第19話 商談
それからは変わらない日々が続き、三日後の事だった。
早朝、カナリアが起きてくるまでソファでだらだらと過ごしていると、玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。
どうせリオールだろうと思って無視したが、ノックが鳴り止む気配はなかった。
いつもなら勝手に入ってくるのに……喧しいにもほどがある。
苛立ちながら玄関へと向かい、ドアを開ける。
「お前は人の時間も考えろ。こっちは起きたてで頭が…………誰だ、そいつ?」
案の定、訪問者はリオールだったが、今日は一人ではなく背後に見知らぬ男を連れていた。
リオールは上機嫌な顔で片手を上げた。
「やあエリシア。約束どおり商談相手を見つけてきたよ」
商談相手とあれば家にあげないわけにはいかない。
連れてくるなら連れてくるで事前に伝えておけとリオールを睨めつけたあとテーブルに促し、私と男は対面で座った。リオールは慣れた手つきで飲み物を用意している。なぜカップや飲み物の場所を把握しているんだ変態め。
三人分の飲み物をテーブルに運び終えたリオールは男の隣に座り、「さて。簡単にお互いの事を紹介しておこう」と言って男を手のひらで示す。
「エリシア。こちらの方はレイチェル・アルフェードさん。帝都でも名高い貿易商の偉い人だよ」
「初めまして。今日はこんな朝早くにお邪魔して申し訳ない」
男は恭しく頭を下げた。
額を出した金色の短髪に、常人であれば委縮してしまいそうな覇気のある碧眼。上品に整えられた、髪と同じ色の口髭。外見的に三十代後半と言ったところ。どこかで見たような顔の気もしたが、他人の空似だろうか。
これから商談に入るというのに険しい表情だ。緊張、もしくはわざと相手を威圧して自身の有利に持ちこむというよりかは、一瞬たりとも変動がないので元々標準の顔が固いのだろう。
幼女の人身売買の申し出に乗るぐらいだから、どんな気持ち悪いやつが来るかと思えば意外にまともそうだ。まぁ表層を取り繕っているだけで中身までは分からんが。
「レイチェルさん。彼女は俺の……」
「エリシアだ。他に名乗るようなことはない」
バカがへんな事を吹き込むまえに自分から名乗った。
なんにせよ、無駄な話に興じるつもりはない。まだ朝食も食べていないのだ。どういう結果になろうと手短に終わらせる。
私はリオールの用意したコーヒーを一口。苦い。砂糖を入れろ役立たず。
「で。いくら出せる? 先に言っておくが、お前らお得意の駆け引きとやらに付き合うつもりはない。返答によっては即座に帰ってもらう事になるから、よく考え、今出せる自身の最大限の値を答えろ」
そう言い、考える暇を与えるために、私はキッチンに砂糖を取りに行く。
しかし男――レイチェルは熟考する間もなく、
「エリシアさんのご希望の金額で構いません」
砂糖入りの瓶を棚から取ろうとしたところで手を止めた。
「私の希望の額でいいだと?」
「はい。お好きな額をお申し下さい」
「……では――――」
以前リオールが話していた一般的な値よりも遥かに超える法外な値段を吹っかけてみた。
だがレイチェルは泰然とした態度を崩さないどころか、「それで宜しいですか?」と聞き返してくる程の余裕を見せた。
なるほど。金なぞ飽きるほどに持っているというわけか。さすが人生の成功者様の言う事は違うな。
そう思う一方で、たかが幼子一人にここまで譲歩することに違和感を抱いた。
確かにカナリアは容姿も良いし地頭も悪くないが、探せば似たような者はいくらでも見つけられるだろう。多額の金を払ってまで固執する理由が分からなかった。
コーヒーに砂糖を入れるのは中断し、椅子に座り直す。
「まぁ金はそれでいい。次はお前自身の事についていくつか質問させてもらおう」
「エリシア、あまり関係のない事は……」
「カナリアの所有権は私にある。なら私の命令に従うのが筋だろう」
「私は構いませんよ。エリシアさんのお気が済むまで何でもお答えしましょう」
レイチェルは至って冷静だ。
なぜだかその態度にムッとなった。
「……では嘘偽りなく答えろ。住居はどこにある?」
「帝都に屋敷を所有しています。アクラムをはじめ他の国や町にもそれぞれ一軒ずつ」
「その帝都の屋敷では一人で暮らしているのか?」
「私と使用人が複数名です」
「未婚か?」
「いえ既婚ですが、妻は病で早くに亡くなってしまいました」
「後に婚姻する予定は?」
「今のところはありません」
「カナリアは女の子だ。勝手の分からん異性のお前に育てられると思っているのか?」
「その点はご心配なく。女性の使用人も雇っていますので何かあれば任せる事も可能です」
「カナリアは人見知りだ。お前は単純に考えているようだが……」
「ちょ、ちょっとエリシア、質問攻めはよくないよ」
声のトーンを落として注意してきたリオールの言葉にハッと気づく。
なぜ私はこんなにも熱くなっているんだ?
「いくらカナリアちゃんに情が移ったからって、そこまで心配しなくても」
「……うるさい。ただ自分の育て上げたものを雑に扱われるのが嫌なだけだ」
「レイチェルさんなら大丈夫だよ。だって彼は――」
何気なく続いた言葉に、私は思考を停止させることになった。
「――カナリアちゃんの実の父親だから」
リオールの言葉に、レイチェルは目を伏せていた。
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