20.異界の国Ⅲ

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【中央大陸/ウォーティア王国/王城/大広間/12月10日(接触12日目)】


 老宰相プレジールによる歴史の説明が終わった後、続いて、王国の文化や産業などについてそれぞれの担当者から説明を受ける。日本側はすべての説明を黒沢一人で行ったが、王国側はそれぞれの担当者が行うようだ。


 プレジールと入れ替わるように祭祀局のトップ、アルノルト・バルテン祭祀卿が立ち上がった。バルテンは金髪お河童頭の細身長身の男で、王国内の様々な宗教を統括する。


 プレジールから差し出されたマイクを、しかし、バルテンはやんわりと断った。


 驚かされてばかりもいられない。日本がカガクの力を見せつけるなら、こちらは魔法の力を見せつけなければ……。バルテンの考えも理解できる。


 バルテンが短く詠唱の言葉を発すると、魔操石の埋め込まれた腕輪が青白く発光した。バルテンの声が増幅され、広間内に伝搬する。


『では、文化・宗教に関しましては私が説明させていただきます。資料の三枚目をご覧ください』


 バルテンに促され、出席者らは三枚目の資料を取り出した。王国側の準備した資料は羊皮紙を用いているため、日本側の資料に比べて少しかさばる。


 全員が資料を準備したのを確認し、文化に関する説明が始まった。そこでは、伝統的な服飾である〝ハル〟(地球でいうチョハのような形状)の紹介や、古来からの風習が紹介される。


 文化はそこそこに、続いて、宗教の説明に移った。バルテンは宗教こそ専門分野だ。


 曰く、ウォーティア王国で信仰されている宗教は主に二つ。〝四神教〟と〝六神教〟だとバルテンは言った。


 四神教は今からおよそ1600~2000年前に誕生したとされる世界最古の宗教で、当時はまだ四神教と言う名前すら無かったと言われている。


 四神教はその名が示す通り、四柱の神―――火の神、水の神、土の神、風の神―――を信奉する宗教だ。


 この宗教はとても歴史が古く統一的な経典が存在していない。よって、地域・宗派によって様々な教えがなされており、唯一、四柱の神々を祀るということのみが共通している。


 旧イース帝国時代に一度、統一的な経典が編纂されかけたが、帝国の崩壊によって頓挫した歴史がある。ちなみに、北東諸国では広く信仰されている宗教で、この地の王侯貴族の大半はこの四神教徒だと言われている。


 そしてこの〝四神教〟から派生したのが〝六神教〟と呼ばれる宗教である。


 六神教は、今から約600年前……聖歴400年頃。時の東イース皇帝の実弟、エゴン・カイテルが帝国領のルビーと言う町で開いたとされる。新しい宗教故に、統一的な経典と組織が整えられている。


 宗教の力をもって国を纏めようと考えた皇帝は、積極的に〝六神教〟を保護し、熱心な布教活動に取り組んだ。


 結果的に、東イース帝国の崩壊を食い止めることはできなかったものの、国の保護を受けた六神教は瞬く間に広がった。


 現在、ウォーティア王国の王侯貴族の7割、平民の6割は四神教徒で、残りが六神教徒だと言われている。ちなみに、王家は代々、四神教徒である。


 この二つの宗教の共通点は、どちらも複数の神々を信奉する多神教だという点だ。


『故に、我が国は多神教を否定する聖教を断じて認めておりません』


 バルテンはそう力説する。ここからは聖教批判が続いた。


 曰く、「聖教は政治に介入する」だとか、「獣人を人と見做さない野蛮性がある」だとか。


 もっとも、バルテン自身は獣人に差別的な感情を抱いているので、最後の論説はただ聖教を批判したいだけであったのだが。


 バルテンは力説する。


『もし聖教を受け入れましたら最後、国権は教会に蹂躙されることになりましょう』


 バルテンはそこでハッとして、周囲を見回した。王国の文化・宗教を紹介するはずが、いつの間にか聖教批判になってしまっていることに、ようやく気が付いたのだ。


 日本側の出席者は興味深そうに頷いているが、王国側の出席者は「また始まったよ」とばかりに苦笑している。


 バルテンはわざとらしく咳払いをして、席に着く。


「……失礼。以上で終わります」


 バルテンと入れ替わりで、説明に立つのはゴードン・ブラウス財務卿。税の徴収から予算の立案に至るまで、様々な業務を統括する。


 ブラウス財務卿は背の低い小太り体型の中年男で、金髪という点を除けば藤原内閣の牧田国交大臣に似ている。


 王国には経済産業省に相当する部署は無く、徴税を管轄する財務局が兼任している状態だ。


『では、私の方から、農業と商工業について、説明いたします。はい』


 そう言ってブラウスは資料を捲った。そこにはウォーティア王国の産業が纏められている。


 ウォーティア王国の主要な産業は何と言っても〝農業〟だ。


 王国では、既に、三圃制が広く普及している。三圃制とは、農地を冬穀・夏穀・休耕地に区分し、ローテーションを組んで耕作する農法だ。三圃制の利点は、生産性の高さと連作障害の防止に資するという点にある。


 この世界での三圃制の歴史は比較的古いが、それは魔物の存在によるところが大きい。


 大人数で共同して行う三圃制の導入には村落の集村化が欠かせないのだが、この世界では魔物から身を守るために元々、集落は集村の形態が多かった。特に魔物が多い西方諸国では、人里の近くにも頻繁に出没するのだから集村であることも頷ける。


 一方、王都へ向かう道中、魔物に遭わなかったことからも分かるように、北東諸国は比較的魔物の数が少ない。故に、三圃制と集村化の歩みは西方諸国の方が早かった。三圃制は西方から伝わった農法だ。


 ブラウスの説明は続く。続いて、主要な農産品に話が移る。


『我が国の主要な、農産品は、小麦です。はい』


 王国の小麦の年間生産量はおおよそ28万t。内、27万tは国内で消費されており、余剰分は約1万tになる。


 農林水産省から参加している江藤えとう 文香ふみかは、ブラウスの説明を注意深く聞いていた。江藤は手元のタブレット端末から電卓を素早く開き、簡単な数字を打ち込む。


 日本国民の一日の摂取カロリーは成人男性約2500㎉、成人女性が約2000㎉。平均約2200㎉。カロリーベース国内自給率は4割なので、輸入に頼っていた6割分で1320㎉


「小麦のカロリーは……っと」


 ざっくりと計算したところ……。


「げっ……6万人分にしかならないわ。こりゃ、期待薄ね」


 流石に1万tじゃ無理があるか。と、江藤はタブレット端末を脇へ追いやる。


 列島転移災害時、米に関しては政府備蓄米と民間備蓄米の合わせて約250万tの備蓄があった。


 摂取カロリーだけで見れば、輸入に頼っていたカロリー分を一年間は補える計算になる。


 したがって、現在のところ消費カロリー的には緊迫した状況には無かった。しかし、食料品の価格は上昇を続けており、国民のエンゲル係数もそれに伴って大きくなっている。


 次年度以降は深刻な食糧難が襲うだろう。と有識者は主張する。故に、農林水産省としては、即効性のある解決策を見つけなければならないことに変わりは無かった。


 ちなみに、食糧難を乗り越えるべく、本土では九州・沖縄においてじゃがいもの植え付けが急遽始まっている。もっとも、現代農業に欠かせないリンの備蓄が底を尽きそうなので笑えない。


 幸い、東岸地域にはリン鉱石が発見されているので、リン不足の問題は早い段階で解決できそうだ。


 また、東岸地域の開拓を進めて広大な農地を確保できれば食糧問題は一気に解決する。


 短期的には、中央大陸諸国から調達できれば万々歳と考えていたが後者は難しそうだ。


『以上で説明を終わります。はい』


 江藤が考え込んでいる内に、ブラウスの説明は終わった。


 最後に軍事と政治に関して、それぞれストローク将軍とプレジール宰相から話があった。


 軍事に関しては、陸軍が約一五〇〇〇人(内一〇〇人が魔導大隊、五〇人が竜騎隊)とのことだが、非正規の兵力も合わせれば約二万程になると言う。


 非正規の兵力の大半は、スラ王国の侵攻から逃れた獣人の難民たち。獣人種はヒト種よりも遥かに身体能力に優れ、また安い賃金で雇用できる。


 おまけにスラ王国への憎悪からその士気も高いとなれば、来たる戦に向けて彼らを兵力に加えない理由は無いとストロークは言った。


 続いて海軍。海軍の兵力は約〇・二万人で、その大半が大湖側に配置されているとのこと。また、近衛騎士団は軍からは独立した組織で、国王の直接の指揮下に置かれている。


 軍事に関してはあまり日本側の気を引くような内容は無かった。近世の軍に、魔法師数一〇〇と飛竜数一〇が加わった程度。魔法師に関しては気になるところだが、正直、日本の敵とはならないだろう。


 政治体制に関しても、中世末期から近世にかけて発達した中央集権の王制で、特色と言えばクレル・ポーティア爵家以外の地方貴族が私設軍を保有していないことぐらいだ。


 こうして長かった会合は無事終わり、全日程を終了した。







 ♢

【中央大陸/ウォーティア王国/王都/王城/国王執務室/同日_夜】


 国王執務室は南向きに面した部屋で、日中は暖かな陽の光が降り注ぎ、夜には繁華な町を一望できる最高のロケーションにある。


「さて、無事に会合を終えたわけだが」


 国王はそう言って執務室の玉座に腰を下ろした。広い部屋の戸はすべて固く閉じられ、数人の男たちが詰めている。皆、この国の舵取りを担う重鎮たちだ。


 彼らを見回した後、国王は再度口を開く。


「二ホンと言う異界の国についてどのように感じたか……忌憚の無い意見を聞きたい」


 国王の言葉に、老宰相プレジールが珍しく興奮気味に声を荒げる。


「陛下。私は生まれてこの方、これほどの興奮を覚えたことはございませぬ。彼の国はまさしく異界の国と言うに相応しい大国ですぞ」


 自身より20ばかりは歳を取った老宰相の言葉に、国王は重々しく頷く。


「朕もまた彼の国は異界の国に相違いないと確信した。……さて、他の者はどうか」

「恐れながら陛下」


 国王の再度の問いに、言葉を返したのはウィスキー法務卿。王前会議の席において、日本脅威説を熱心に唱えていた男だ。ウィスキーは続ける。


「私は、彼らの言葉全てを信じるのはいささおろかなことと愚考いたします」

「ほう?それは何故だ?」

「はっ。私はまだ彼の国をこの目で見てはおりません。ぷろじぇくた等と言う道具越しに観せられただけにございます」


 ウィスキーの言葉を受け、国王は「ふむ」と考えを巡らせる。その間、ウィスキーの意見に同調する声もいくつか聞かれた。


 曰く、王国を欺き混乱を誘う作戦だとか。交渉を有利に進めたいのだろうとか。


 しかし、日本の技術と軍事力が我が国の遥か先にあることは、技術者や軍関係者でなくとも分かる。故に、わざわざ嘘をついている筈もないとの反論が四方から噴出する。皆、異次元すぎる異界の国に驚いていることに違いはない。


 議論が紛糾しそうな雰囲気を察したポーティア爵グランは一つ提案を口にする。


「では、二ホン国に使節を送るというのはいかがでしょう?」


 彼の言葉にモリアン外務卿とガノフ宮廷魔導官も賛意を示す。


「それは良い考えですね。私も賛成です」

「儂もポーティア爵殿の意見に賛成じゃぞ。むしろ、儂が使節になっても良いくらいじゃ」

「ガルに使節が務まるのか?」

「なんじゃとっ?!」


 幼馴染のヤード副将軍の茶化しに、ガノフが声を荒げて抗議する。いつも見慣れた光景に、室内の空気も少しだけ緩む。


 国王はその間も思考に耽る。使節団を送るのならば交渉前が良いか、交渉後が良いか。交渉終結後に使節が向かうとなれば、二ホン側も後ろめたい欺瞞はできないだろう。国王は交渉後に送ることに決定した。


「では交渉終結ののちに友好親善使節を送るとしよう。モリアン外務卿」

「はい陛下」

「そのように使節殿に伝えてもらいたい」

「畏まりました」


 明日からは遂に、日本・ウォーティア両国の国交交渉が始まる。

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