act.1-4

西暦2098年4月21日 13時25分

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

同艦内都市 アルファシティ病院503号室


「失礼します」

クリス・エマは少しの緊張を従えつつ部屋に入る。

「ISSの人間が僕に何の用かな」

ベッドの上で上体を起こし、窓の外を眺めている男が興味無さげに聞く。

病院のパジャマの上からもわかる、筋肉質な身体。耳くらいの長さまであるボサボサな髪。髪で横からは顔が見えない。

「個人的に聞きたいことがあります」

「個人的に、ね。そりゃそうだISSの人間が捜査権なんて持っている筈もない。この病院のセキュリティはどうなっているんだ」

ジョーク気味に返してくる。

「そりゃハイスクールのアルバイトみたいな女の子が受付をしてるんですもの。私みたいなオバさんの相手が面倒臭いから通したんでしょ」

私も軽く返す。

「へ、病院も人手不足か。こわいこわい」

そう言いながら、その男は前髪をかき上げ、体をこちらに向け右手を差し出す。

「ラビ・デルタ、ただのロボット乗りだ」

「クリス・エマです。急な面会申し訳ありません」

握手を交わし、クリスはベッドの横の椅子に腰掛ける。

「さて、ISSの……技術屋じゃないな? 通信手か?」

「はい、管制通信手です」

「通信手様が何の用だ?」

「私は昨日、沈む直前の護衛艦ルフートと交信していました」

「……それで」

「通信の内容は、"未確認の物体が向かって来ているから所属確認をしてくれ"ただそれだけです。もちろんその様な艦は登録されていませんでした。その報告をした直後、ルフートは沈みました」

「…………」

「私が聞きたいのは、あの時何と接触し、何が起きたんですか?」

「ふーん、なんでわざわざそんな事に首を突っ込む?」

「私も今回の事件の一部を知ってしまったんです。事実を知りたい、それだけです」

「俺だって何と接触して、何が起きたのかまだ分からない」

「え……」

「俺はただ、部下を殺した"白い鳥"、それをぶっ殺した。それだけだ」

「白い鳥……? それはエイリアン? それとも何処かの国の兵器?」

「さあな。ただ、人工物であることは確からしいぜ」

「それを捕まえたの?」

「いいや、奴の体の一部を持ち帰ったに過ぎないさ。残りは俺の母艦と共に消えたよ」

「そう……辛かったでしょう……」

「おいおいおい、部屋に乗り込んで来るなり質問責めにしてた癖に、急に改まるなよ!」

「ごめんなさい、今になって自分の失礼さに気付いて……」

「よく分かんねぇ女だなぁ……。まぁそんなワケで、あんたの探してる答えは、俺も持ってない」

「そうね……邪魔して悪かったわ。失礼します」

「待ってくれ」

椅子を立ち上がろうとした時に呼び止められる。

「あの……一つお願いしてもいいか?」

「私に出来る事であれば」

「……ハグ、してくれないか……」

照れくさそうに男は言う。

「ええ」

クリスは快く返事し、体をベッドへ乗せ、ラビを抱きしめる。

「やはり泣いていたのね」

先程握手した時、目が充血し目元が腫れているのを分かっていた。

「自分でも何が起きたのか、分からないんだ……その時はそいつを落とすことに必死で……」

無言でラビの背中をさすってあげる。

「……すまない、ありがとう」

クリスの体から腕を解く。

「じゃあ私は失礼するわ。お大事にね」

ベッドから立ち上がりながら言う。

「政府は、今回の事件を敵国からの敵対行為だと受け取り、早急に対策を取るそうだ。これをきっかけにして、宇宙へ軍を置く理由付けにも出来るしな」

「そう……。なんで私にそんな事を教えるの?」

「俺は奴らを叩く。出来るのはそれだけだ。……って、全部アメリカの自演だったりしてな」

ラビが笑いながら話す。

この男、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか分からない。

「あなたもよく分からない男ね……。そういえば、なんで面会を許可してくれたの?」

「ヒマだったからさ、それだけ」

「ふーん。ま、元気でね」

「アンタもな、またね」

「また? そうね」

そう言い残し、私は部屋を後にした。


「あんな美人に会えんだ。病院生活も悪くねえな」

ラビは一人笑いながら、再び報告書の作成に戻る。


 部屋を後にし、少し周りを気にしながら病院を後にする。

ハッキリした事が分からず、どこか引っかかる。

だがあの男が嘘をついていたとは思えない。

モヤモヤしたまま、一先ずホテルへ帰る為、駅を目指す。

ジャケットのポケットへ両手を突っ込む。

左手に何がチクっとした。紙の様な触感がある。

それを取り出すと、一枚の名刺が入っていた。

「株式会社S.C.E.D パイロット……ふふ。手の早い男ね」

バッグへ名刺をしまい直し、少し上機嫌で歩く。



西暦2098年4月23日 11時40分

国際宇宙都市艦 アルファ・アーカイム

同艦内都市 アルファシティ病院 ロビー


「退院おめでとう」

「お出迎えとは、ありがたいね」

ラビが笑いながら答える。

「まさか連絡をくれるとはね」

「ヒマだったから、それだけよ」

一昨日貰った言葉を返すクリス。

制服に身を包み、髪を後ろで縛っている彼は、凛々しく、美しかった。

「ヒゲ剃りなさいよ」

「俺は自分の持ってるカミソリでしか剃りたくなくてね。……来てくれてありがとう」

ラビはそう言い、ハグをした。

「取り敢えず、メシを食おう! 病院メシは本当に不味いな!」

「それなら良いカフェがあるわ。バーガーが美味しい」

「んじゃ、決まりだな!」


 ラビに会いに行った2日前、その時に立ち寄ったカフェを目指して歩く。

「あなた、重要な立場のはずなのに誰も迎えに来ないのね」

「ただの30歳目前の独身男サ、こんなもんだろ」

またも冗談交じりで返してくる。

「敵の正体を暴く為に、何かしら協力とかするんでしょ?」

「ああ、するよ」

あっさり返された。

「うぅん……」

何かスッキリしないままカフェへ着いた。


「いらっしゃいませ〜。お好きな席どうぞ〜」

店の奥から女の声がする。

これから増える客の為に準備しているのだろう。

クリスは前にも座ったカウンターの一番左端の席に座る。その隣にラビも座る。

「オススメってのは、このバーガーセットかい?」

「そうよ」

「じゃあこれに、フライドチキンも付けて……」

「よく食うわね」

そんな会話をしていたら、突然店のテレビの音量があがり、私達の会話を遮る。

『番組の途中ですが、アメリカ政府より緊急声明があるとの事です。番組は全て繰り上げとなります』

思わず二人ともイスをモニターの方へ向ける。

そんなアナウンスが流れた後、ホワイトハウスの記者会見場の映像へと切り換わる。

何かしらの高官が舞台に立つ。

『えぇー全世界の皆さん、これよりアメリカ合衆国大統領より緊急声明を発表致します』

一礼して去り、大統領が舞台に上がる。

『みなさんこんにちは、合衆国大統領、ジョナサン・コルトです。先日発生しました、我が国のスペースデブリ清掃会社が運用している護衛艦と輸送船が"襲撃"された事件についてです。まずはこちらの映像をご覧頂きたい』

そう言い、また画面が切り換わる。

ラビは手にしていたメニュー表を思わずカウンター下に落とす。


 ラビが交戦した、白い鳥の映像だった。

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