第27話 再会
レイチェルの別荘とやらは町の端っこにあるそうで、確かに距離があった。
表通りを避け、裏道をリオールとともに老人のような足取りで歩く。それでも幾人かの人間とすれ違い、じろじろとした視線を向けられたが構わなかった。
足が言う事を利かず、心ばかりが急く。
今すぐカナリアに会いたかった。あいつに言わないといけないことがある。
日記帳を握る手に力が入る。頭の中では日記に書かれた一つ一つの言葉が巡っていた。
私は間違っていた。あいつの気持ちを踏みにじるところだった。散々同じ目に遭ってきたくせに、いつの間にか自分がそちら側になってしまっていたとは、とんだお笑い草だ。
この選択が正しいのかどうか分からない。私にとってもカナリアにとっても。
だけどもう後悔をするのは嫌だった。
息をついて速る鼓動を静め、必死に足を動かした。
やがてリオールが声を出す。
「ここだよ」
顔を上げると、眼前には私の背丈よりも高い門があり、その向こうに壮麗な白い外観をした家屋が建っていた。家のまえは庭になっており、綺麗に整えられた緑の芝生が広がっている。
家の周囲は柵で覆われており、門からでないと中には入れない。
門の近くに一人の守衛が立っており、私たちに気づいて近づいてきた。
「こちらはアルフェード様の邸宅です。どのようなご用件でしょうか?」
「面会だ」
「そのような話は伺っておりませんが……どちら様でしょう?」
怪しむような目つきで私とリオールを交互に見てくる。
ここで悠長に問答をしている暇はない。リオールの肩から腕を離し、私は不安定な足取りで門に近づいていった。
「何を……」と守衛が言い終わるまえに、わずかな魔力の残量を絞り出して手の中に炎を生み、門の中心部分に触れて放つ。爆音が轟き、硝煙が辺りに広がった。
黒く焼け焦げた門は誰の手が触れずとも、キキィと鈍い音を出して勝手に開く。
私が前に進もうとすると、先回りした守衛が腰から引き抜いた短銃を構えて「止まれ!」と銃口を向けてくる。
かなり焦った様子で武器を持つ手が震えていた。今の魔法で私が町を騒がせている魔法使いであることに気づいたようだ。
未知の相手に臆することなく、自身の仕事を全うする姿勢は評価に値するが、こちらとしては厄介なだけだ。本来の力があれば銃など軽く捻り潰せるのだが、今の私は非力な存在。簡単にはいかない。
まぁ、頼もしい頼もしい変態兄貴が黙っているわけないが。
果たして、後ろから走ってきたリオールが守衛に突っ込んでいった。そのまま地面に押し倒し、覆いかぶさって相手の身動きを封じる。
顔だけを私に向けて言う。
「エリシア、ここは俺に任せて。君は早くカナリアちゃんの元へ!」
「礼は言わんぞ」
ジタバタと暴れる守衛を取り押さえ込むリオールを尻目に、別荘へと足を進めた。
大した距離でもないのに、やけに長く感じた。一歩一歩が重い。横腹の傷口が開いて包帯に血が滲んだ。
普通よりも半分の歩幅で足を引きずらせるように歩き、やっと玄関のドアまでたどり着く。魔法で鍵を破壊し、中へと入った。
豪奢な建物に見劣りしない馬鹿でかい玄関ホールに行くと。
「エリシアさま……?」
ちょうどホール右手の部屋から姿を現したカナリアと会った。
上品な赤のドレスを着ている。その様はまさにご令嬢という雰囲気だった。
「……久しぶりだな。カナリア」
カナリアの姿を見た途端、それまで駆り立てられていた焦燥が、ほっとした安堵感に取って代わる。姿を目にしただけで、こんなにも心が安らぐとは。自分で考えている以上に私の中でカナリアは大きな存在となっていたらしい。
「エリシアさま、けが……」
私の包帯姿をみて心配したのか、それまで呆然としていたカナリアは駆け寄る素振りを見せたが、三歩前に出たところで立ち止まった。顔を俯かせてしまう。
こちらから歩み寄った。
「怪我の事なら心配するな。それよりもほら、忘れものだ」
そう言って日記帳を渡すと、カナリアは素直に受け取り、ぎゅっと胸に抱いた。
しかし顔は上げない。あんな別れ方をしたんだ。色々と思う事もあるのだろう。お互いに。
「その……元気だったか?」
「うん」
「ちゃんとご飯は食べれてるか?」
「うん」
「ちゃんと夜は眠れてるか?」
「うん」
違う。カナリアの近況を聞きに来たわけじゃない。他に言う事があって来たんだろ。
後悔したくないなら逃げるな。しっかりと向き合え。
私は「……えーとその、なんだ……」と言い淀む。アーシャには大口を叩いていたくせに、いざ自分の番となると思うように言葉が出てこない。
しかし声に出さなければ伝わらない。私は深い息をついて決心を固める。
「あの時はお前の気持ちに気づかず、酷い事を言ってしまって悪かった――――」
――ごめんなさい。
尻すぼみになっていく語気。ここ数十年、口にした事がなかった言葉。次第に顔が熱を帯びていく。堪らずにそっぽを向いた。
ちらっと横目で見ると、カナリアは顔を上げていた。いつものように濁りのない瞳で見上げてくる。
表情だけではどう思っているのか窺い知ることはできなかった。
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