第9話 体温

 私は抑揚のない声で淡々と読んでいく。


「――むかしを思い出した女の子は家の庭に出て……ん?」


 気がつけば膝に乗せたカナリアの首が少し前に傾いている。

 横から覗くと、カナリアは目を閉じてすやすやと眠っていた。


 人がせっかく読んでやっているというのに。どうやらカナリアには難しい話だったようだ。

 しかたない。初めての朗読会は終了か。


 絵本を閉じようとして手を止めた。


 ふと、主人公の少女がどういう結末を辿ったのか気になった。

 私と境遇の似通った少女は幸せになれたのだろうか。それともこれからも不運な人生を歩むのだろうか。まぁ絵本なのだからきっと前者だろうが。


 しかし最後のページを捲って確かめる気にはなれなかった。

 ひととき考え事を巡らせてから絵本を閉じてベッドの端に置き、カナリアに声を掛ける。


「おい、寝るなら自分の部屋で…………まぁいいか、めんどくさい」


 下手に起こして目が冴えられても困るし。

 カナリアをそっとベッドに寝かせ、自分もその横に寝る。


 ひどく疲れていた。体も、心も。


 すぐ目の前には寝息を立てて眠るカナリアの姿。

 私は少し考えたのち、ゆっくりとカナリアの体を自分のほうに引き寄せてそのまま胸に抱いた。温かい体温が胸から全身に伝わり広がっていくような気がした。

 べつに過去を思い出して寂しくなったとか悲しくなったわけじゃない。今日は少し肌寒いし、抱き枕にちょうどいいと思っただけだ。他意はない。


「…………」


 私は目を閉じる。カナリアの体温だけに意識を傾けた。


 思いのほか抱き心地がよく、幸いにも悪夢は見なかった。

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