09.混乱の終息
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【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/総理執務室/9月末日】
日本が異世界に転移してから約二月が経過した。
最初こそ大きな混乱や暴動が起こったものの、国内は徐々にその平穏を取り戻しつつある。
一方霞が関では、あの天変地異以来、連日多くの仕事が山積みの状態であり、官僚達は平穏とは程遠い生活を余儀なくされていた。
大暴動の事務的・法的な後処理。各国臨時政府との調整。金融・経済対策など……言えば尽きないだけの課題がある。
それは内閣総理大臣や関係閣僚も同様であった。
連日連夜、首相官邸では多くの会議が開かれており、首相官邸はさしずめ不夜城と化していた。
この有史以来の国難にあって、国政に携わる者で唯一気楽に構えていたのは責任を負う必要のない国会議員ぐらいのものであろう。
この時ほど、内閣総理大臣の職にあることを嘆いたことはない。と、この国の首相、藤原は
すると、執務机の前におかれたソファから
「藤原、おまえ最近ちゃんと寝てるか?」
「いやあんまり寝れてないな……何せ忙しくてな。そんなこと言ったらお前もだろう岩橋」
藤原が書類から顔を上げてそう返すと、岩橋は笑って「まあな」と答え、さらに続ける。
「忙しいといやぁ、外務省の連中も相当らしいぞ」
そう言って岩橋はコーヒーを啜った。
「ん?あぁ、臨時政府との交渉か」
「特にアメリカは手ごわい。この状況でも
「そうなればいいがね。にしてもあいつらは抜け目がない」
日本がもしアメリカと同じことを行えば、「拉致だ」「強制連行だ」ととやかく言われかねない。この点、アメリカは頼りになる。
「汚れ仕事を押し付けるようで悪いが、万が一の責任はアメリカに負ってもらうしかないね」
藤原は冷めてしまったコーヒーに手を付け、そう言い放つ。
アメリカ臨時政府とは持ちつ持たれつの関係にあることを藤原は知っていた。
故に、領土割譲と支援を含む、アメリカ政府の再建に日本は合意したのだ。
藤原は残ったコーヒーを一気に流し込むと、空のカップを机に勢いよく置いた。すると、岩橋が再度口を開く。
「話は変わるが、今回の「外地法」、思ってたよりすんなり通ったな」
外地……とはここでは日本列島の外側。つまりは異世界側全体を指す法律上の用語である。
藤原は岩橋の言葉に苦笑いを浮かべ、口を開く。
「すんなりなぁ……」
というのも、
日本が異世界に転移した際、日本の西に見つかった陸地。それは国土交通省の官僚によって新大陸と仮称された。新大陸には非公表ながら国家が存在することも、アメリカ軍からの情報提供で判明している。
だが、この二月本格的な上陸調査は一度も行われていない。
上陸して調査する。
言うのは簡単だが、誰が調査に赴くのかが問題だった。
前提としてここは地球ではなく異世界だ。故に、地球人類である日本人にとって、この世界の細菌やウイルスは未知の存在である可能性が高い。
モンゴル帝国が欧州に持ち込んだペストしかり、欧州人が南米に持ち込んだ病原菌しかり。異なる文明の衝突では常に未知の細菌やウイルスによって、耐性を持たない側の人間がその命を失ってきた。
では我々にとって新大陸は安全だろうか?
加えて、新大陸に危険な生物は存在しないだろうか?現地人と衝突したらどうするのか?
つまり、新大陸に上陸すると言うことは常に危険が付きまとうことを意味する。
まず、丸腰というわけにはいかない。最低でも予測不能な事態に対処できるだけの実力は必要だ。そして未知の細菌やウイルスに対処可能な人材が望ましい。
そこで白羽の矢が立ったのが自衛隊であったというわけだ。
藤原は椅子の背もたれに体重を預け思い出すように言葉を紡ぐ。
「野党にはさんざん反対されたけどなぁ」
「と言っても、今までに比べればおとなしい方だろあれでも」
岩橋はそう言って、足を組んだ。そして続ける。
「自衛隊の国外派遣。それに武器の使用はほぼ無制限に等しい。今までなら野党はもっと反発しただろうし、国民の支持率は確実に低下してたぞ?」
正式名称、「外地調査における自衛隊等の派遣及び民間人の渡航制限に関する特別措置法」通称、「外地法」。
この法律は2017年9月26日に公布され、即日施行された法律である。その名の示す通り、この法律は外地への自衛隊派遣の根拠法であり、また、民間人の渡航制限及び自衛官の帰還制限などを定めた外地全般に関する特別措置法である。
この法律によると、自衛隊は新大陸で自由に活動することを認められる。
その携行武器は万が一を備えて無制限。それは防衛省と政府の満額回答と言ってもいい。
もっともこれは新大陸に文明が存在することを頑なに政府が秘匿してきたことも影響している。
文明の存在が公にされていれば、法案の成立はもっと遅れていた可能性もあった。
「今は日本が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているんだ……野党も国民の手前無碍にもできないんだろう。民間人を丸腰で調査に送るわけにもいかないしな」
藤原はそう言葉を返し、天井を見つめる。「思えばもう二月経ったのか、あっという間だったな」と藤原はこれまでの時間を振り返り感慨に浸った。
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