第22話 退屈

 カナリアが去ってから早一週間が過ぎようとしていた。


 家事も終わり昼食まで何もする事がなかったので、テーブルにジグソーパズルを広げて続きを始めた。


 現在、黒猫の顔部分の絵(全体の三分の一ほど)が完成しているジグソーパズル。

 祭りの時にカナリアが買ったものだ。カナリアの物を整理していた時に見つけて、中途半端に終わっていた事を思い出した。なんとなく暇つぶしで始めたら止まらなくなり、今では日課になりつつある。


 子供用だと侮っていたが、これが結構難しい。中でもピースの数が多い難易度の高いものを知らずに買っていたらしく、なかなか完成まで至らない。カナリアは次々と当てはめていっていた記憶があるが……やはりこういうものは子供のほうが得意なのだろうか。


 箱に描いてある絵と照らし合わせながら繋がるピースを選択し、手に取る。が、当てはまらない。べつのピースを手に取る。また違う。

 時間も忘れて幾度も繰り返していたとき、訪問を告げるチャイムが鳴った。ガチャっと玄関のドアを開ける音がしたあと、リオールが姿を現した。


「エ~リシア、遊びに来たよぉ。何してるの?」

「勝手に入ってくるなと言っているだろ。パズルだ」

「懐かしいなぁ。俺も手伝おうか?」

「触るな。これは私が完成させるんだ」


 こいつは何かと器用だし、ここまでの苦労を横取りされるのは腹立つ。


「ちぇーつまんないの。……ああと忘れる前に。はいこれ。この前の依頼金ね」


 そう言ってバックの中から取り出した布袋をテーブルに置く。一昨日に貴族の用心棒を頼まれた時の報酬金か。

 私はピースを取る手を止めずに訊いた。


「次の依頼はいつだ?」

「まだするの?」

「何か問題でもあるのか?」

「いや俺は全然助かるんだけど……君が仕事熱心なのが不思議でね。てっきり大金を得たから自堕落に過ごすんじゃないかと思ってたんだけど」

「あの金は次のロールケーキの為に取っておくんだ」

「何個買う気だよ…………カナリアちゃんの私物は整理し終えたの?」

「すべて空箱に入れて物置部屋に置いてある」

「処分しないの? 炎の魔法でボォっとさ」

「……外に運ぶのが面倒なんだ」

「そう? じゃあ俺が運ぶよ」

「…………」


 口を閉ざした私をみて、リオールは勝ち誇ったようにニヤつく。……ちっ。腹立たしい顔だ。危うくピースを握りつぶすところだったではないか。


「もしかしたら取りに来るかもしれないだろ。その時にあれがないこれがないと喚かれては敵わん。物置部屋の用途が決まっていないから、しばらくは置いておくつもりだ」


 しかしリオールは「それはないと思うよ」と言下に否定した。


「……なぜ言い切れる?」

「えーとね。まず依頼で多額の報酬金の移動があった場合は、一週間後に依頼主の元を訪ねてその後に問題がないか確認に行くようにしてあるんだ。後々の揉め事を避けるためにね。実体験でひと月後に金返せとか言われたりしたこともあって……」

「余談はいい。結論を言え」

「はいはい。それでね、様子を見にレイチェルさんの別荘に行って話をしてきたんだ。別段、問題はないみたいでほとんどが雑談だったよ」


 ――カナリアの様子はどうだった? 私はその喉元まで出かかった言葉を飲みこむ。これ以上、茶化されるのはごめんだし、よく考えればもう私には関係のない事だ。


「それで、今日の正午過ぎにアクラムを離れて帝都の屋敷に戻るんだって。もちろんカナリアちゃんも一緒に。だからもう会う事はないんじゃないかな」

「……そうか、今日……」


 あまり驚かなかった。帝都に屋敷を構えている時点で、遅かれ早かれそちらに移り住むことは予期できたことだ。


「街中で偶然会うことを危惧していたが、その心配も無くなったわけだ」

 そうだ。これは朗報だ。二度と会えないとなればこの鬱屈とした心も平常に戻るだろう。


「エリシア。そのピース逆だよ」


 リオールの指摘にパズルを見ると、気づかないうちに絵の描かれていないほうを当てはめていた。またリオールの顔が歪む。


「君、嘘をつくのが下手だねぇ」

「……っ、うるさいバカ。それよりもさっさと最初の質問に答えろ。私が手伝う依頼があるのかないのかっ」

「あるある。詳細については予定表に記載してあるから確認してみないと」

「だったら今日中にそれを持ってこい」

「えー……今日は正午から依頼者との面談があるから夕方頃になるけど、いい?」

「かまわん。じゃあ用が済んだならとっとと帰れ」


 リオールは「はいはい。……日に日に俺の扱いが雑になっているような……」と不満を溢しながら帰っていった。


 私はパズルに向き直る。

 バカの来訪のせいで全然進んでいない。今日中には七割ほど完成させようと意気込んでいたが、この調子では無理っぽい。やる気も削がれたし、また今度にするか。

 散らばったピースを箱に回収し、台紙に乗った作りかけを崩さないよう慎重に運び、小棚の引き出しに直した。


 ふと先程のリオールの言葉を思い出し、物置部屋に向かう。

 部屋の中の一角にはいくつもの箱が積み重なっている。片付ける最中にも思ったが、カナリアの私物がここまであるとは驚きだ。知らず知らずのうちに色々と買い与えていたらしい。


「それも今ではただのゴミか……」


 取りに来る機会がないならここに置いていても意味がない。

 外に運んで焼却しよう。一番近くにあった箱を両手で抱えた。


 すると、しっかりと封をしていなかったようで、持った衝撃で両開きの蓋が開いた。

 その隙間から何度も繰り返し同じ文字が書かれた勉強用紙が覗く。


「…………やっぱり一人では面倒だ。リオールにやらせよう」


 私は持った箱を元の位置に置き、物置部屋を出た。

 そのままどっぷりとソファに座り、


「はぁ。退屈だな……」


 この頃、癖になってきた言葉を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る