第2.0章:友好の章ーFriendship

01.黒船騒動

 ♢

【新日本海/海上/11月下旬・某日_朝】


 新日本海と名付けられた日本列島西側の海。陽の光を浴び眩く光るその水面みなもを、灰色にペイントされた4隻の巨大な船が水しぶきを上げながらゆっくりと陸に向かって進んでいた。


 それは海上自衛隊が保有する最大の護衛艦〝いせ〟(DDH、第2護衛隊群第2護衛隊所属)と三隻の随伴艦(DDG「しまかぜ」第4護衛隊群第8護衛隊所属、DD「いなづま」第4護衛隊群第4護衛隊所属、DD「まさなみ」第3護衛隊群第7護衛隊所属)。



 〝いせ〟はひゅうが型DDHに分類されるヘリ搭載護衛艦であり、10機のヘリを運用することができる。


 そんな〝いせ〟には日本政府から派遣された特別使節団の一団が乗艦していた。彼らの任務は新大陸の現地政府との友好関係の構築と国交樹立のための事前交渉であり、その任務は今後の日本の立ち位置を左右する重要なものである。


 余談であるが、かつてコロンブスがアメリカ大陸に天然痘という疫病を持ち込んだように、文明の接触というものは常に病原体の拡散という悲劇を生んできた。そこで、日本政府はウォーティア王国との接触にあたり、細心の注意を払った防疫体制を整えている。


 しかし、日本のことなどまったく知らない大陸側のウォーティア王国では、4隻の来航がちょっとした騒動へと発展する。


 最初に使節団を乗せた艦隊に遭遇したのは沖合で操業していた漁船だった。


 漁船は帆を付けた小さな木造船で、元の世界で言うヨットに似た形状をしている。漁船には申し訳程度の狭い船室もあり、沖合程度で操業するには十分すぎる大きさであった。


「あ、あんだぁ?」


 漁船の乗員の一人である中年の漁師は、網を持つ手を止めそう呟く。彼は目をすっと細め、遥か彼方、水平線を凝視していた。そんな彼をちらりと振り返った友人の漁師が「どうしたよ?」と声をかける。


「いや、あんなとこに島なんてあったか?」


「あぁ?島だ?んなもんどこに」


 そう言ってもう一人の漁師は、友人が指さし見つめる方に顔を向け、言葉を止めた。そして呟く。


「……ありゃー、島、だな」


「だよな?」


 アメリカ軍に保護されたドムたちと同じような会話がここでも繰り広げられる。というのも当然で、彼らにとっての船とは、この漁船かさらに一回り小さい漁船のことだ。


 それより大きい船で思い浮かべるのは、港町で見かける交易船か軍船くらいのものだが、それすらも護衛艦群の前では小さく見えてしまう。


 交易船は沿岸部を経由して北の港街や国に向かうもので、その多くは遠洋に航海することを想定していない。それは南東の方角に魔物が闊歩するモアの地(日本名、東岸地域)があること、そして、大陸南部の海域に海洋性の魔物が出没する〝魔の海域〟があることが影響している。


 故に、西方諸国との交易においても歴史的に、東方世界と総称される北東諸国やスラ王国を介しての、陸上交易が盛んに行われてきた。


 また、大陸東端に位置するこの国はこれまで海岸側に脅威と呼べるものが無く、海軍力の大部分を王国西部に広がる湖、太湖に向けている。


 つまり、彼ら地元の漁師には護衛艦、それも〝いせ〟のように巨大な船など想像も付かない代物であった。島と言ってしまうのも無理なしからぬことだ。


「……おい、あの島だんだん大きくなってねぇか?」


「いや、動いてる……こっ、こっちに近づいてくるぞ!!」


「「……」」


 二人の漁師はそう言って向きあい、沈黙する。


「いっ、急げ!帆の向きを変えるぞ!」


「わ、わかった!」







 ♢

【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/同日】


 一方、漁船と護衛艦の遭遇から少し経った頃。港町、ポーティア。


 この街は自衛隊が最初に発見した港町で、ウォーティア王国の三大都市のひとつに数えられる人口2万人ほどの比較的大きな街だ。


 そんなこの街は今、大きな混乱の渦中にあった。


 突如、巨大な島が水平線の彼方から姿を現し、みるみる街に接近。ポーティアの目と鼻の先にまで接近してその動きを止めたのだ。


 そんなものだから、ポーティアでは上へ下への大騒ぎ。海岸には、是非ともその姿を目に焼き付けようと多くの見物人が集まり、「ああでもない」「こうでもない」と声を張り上げていた。


 漁船や交易船は遠巻きに巨大な島……もとい護衛艦を観察し、港に停泊していた海軍の軍船は、護衛艦を取り囲むように円陣を組む。


「あ、ありゃなんだ!?」

「島か!?」

「なんで島が動くんだよ!島なわけねーだろ!」

「船なんじゃないか?」

「あれが船だぁ?んな、馬鹿な……」


 熱気に包まれる海岸沿いでは、話を聞きつけた図太い商人が商売をはじめ、まるでお祭りである。


 その様は、かつて江戸時代に浦賀に姿を見せた4隻の黒船騒動のそれと酷似しているようにも思える。


 だが、港町ポーティアを治める上層部にとって、護衛艦の到来はそんなお気楽なものではなかった。


 港町ポーティアとその周辺を治める領主、グラン・ポーティアは石造りの居城の小窓から身を乗り出して沖合に停泊する〝いせ〟ら護衛艦を眺めていた。


 ポーティア爵は西のクレル爵と並ぶ王国の二大貴族で、建国期からこの街を治める由緒ある爵位であり、家系である。


 ウォーティア王国の爵位には〝王の嫡子と、6親等内の元嫡子〟に与えられる一等爵、〝上級貴族〟に与えられる二等爵、〝下級貴族に与えられる〟三等爵がある。これらはいずれも相続可能な爵位だが、一代限りの準二等爵、準三等爵、それに貴族に準じた扱いを受ける一代限りの騎士爵を含めて貴族を形成する。


 ポーティア爵家とクレル爵家は、建国する際にウォーティア王の元に下ったことから、その爵位は王族と同じ一等爵に準じた扱いを受ける。


 ウォーティア王国貴族の中ではこの両家のみが私設軍を持つことを許されているが、それにはこのような歴史的背景があってのことだ。


 そんなポーティア爵が治める領地の領都ポーティアは、両側を険しい崖と坂に囲まれた坂の斜面上にある港町だ。


 長崎の街並みに近いと言えば伝わるだろうか。グラン・ポーティアの住む城はそんな街の高台にあり、街と港、沖を眼下に見下ろせる。


「あれは一体なんだ……」


「分かりかねます」


 短い茶髪を持つ壮年の領主グランの問いに、白髪の目立つ家令ミーツはそう返した。グランも彼が答えられるなど到底思っていなかったが、そう聞かずにはいられなかった。


「いかがなさいますか?」


「領軍に港の警備と街の治安維持を命じる……それと、飛竜を王都に飛ばし至急このことを王に知らせよ」


 グランの指示に、ミーツは頭を下げる。


「かしこまりました」


「……それと、駐留している海軍副統監のシークス殿と面会したい」


 海軍は太湖側と東の海洋、東方洋側にそれぞれ一人の副統監を配置している。そして、東方艦隊司令を兼任するシークス副統監はここポーティアに駐留していた。


「至急取り計らいます」


 そう答えるとミーツは優雅に礼をしてその場を後にした。残されたグランはなおも、沖に停泊する〝いせ〟を含む護衛艦を凝視し続けた。






 ♢

【中央大陸/ウォーティア王国/王都ウォレム/王城/国王執務室/同日(接触後1日目)夜】


 モード・ル・ウォーティアは今年で51歳を迎える。しかしその美しい金髪は若干の白髪が混じりながらも、なお、若々しくその整った顔立ちにえていた。


 彼は名前からも分かる通り、このウォーティア王国150万の民の上に君臨する国王の地位にある。


「しかしスラ王国には困ったものだ」


 国王はそう言って執務室の窓から眼下に広がる夜の王都と、その先に広がる平野を眺めた。平野の先にあるクレル爵領の、そのまたさらに先に、スラ王国の軍勢が駐留している。そこには数年前までモルガニア王国と呼ばれる国があり、かつては両国間での交易が盛んに行われていた。


「わが国が戦火に見舞われる日も近いのだろうな……」


 その時我が国を味方する国は無いだろう、と国王は悲観していた。


 事実、ウォーティア王国も同盟国モルガニアを支援すべく出兵したが、戦況が悪化するとすぐにスラ王国と和平を結んだのだから。


 和平によって得られた僅かばかりの安寧。それと引き換えに失ったものも多い。平和な時間もそう長くは続かないだろう。


 と、そこに執務室の戸をノックする音が響く。


「国王陛下!伝令でございます!」


 扉の奥から焦っているのであろう兵士の声が響き、国王は何か緊急事態が起こったと察する。


「入ってよい」


 案の定、焦りを浮かべた竜騎士と思われる兵士が国王の元まで駆け寄り跪いた。


「それはよい。それより何事だ?」


 遂にスラ王国軍が侵攻を開始したか。国王は覚悟を決めた。しかし竜騎士は国王の想定していなかった報告を上げた。


「報告します―――」

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