第17話 祭り
残りのロールケーキを堪能した(見た目が残念なものになってしまったので目を瞑って味だけに集中した)あと、スイートアレスを出た。
屋台の手伝いは午後一時過ぎから。昼食を食べてからゆっくり来な、と店主からは言われている。どのくらいの量を販売するかは聞いていないが、完売するまでやるつもりらしいから二、三時間ほどは掛かると思っていたほうがいいだろう。私の注文したロールケーキは手伝いが終わったあと、再びスイートアレスに寄って受け取ることになっている。
家に戻ってもまた来ないといけなくなるため、必然的に街中を彷徨くことになった。
たった数時間のうちに骨組みだった屋台は完成し、大通りの両脇に隙間なく、ずらっと並んでいる。上空を見上げると、大通りを挟んだ家と家の窓からロープが架け渡され、そこに色鮮やかな旗や布が下げられており、祭りに相応しい華やかな雰囲気を演出していた。
大通りを埋め尽くすのは人の群れ。朝はあんなにも空いていたのに、こいつら一体どこから湧いて出てくるのか。うんざりする。
スイートアレスで待つという手もあったが、何かと準備が忙しそうだったし、あの店主の事だから手伝わされる羽目になりかねない。タダ働きは性に合わん。
背の低いカナリアは人混みに巻き込まれながら、やっと私の後をついてきていた。
また迷子になられても困るので私のスカートを掴むように指示した。歩きにくいが、一々ついてきているか確認する手間よりはマシだ。
時間潰しに色々と見てまわる。
屋台では食べ物はもちろん、変わった意匠の調度品や腕輪にネックレス、腕時計、ぬいぐるみなど多岐に渡って販売されていた。的当てなどの遊戯を行っているところもある。
空き地では着ぐるみの格好をした音楽隊が歌と楽器の演奏を披露しており、往来する人の足を止めていた。どこもかしこも賑わいを見せている。
中でも一際喧しい声がすぐ近くから聞こえてきた。
見ると、子供が玩具を片手にぐずっていた。母親が宥めているが、子供が商品を手放す様子はなく、欲しい欲しいと泣きわめくばかり。
ご苦労な事だが、自業自得だ。普段から甘やかすからそうなるのだ。カナリアを見習え。
そんなカナリアはキャンディーを売っている屋台をぼーっと眺めていた。
そういえば、と思う。
私が与えるばかりで一度もカナリア自身が選んだ物はない。
一体どういったものに興味があるのか。気になった私はカナリアの頭を突いたあと言った。
「今日は特別だ。ひとつだけ欲しい物を買ってやる」
「ほしいもの、ない」
「今まで見てきて一つもないのか?」
「……うん」とカナリアは頷く。
孤児での生活が物欲を無くさせてしまったのか、私に気を遣っているのか。返答に遅れがあったのでおそらく後者だろう。まったく可愛げがない。
これではカナリアの嗜好を探れないので、嘘をつくことにした。
「それは困ったな。ロールケーキのために持ってきたお金が重いんだ。お前が何かを買ってくれれば少なくなって助かったんだけどなー」
カナリアは選択肢を誤ったというように戸惑いを見せ、やがて「ほしいもの、ある」と真逆の事を言った。見事な掌返しだな。
「だったら最初からそう言え。へんに私を気遣うな」
「ごめなさい……」
「それで。お前の欲しいものはどこにあるんだ?」
「こっち」
スカートを引かれるままに向かうと、そこは玩具を取り扱っている屋台だった。
トランプやチェスといった誰でも知っているものから、知恵の輪や着せ替え人形、一見しただけでは用途の分からないガラクタ紛いのものまで売っている。やはり子供はこういうものに惹かれるらしい。
カナリアは欲しい物が複数あるようで、どれにするべきか迷っている様子だった。
できれば一人で遊べる物にしてほしいが、ここで口出ししては意味がない。時間は余りに余っているのだ。急かす必要はない。
「悔いのないようにゆっくりと選べ」
カナリアは「ありがと」と言って商品に視線を戻した。
カナリアが選び終わるまで行き交う人間たちをなんとなしに眺めていたとき、視界の端にとても気になるものを発見した。正確に言えば気になる〝者〟だが。
ずんずんとした足取りで向かい、チラシを配っていたそいつに声を掛ける。
「私にも一枚くれ」
「はいよ! ぜひぜひお困りの際はなんでも屋に依頼し……」
ようやく私だと気づき、バカは固まった。
「え、エリシア……なんでここに……」
「聞きたいのはこっちなんだがな。……お前こんなところで何をしている?」
静かな怒りをはらんだ声音でそう問うが、リオールはだんまり。
「記憶では私の依頼を最優先させると約束しなかったか? あぁ?」
「だ、だってせっかく依頼所を宣伝する機会なのに、じっとしてるのは勿体なくて……まさか君が祭りに来るとは思ってなかったし」
「おい、聞こえてるぞ」
私にあれだけの苦労をさせておいて、自分は自分の都合で約束を反故にするとは、許せない。
「たしかお前の依頼所はこの通りを進んだ先を西に折れたところにあったよな」
燃やそう。今すぐ燃やそう。
背を向けて歩きはじめると、リオールが腕に絡みついて止めてきた。
「待ってくれ! 頼むから早まらないでぇ!」
「元はといえばお前が悪いんだろ! 離せこのぉ……!」
頭を向こう側に押しやって引き離そうとするが、バカは胴体にまでしがみついてきて離れない。
同時に「わるがっだおぅ……わるがっだおぅ……!」と涙まじりの奇声を発しているので、通行人たちが何事かと足を止めて見てくる。駄々をこねていた先程のガキよりもよっぽど酷い有様だ。
「エリシアさまっ、エリシアさまっ」
その声に振り返ってみると、私がいないことに気づいたカナリアがあからさまに狼狽え、ぐるぐる周りを見回しながら必死に叫んでいた。
「どいつもこいつも――」
――私に迷惑をかけるなぁぁ! 心の中でそう叫んだ。
中央広場に行くと、移動遊園地が開かれていた。
メリーゴーランドやゴンドラ、滑り台など子供用のアトラクションが充実しており、いつもはゆったりとした静かな広場の印象ががらりと変わっていた。
遊具から少し離れたベンチに座り、一人で不安そうにゴンドラの列で待機しているカナリアを監視する。子供だらけだし待つのは苦手だ。カナリアには一人でいることに慣れてもらわないと。
あのあと。
リオールは喚くわカナリアは叫ぶわで埒が明かなかったので、依頼所炎上は見送ってやった。代わりに有り金すべてを奪い取った。チラシを灰にし、強制的に宣伝を止めさせた上でだ。
あと、スイートアレスの手伝いに来いと命令してある。あいつはやたらと顔が広いため店主とも顔見知りだから問題ないだろう。当然タダ働きだ。こき使ってやる。
ちなみに玩具の屋台でカナリアが選んだものはジグソーパズルだった。案の定、絵柄は猫。おそらくどういったものか理解していないだろうが、それが決定打となったようだ。
パズルなら一人でも出来るし、頭を使うので悪い買い物ではない。
そこで、自然とカナリアの為を思っている自分に気づいた。
いつの間にか、すっかりカナリアの教育係となってしまったものだ。正直、カナリアに新しい知恵がつくのは気分が良い。まぁ我が子の成長を喜ぶというよりかは、ペットを調教する事に似た感覚だが。
リオールもやっと反省したようだし、本格的に商談相手探し(一週間以内に進展がない場合は……と脅しを掛けた)に乗り出すだろう。
そうなれば一人の時の穏やかな日常に戻っていく。誰にも邪魔されない一人きりの……。
「…………」
カナリアが列から抜け出し、こちらに戻ってきた。どうやら孤独に打ち負けたらしい。
「あれには乗らなくていいのか?」
「……いい」
カナリアはそう言いながらも、ちらちらとゴンドラを向く。内心かなり乗りたそうである。
「本当にいいのか? 移動遊園地なんて早々来ないから、今乗らなければ次は何年後になるか分からんぞ」
わざと好奇心を刺激する。
まだスイートアレスの手伝いには時間がある。ここに来るまでにリオールの金で色々と飲み食いしたし、昼食を取らないとなると他に寄るところがない。カナリアには勝手に遊んでもらって、もう少しゆっくりと過ごしたい。
カナリアは私とゴンドラを交互に見て逡巡していたが、やがて拳を握り。
「もっかいいってくる」
私の読みどおり再びチャレンジしに行った。
カナリアが最後尾に並び直したところで、さて休憩再開だと思っていた矢先、隣に白髪頭の老婆が座ってきた。
せっかくベンチを独占していたのに、居心地が悪くなるではないか。
あろうことか老婆は話しかけてきた。
「あの綺麗な金色の髪の子は娘さんですか?」
「まぁな」
本当のところは違うが、突っ込まれても面倒なので嘘をついておく。
「お可愛いですねぇ。今日は祭りを見にいらしたんですか?」
「街中にべつの用事があってな。せっかくだから寄っていこうとなったんだ」
「そうですか。娘さん元気がお有りで微笑ましいですね」
「そうでもない。手が掛かるばかりだ」
「でもそれがまた愛おしく感じるのでしょう?」
「それは……」
私と老婆では時間の流れが異なっているのか、話し方がゆっくり過ぎて受け答えに疲れる。
最初に返事をしてしまった以上今さら無視はできないし、むやみにこの場から離れればカナリアがまた喚きだすとも限らない。
結局逃れられないまま、世間話やどうでもいい老婆の過去を聞く羽目になった。
時間にすれば十五分も経っていなかっただろうが、やはり老婆の口調は鈍く、まるで鈍重の魔法を掛けられたように私の体内時計は狂ってしまった。
ひどく窮屈な思いをしていたとき、カナリアが戻ってきた。
二度目のチャレンジは成功したようで「ひとりでのれたっ」とバンザイする。
老婆は「えらいねぇ」と頭を撫でようとしたが、カナリアはササッと私の陰に隠れた。
「悪いな。こいつは人見知りなんだ」
「あらあら、ごめんなさいねぇ」
老婆は気を悪くした様子もなく微笑み、「邪魔しちゃあ悪いわね」と独り言を呟くと、ベンチから腰を上げた。
「年寄りの話に付き合ってくれてありがとうございました。お母さんと一緒に楽しんでね」
前半は私に、後半はカナリアにそう言った。足元の地面に下ろしていた荷袋をよいしょと手に持って、のろのろと歩き出す。
来たときは気づかなかったが、腰を曲げながら両手で持っているところを見た感じ、随分と重そうだ。大方、久々の祭りに高揚し、つい買い過ぎたのだろう。自身の体力を考慮する頭もなくなるとは。やはり年は取りたくないな。
カナリアが私の膝をぺしぺしと叩いてきた。
振り向いて「なんだ?」と聞くと、カナリアは老婆の荷物を指差した。
「おもそう」
「ああ、そうだな」
テキトーに返した私の返事をどう受け取ったのか、カナリアは「カナリアがもつ」と言って老婆に歩み寄っていった。
自業自得なのだから放っておけばいいものを。
そう思う一方で、人見知りながら他人を思いやれるカナリアに、驚きや喜びを感じる私がどこかにいた。
老婆の家がちょうどスイートアレスの屋台の方向と同じで助かった。もし反対方向や町の隅と言われれば億劫すぎてカナリアを担いで逃げただろう。
自分が持つと意気込んだわりに、カナリアは十分も経たないうちにへばった。体力はあっても筋力があるわけではないから当然だ。結局は途中から私が持つ羽目になった。
やっと玄関先まで見送ったところで、老婆はお礼がしたいと言ってきた。
中に入ってケーキでも食べないかと誘ってきたが、屋台の手伝いを理由に断った。またあの遅くて長い話に付き合わされては辛い。
ではと、老婆がカナリアに何か欲しいものはないか訊ねたが、すでに私が買ってやったこともありカナリアは首を振った。
釈然としない様子の老婆が帰らせてくれる気配ではなかったので、代わりに私が答えた。
「絵本があれば欲しい」
毎日一冊も読めば絵本代も高くつく。孫でもいれば持っているだろう。無ければ無いでその事を盾にして帰ればいい。
老婆は一旦家の中に入り、やがて一冊の絵本を持って戻ってきた。
受け取り、なんとなしに表紙をみる。
タイトル『ラルクの愛した世界』。風そよぐ草原の中、後ろ姿の少年が風を体全体で感じるように両腕を広げていた。
最後に聞き飽きた感謝の言葉を受けて、私達は老婆の家をあとにした。
そのまま手伝いに向かう。早めに着くことになりそうだ。まったく、カナリアの余計な善意のせいで一仕事した気分だ。
自分に不可能な範囲は助けるなと釘を刺しておこうと思ったが、止めた。ここで落ち込まれて手伝いに支障を来されても困る。
だからといって褒めるのも癪だったので特に何も言わなかった。
指定の場所に行くと、店主の婆さんはきびきびと開店の準備に取り掛かっていた。
すでにリオールの姿もあり、折りたたみ式の長テーブルにせっせと商品を並べていた。こういうことは律儀に守るのだから、なんかムカつく。
カナリアとともにスイートアレスのエプロンをつけて準備万端。
店主が張りきった声で言った。
「家で旦那が商品を製作中だから出来たものからリオールさんに運んでもらって、あたしが台に並べるから、二人にはお客さんの相手をしてもらおうかな。年に一度のチャンスだからね、じゃんじゃん売りまくるよ」
欲深いことだ。残念ながら私には関係のない事なので、ぞんざいにやらせてもらおう。
客足はそれなりに良かった。他の店のように呼びかけをせずとも自然に客が舞い込む。
純粋にスイートアレスの味のレベルが高いこともそうだが、どうやら多くの客がカナリアの一生懸命さに魅了されているようだった。
中にはテキトーに商品を選んでカナリアの事をじーっと見つめている男もいた。幼女好きというやつか。キモいキモい。会計の時に侮蔑を含んだ眼差しを送ってやった。
その後は次々に来る客に事務的な態度で応対した。店主が「笑顔だよ笑顔」と背後から小声で忠告してきたが、この私が低能な輩のために愛想笑いなんてできるわけがない。無視した。
ロールケーキの為ロールケーキの為ロールケーキの為、と心の中で唱え、完売になるまでの三時間をなんとか乗り切った。
へとへとになった足でスイートアレスに寄り、念願のロールケーキ(しかもタダ)を手にしてさっさと家路についた。
店主とリオール(それにジジイも加わるのだろうか)は売上目標達成を祝して飲み明かすらしい。まったく元気な奴らだ。
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