18.心の距離Ⅱ
♢
【東岸地域/東岸拠点/南第二ゲート/11:30】
「これよりミラの捜索任務に就く。全車前進」
相馬二等陸尉の声に、相馬の乗る
高機動車は中央即応連隊に配備されているイラク仕様。96式装輪装甲車は東日本大震災やイラク派遣の際にも利用された、陸上自衛隊初の装輪装甲車である。
内陸部調査隊の陸路部隊ではこれに加え89式装甲戦闘車も使用しているが、今回は比較的東岸拠点よりの地域を捜索する予定であるためこれは使用していない。
また、現地語を解する城ケ崎班九人のうち、城ケ崎を含む五人は通訳のために東岸拠点に居残りである。
『捜索範囲は東岸拠点から半径一〇㎞の範囲内。俺たちの担当は南西の森とその道中だ。南西の森では北側から他の小隊も捜索する。道中にも視線を絶やすなよ』
相馬の声は車内無線を通じて後方の二両にも伝わった。今回の捜索任務には先に普通科部隊のうち拠点に残る部隊から一個中隊規模の捜索隊が編成され、すでに捜索を開始している。
『すでに話を聞いている者もいると思うがこの小隊はすでに再編が決まっている。だからこの任務が最後の任務になるだろう。絶対にミラを無事な姿で保護するぞ。いいな』
相馬はそう叫ぶように指示を飛ばすと、通信を切るように茂木陸曹長に合図を送った。
雨は依然強く、フロントガラスに打ち付けている。雷が遠くの林に落ちる音が車内にも響いた。
「また雷か」
茂木は外に視線を向けながら、そう呟く。
「それにこの大雨で視界も悪いですね……ミラちゃん無事だといいけど」
運転席に座る矢吹陸士長も心配そうに前を見つめる。
「今は無事であることを祈るしかない」
視界不良でミラを見過ごすことがあってはならない。相馬は雨の降りつける車外に視線を光らせる。
雨でぬかるんだ異世界の平野を走り抜けていく相馬小隊。平野の凹凸が少なかったことが幸いしてか無限軌道車でなくとも部隊の運用に支障はない。
車内では交代で昼食。食事はパック詰めされた戦闘糧食Ⅱ型を、携行する加熱材(大型カイロ)で加熱して食べる。
道中の捜索のために車両の進行速度は遅く、また大きな迂回を繰り返した。最速で一〇分かからない距離を二時間以上かけて進む。
依然ミラは発見されないまま、相馬たちは東岸拠点から約六㎞南西にある森の外周に到達した。車両はこの場に止め、この先は徒歩で捜索する。
「第二班はこの場に残って車両の安全確保と通信任務に就いてくれ。第一班と第三班は森の中を捜索する」
第一班(城ケ崎班)の一部と第三班(別府班)の一〇人、それに相馬と小隊本部三人の合計一八人が森の中を捜索する。相馬たちは一定の間隔を取りながら森の中を進んだ。
森の中は木々のおかげか、少し雨が弱まっているが、地面はぬかるみ相馬たちの行く手を阻む。また、打ち付ける雨が隊員たちの体力を徐々に奪っていく。
「ミラぁぁぁぁぁぁあ」
「ミラちゃぁーーーん」
そんな中にあっても相馬たちは声を張り上げる。隊員たちは心からミラの安否を気にかけていた。その思いが相馬の胸を熱くする。
「ミラちゃんは好かれていますね」
森の至る所から聞こえてくる隊員たちの声を耳に、茂木はそう言って笑った。
「そうですね……この調子で早く見つかればいいんですけど」
相馬はそう言って、自身も他の隊員と同様に声を張り上げる。森の中にいるかもしれない、いないかもしれないミラに向かって。呼びかける。必死に。
定時連絡―――発見に至らず。捜索を続行。
定時連絡―――依然発見に至らず。捜索を続行。
定時連絡―――。
すでに相馬小隊が捜索任務に就いてから五時間が経過しようとしていた。相馬たちの必死の捜索にも関わらず、依然としてミラの行方は分かっていない。
「せめて空からも捜索できれば」
茂木は空を見上げる。すかさず雨が茂木の顔を濡らす。
「この雨と風ですからね」
相馬は冷静にそう言うが内心で焦りを感じていた。いくら獣人と言えど子供。短時間でそんなに遠くへ行けるものなのだろうか。捜索に抜けがあったのではないか。
そのとき―――奥の茂みから物音がしたのを相馬は聞き逃さなかった。
♢
【東岸地域/南西の森/16:50】
ミラはとっさに横に転がった。
大蛇の口から放たれた高温の炎が、先ほどまでミラが倒れていたぬかるみにぶち当たりジュゥゥっと音を立てる。
とっさに避けずにいたら自分は炎に包まれていただろう。とミラは震える。
しかしそんなことを考えている余裕はない。第二波が来る。ミラは再び地面を這うように転がる。
大蛇は木に巻き付いたまま、口から炎を繰り出す。
大蛇の口内に存在する魔法器官から生じた火が可燃性の液体脂に着火、魔法器官から放たれた可燃性ガスとともに一気に放出されるのだ。
火炎放射の要領で繰り出された炎の長さはおよそ四メートルにも及び、外炎の温度は一五〇〇度を越える。
間一髪のところで第二波を避けたミラ。そんなミラを大蛇はその黒の瞳でじっと見つめ、ゆっくりとその巨体を大木から地面に下した。
ミラを厄介な獲物であると認めたのである。もっとも獲物であることに変わりはない。
第三波が来る―――。
ミラはもう避けられないと思い、死を覚悟した。
目をぎゅっと閉じ、
しかし炎に焼かれる自身の音に代わり、聞こえてきたのはダンダンダンと腹に響くような鋭い炸裂音であった。どこかで聞いたことのあるその音は―――。
『対象を発見!繰り返す、対象を発見!』
ミラが目を開けると大蛇がいたはずのそこには、大量のどす黒い血だまりができていた。しかし肝心の大蛇はいない。大蛇は相馬と茂木の銃弾をまず顔に、次に腹に受け血をまき散らしながら巨木の上に逃げ出したのだ。
ミラは上体を起こすと、座ったまま呆然と血だまりを眺める。
「ミラ!」
ミラがその声に振り向くと、そこには雨に濡れた相馬の姿が。相馬の半長靴は泥にまみれ、ズボンも下半分が泥に汚れていた。
「ソ、ウマ……」
ミラはそれだけ呟くと、急に視界がぼやけるのを感じた。
「ぅ、ぇっぐ……」
ミラの泥だらけの頬を雨に交じって大粒の涙が伝う。ミラはそのまま大声でわんわん泣き出した。張りつめていた緊張の糸が途切れ、涙があふれ出たのだ。
相馬はどうしていいか分からずに、腰を落としてそっとミラの頭を撫でた。ミラのきれいな赤交じりの黒髪は、泥にまみれている。
「もう大丈夫だ……」
相馬は衛生科から小隊に配置された唯一の隊員、
「帰ろうか」
相馬はそう言ってミラを抱きかかえた。ヒト種に複雑な感情を抱いているミラも、自然とそれを受け入れた。不思議と落ち着くのだ。
一七時〇〇分―――。
緊急連絡―――対象を無事確保。目立った外傷は無し。保護にあたり魔物と思われる生物に発砲。体液を確保次第、帰投する。
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