15.謁見

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【中央大陸/ウォーティア王国/王都/王城/謁見の間/12月07日(接触9日目)】


 王城ウォレムは本来、軍事的な要塞としての趣が強かったが、国家の統一が進んだ今日において王城そのものの軍事的な意義は幾分か薄れている。


 そのことは王城の内部に一歩足を踏み入れれば自ずと分かる。外観こそ中世欧州を思わせる武骨な代物であったが、その内部には温かみのある絢爛豪華な世界が広がっていた。


 城というよりも宮殿と言った方がイメージに近いのかもしれない。


「面を上げよ」


 国王モード・ル・ウォーティアが、日本国の特命全権大使である黒沢晃に引見する。


 場所は王城、謁見の間。


 実にテニスコート6面ほどはあろうかという広大な空間に、全身鎧で武装した近衛騎士と侍従、大臣などが詰めている。


 天井から下がるのは豪奢なシャンデリア。床は勿論、総大理石だ。


「遠路遥々の参内、歓迎申し上げる」

「勿体なきお言葉。陛下におかれましてはご機嫌麗しく」


 使い古されたであろう歓迎と労いの言葉に、黒沢もまた形式化された口上を述べた。


斯様かような良き日に陛下に謁見できた喜び。ささやかながら我が国の産物をご用意させていただきました」


 黒沢の言葉に合わせ、王城の役人が恭し気に台車を国王の前まで運んだ。


 そこには反物、漆器、武具に金細工といった工芸品から、贈答用万年筆、高級時計、酒類まで、数多の産物が載せられている。それらはすべてが一流の品だ。


「なんと素晴らしき……」

「どうぞお納めください」


 黒沢はそう言って頭を下げる。


「有難く思う。日本国の富と技術の深さには感嘆を禁じ得ぬ」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 黒沢は笑みを浮かべ、再び首を垂れた。そして吉田に信任状を準備させる。


 この後すぐに行われる信任状捧呈式のためだ。


 信任状捧呈式とは簡単に言えば「この人は正式な大使ですよ」「そうですか。認めましょう」と言った具合に、大使が任地に赴任した際に派遣元の元首からの信任状を接受国の元首に対して捧呈する儀式である。


 今回は天皇陛下からの信任状を、ウォーティア国王に対して奉呈する。


 なお、ウォーティア王国における儀礼が分からなかった為に、服装等は皇居で行われる外国大使の信任状捧呈式に準拠していた。


 本来であればこの信任状捧呈式に移る予定であったのだが、国王はすぐにそれに移る気はなかったようだ。


 国王は玉座に座したまま、気持ち程度に居住まいを正した。


「……信任状を受け取る前に使節殿に詫びねばならない」


 そう言って国王は自身のすぐ後方に控える侍従長デニス・アウバンに目配せをした。


 アウバンは頭髪を綺麗に剃り上げた高齢の男で、国王に長く仕えている腹心の一人である。


 侍従長アウバンは国王の目配せに深く一礼し、声を上げる。


「彼の者をここへ」


 謁見の間に現れたのは護衛の任を引き継いだ近衛騎士のエドワード。彼は黒沢たちのすぐ横で片膝を突き、国王に向かって首を垂れた。


 彼の顔色はお世辞にも良いとは言えず、むしろ少し青ざめている。


 なぜエドワードがこの場に呼ばれたのか見当のつかない黒沢に、国王は言葉を投げる。


「この者は護衛の者らの代表として連れて参った」


 国王の言葉に、黒沢もようやく合点がいった。国王は続ける。


「使節殿に問いたい。道中、使節殿の車列が野盗の襲撃を受け、使節団の団員が矢傷を負ったと言うのは誠か?」


 国王の問いに黒沢が首を縦に振ると、国王は目頭を押さえて俯いた。


「……そうであったか」


 他の国ならまだしも、外交儀礼の不明な異世界の大国の使節団に害を―――結果的に傷は治癒したとはいえ―――与えてしまったという事実。


 国王はゆっくりと顔を上げ、今度はエドワードを見据えた。


「騎士エドワードよ。弁明はあるか?」


 国王の確認に、エドワードは震える声を押し殺して答える。


「はっ。……いえ、ありません陛下」

「そうか」


 国王は思案する。


 彼らがこの失態をあげつらい、何らかの無理難題を吹っ掛けて来るやもしれない、と。または、護衛の怠慢として騎士たちの処罰を要求することも考えられる。


 だがその場合、王城内で日本に対する敵愾心が悪戯に刺激され、最悪衝突ということにもなりかねない。


 それは西方でスラ王国と対峙する王国にとっては絶対に避けねばならない事態である。


 国王は自身の謝罪で日本側が矛を収めてくれることを祈るしかなかった。


「此度の一件、すべての責は朕に帰責する。謝罪を受け入れてもらえないだろうか」


 国王たるもの謝罪と言えど頭を下げることはできない。国王とはつまり国の威厳そのものであるのだから。故に、座したままの謝罪となる。日本側が受け入れなければそれまでだ。


 しかし、国王の懸念は取り越し苦労となる。黒沢はそもそも今回の襲撃に関し、近衛騎士団に対して何ら処罰を求めようとは毛頭考えてもいなかったし、王国に何らかの要求をしようなどとも考えていなかった。


「謝罪には及びません。近衛騎士団の護衛には感謝しております」

「左様であるか?」

「はい」


 黒沢は護衛の騎士たちが任務を忠実に全うしていたことを知っている。負傷した蘇我一曹を治療してくれたことにも感謝していた。


「―――ですから騎士団の方々は我々の命の恩人です」


 黒沢は微笑みを浮かべ、話を纏めた。黒沢の言葉に国王は肩の力を抜く。それは事態の推移を見守っていた王国の重鎮たちもまた同様である。


 特に自身の配下の責を問われていた近衛騎士団長マルコ・ウォリアは黒沢の言葉にいたく感嘆した様子であった。


 国王は続いて、襲撃を加えた野盗の捜査を約束する。


「件の賊については王国の総力を挙げて捜査しよう」


 国王はそう強く宣言した。これは黒沢たちに対して「王国は日本との関係を重視している」とのアピールであり、他方、臣下に対しては「日本国使節団への無礼は許さない」とのメッセージを含んでいる。


「陛下のご配慮、痛み入ります」


 この後はスムーズに事が運んだ。予定通り、信任状捧呈式が執り行われ、天皇陛下の信任状が国王の手に渡る。国王はこの信任状を受け取ったことで国交は無いものの、日本国の使節を公に承認した。


 これにより黒沢は日本国の使節として、王国内で活動する地盤を手に入れた。こうしてようやく日本国は国家として、ウォーティア王国との外交関係樹立に向けた協議に入ることができる。


 日本列島がこの世界に飛ばされてから実に4ヶ月が経とうかと言う、冬の寒い日のことであった。

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