06.東西二都市にて
♢
【中央大陸/ウォーティア王国/交易都市クレル/12月04日(接触6日目)】
西にある町―――クレル。
交易都市クレルは〝王都ウォレム〟〝港町ポーティア〟と並ぶ王国三大都市の一つであり、王国最大の面積を誇るクレル爵領の領都である。
この町の歴史も相当古く、港町ポーティアが小さな漁村であった頃には、既に都市が成立していたという記録が残っている。王国建国の当初は、王都ウォレムの2倍の人口を抱えていたと言うのだから驚きである。
そんな栄華を極めたこの交易都市クレルだが、現在では見る影もない。
交易相手国の一つであったスラ王国があろうことかモルガニアを始めとする近隣諸国を飲み込み、ウォーティア王国の目前まで迫ってきたためだ。
ウォーティア・モルガニア同盟―――対―――スラ王国。
三度に渡る一連の戦争は実に5年以上も続いた。
その間にモルガニア王国の王都はスラ王国の占領下に入るものの、モルガニア王家はウォーティア王国との同盟関係を最後の盾に抵抗を継続した。
しかし、去年の暮れのこと。ウォーティア王国とスラ王国の間に、向こう5年間の相互不可侵とウォーティア軍のモルガニアからの撤退を条件とする和平が成る。
モルガニアはここにその歴史を終えた。
そしてこのクレルという町もまた、交易都市としての歴史を終えつつある。和平の後も交易はすべて停止したままであるからだ。
そんな衰退著しい交易都市クレルの中央。平坦な町を縦横無尽に網羅する全ての道が交差する位置に、その建物は聳え立つ。
多くの尖塔を持つ石造りの荘厳な城館。そこがマニーア・クレルの居城である。
マニーア・クレル。スラリと伸びた銀髪に、翡翠のような瞳。容姿端麗とは彼女を言い表すために存在すると言っても過言ではない。その美しさにも拘わらず、伴侶を得ようとしない彼女は陰ながらレズビアンと噂されるが真偽のほどは定かでない。
彼女はまだ25歳。それも女であるにも拘らず、この交易都市クレルとその周辺一帯を治めるクレル爵の地位にある。ちなみにこの国では女性であっても爵位を継承できるが、それはあまり例を見ない。その意味で彼女は特別であった。
そのマニーアは、絹糸のような銀髪をぼさぼさと手で掻き、頭を抱える。彼女の目の前には数枚の羊皮紙が乱雑に置かれていた。
「はぁ……和平が成ったというのに今年も税収は低いわね」
ため息交じりの呟きに、財務官のサンドが苦笑する。
「それ何度目ですか」
「だぁって……」
そう言って執務机に突っ伏すマニーア。すかさず控えていたメイドが紅茶を差し出す。この町では紅茶もすでに貴重品となって久しい。
「マニーア様、どうぞ」
「ありがとうサリア」
サリアと呼ばれたメイドは笑顔を浮かべ、黙したまま一礼して下がる。彼女の入れた紅茶の香りが室内を包み、マニーアは少しだけ心が落ち着いた。
財務官サンドは言う。
「確かに王都に命綱を握られている今の状態も好ましくはありませんが、王都からの援助に頼らざるを得ませんね。現状では」
「そうなのよねぇ」
「では、大湖に面したコルの町を拡張しましょう。あそこは大湖経由の交易拠点になりますよ」
コルはクレル爵領の北にある太湖に面した港町で、正確にはコル三等爵領なのだがその爵位は現在クレル家が持っているためクレル爵領の飛び地扱いになっていた。長らく交易都市クレルが繁栄していたために、その開発は低調だが、現在ではクレル爵領の税収の少なくない部分を彼の町が補っている。しかし―――。
「コルかぁ……森の魔物が厄介なのよねぇ」
「まぁ、そうなんですが」
これまで開発が低調だったのはこのためである。コルの北側に広がる森林地帯には魔物が多く生息しており、開発のコストと収益が見合わないのだ。
「コストと収益……そのバランスが問題ね」
「コストを気にしても仕方ないですし、領軍を動員して警備に当たらせますか?」
「でも今、領軍を動かすわけにもいかないし……」
現在、クレル爵領内にはウォーティア王国軍が展開している。スラ王国の侵攻を警戒してのものだ。和平が成ったとは言え、協定破りは世の常であるから、警戒するに越したことはない。
そんな中、当事者のクレル爵領軍がこの場を離れるのは如何なものか。
「うーん。こういうときに、王都から援助を受けているのが悔やまれますね……」
「そうなのよ」
そう言って二人は揃ってため息を吐く。
「領内の治安も悪化の一途を辿っています」
「それは知ってるけど……もう、何から手を付けていいのか」
この交易都市クレルは交易で成り立つ町であった。そして、クレル爵領は王国最大の面積を誇るものの、大部分は農耕に適さない森林地帯や荒野、草原で占められている。
商業は言わずもがな。その他の産業も壊滅状態にあった。
交易用木材の切り出しと加工といった林業、輸入した羊毛を加工する毛織物業。すべてが繋がっているのだ。交易が停止している今、失業者が溢れ、治安が悪化するのも無理はない。もっとも、クレル爵領はまだましな方で、クレル爵領の周辺にある小さな領地はもっと悲惨であった。
「「はぁ」」
二人は再びため息を吐く。マニーアの下に日本の話が持ち込まれるのはもう少し後の話である。
♢
【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/ポーティア城/12月04日_夜(接触6日目)】
一方、東にある町―――ポーティア。
ポーティアという街は、歴史的に、天然の良港を抱える海沿いの平地〝港湾商業地区〟と、断崖の裂け目に広がる坂を這うように丘陵の頂上まで続く〝平民街地区〟。そして、丘陵の頂上に広がる〝貴族街地区〟と、なだらかな丘陵に広がる〝荘園地区〟の4つの地区に区分される。
その中の一つ〝貴族街地区〟の海側に、街の政治の中枢であり、なおかつ
高い尖塔と強固な城壁。無骨でありながら美しいシルエット。塩気を帯びた海風によって劣化する度に補強され修繕されてはきたものの、城の基礎部分は建築されてから500年以上に渡って一度も手を加えられていない。
増築を繰り返してきたポーティア城の内部には100を優に超える部屋があり、その中には当然、賓客専用の部屋というものも含まれる。
日本国使節団のためにポーティア爵が用意した部屋は全部で17部屋。相馬たちが二人一組で宿泊しているゲストルームには寝室の他、従者室とトイレ、バスルームが併設されている。それだけでも十分に贅を尽くしているのだが、使節団団長を務める黒沢のために用意された部屋は特別だった。
王族も宿泊することがあるというその寝室は、一人部屋にも拘らず他の部屋よりも広く作られ、併設された従者室の隣には、さらに談話室まで備えられている。
そしてその談話室では、黒沢を始めとする使節団メンバーとポーティア爵が談笑に花を咲かせていた。
ポーティア爵がこの場にいるのは他でもない。日本国使節団の王都行きについて、国王から提案があったためだ。
夕刻、爵の下に戻った竜騎士曰く、「使節団を迎えに王都から使いがくる。今日の昼に王都を出立したので、ポーティア爵領を出立するのは明後日の朝になるだろう」とのこと。
ポーティア爵がそう伝えると、黒沢は明日、この街を見て回りたいと言い出した。
「街をですか?」
「ええ。見知らぬ街を歩き回るのが好きなのです」
「私はめったに領地をでることもありませんが、王都に赴く際はよく色々なところを回りますよ」
「これは気が合いますねぇ。グラン殿に案内していただければ良いのですが」
黒沢はそう言って笑みを浮かべる。最初はこの笑みを曲解していたが、なるほど、よく見れば人の好さそうな柔和な笑みではないかとポーティア爵は思った。
「是非案内させてください……と、言いたいところなんですが」
ポーティア爵は苦笑して、続ける。
「生憎、王都に向かわねばならぬゆえ」
ポーティア爵は黒沢たち日本の使節団と王国との仲介という仕事がある。王都へ急ぎ向かわなければならなかった。
黒沢は自分たちのせいで仕事が増えていることに思い至り、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするが、当のポーティア爵は「とんでもない」と首を横に振って、黒沢の謝罪を受け入れなかった。
「代わりに私の娘、カーラに案内させましょう。あいつはよく街に抜け出しては遊んでいますから私より案内できるかと思いますよ」
「お嬢様がいらっしゃるのですか?」
ポーティア爵は黒沢の問いに「ええ」と苦笑した。
爵は妻との間に三人の子を授かった。長男のグリムは領内の町ポムアにて代官を務め、次男のグライスは騎士として近衛騎士団に在籍。唯一、末っ子の長女カーラだけがポーティアに残っている。故に、案内につけるならカーラしかいない。それに彼女ほどこの街に詳しい者はいないだろう。
余談だが、爵は第二夫人だとか側室だとか、そういった類の話はなかった。これはこの世界の貴族としては珍しい。
「しかしご息女になにかあっては」
「いえいえ、大丈夫ですよ……それよりもアキラ殿にご迷惑をお掛けしないかだけが心配ですね……」
爵の言葉を受け、黒沢は笑って言う。
「それこそ杞憂ですよ」
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