異世界列島
黒酢
序章
01.列島転移
♢
【日本国/2017年8月上旬・某日_4:44】
その日は熱帯夜であった。
各家庭のエアコンは室内にせっせと冷気を送り込み、ファンで暖められた空気が室外に排出される。
午前4時44分―――。
まだ夜も明けないこの時間、人々は突然の頭痛と眩暈によってその安眠を妨害された。
そしてその直後、震度3の地震が列島を襲う。幸いにも津波の心配はなかったため、多くの人は頭を捻りながらも再び眠りについた。
生まれてこの方、地震と共に生活してきた日本人にとってそれは、少し揺れたか?という程度の揺れであり眠気に勝るものではなかったからだ。
しかし、気象庁の職員は頭を悩ませる。というのも、その地震には震源と呼べるような場所が確認できなかった。
そして、奇怪なことに全国各所で等しく震度3の揺れを観測した。その時はまだ、日本に起きた“天変地異”について正しく理解している者は、一人として存在しなかった。
♢
【アメリカ合衆国/ワシントンD.C/ホワイトハウス/大統領執務室/同日】
ホワイトハウスは、アメリカはもとより世界の政治の中枢と言っても過言ではない。その中でも最も警備が厳重だと言われる大統領執務室に二人の男がいた。
一人は薄くなり始めた金髪をオールバックに纏めた中年の白人で、もう一人はバスケットボール選手を思わせる高身長の屈強な黒人青年だ。
前者はこのホワイトハウスの主……つまり合衆国大統領で、名をドーナツ・カードと言う。そして後者はその補佐官であるボブ・スミス。
大統領は補佐官に懐疑的な目を向け言い放つ。
「What!?Have you lost your mind?」
なに!?おまえは気でも狂ってんのか?
酷い言いぐさである。しかし、補佐官の報告を聞けば彼の気持ちも理解できる。それはあまりにも突拍子の無い馬鹿げた報告だったからだ。
しかし、補佐官はいたって冷静に同じ言葉を繰り返す。いや、本当は彼も冷静ではないはずだが、努めて冷静にふるまおうとしているのかもしれない。
事実、声の冷静さとは裏腹に、彼の腕はせわしなく揺れ動き、その顔には冷汗が浮かんでいた。
「Realy……Japan,Japan have disappeared!」
本当です……日本が、日本が消失しました!
再び告げられた馬鹿げた報告。大統領は椅子の背もたれに腰を預け、その目頭を手で揉むように押さえて聞き返す。
「Sorry……What do you mean?」
すまない……それってどういうことだ?
「Sense of intact.We also can't understand at all.」
言葉通りの意味です。我々にもなにがなんだか。
実際、補佐官もまだ現状を詳しくは把握できていなかったのだ。
大統領は執務室の天井を見上げ、ため息とともに声を絞り出す。
「……Stop kidding me.」
……冗談じゃないぞ。
「Anyway,This is emergency!」
とにかく、これは緊急事態です……!
この会話がなされた時から遡ること3時間ほど前、日本時間の午前4時44分、日本は世界から忽然とその姿を消した。
この日、世界は史上かつて類を見ないほどの大きな衝撃と混乱の渦に巻き込まれる。
それは世界から突如その姿を消失させた日本もまた、同様であった。
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