05.古代遺跡Ⅱ
♢
迷宮の形・大きさ・構造・機能には多くの種類がある。故に迷宮の定義は曖昧で統一されたものがあるわけではない。
迷宮には日々、傭兵や冒険者、開拓者といった腕自慢の猛者たちが集まってくる。彼らの目的は一獲千金。ダンジョン・ドリーム。
だが、人生そう甘くはない。多くの猛者たちがその
四つの迷宮を抱える西の超大国、神聖帝国にはこんなことわざがある。
〝迷宮に挑む者が迷宮に試される〟
と。
♢
【中央大陸/東岸地域・西部/古代遺跡内部/10月下旬某日】
古代マヤ文明期のピラミッドを思い起こさせる謎の古代遺跡。
その内部は木の
シンと静まり返ったその場所に響くのは、
遺跡内部を進む相馬三尉、以下一二名。総計一三名の屈強な隊員たちの足音だ。
彼らは迷宮攻略者たちに必須の、
個人用暗視装置を使えば、例え光の届かない遺跡の内部でも鮮明に世界を視認することができる。
ちなみに、暗視装置の画像は緑色である。それは可視光線の波長の中間の色である緑色が、最も知覚しやすい色であるからだ。
「……」
彼らは無言のまま遺跡内を進む。というのも、ここは魔物が闊歩する異世界の地。どこに魔物が潜んでいるか分からない。
故にできる限り慎重に、音を立てずに足を進める必要があった。
相馬たちの進行方向には、内側に開け放たれた大きな扉が左右にそれぞれ一つ。石畳の道はそのまま直進している。
と、そのとき、前を行く隊員の一人が手で合図を後方に伝えた。
〝進行方向左、敵多数〟
「「「!?」」」
彼の合図に緊張が走る。もっとも声を上げるような愚か者は一人もいない。
相馬は指で即座に指示を飛ばした。隊員たちは手に持つ89式小銃の安全装置を解除する。今回もいきなりの連射。いつもと何ら変わりない、最近では慣れた小銃の感触に隊員たちも緊張を和らげた。
いつもと違うことと言えば赤外線レーザーサイトを銃身に装着していること。それは暗視装置を装着することで使えなくなった照準器の代わりだ。
〝想定通りに〟
相馬の指示のもと隊員たちが展開する。遺跡内部の道は幅約五m。戦闘を行うにはなかなかの横幅がある。
左側の扉の奥。そこはそれなりの広さのある空間で、テニスコート二面ほどの広さがある部屋だった。
そこに群れる十数体の魔物は既にアメリカ軍の部隊が遭遇したことのある種で、
彼らはその名の通り、リバース。逆。つまり地上に足を着く習性がある
毒は動悸・痙攣を引き起こし、音波は平衡感覚と精神を狂わせる。どちらの攻撃も、最悪の場合死に至らしめる危険なものだ。
相馬は乾いた
相馬の頷きに瞬時に反応する二人の隊員。取り出したのはM26
マークⅡ手榴弾の後継としてアメリカで開発された破片手榴弾であり、科学的手法に基づいて、
陸上自衛隊でも採用しているこの手榴弾は、西側諸国でのベストセラーとなった手榴弾でもあった。
二人の隊員は後方の安全を確認後、素早くジャングルクリップと呼ばれる安全装置と安全ピンを外し、流れるような動作で手にした手榴弾を投擲した。
投擲された手榴弾は群れる逆蝙蝠の中央にそれぞれ落下する。
瞬間———。
強烈な爆音と爆風が室内を支配する。爆発によって飛び散った破片が対象である逆蝙蝠の体表に突き刺さり、その肉をえぐり飛ばす。
ベトナム戦争でも用いられたM26手榴弾が、四半世紀以上の時を経て、異世界の地でその猛威を振るった瞬間だった。
睡眠中だった逆蝙蝠は突然のことに驚き、暴れまわる。
が、相馬らは間髪入れずに銃弾の雨を逆蝙蝠の群れに叩きこむ。
ダダダダダダダダダダダダダダ―――。
圧倒的な火力による無慈悲な攻撃。対象からの反撃を許さない遠距離からの銃撃。
逆蝙蝠にとっては
「オールクリア」
茂木陸曹長の叫びに、相馬が「状況終了」と指示を下し戦闘はあっけなく終了した。
隊員に負傷者を出すことなく不安要素を排除する。想定通りの結果に相馬は安堵の表情を浮かべ、隊員たちを見回す。
「……サンプル回収要員は逆蝙蝠の組織と血液を採取。松野の組は扉前で警戒。それ以外は室内の探索だ。探索する者はライトを使用しろ」
「「「はっ」」」
相馬の的確な指示に各々がすべきことを行動に移す。
ちなみに自衛隊ではライトの光は赤色が好まれる。と言うのは、暗闇で明るい光を使うには人間の生体上、どうしても順応するための時間がかかるためだ。
この点において、赤色の光は順応するまでの時間が短く、夜間の戦闘時にも比較的早く光に慣れることができる。故に、自衛隊では赤色のライト、赤色灯が好まれる。
「……うへ、やっぱり気持ちが悪いですね」
相馬と共に室内の探索を行う城ケ崎三曹は、本心のまま言葉を漏らした。視線の先には赤く染まった逆蝙蝠の死骸。赤く光るライトに照らされて、より毒々しさが際立って見える。
「まあそう言ってやるな……ところで瀬戸は大丈夫か?」
「瀬戸ですか?戦闘中は大丈夫そうでしたけど」
そう言って城ケ崎は扉の方を振り返った。瀬戸は数日前の魔獣戦以来、相馬が特に心配していた隊員だ。
「瀬戸なら松野の組なんで今は扉の外です……って、松野の組を歩哨に回したのは」
城ケ崎はそう言って相馬に顔を戻した。そして続ける。
「やっぱ隊長は優しいっすねぇ」
と、そこに茂木の声が割って入る。
「隊長、これ本、ですかね?」
茂木の声に話を中断し、相馬と城ケ崎は茂木の指し示した物体を見つめる。それは部屋の床を覆いつくす木片や
辺りを見回すと、瓦礫に埋もれた本がいくつか無造作に散らばっていた。
「……本、でしょうね」
相馬は自身の言葉に何か違和感を感じたが、その違和感の正体に気づけなかった。その違和感を言い当てたのは城ケ崎。城ケ崎は首を傾げボソッと呟く。
「綺麗な本ですね……まるで新品のよう、で……」
「!?」
そう。その本はどれもが新品のように綺麗であった。この瓦礫の中に埋もれているにもかかわらず、これほど時の経過を感じさせる遺跡内において。それは不自然なほどに。
相馬は本を恐る恐る手に取る。
「た、隊長!」
「魔法の呪いとかあったらどうするんですか!」
茂木と城ケ崎の声に相馬は「……それもそうか」と声を上げる。
結局、室内にあった合計一二冊の本は厳重に封をした上で、サンプルとして回収した。
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