第15話 友人
そんなこんなでやっと全員作り終えた三時すぎ。
調理室から元の部屋へと移動し(部屋には大きな丸テーブルが三台用意されていた)茶会が始まる。
疲れ過ぎて食欲がなかったので、再び作った自分の分は食欲旺盛なカナリアに譲った。
用意されたミルクティーにだけ口を付ける。今まで飲んだものよりか濃厚な味に感じた。材料が上質なのか、カルベーラの淹れ方が上手いのか。
ぼんやりと考えながらも周りを見ると、参加者たちは談笑し合っていた。今回の時間で打ち解けた者もいるのだろう。
すぐ隣の服屋はパンケーキを頬張る息子に向けて「アイトくん楽しかったね~」などとほざいている。バカはお気楽でいいな。
その時ちょうど目が合ってしまい、視線を逸らそうとしたが。
「……いきなりなんだ?」
服屋の怪訝な行動に眉を顰めた。
服屋はこちらに右手を差し出してきたのだ。
「今日は充実した一日だったわ。あなたには色々な事を教わったし、ありがとうの意味も込めて」
友情が芽生えた的なアレか。くだらん。無視しよう。
しかし次の瞬間、服屋は私の右腕を掴み、無理やり握手してきた。
すぐに振り払おうとしたが、直前で止めた。
服屋は笑みを浮かべていた。これまでの人を嘲るものではなく、純粋で友好的な笑み。
「…………」
私はゆっくりと手を離してそっぽを向く。
「ねえ、あなたはどこに住んでるの?」
「聞いてどうする?」
「いやほら、よければママ友としてこれからも仲良くし……」
「こちらはお前の顔なんて二度と見たくない」
散々ケンカを吹っかけておいて仲良くなどとよくもまぁ口に出来たものだ。
「ま、なんとなくそう言うと思ってたけど。カナリアちゃんに聞くからいいわよーだ」
「無駄だぞ。食事中のカナリアは食い物に集中しすぎて話なんて聞こえない」
孤児だった時の名残か、胃袋に詰めれる時に詰めとけと言わんばかりに大食いで早食いだ。
当然、服屋の呼び声に耳を貸さない。
「……むぅ。残念だなぁ。あなたの私生活とか興味あったんだけど」
「ストーカーか?」
「そういう変な意味じゃないわよ。ただなんでも出来るから少し気になっただけ」
「あの程度の事を一々褒めていたら自身の評価が下がるぞ。べつに私生活は普通だ。子供の頃に習い事をしていたから得意なだけ」
「へぇそうなの。やっぱ小さい頃に習ったほうが覚えもいいのね」
それから何の習い事をしていたのかを訊かれた。
返答してやる義理はなかったが、黙っていれば興味津々といったふうの服屋は余計にしつこさを増すと分かっていたので、仕方なしに答えてやった。
「凄いなぁ。あたしなんて勉強嫌いで友達と遊んでばっかりだったわよ」
会話の途中で服屋が放った、なんでもないような言葉。
どうしてか癪に障った。服屋にそのつもりはないだろうが、どこか貶されている気がした。
「どうかしたの?」
「べつに。ただやはりお前とは仲良くなれる気がしないと思っただけだ」
その後、服屋の言葉にテキトーに相槌を打ち、茶会の時間は過ぎていった。
最後にカルベーラが挨拶をして体験教室は終了を迎えた。美術の時間に描いた絵が額縁に収められて返却される。
参加者が帰りはじめ、私も椅子から腰を上げた。
部屋を出ていくときにカルベーラが礼を言ってきた。今日の私の功績をリオールに聞かせてやれとだけ言葉を返した。
家に帰り着くと、カナリアとともにシャワーを浴び、私はソファに横になった。カナリアは寝室に行ったので今日の日記でも付けるのだろう。
私は仰向けになり、両目を片腕で覆った。
リオールに聞かされた時はたった三時間の辛抱と思っていたが、実際はもっと長く感じられた一日だった。予想外の出来事があまりに多くて精神的に参った。
もう今日の残りはだらだらと過ごそう。
しかしそう決めたのも束の間。夕食をとって少し経った頃、カナリアが熱を出した。
多くの他人と接したことや、普段ではやらないような事をしたこともあり、疲労が蓄積されていたのだろう。
放っておくわけにもいかなく、かといって手厚く看病する気もなかったので、氷を入れた袋をタオルで巻き、額に乗せてやった。あとは自力で治せ。
私は電気を消して布団に潜った。が、つい数時間前に軽い睡眠を取ったのでなかなか寝付けなかった。寝よう寝ようと意識すればするほど目が冴えてくる。
眠気が募るまで久々に読書でもしようと思い、本棚に手を伸ばしたところで止めた。
よく考えてみれば絵本ばかりで自身の本は置いていなかった。毎日一冊を読み聞かせるので結構たまってきている。
小さな勉強机に絵本棚。この寝室もカナリアの物に浸食されたものだ。
ふと、和気藹々と体験教室に取り組む親子たちの姿が脳裏に浮かんだ。もちろん服屋とその息子の姿も。
あいつも息子に絵本を読み聞かせたりしているのだろうか。今日の語りかけていた様子では甘やかしていそうではあるが。
こほこほっと咳の声が聞こえて思考が途切れた。見ると、カナリアが赤みを帯びた顔で少し荒い息をついていた。
……安静にしていれば治るよな? 人間の体の脆さは承知しているが、まさかただの熱ごときで重症化しないよな。不安が過るが、私は医者ではないし、今から町に連れていくわけにもいかない。
冷えないように胸元まで毛布を被せてやる。
すると、カナリアは毛布から片手を出して私の手をぎゅっと握ってきた。先程まで苦しそうに歪んでいた表情が和らいでいく。
わざと離してみるとまた歪み、握るとまた和らいだ。
そんなに私と手を繋ぐことが気持ちいいのか。冷たくはないと思うが。
よく分からなかったがこれで治れば安いものだ。出来るだけリオールに借りを作りたくない。
「…………」
カナリアの身の心配をしている自分に気づき、なんだか釈然としない気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます