#53 バッテリー


 ウェルギリウスの家を訪れどのような魔道具を作るべきかのアイデアを得たハヤトは、さっそくお店の中に構えた工房室で作業を始める。

 工房室といっても名ばかりで、机と道具そして持ち込まれた素材が雑然と積み重なっているだけである。


■■■


 事前に作ってストックされた魔結晶に、魔導書で調べた紋と文字を刻んでいく。

 魔導書はこれまでの功績からボーナスとして買って貰ったのだが、まだ難しい文字は読めない。しかしおおよそは一人で理解出来て色々と実験が捗るようになったので、高くて涙目になっていたアダムスも浮かばれるだろう。


「しかし……うーん、どうだろうか?」


 幾つかの試作をしてみたものの、自分では魔力を扱えないの成功なのかどうかの判断が出来ない。


 あんまり魔結晶を無駄にすることは出来ないので、とりあえずヒソネに確認してもらうことにする。


「という訳でお願いしますヒソネさん」


「という訳って……だからまずは説明をしてくださいよ。これは何ですか?」


「アレですよアレ」


「ああ、アレですね……って分かるか!」


「いやいやだから例の新商品で、これはその試作品ですよ。これに魔力を込めると溜めておけて、もう一つの魔結晶を組み合わせると徐々に放出することが出来るんですよ」


 本当は一つにまとめたかったのだが、二つの命令系統を一つ組み合わせるだけの知識が無いので出来なかったのだ。


「なるほど……では試して見ましょうか」


 ヒソネが二つの魔結晶を手に取り試す。


「どうですか?」


「まぁ……うん、ちゃんと機能してると思いますが……これを何に使うのですか?」


 確かに用途が分からなければ意味が分からないものだろう。


「えーと電池といっても分からないですもんね。そうですね言うならば魔池?」


「ちょっと何を言ってるのか分からないのですが」


 幾ら神のはからいで言葉の意志疎通がはかられるようになっているとは言っても、こちらの世界に無いものは伝えることは出来ないようだ。


「そうですねバッテリーと言う方がしっくりきますかね。つまりこれまでは直接供給し続けなければ使えなかった魔道具が、いつでもどこでも使うことが出来るようになるんです」


「へぇーバッテリーというのですか……確かにそれが出来れば便利ですね!」


「でしょ! と言いたい所なんですが、これだけだと不十分なんですよ」


 確かに熱源や光源を得るだけで使用したい時に常時使い続けるだけであれば問題ないが、スイッチも魔力の供給量を調整する機能も無いので使える用途はかなり限られてしまうのだ。


「そうなんですね。まぁ、やはりこれ以上しっかりとした魔道具を作るとしたら魔法の専門的な知識が必要になりますよね」


「ええ、単純な組み合わせではなく、それこそ魔法陣を自ら構築できるぐらいの知識を持った人にアドバイスを貰えれば有難いですね」


 それだけ魔法に精通している人がフリーな状況は考えにくいが、アドバイスだけでも貰えるように繋がりを持ちたい。


「それはもう国賓扱いされる人ですよね……まぁ新しい魔術を作れるとしたら本当に専門で研修をしているような人でしょうね」


「ラーカス商会でどなたか知り合いはいないのですか?」


「うーん、アダムスさんにも聞いてみますがいないでしょうね」


「そうですか……」


 これから魔道具を作製していくには魔術の知識が必要不可欠なので、このままでは完全に行き詰まってしまう。


「ならアトゥムスさんも前に言ってましたがオベロン学園で学んでみてはいかがですか?」


「それは是非とも……と言いたいですが、そんなことをしている時間が無いですからね」


「ですよね……ならとりあえず、アダムスさんに聞いとくので、ハヤトさんも何とか出来ないか考えておいてください」


 考えておいてと言われても、いきづまったからヒソネに確認しにきたのだが、やはり自分でどうにかしないといけないらしい。

 しかし正規オープンに向けて準備を進めなくてはいけないので、今は聖都市から離れる訳には行かない。


 とりあえずは数少ない知り合いに聞いていくことにした。


■■■


 聖騎士長であるエンディミオンには会うことが出来なかったが、アトゥムスとライナ、そして量産の剣に関する打ち合わせでやってきた鍛冶師のエギルに聞くもあえなく撃沈した。アダムスもおそらく知らないので、最後に残るはウェルギリウスのみである。


「すみません、何度もお邪魔してしまって」


「いいんですよ、私たちはいつでもハヤトさんを歓迎しますよ。妻もハヤトさんが来るからといつもより気合いが入って料理を作っていますよ」


「えっと、今も料理中で?」


「ええ、そうです。出来上がるまでゆっくりと話でもしていましょう」


「話といえば前回の話は覚えてますか?」


「ええ、確か魔力を溜めて放出する魔道具を安く作り上げるでしたな」


「そうです。実は今日はそのことについて相談させて貰いたいことがあって、試作を持ってきました」


「おお! 本当ですかな!?」


「はは、そんなに期待しないでください。完成には程遠いですから」


 説明するより見た方が早いので、調理場にお邪魔して試してもらう。

 調理の為に熱源となる一文字を刻んだ魔石に魔力を注ぐことを行うだけでも、問題点は一目瞭然だ。


「確かに便利ではありますが、調整が出来ないのでは料理には向きませんね……」


「そうなんです。調整もですが消すことも出来ないんです」


 現状では一度込めた魔力が消費され尽くすまで、止めることが出来ないのだ。


「それはまた使い勝手が……しかしこの魔石は一体なんですかな?」


「ああ、それは魔石ではなく……ギルドのアーカイブに登録はしましたが、まだ世に出していないのでここだけの話にしてほしいのですが……」


 作製方法は教えないが、魔石を原料に同じだけの質を持つ魔石よりも安く作れることを伝える。


「それは素晴らしい!! そんなことが可能であるならば、確かに誰しもが扱える魔道具を作るということも可能かもしれませんね」


「お褒めいただいて有難いですが、まだ使いこなせないのでお恥ずかしい限りです」


「なるほど、それで私のところへ相談しに来られたと」


「はい」


「そうですな…………おっと、その前に料理を食べなければ冷めてしまいますな」


 話をしている間にすっかり料理が完成してしまいウェルギリウスの奥さんを待たせてしまっていた。流石に待ちきれなかったのか側に近寄ってきたのだが、笑顔であるからこそ逆に怖い。


「そうですね、まずは食事にしましょう」


 料理に舌鼓を打ちながら話を再開する。


 都合良く魔導師を紹介してもらうことは出来なかったが、何か解決策が無いか話し合う。


「新しい魔法陣を生み出すことが難しいなら、幾つもの簡単な魔法陣を組み合わせて再現してみるのはどうですかな?」


「確かに組み合わせればなんとか……ですが大きさがとんでもないことにならないですか?」


「そうですな…………ではこの魔結晶の形状を変えることは出来ないのですかな?」


 今の魔結晶は大小あるもののこぶし程度はある。それを幾つも用意していてはとんでもない大きさになってしまう。


「作製方法を変える、あるいは魔結晶を加工するということですね」


「それさえ出来れば実用化の可能性が高まるのではないですかな?」


「ええ、でも難しいですよね……」


「はい、そんなことはこれまでに行われたことはないでしょうからな。価格を押さえることは難しくなるでしょうがそれは今後の課題としいずれ解決すれば良いでしょう」


「そうですね……まずは出来るかどうか試してみないといけないですが、希望が見えてきました。今日は話せて本当に良かったです」


「いえいえこちらこそ。今日は良いものを見せていただきました。完成したならば、魔導師の件も私に出来る限りの協力を致しましょう」


 普通の人であれば魔法を構築できる魔導師に繋がれるはずがない。それをどうにか出来るかも知れないと発言するあたりウェルギリウスはやはりただ者ではないようだ。


「ウェルギリウスさんは一体何者なんですか?」


「ハハハ、私はただの隠居者であり、孤児院の院長ですよ。ですが……魔道具を完成させたならばお話したほうが良いでしょうな」


「分かりました。その時は私も隠していることを話しましょう」


「それは実に楽しみですな。これは私も本当に腰を上げなければいけなくなりそうですな」


「ええ、ぜひお願いします」



 こうしてシステムが駄目ならハードを改良することで魔道具もといバッテリーを完成させることになったのであった。

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