05.ウォーティア王国潜入
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【中央大陸/ウォーティア王国/王都ウォレム/11月中旬】
日本側が最初期に発見した港町ポーティアを擁する国、ウォーティア王国。その王都であるウォレムには全人口150万の約4%に相当する、およそ6万の人々が居住している。
ウォレムの街路はそのほとんどが石畳になっており、土がむき出しの街路は少ない。未舗装の街路が多いこの世界においては、比較的進んだ都市設計がなされていると言える。
そんなウォレムの裏路地。ひっそりと佇む2階建ての古びた建物に、数人分の人影があった。建物は一見総石造りのようにも見えるが、内部には木材が使われており、温かみを感じる造りになっている。
ここは元々、港町ポーティアの商人の持ち物であったが、異国の行商人一行が買い取った。
……ということになっている。
もちろんそれは方便であり、実際にはウォーティア潜入班の拠点として日本国が買い取った。
潜入班は現地調整隊から茂木、城ケ崎、松野三曹の3人に、衛生科隊員の沢田三曹を入れた4名の隊員から為る。
彼らの目的は、政府が欲しているこの国の情報を収集することにあった。それは、現地語を解する彼らに都合のいい任務である。
余談だが、相馬三尉と矢吹陸士長は本省に、大門陸士長は研究所に、瀬戸を含む3人の隊員はスラ王国にそれぞれ出向いていた。よって、東岸拠点に残っているのは4人だけである。
そしてその4人は、他の自衛官への現地語講座、古代遺跡で見つけた古書の解読、避難民との調整など雑務に追われている。
「この国の政治形態は予想通り王政のようですね」
「そのようだな」
城ケ崎三等陸曹の言葉に茂木陸曹長は頷く。
二人は北東諸国で一般的な衣装〝ハル〟を身に纏い、黒のロングブーツを履いていた。ハルは灰色や黒を基調とした落ち着いた色彩のものがこの国のトレンドだ。その衣装を一言で表すなら、コーカサスの民族衣装〝チョハ〟。ファンタジーすぎると話題のあれである。
「それで、松野は?」
「あいつなら今、市場にいますよ」
「市場?あぁ、主婦層から情報収集をする方がこの国について知れるかもしれないな」
「ただ飯を食べたいだけですよ、きっと」
そう言って笑う城ケ崎。しかし次の瞬間、彼の頭部に衝撃が走った。
「―――った!?」
激痛に城ケ崎が背後を振り返ると、そこには膝下丈ほどのドレスに身を包んだ松野の姿があった。右手には何故か木製の
「誰が飯を食いたいだけの食いしん坊よ」
「お、俺はそこまで言ってないぞ!」
城ケ崎は痛む頭を抑え、天を仰ぎ助けを求める。
「さ、沢田ぁぁぁ!手当してくれぇぇ!」
「城ケ崎……残念だが沢田も今は、街に出てるぞ」
茂木はそう言って城ケ崎の肩に手を置いた。松野は茂木の声を耳にし、城ケ崎から茂木に視線を移す。
「あ、陸曹長。これお土産です」
松野は布の掛けられた籠を茂木に差し出した。城ケ崎の抗議にはスルーするつもりのようだ。茂木は松野に手渡された籠を覗き込む。
「お、果物か?」
そこには大きさや形の異なる色とりどりの果物たちが身を寄せ合って座っていた。見たことも無い果物から、ミカンに似た果物まで実に様々だ。
「市場で勧められるうちにいろいろと」
「食べても大丈夫なのか?」
復活した城ケ崎が怪訝な表情で籠を覗き込む。松野は「大丈夫よ」と無い胸を張った。
「食べたけど何ともなかったから」
「食べたのか」
城ケ崎はそう言って、籠の中からミカン似の果物を摘まみ上げ、皮を剥いて中の実を口に運んだ。瞬間、彼の口内に柑橘類の甘酸っぱい風味が広がる。
「おお、確かに美味いな」
「では私も頂こう……うん、美味い」
「ですよね!あ……それと、これが残りのお金です」
松野は服のポケットに手を突っ込み、銀貨数枚を取り出し机に置いた。
この国の貨幣制度はアメリカ側からの情報提供で、銀本位制であることが分かっている。現在流通している貨幣には大きなものから〝金貨、銀貨、小銀貨、大銅貨、銅貨〟の5つがあり、市場で主に流通しているのは銀貨までである。
「大体、この国の貨幣価値も分かってきたな」
「はい。金貨1枚もあれば一家族が十分生活できるようですね」
松野の言葉に、城ケ崎が口を挟む。
「この世界の十分な生活に耐えられる自信はないぞ……」
「そうね……私も耐えられないと思う」
松野の言葉に頷きを返す城ケ崎。そこで城ケ崎は「そう言えば」と話題を変えた。
「特戦が接触を図ってくるのは今日でしたよね?」
「あぁ、そう聞いてる」
と、そのとき。建物の扉をノックする音が聞こえた。松野と城ケ崎は示し合わせていた通りに、夫婦の役を演じる。
最初は双方共に不満を述べていたが、命令ということであれば仕方がない。
「はいはい。どちら様でしょうか?」
人影は二人分……城ケ崎はそう当たりを付けた。城ケ崎の現地語に、外の人影も現地語で答える。
「
それは今回指定されていた仲間内の隠語であった。日出国とはもちろん日本のことを指す。現地語を知らない者もこの隠語だけは覚えさせられた。
その隠語を知っている者は今回の潜入任務に関係する者に限られる。つまり彼らが特戦―――特殊作戦群(隊内通称、エス)―――である可能性が高い。城ケ崎はそう判断し、茂木を振り返る。茂木は黙って頷いた。
「どうぞ」
城ケ崎はそっと扉を開く。このとき城ケ崎は日本語を使った。
「失礼する」
二人の男が手を挙げて建物の中に入った。男―――と言ったものの、二人が男かどうかは定かでない。二人とも紺色のフード付きの外套を目深く被っており、顔を判別することはできないからだ。
室内に入った彼らは、潜入班三人の注目を集める中、音を立てずにスルスルと外套を外した。
外套の下からは、〝都市迷彩〟と呼ばれる迷彩が施された戦闘服(市街地用)が姿を現す。しかし、目元を除いて顔の大部分はマスクによって隠されており、彼らの表情を窺うことはできない。
「潜入班の茂木陸曹長以下城ケ崎、松野で間違いはないか?」
その口ぶりから、少なくとも声の主は、自身らより階級が上であると茂木は判断し、この場を代表して茂木が返答を返す。
「はっ。自分は現地調整隊所属、ウォーティア王国潜入班班長、茂木健司陸曹長です」
「ご苦労。私は特殊作戦群所属の二等陸尉だ」
特殊作戦群―――それは陸上自衛隊初にして唯一の特殊部隊であり、部隊内ではSとも呼ばれる。彼らの想定している任務や訓練の内容、保有する装備などは一切公表されておらず、彼らは今なお謎に包まれた部隊でもあった。
「我々は一週間ほど前からウォーティア王国入りし、諜報・工作任務に従事している」
特戦は、多様な任務を遂行可能な世界水準の特殊部隊を目指しているが、この時点ですでに実戦投入可能なレベルに到っていた。それは彼らのここ一週間の働きが証明している。
「これを受け取って欲しい」
そう言って、特戦の二尉は胸元から一枚の封筒を取り出し、それを手近にいた城ケ崎に押し付けた。
「これは?」
「SDカードだ。中には王城で収集した書類や物品の画像データが入ってる」
二尉は中を確認するように促してから、話を続けた。
「我々はこの国の言語が分からない。故に、諸君ら潜入班にこのデータの解析もお願いしたいのだ」
潜入班が表で情報収集する部隊であるとすれば、特戦は姿を見せずに裏で暗躍する部隊である。
特殊作戦を遂行する能力はあるが現地語を解する者はいない特戦と、現地語を解する者はいるが特殊作戦を遂行するだけのレベルにない潜入班。相互が補完しあうことが日本国の国益につながる。故に、潜入班には情報収集だけでなく、特戦から持ち込まれる情報の解析も任務の一つに組み込まれていた。
余談であるが、現地調整隊員は、一度耳にしさえすればどのような言語であろうともネイティブのように操ることができることが分かっている。
「了解しました。解析が終了次第、再度連絡します」
「いや、データはそちらで本国に送ってもらって構わない」
「分かりました」
「すまないがよろしく頼む」
城ケ崎との会話を終えた二尉は、用件は済んだと言うように、再び外套を羽織った。
去り際、二尉は茂木たちを振り返り、言葉を投げた。
「諸君らの支援も我々の任務だ。何かあれば連絡してくれ」
「分かりました。そのときは頼らせていただきます」
二尉は「うむ」とだけ言い残すと、背後に控えていた特戦の隊員を引き連れ、建物を出て行った。
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