン総司令より直通電話です」
「うむ」
キュリオス艦橋内のモニターに宇宙軍大将 ジェームズ・ビーデンの姿が映る。
≪諸君、任務ご苦労であった。貴重な情報を持ち帰ってきてくれた事に心から感謝する≫
「ありがとうございます」
≪知っての通り、地球連合軍による総攻撃の準備に掛かっている。作戦決行は21日0500時。作戦名“セレーネ・ウィンド(女神の風)”。各国艦隊が集結後、詳細な作戦概要を通達する。あまり時間は無いが、皆休めるときに休んでおくように。頼んだ≫
「ハッ」
フィオ艦長が敬礼し、通話が終わる。
「21日か……」
「休めないですね、艦長」
「仕方ねえ、これで給料貰ってんだ」
パイロット達も漸く任務から解放され、ユニヴァース・ワンへ降りひと時の休息を取る。
「リサ!? お前まで来ていたのか……」
ラビは降り立った宇宙港で出迎えに来ていたリサ・マーガレット“伍長”と再会した。
「私も、ASのパイロットですから!」
誇らしげに襟についている階級章を見せつけてくる。
「お、おう昇進おめでとう」
「ふふーん」
ラビは肩を落とす。
「あのな、戦場は遊び場じゃないんだ。俺も今回の任務で一度死にかけた」
「分かってます」
リサが強く言う。
「それでも、ここに来たんです」
リサの目に迷いはない。
「感動の再会の所、すまないね」
一人の男が話しかけてくる。
「ユーキ!」
「久しぶりだね」
ユーキ・アルス特務大尉とラビが抱擁をかわす。
「僕も、前線での技術面支援に来たよ」
「そうか、それは心強い。だが、アンタの狙いはそっちじゃないだろ?」
「バレバレか」
「まぁ、俺も驚きだ。白い鳥……“ガーベラ”にあんな機能もあったなんて」
「本当さ。本人も知らされていなかった、というのは本当かな? フフ。クロくんは今どこかな?」
「さァな。あいつは俺とは違う船だ、ロフトスキーに居る。まだあっちは人員の入れ替え等で船外作業中だろう」
「そうか、ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
「あぁ」
そう言い残し、ユーキは連れの技術者と宇宙港へ向けて歩いて行った。
「ラビさん、取りあえずゴハンでも食べましょっか~」
「おい、ここに居る限り上官である事を忘れるな」
「ハイッ、少佐殿」
「ハァ……。メシにするか」
「あ、そうそう。キャンプ・ブラックシュガーより先に、キャンプ・ギャロップにカフェが出来たんですよ! 許せないですよね~!」
「マジか。――」
そんな会話をしつつ、ユニヴァース・ワンの居住区へ向かった。
同時刻
月面都市 セレニティ・シティ
月政府官邸
「アメリカ宇宙軍が撤退して、半日で連合軍艦隊を組み上げるとは。中々地球の方たちも動きが早いですねぇ」
火星艦隊総司令 エル・エラは満足そうに言う。
「それとも、大急ぎで火消しに走り回っている人間が居る、か」
「……こちらもかなりダメージを受けました。本当に勝機はあるのですか?」
月政府大統領 ロナルド・ノーガードが問う。
「現に! “ほぼ”月治安維持軍のみで中国、ヨーロッパ、それにアメリカ宇宙軍まで退けているじゃあありませんか!」
「ですが、彼らも偵察に来ていたに過ぎません……。総戦力で来られたら……」
「我々にはアホな国が置いて行ってくれた“核”もある。むしろ総力をまとめて来てくれた方がありがたいという感じですよ」
「はぁ……」
ロナルドは不安を払拭出来ない。
「さて、そろそろ電波ジャック放送第二弾を始めますよ!」
エル・エラは悠々と月政府官邸内の報道会見場へ向かう。
≪地球のみなさん、聞こえていますか~~???≫
エル・エラが笑顔でテレビの向こうから問いかけてくる。
キャンプ・ギャロップのカフェで食事を摂っていたラビが思わず口に含んでいたコーラを吹き出す。
「な、なんだァ!?」
≪アメリカ、中国、ヨーロッパの宇宙軍のみなさん、お疲れ様でしたァ~! いや~中々手ごわかったですねぇ! ハイ、では今回の議題はこちら、ドン!≫
エル・エラが両手を叩き、画面が切り替わる。“宇宙開発の歴史”と銘打ったテロップが表示される。そして、地球、月圏の地図が映し出される。
≪えーっと、皆さんご存知の通り、地球では2030年代より、宇宙への人類進出を積極的に行ってきましたね~!≫
「なんだこのオカマ野郎。小学校のセンコーにでもなったつもりか?」
ラビが苛立ちを覚える。
≪その時、欠かせないお話が、“火星移住計画”ですよね~。そう! その計画で我々のご先祖様“火星船団”は頑張って頑張って火星圏まで辿りついたんです! ヒトが住めるか調査する為に! し・か・し~……≫
エル・エラの口調が変わる。
≪地球人共はご先祖様たちを見殺しにした。いや、端から火星に移住するなど本気で考えていなかったのです。結果! 火星船団として旅立た優秀な技術者やその家族たち1万6千人は、地球圏へ帰る事も出来ず、火星で、自力で、生き延びる事を強いられたのです!≫
ラビは唖然とする。クロの云っていた火星船団、その話のままだ。
≪今、その火星と同じ状況にある星がすぐ近くにあるのを知っていますよねぇ? そう、“月”なんですよ。宇宙開発当初から重要な役割を果たしてきた月面都市群。しかし、その華々しい裏側は、不当な労働や移民、人権問題で埋め尽くされている! それに地球に対して莫大な納税の強制や輸入規制等。だがしかし、これまで地球に残った卑しい人間達は見て見ぬふりをしてきた! その結果がコレである!≫
エル・エラが両手を広げカメラへ問う。
≪月の人類よ。我々火星人類と手を取り合い、共に地球へ帰ろうではありませんか。今まで情報統制などを行って本当に申し訳ないと思っています。ですが、これからは、共に自由を勝ち取る為に戦うのです! 今こそ! 地球人の奴隷から脱却する時です! さァ! 立ち上がるのです!≫
そして再び、エル・エラの口調が変わり、カメラを睨むように見る。
≪我々はまず、あなた達の“空”を奪う。確実に。あなた方が月や火星におこなった様に、以上。火星艦隊司令 エル・エラ≫
そう言い、放送は終わった。
「空を奪う、ってどういう事なんですかね……」
リサが不安そうに聞く。
「地球上全て制空権を獲る、という意味だろうか。あれだけの戦力で本当に出来るのか……?」
ラビも疑問を抱かずにはいられない。
「まァ、俺らは月の市民を救う為に奴等を潰さねぇといけねえって事だ」
「でも、それって私たちが悪者じゃないですか」
「こんな言葉を知っているか? 正義の反対は、また別の正義だ」
「はぁ……?」
西暦2098年7月21日 4時00分
合衆国宇宙軍司令部艦 ユニヴァース・ワン
中央大広場
(月から430000km離れた地点)
5時より開始される、地球連合軍による月への総攻撃作戦“セレーネ・ウィンド”発動を前に、合衆国大統領 ジョナサン・コルトより、参加する宇宙軍兵へ向けライブ映像が来ていた。
≪“セレーネ・ウィンド”へ参加する全ての宇宙軍兵士へ。合衆国の為、地球の為、その身を捧げる気高き騎士達へ、私は最大の尊敬の念を表する。諸君らが宇宙最高の戦士達(プライマリー・ウェポンズ)だ。その能力を持って、今度の作戦完遂を望む。私からこれ以外言える言葉はない。どうか、宜しく頼む……以上だ≫
「Fooooooooooo!!」
「コルト! コルト!」
「USA! USA!!」
大統領の声に、兵士たちは湧きあがり拍手喝采が起こる。
ラビは冷めた目で大統領の画を見つめていた。
5時になり、ユニヴァース・ワンのメインスラスターに火が入る。作戦は始まった。
世界各国から集まった船は198隻。戦闘機350機。AS等の特殊戦闘機130機。地球連合艦隊は月へ向け飛び立った。
例の如く、戦闘機やAS等が艦隊周囲を警戒しながら進軍していた。
特に異常もなく13時間の航行をし、月セレニティ・シティ上空1200kmの地点まで近づいた。
反対に、何も無さ過ぎて艦隊全体に少し気の緩みが見える。
≪ユニヴァース・ワン、及び各国司令艦は現宙域にて停止。攻撃隊は進軍を続けろ≫
「何も無さ過ぎる、不安だな」
フィオ艦長が呟く。
「艦長、右舷より月軌道上のデブリ帯が接近中です」
「了解。操舵、回避運動任せる」
「……? おかしいです。こんな巨大なデブリ帯、この間まではデータに無かったはず……」
観測手がデータと照合しつつ報告してくる。
「何? 広さは?」
「月上空1000~1200km帯全域に散らばっています」
その時であった、艦隊後方より発せられた強烈な青い光が宇宙を染める。
「何事だ!?」
「分かりません! 発光源はユニヴァース・ワンが居る宙域です!」
「電磁パルス、来ます!」
「EMP攻撃か!?」
まるで雷をまとった猫が走り回る様に、艦隊全体を光の糸が通り抜ける。
「電磁パルスによる障害、特に認めず!」
「……司令艦隊群、3分の1がシグナルロスト!」
「放射線量、急激に上昇!」
「まさか、核兵器か……」
フィオ艦長を目を見開く。
更に、攻撃艦隊右舷でも同様の閃光が起こる。
「なッ……」
キュリオス艦橋内にいるクルー全員が、思わず右舷を眺める。
巨大な火の玉が、艦隊を呑む。
「RA艦隊全滅!」
「RB艦隊、半数が消滅!」
「……なんという事だ、あのデブリ帯は、核爆弾の網だ! 全艦隊、デブリ帯から500km以上離れろッ!」
艦長が叫ぶ、が。
「艦長! セレニティ・シティより敵艦接近! 数……45!?」
「180度回頭、全艦撤退せよ! 撤退だ!!」
「何が起きた!?」
格納庫内のあちこちで火花が飛び散り、ASのコックピットでスタンバイしていたラビが飛び起きる。
「分かりません!」
「こっちの回路が焼き切れたぞ!?」
「電磁パルスか? まさか……」
その時、艦内放送が流れる。
≪これより全艦撤退する! 敵は核兵器を保有している! 既に艦隊の3分の2が火に飲み込まれた! これより、行動不能となった艦の生存者を救出する。敵艦隊も接近中だ。AS部隊全機、RA・RB艦隊の“居た”宙域を早急に捜索せよ!≫
「核だって!?」
「AS部隊、全機発進急げ!」
「KA-1、発進よろし!」
「KA-2の燃料補給まだか!?」
格納庫内も混沌に包まれる。
「ラビ・デルタ、KA-1-1先に出るぞ!」
ラビのASの肩固定具を解除し、宇宙へ飛び込む。
「……なんだこれは……」
右翼に展開していた艦隊がほぼ消滅、デブリと化した船体が宇宙空間を埋めている。
同時に、飛び散った船体“だった物”達がラビの機体に降り注ぐ。
「地獄だ……」
ラビは機体を宙に浮かせたまま、その光景に唖然とする。
≪全艦隊へ通達。データリンクで共有した赤のデブリ帯にはまだ核兵器が隠されている可能性がある。十分注意しろ!≫
『核兵器がまだあるけど注意して救助に行け、と。俺達に死にに行けと言っている様なもんだぞッ』
心の中で愚痴りながら無線を開く。
「キュリオス隊、生存者の救助に向かうぞ、続け!」
≪ですが、まだ核兵器が……≫
「敵艦隊が向かって来ているという事は、もう核は使わないという事だろう! 良いから続け!」
≪≪≪了解ッ≫≫≫
ラビは自分にも言い聞かせる様に命令し、ASを滑らせる。
こうして、瞬く間に108隻の艦隊が失われた連合軍艦隊は、撤退するしかなかった。
“セレーナ・ウィンド”、女神の風は、月の空を吹く事なく終わった。呆気なさすぎる程早く。
act.3 レッド・プラネット・アタック
完
◆act.4 予告
2036年1月
地球の総人口は100億人を突破し、更に地球環境も悪化の一途を辿っていた。
そこで各国は地球外へ本格的な進出へ動き出す。
地球軌道上コロニー、人間が衣食住出来る大型宇宙船、月への移住、
そして、火星への移住。
人類の希望を背負った1万6千人が、7500kmの旅に出る。
act.4 地球の罪
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