#57 課題
ウェルギリウスに案内されお店の中に入ると、そこは貸し切り状態になっており、交渉相手であろう二人が着座しているのみであった。
そして入店に気付いた二人が席を立ちこちらにやってくる。
近付いてきた二人は長身でいかにも仕事の出来そうな男性と、自分よりも背が低く子供のような容姿の女性であった。
「はじめまして、ハヤトです。今日はお互いにとって実りのあるものにしましょう」
直接マーロ商会の副会長が出向いてくるとだけ知らされていたので、ヒソネと共に男性の方に向かって挨拶をする。
「これはこれはハヤト殿。お初にお目にかかります。ですが副会長は私ではなく……」
「私がマーロ商会の副会長の、シルヴィアです。そしてこちらは……」
「一付き人のマルクスです」
「えっ!」
副会長がどのような人物か教えてもらっていなかったとはいえ、まさか小学生のような人が大商会の副会長とは思わないだろう。
「す、すみません。失礼しました」
「いつものことですから、構いません。それより、ハヤトさんが仰ったとおり今日は実りあるお話が出来ることを期待しています」
思わぬ失敗で交渉を始める前から機先を制されてしまったが、まだ話は始まってもいないので、ここから挽回しなければいけない。
立ち話で済む内容では無いので席に着くと、料理が用意されていたらしく直ぐに運ばれてくる。
マナーなどよく分からないが、ウェルギリウスとの食事で見よう見まねで覚えた事がここで活きる。
「これは……美味しいですね」
「気に入って頂けたようで何よりです。この食事に使われている食材は私どもの商会で用意したものですよ」
食材を始めとした生活用品は規模が大きい商会の方が強い。
日常的に使う物は、より良いものが求められるというより、ほどほどの物を安く仕入れて売ることが求められる。その場合は規模が物を言うのだ。
その中でもこの食材達は質が良いだけでなく特別な物を使われている。
「まさか香辛料を使っているのですか?」
「ええ、南方の町より仕入れました。余り出回るものでは無いので驚かせようと思ったのですが、お気付きになられるとはお目が高い」
「いえ知識として知っていただけですから驚きましたよ」
こちらの世界に来てから香辛料が使われた料理を食べたことが無く、薄い塩味が関の山だ。
日本が食に恵まれていることに異世界に来て思い知らされたのだが、醤油と味噌味が恋しい。
「それは良かった。無理をして入手した甲斐があったというものです」
「やはりお高いのですか? 譲って頂けるのであれば少し買わせて頂きたいのですが」
「ええ、これが金と同等の価値があるそうです。私にはこれを日常的に使う貴族が信じれません。多少なら予備が有りますので後程お売りしましょう」
思っていた以上に高いが、たまには自分が美味しいものを食べたいし、こういった交渉の場で振る舞うにはもってこいだ。
「ありがとうございます」
その後もしばらくの間、食事をしてから仕事の話が始まる。
「それでは本題に入りましょう。ウェルギリウスさんから聞いているとは思いますが、私たちラーカス商会はマーロ商会と提携を結びたいと思っています」
「ええ、聞いていますよ。ですが私たちの商会の傘下に入るのでは無く提携、それも対等な条件をお望みだとか?」
「はいそうですが、何かおかしいのですか?」
「そうですか……いえ通常、私どもの商会に持ち込まれるのは資金援助を含めたものですから、対等でというのは珍しいのです」
「そうなのですか……」
国内有数で規模の大きいマーロ商会なので、その資金力を頼る小さな商会は少なくないのだろう。
それにマーロ商会は他の商会と比べて、武器の扱いより日常品に強みがある。小さな商会もまた武器を扱えない所も多いからこそマーロ商会が頼られるのだろう。
「対等と言うからには、お互いに同じだけのメリットが必要です。マーロ商会からラーカス商会にもたらせるメリットは既にご存知でしょうから、ラーカス商会が我々にもたらすメリットを教えて頂けますでしょうか?」
「はい、もちろんです。私たちがマーロ商会にもたらすことが出来るものはこちらです」
言葉より説明が早いので、これまでに作ってきた商品である回復薬と量産型の剣を机の上に取り出す。
「これは例の市場を賑わせている商品達ですね……ということは、これらの販売権を譲ってくださるということですか?」
「はい、条件付きではありますがこれらの製造方法を含めた一切の権利をマーロ商会にお譲りします」
「ほう、それは確かに……して条件とは何ですか?」
「はい、お願いしたい条件は一つだけ。ラーカス商会へこれらの商品の優先納品をお願いしたいのです」
マーロ商会と提携してその最大のメリットは資金力を活かした規模の力だ。
マーロ商会の力を使えば、ラーカス商会だけでは作り出すことの出来ない量の商品を作り出すことが出来るだろう。
しかしそれらがマーロ商会内で独占されたら意味が無い。
「それだけですか?」
「はい、これが重要なのです」
「ふむ…………それでは、今回の提携の件はお断りします」
「えっ……何故ですか!?」
条件の変更などがあるとは思っていたが、まさかいきなり断られるとは思ってもみなかったので、ヒソネと共に面を食らう。
「そうですね……ご存知かと思いますが、我々の商売の主軸は一般市民を相手にしたものです。なのでこれらを扱うことがそれほど魅力的とは言えないのです」
「ですがこれらを扱うことでマーロ商会に足りない冒険者相手の商品力を手に入れられるのですよ?」
マーロ商会は過去に冒険者相手にした商売を始めようとしたことがあることは調べ済みだ。だからこそ、その時に足りなかった商品力はマーロ商会にとって喉から手が出るほど欲しい物のはずなのだが。
「どうやら我々マーロ商会が冒険者相手にした商売を始めようとした過去があることを知っているようですね。ですが……だからこそなのです」
「どういうことですが?」
「恥ずべきことを口に出すのは憚れますが、一度失敗したからこそ再び同じ轍を踏むことは避けなければいけないのです。そしてラーカス商会と手を組むということは引き返すことの出来ないリスクであり、それを払拭するだけの物を期待したのですが……」
「そう、なのですか……」
「それらの商品に魅力が無い訳ではありません。もしこの話が五年前に持ち込まれたのであれば我々──というよりウェルギリウス様は飛び付いたでしょう」
「それは私の口からお話した方が良いでしょうな……」
ここまで話を聞くに徹していたウェルギリウスが事の子細を語ってくれた話によると、ウェルギリウスが率いていた頃のマーロ商会が五年前に規模拡大に失敗し、その責を背負って職を辞したそうだ。
失敗した理由は、商品力が低いままに参入したことによって引き起こされた価格競争に破れたこと、新規参入で冒険者に対する販路が限られていたことだったそうだ。
そして事業撤退をすることになった決定的になったのは、マーロ商会の武器を使うと死ぬ確率が高くなるという根も葉も無い噂が流されたことに依るものだったらしい。
「そんなことが……」
「事前にお話すべきだったかもしれません。ですがシルヴィアさん、彼らは信に足ると私は思っています。目に見える提携以上の物がマーロ商会にもたらされるはずなので、どうか再考して頂けませんですかな?」
ウェルギリウスがシルヴィアに頭を下げてお願いをする。
「ウェルギリウス様、頭を上げてください。ですがハヤトさんは何故マーロ商会にこだわるのですか? これだけの商品であれば他の商会の方が喜ぶでしょうに」
「初めはウェルギリウスさんと知り合い、縁が出来たからでしたが、交渉するに当たってマーロ商会を知るに連れてマーロ商会でなければならないと思うに至ったのです」
「それはどうして?」
「抽象的ではありますがマーロ商会は他の商会と違い、ウェルギリウスさんが作り上げた商会だからか人間的な暖かみがあります。人に寄り添った商会だからこそ、間違った方向に進まないと思うのです」
「そうですか…………ですが、幾らウェルギリウス様が口添えをしようと、この二つの商品でマーロ商会の会長を動かすことは無理です」
「それでは一般市民に訴えかけられる別の何かがあれば可能性はあると?」
「はい。その何かがあれば交渉の余地はありますし、提携を結んだあとであれば資金援助も含めて力を貸すことも出来るでしょうね。ですがそんな物が有るのですか?」
今すぐに提示できる別の何かがここに有るわけではない。だが考えて作り出すことは不可能ではない。
「今はありません……ですが猶予を頂ければ必ずや驚かれるようなものを提示します」
「ほう、それは楽しみですね。では今回の会談はこれまでにして、後日再びお会いしましょう」
「ええ、その時の会談の場はこちらでご用意させて頂きます」
「分かりました、楽しみに待っていますよ。その際はウェルギリウス様を通じてご連絡下さい」
こうして会談は一時中断という形で終わることになった。
香辛料を購入しマーロ商会の二人と別れた後、帰りの竜車の中で話し合う。
「自信満々に宣言されていましたが、何か考えがあるのですか?」
「有るわけないじゃないですか。でも必ずやマーロ商会の期待に添えるものを用意して見せますよ」
「はぁー……分かりましたよ。ハヤトさんにはこれまでの実績がありますからね。ですが、その香辛料のようなものをラーカス商会で用意できるとは思わないでくださいね」
つまりマーロ商会が用意した交渉の舞台のようにお金を掛けて準備することは出来ないということだろう。しかしそんなことはこれまでと同じであり、知恵を絞って解決してきた。
「分かりました。ですがこちらの世界の日常生活についてはまだまだ知らないことが多いので、色々と手伝ってくださいね」
こうして新商品を作らなければいけない不安と、それさえ出来れば提携出来るという希望を抱きながら、聖都市のお店に帰るのであった。
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