第11話 邂逅
翌日の正午過ぎ。
リオールの言うとおり開催場所はすぐに発見できた。
青い屋根に白を基調とした外観の二階屋。特徴的な丸い窓が並んでいる。
たしかここは様々なイベント事に使われる会場だったか。普段から混雑しているので中に入ったことはないが。
カナリアを引き連れて常時開放されている出入り口から中に入り、すぐそばに設置された受付カウンターに向かう。
待機していた受付嬢に部屋を訊ねた。
「親子で参加できる体験教室はどの部屋だ?」
「失礼ですが、お名前は?」
「エリシアとカナリアだ」
受付嬢はカウンターの上に乗っている書類の束に目を通したあと。
「はい。承っております。そちらの廊下を突き当たったところのお部屋です」
受付横から延びる廊下を進んでいくと、リオールの持ってきたパンフレットと同じものが貼りつけてある看板が立っていた。
ここだろう。躊躇せず両開きのドアを開けて中に入った。
思っていたよりも部屋の面積は小さく、前には教壇と白色のボードがあり、三列十二組のテーブル席が詰めるように用意されていた。
多いのか少ないのか分からん数だな。リオールはどれだけ貢献したのか。
室内にはすでに何人かの親子が来ていた。
首や腕などにつけた装飾品や良質な服装を見るかぎり、ほとんどの者が上流階級の家柄のようだ。親だけでなく子のほうも髪型をばっちり整えてスーツやドレスで着飾っているあたり、体裁を気にする貴族様らしいと思った。
もちろん私はそんな馬鹿げた対抗意識なぞ持ち合わせていないので、普段の格好だし、カナリアもいつものワンピース姿だ。
「――あら、もしかしてエリシアさんとカナリアちゃんかしら」
ドアのすぐ近くにいた若い女が声を掛けてきた。
一見しただけでリオールの言っていた講師だと分かった。
ウェーブロングの金髪に、その下の自信なさげな垂れ目。左目の下の泣きぼくろが頼りなさをより助長している。生真面目な講師というよりは、どこぞのお嬢様といった感じだ。まぁ実際にそうなのだろうが。
そして何よりも目を引くのが豊満な胸。ちょっとした仕草でも、たゆんたゆんと揺れ動く。衣服の形状が変わってしまいそうだ。なるほど。リオールが陥落するのも頷けなくもない。女の身としては肩凝り酷そうだなとしか感想は出てこないが。
「初めまして。私はカルベーラと申します。お二人の事はリオールさんからお聞きしています。今日はお忙しい中、私の我儘に付き合ってくださってありがとうございます」
淀みのない聞きやすい口調が教育者であることを雄弁に物語っていた。
「べつに礼はいらん。私は私の為にここにいるだけだ。余計な気遣いは無用だ」
「そう言って頂けると助かります。リオールさんの言っていたとおり、エリシアさんは教育熱心な方なのですね」
見当違いな感想に思わず「はぁ?」と声を張り上げそうになった。教育熱心?私が?
「……あいつが何と?」
「ええと、カナリアちゃんの為を思って自ら参加したいと熱く語っていたとお聞きましたよ。カナリアちゃんの成長が何よりの自分の幸福だと」
「……あいつめ、次会った時は覚えていろよ……」
私の呪詛は聞こえなかったらしく、カルベーラは膝を折り曲げると、カナリアに屈託のない笑顔を向けた。
「カナリアちゃん。今日は一緒にお勉強いっぱいしようね」
人見知りのカナリアは私の後ろに隠れて「うん」とだけ返事した。
カルベーラはにこやかに頷き、ふたたび私に向き直った。
「参加者が揃い次第始めたいと思いますので、空いている席でお待ちください」
そう言って頭を下げると、べつの参加者の元へと行ってしまった。一人一人に挨拶して回っているのか。主催者というものは大変そうだ。
バカが吹き込んだ虚言を訂正したかったが仕方ない。私はカナリアとともに人のいない窓際後方の席に座った。
周りを見ると他の親は他所の親と談笑しており、子は子同士で喋っている。さすがは貴族の子。教育がなされているのか暴れ回るガキは一人もいない。殺人衝動が駆り立てられなくて済む。
しかし憂鬱なことに変わりはない。これから数時間つまらんお遊戯に付き合わないといけないと思うと、この洋館を炎上させたくなる。
横を見ると、(子供のイスは高く設計されており目線の高さが近くなる)カナリアは忙しなく辺りに視線を向けていた。気になるのだろうか。
「お前も他の子と喋りたいのか?」
カナリアはぶんぶんと首を振る。朝に体験教室に行く旨を伝えたがあまり理解していない様子だったし、同い年の人間が多くて緊張しているだけか。
特にやることもないし、大人しく待つか。
あ~、家に帰って自堕落な生活を送りたい~。
こうも退屈だと眠くなる。昨夜はあまり眠れなかったし、今のうちに仮眠を取っておくか。
私がテーブルに顔を突っ伏そうとしたところで。
「――ん? あなた、もしかしてあの時のお客さん?」
隣に座ってきたやつが声を掛けてきた。
なんと間の悪い。目だけを動かして相手の顔を見るが、記憶になかった。人違いか。
「お前の事なんて知らん。誰かと間違えているのだろう」
「人違いじゃないわよ。何週間か前にこの子の服を買いに来たでしょ。ねー」
カナリアの頭を撫でながらそう言う。
普通であれば身を引くカナリアが落ち着き払っているということは、本当に初対面ではないらしい。私は記憶を呼び起こす。
「服……服…………ああ、あの時の服屋の店員か」
そうだ。こいつは執拗に服を勧めてきた性悪女。肩で切り揃えられた茶髪に、少々陰険に見えるツリ目。この場所では浮いてみえる上品さの欠片もないラフな格好。
えらく言葉遣いが違っている(私生活ではこんなものか)事と、どこにでもいそうな外見なのでなかなか思い出せなかった。カルベーラのように巨乳という特徴があるならまだしも、こいつには特筆すべき点が見当たらない。
「なんか失礼なこと考えてない……?」
「べつに。被害妄想はよくないぞ。ところでなぜお前がここにいる?」
「なぜって、この子と体験教室しに来たに決まってるじゃない」
服屋の足陰から親指を口に咥えた男児がひょこっと顔を覗かせる。陰に隠れて気づかなかった。こんなやつが人の親とは世も末だな。相手は本当に人なのだろうか。
なんにせよ、まさかこんな場所で遭うとは。この頃、自分の運勢に疑問を抱いてきた。
服屋は私の隣の席に腰を下ろした。
「いやぁでも、あなたがいてくれて助かったわ。いざ来てみたものの、周りと場違い感が半端なくて」
「おい。それは私がお前と同類と言っているのか。ふざけるな」
「だって子供の服を渋るような人が貴族様なわけないでしょ。あ、でも最終的には店一番の高級服を買ってくれたんだっけ。あの時はあたしの業績に貢献してくれてありがとうございましたぁ」
作り笑顔が非常に腹立つ。脳裏に過去の屈辱が蘇り、記憶ごと全てを灰にしたくなった。
だがぐっと堪える。こんな低俗の輩の言葉にいちいち反応すれば自身の品位が下がるだけ。
服屋は「あ、着てくれてるんだ。すっごくかわいいよ~」とカナリアの頭を撫でくり撫でくり。カナリアも無表情ながら「ありがと」とお礼を言っているあたり、まんざらではない様子。
またしても自身の株を上げるために無垢な者を懐柔する気か。育ちの悪いこの女に影響されて我儘になってもらっては困る。直ちに引き離さなくては。
私がカナリアと場所を交代すると、服屋は目を細めた。
「何よ?」
「なに、お前の醜悪さがカナリアに移っては困るのでな」
服屋の頬が引き攣る。
「ええっと……あたしは本心で言ってるんだけど?」
「どうだかな。少なくとも店員の時のお前は獲物を見つけた詐欺師の顔だったぞ」
「あ、あの時は仕事だし…………そう言うあなたは何も変わらないのね」
「当然だ。偽るという行為は自分に自信がない証拠だ。他人の顔色を窺ってへこへこと頭を垂れる社会的弱者のお前たちと違って、私は自身の決めた道をただひたすらに歩む強者なのだ」
「へぇ、そのわりには子供の服一つであれこれと注文してきたわね。ああ、仲間がいないから金銭面で不安なんですね。あたしカナリアちゃんに貧乏性がつかないか心配ですぅ」
「あ? 誰が貧乏だと?」
イラッときた。こいつはどれだけ私を逆撫ですれば気が済むのか。
こいつにだけ見えるように魔法を使って脅してやろうか、と考えたところで、カルベーラが教壇に立つのが見えた。立ち話していた者たちがそれぞれ席につく。
カルベーラは全員が座ったのを確認すると、恭しく一礼した。
「今日はお越し下さってありがとうございます。参加者が全員お揃いになったようですので、今から体験教室を行いたいと思います」
ようやく始まるようだ。仕方ないが、服屋を平伏させるのは諦めよう。たかが人間の戯言に付き合うだけ時間の無駄だ。
私は服屋から顔を逸らした。
左隣をちらっと見ると、カナリアが眠たそうに欠伸をついていた。
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