17.歓迎晩餐会Ⅱ
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【中央大陸/ウォーティア王国/王都/王城/12月07日(接触9日目)_夜】
モリアン外務卿を始めとする王国の重鎮と挨拶を済ませた頃、ポーティア爵グランが会場に姿を見せた。
グランは昨日の昼には王都に入っており、日本についての報告と打ち合わせを行っていたのだ。
見知った顔の登場に、黒沢は自然と顔を綻ばせる。
「おお、これはグラン殿」
「しばらくぶりです」
グランもまた嬉しそうに破顔した。彼は続けて道中の野盗騒ぎについて話を振る。
黒沢たちが野盗に襲われたと聞いたとき、グランは酷く動揺した言う。
「襲われたと聞いたときは心配しました。私の領内でそのようなとが……不徳の致すところです。申し訳ない」
「いえいえ!グラン殿のせいでは。ただ私たちが不運だっただけでしょう。それに大事には至りませんでしたから」
そう言って黒沢は笑った。実際、負傷した蘇我も近衛騎士のおかげで回復しているし、黒沢たちに被害は無い。
「おや?」
と、そのとき。黒沢はグランの後ろに、ジュリア夫人と娘カーラがいることに気が付いた。それに見慣れない屈強な体躯の若者の姿もある。
黒沢たちより遅れて到着したジュリア夫人らは、つい先程グランと合流したばかりだった。
「夫人、それにカーラさんも。ご機嫌麗しく」
「ありがとうございます。黒沢様」
ジュリアはカーラに似た美しい女性で、薄水色のドレスが彼女の気品を引き立てる。カーラは相変わらずの巨乳……もとい、美しさである。
「そちらはご子息の?」
「ええ。私の愚息です」
黒沢が視線を向けると、紹介された若者はザっと頭を下げた。
「お目にかかれて光栄であります閣下。グランの子、グリム・ポーティアと申します」
港町ポーティアに留まっていた際、領内の町ポムアで代官を務めているとグランから聞いていた。
しかし、グリムは黒沢たちと入れ替わりで港町ポーティアに着いたため、会うことはできていなかった。
グリムはどうやら軍人気質の硬派な男のようだ。黒沢は、むしろ〝もやしっ子〟なイメージを抱いていたのだが。
「お話はグラン殿から伺っていますよ」
「父上、そうなのですか?少し気恥ずかしいですな」
と、グリムは体躯に似合わない困り顔で愛想笑いを浮かべ、後頭部を掻いた。すると、グリムを視界に収めたヤード副将軍が声を挟む。
「む?これはグリム君ではないか。久しいな」
「これは、ヤード様。お久しぶりでございます」
祖父と孫ほども歳が離れた二人だが、彼らの仲は良いらしい。
「また身体つきが良くなったのではないか?」
「は。毎日、鍛えておりますからな」
「それは良い心掛けだ」
ヤードは満足そうに頷いた。そして、グリムの父であるグランに顔を向け、愚痴る。
「いやあ、実に勿体ない……軍に入れば弟君のように活躍されたでしょうに」
ヤードはかねてから事あるごとにグリムを軍に引き入れたがっていたのだ。
かつて、貴族は戦が起これば真っ先に前線で戦ったものだが、いち早く中央集権を確立したこの国では、既に戦いの主役は王国軍に移っている。
特に大貴族の嫡男たるグリムが軍に入ることなどありえず、剣術は嗜み程度。むしろ、彼には将来ポーティアの領地を治める領主としての教育が重要視された。
これはこの国においては当然である。が、かねてから目を付けていたグリムが軍に入らなかったことがヤードは残念でならないのだ。
ちなみにグリムの弟であるグライスは軍に入り、近衛騎士に抜擢されている。
「いや、実に勿体ない」
苦笑を浮かべるグラン。しかし宮廷魔導官にしてヤードの幼馴染、ガル・ガノフだけは横槍を入れずにはいられなかったようだ。
「これだから脳筋馬鹿は困るのぉ」
「む?なんだとガル?」
二人はことあるごとに言い争いをしていた。それだけ仲が良いということでもあるのだが。
「ゴアのように貧乏貴族家の三男坊出身なら兎も角。有力諸侯の世継ぎともなればそうもいかんじゃろうに」
「……ガル如き魔法しか取り柄のない馬鹿が口を挟む話では無い」
「なっ、なんじゃとっ?!お主は全貴族を敵に回すつもりかっ?!」
賑やかな王国側の重鎮に、黒沢もまた苦笑するしかない。
「感じの良い人たちですね」
吉田の耳打ちに、黒沢は「まったくだよ」と頷いた。
ヤードとガノフの喧嘩は王城内では有名なようで、会場内の他の貴族たちは気にも留めていない。
国王に仕える使用人も見慣れた光景と特に止めに入る様子もなく、給仕のメイドに至っては二人の横を器用にすり抜けて乾杯用のドリンクを聞きに来た。
黒沢は果実酒を頼み、手に持っていた空いた銀杯をメイドに預ける。
乾杯用のドリンクが行き渡ったのとほぼ同じ頃。魔法によって増幅された声が会場に響いた。
『国王王妃両陛下、ご入来』
アナウンスに合わせ、王立管弦楽団による演奏が始まった。国王を讃える重厚な楽曲が広間に反響する。そして国王王妃両陛下が大広間に姿を見せた。
紳士は胸に手を当て腰を曲げ、淑女は足を軽く折るお辞儀でもって国王を迎える。黒沢たちもまたそれに倣った。
多くの侍従を引き連れた国王は、黒沢の前を通りかかる際にその足をピタリと止め、僅かに微笑を浮かべた。
「使節殿。今宵は楽しまれよ」
「ありがとうございます。陛下」
黒沢は顔を伏せたまま答えた。国王は続いて黒沢の後ろで頭を下げるグランに視線を向ける。
「此度の席はポーティア殿の尽力のおかげだ。礼を言おう」
「はっ。感激の極みにございます」
「うむ」
国王は満足そうに頷くと、黒沢に「また後でな」と言葉を投げた。
玉座の前まで足を進めた国王は、侍従から恭しく差し出された銀杯を掲げる。居並ぶ貴族と使節団の顔を一瞥し、スッと息を吸った。
「今宵は良き日である」
威厳を纏った声が広間に響く。
「我が国と異界の大国二ホンとの交流の歴史が始まるのだ」
国王の一挙手一投足に注目が集まる。北東諸国では一般的な〝ハル〟と呼ばれる伝統衣装に身を包んだ国王の姿は、とても凛々しく輝いて見えた。
ハルには庶民が着るチュニックに近い簡素なものから、国王が着るような豪華なものまでさまざまな種類がある。
国王は羽織ったマントを翻し、言葉を締める。
「二ホン国と我が国の友好を願って」
国王が杯に注がれた日本酒を飲み干すと、貴族たちもまた同様に手に持った銀杯を口に運んだ。
国王の言葉で晩餐会が始まると、王立管弦楽団による演奏が再開される。今度は優雅な宮中音楽だ。
出席者は思い思いの料理に手を伸ばし、王城の料理人たちが腕によりをかけた料理に舌鼓する。
一方、黒沢の下には多くの貴族が集まっていた。晩餐会が始まる前まで遠巻きに眺めているだけだった彼らが、今度は競うように挨拶に訪れたのである。
それはひとえに、国の重鎮の厚遇ぶりであったり、また有力諸侯たるポーティア爵グランとの親密さだったり。はたまた、国王の態度であったり。
聞いたことも無い得体の知れない国と思っていた「二ホン」。それがいつの間にか、知らないことが恥ずかしい。もっと言えば知らないと損をする―――。そんな国へと姿を変えていたのである。
「お初にお目にかかります閣下」
「閣下に置かれましてはご機嫌麗しく」
「是非お見知りおきを」
貴族たちは「二ホン」という国について質問攻めにした。そして決まって、自分をアピールする。
これに黒沢は嬉しい反面、辟易とした思いで対応を続けた。こうして夜は更けていく。
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