10.獣人難民Ⅳ
♢
【中央大陸/東岸地域/西部/10月下旬・某日】
弱肉強食の自然界の摂理の中で、弱者であるモロたちが襲い殺されるのは、いわば当然の結末。にもかかわらず、その結末は書き換えられた。
その瞬間、強者は弱者に転落し、新たなる強者がかつての強者を狩る。
『いいぞ!想定通りだ!』
四機のヘリを追って、地を駆けるボルムキラの群れを確認した相馬は、声を上げた。
モロたちを取り囲んでいたボルムキラの標的は、既に相馬らに移っている。
ギャァァァァァァァァァァ———。
威嚇するように声を荒げるボルムキラ。彼らの目は血走り、ひどく興奮しているように見える。
『よし、そろそろだ。向かえ撃つぞ!』
仄かに草の匂いが混じる新鮮な風を全身で受けながら、相馬は素早く指示を飛ばした。
相馬の指示に従い、四機のヘリは迎え撃つ態勢を整える。
目標は地上を駆ける恐竜型の魔獣———〝ボルムキラ〟。
相馬の指示と共に、各人がなすべきことを行動に移す。
♢
爆音と銃声、それに獣の叫び。それらが奏でるハーモニーは凄惨でありながら、美しく、モロやミラたちの目をくぎ付けにする。
ミラはしばらく息をするのも忘れて、呆然とその演武に見入っていた。
我に返ったのは、全てが終わった後。
見ると、先ほどまで獰猛な瞳をギラリと向けていたボルムキラは、哀れな肉片に変わっていた。不利を悟ったボルムキラの一部は既に遠方に逃げ出してる。
「……助かった、の?」
ミラの呟きに、少し離れた位置でホバリングする自衛隊のヘリを見つめていたモロは答える。
「彼らが我々の味方であればな……」
「あの魔物のこと?」
モロの言葉にミラは問い返す。
「いいや、人間じゃ。あれを操っているのは人間じゃよ。見なさい」
モロはそう言ってヘリを指さした。ミラはモロの指さした方に視線を向ける。
「……あ」
ミラは気づいていなかった。その巨大な魔物から人間が身体を乗り出していることに。もっとも、生死の危険の中にあったのだから、ミラが相馬達の存在に気づかなかったことも無理はない。
先ほどまでの光景を作り出したのが、自分たちと同じ人間だと気付いたとき、ミラは急に寒気に襲われた。
巨大な飛行する魔物を操り、あれほどの数のボルムキラを一瞬で屠る人間。
それは果たして人間なのか。ミラは分からなかった。
♢
『隊長。彼らのこと、どうするんですか?』
狼人種の一団を観察していた相馬の耳に、城ケ崎の声が響く。
『規定に従うなら放置するしかない』
相馬はそう言って再び視線を眼下に戻した。
『そうですけど……』
城ケ崎は歯切れが悪そうに口ごもる。
規定に従えば彼らに接触してはいけない。現地人との偶発的な衝突を防ぐためだ。だが、魔物の闊歩するこんな場所に放置すれば、彼らは再び危険に晒されかねない。
相馬もそれは理解していた。そして他の隊員たちも。
『……』
隊員たちは相馬の決断を固唾を呑んで待っていた。機内には耳をつんざくような回転翼のローター音だけが響く。
沈黙。
どれほど経っただろうか。しばらくの沈黙の後、相馬は口を開いた。
『彼らを安全な場所まで移動させるにも応援が必要だ……俺たちだけじゃ無理だ』
彼ら数十人を収容する能力は残念ながらこの四機のヘリには無い。
と、そこに、茂木の声が割り込んだ。
『隊長!
『っ!?繋いでください!』
しばらく東岸拠点からの通信を受けていた相馬は、通信を終えると、満面の笑みで頷いた。
『隊長?』
『喜べ!応援が来るぞ!』
相馬の声に茂木が反応する。
『それはつまり彼らと接触する許可が下りたと、そういうことですか?』
相馬は茂木の言葉「えぇ」と答えてから、全体に向けて言葉を発した。
『応援が到着する前に、できる限り友好的に接触しろとのことだ』
隊員らにそう説明した相馬は、各機長らに地上に着陸するよう求めた。
『了解。着陸します』
相馬の言葉に機長を代表して
対戦車ヘリ
ヘリの回転翼が巻き起こす風が、高く伸びた雑草を地面に叩きつける。
『相手を驚かせないよう、俺と城ケ崎、それに松野の三人が外に出る。他は待機だ』
相馬は緊張していた。なにせ相手がどんな集団で、何の目的をもってこんな危険な場所にいるのか分かっていないのだ。ひょっとしたら運悪く衝突、ということにもなりかねない。
そして、自分の判断のせいで、日本がこの世界の争乱に巻き込まれてしまったら……と考えると、相馬が緊張していたのも頷ける。
現地人との公式的な接触はこれが初めてなのだから。
そのため相馬は、自身を含めた三人での接触を望んだ。特に、松野という女性自衛官がいれば幾分か警戒を解くこともできるかもしれない。
ローター音が完全に止むと、辺りには静寂が訪れた。ようやく、直に言葉が聞き取れるようになる。
「よし、行こうか」
相馬の言葉と共に、城ケ崎と松野が機体から飛び降りる。相馬もそれに続いた。
相馬らがモロたちの下に近づくと、狼人種の避難民たちはあからさまに警戒し、動揺した。
だがモロだけは冷静に相馬ら三人を見据える。
その距離約五m。
松野は相馬に小声で囁く。
「(隊長……)」
「(なんだ松野)」
「(私達彼らの言葉知りませんよね?どうやって友好的にコミュニケーションをとるんですか?)」
松野の言葉に反応したのは城ケ崎。
「(良いか?こういうのは大体、日本語が通じるって相場は決まってんだよ。ですよね?隊長?)」
「(はぁ?)」
松野は城ケ崎に懐疑的な目を向けて、そう言い放った。そして相馬に視線を向ける。
「(……隊長も同じお考えで?)」
「(まさか。城ケ崎は
「(じゃぁどうやって?)」
「(そりゃ、ここよ)」
と、相馬は自身の胸を拳で叩く。そんな相馬に、城ケ崎と松野は不安そうな視線を向けた。
「(心配するな。言葉は分からなくてもなんとかコミュニケーションは取れるもんだ)」
「(大丈夫ですかね……)」
相馬が城ケ崎の言葉になにか返そうと口を開いた、そのとき。相馬らの耳にモロの
「あなた方はどちらのお方ですかな?」
それは確かに
その声に相馬らは会話を止め、驚きに目を見開く。三人は互いに視線を交わし、たった今聞いた声を言葉にしようとした。だがそれを上手く言葉にして発することができない。
「……あっ、え?」
城ヶ崎は驚きのあまり声にならない声を漏らし、再び口を閉じた。困惑していたのは城ヶ崎だけでなく、相馬も松野も同じである。
しばらくの沈黙の後、松野が口を開く。先ほどの驚きを共有したくなったのだ。
「……私の頭がおかしいのでしょうか?」
困惑する三人の耳に、またしてもモロの
「あなた方は私の言葉が分かりますか?」
今度はハッキリと理解した。相馬は松野の問いに遅れて答えた。
「いいや、聞き間違いではなさそうだ……」
と。
相馬は一瞬、自身の発した言葉が日本語かどうか疑った。
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