13.王都へ至る道Ⅲ―任務―
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【中央大陸/ウォーティア王国/東西街道/12月06日(接触8日目)_正午】
フレゴールは己の発した号令が、自身の眼前に勝利という結果を生むと信じて疑わなかった。
例え、その結果が如何に地獄絵図的な惨劇であったとしても、徒党を組み略奪を行う野盗の死に対して、フレゴールは良心の呵責など微塵も感じない。
フレゴールの下した号令は、しかし、最後の一句まで発せられることはなかった。
鈍器のような何かが鉄を打ち付ける。フレゴールの言葉は、そんな鈍い衝撃音に取って代わったのだ。
フレゴールは一瞬、自身の身に何が起こったのか理解することができなかった。
「……!?」
視界には天高くに広がる真っ青な大海原とそこに浮かぶ純白の島々。立ち上がろうにも全身がジンジンと鈍く痛み、立ち上がることができない。
肋骨は衝撃でへし折られ、内臓は圧迫されて潰された。熟れたトマトが片手で握り潰されるように、いとも容易く。
フレゴールは口内に溜まった血を
トマトジュース。見えないところでグチャグチャになった臓器が、圧に耐え切れずに溢れ出した。そう形容してしまいたくなるほどに、フレゴールは吐血した。
脚竜はさすがというべきか、このような状況でも暴れることなくその場に佇んでいる。むしろ、動揺しているのは人間の方だ。周囲のざわめきがフレゴールの脳裏にも響いた。
「フ、フレゴール様っ!」
駆け寄ってきた騎士エドワードの手を借りるものの、どうにも身体を起こすことができなかった。が、首だけは動かすことがた。
少し離れた位置に転がっているのは木製の巨大なハンマー。フレゴールはこのとき、ようやく自身の身に起こった悲劇を理解した。
「魔法……か?」
騎士の詠唱とフレゴールの号令が終わるより先に発動したダラクの魔法が、全身鎧に身を包むフレゴールの左腹側部に巨大な木製ハンマーを高速で叩き込んだのだ。
単なるハンマーと侮ることなかれ。その衝撃たるや凄まじく、地球においても中世期には全身鎧で武装した騎士への攻撃手段として使われていた。
まして、魔法で高速化された重質量のハンマーが虚をつく形で騎乗した騎士に衝突すれば、その威力は計り知れない。
フレゴールは死を悟った。せめて戦場で、名のある騎士と剣を交えて逝きたかった。そう思うがもはやどうにもならない。
「エド……使節様の護衛の任、お前に託した」
その言葉を残し、フレゴールはそのまま意識を手放した。
「……しかと承りました」
エドワードは腰に突き刺した剣を鞘から抜き放ち、立ち上がる。今は、上官の死を嘆いていられる状況ではないのだ。
エドワードはフレゴールの任を継ぎ、黒沢たち使節団を王都へ無事に送り届けねばならないのだから。
「総員、抜剣」
エドワードはそう叫び、剣先をダラクに向けた。見ると、ダラクも先程フレゴールを
近接戦においては詠唱を要する魔法よりも、むしろ剣の方が勝手がいい。魔法は補助的に使うか、そうでなければ後方からの支援に使うのが望ましいのだ。
どちらにせよ既に硬直状態の現状では、身を守るためにも全員が剣を片手に持っておくべきだとエドワードは判断した。
騎士たちの目に、先ほどまでの侮りの色は無い。
単なる農民崩れの野盗だと思っていた敵が、限られた者しか使えないはずの魔法を使ってきたのだからそれも当然である。
エドワードの金の髪が風に靡いた。
「……単なる輩ではないのだろ?何者だ」
エドワードの問いに、しかしダラクは答えない。
ここまで正確に魔法を扱える魔法師は、近衛騎士団や魔導大隊でも珍しい。このままでは、黒沢たち使節団を無事に王都に届けることはできない。最悪、彼らの命に危険が及ぶ。
そうなれば、もはや近衛騎士団だけの問題では済まされない。使節団員の死を口実に戦端が開かれないとは言い切れないのだから。エドワードは奥歯を噛み締めた。
そこに、件の使節団メンバーの一人である相馬の声が響く。
「援護します!」
エドワードが振り返ると、相馬の他に斑模様の衣類に身を包んだ男が二人立っていた。エドワードは咄嗟に叫び声を上げる。
「こっ、ここは危険です!我々に任せ―――」
エドワードの叫びはしかし、銃撃音にかき消された。
ダダダダダダダダ。
89式5.56㎜小銃の銃口から穿たれた銃弾が、吸い込まれるようにダラクとその背後に控える兵士の眼前に弾痕を記す。
「!?」
ダラクはとっさに真横に転がるが、多くの兵士はとっさに反応できず身体を伏せる。だが、銃弾に射抜かれた者はいないらしい。
「投降しろ。これは警告だ」
相馬の声が響く。
「次は無い」
相馬は9㎜機関拳銃の銃口を指導者と思しきダラクに向けた。
今回の行動は、国連PKO協力法と通称される法律に基づく駆け付け警護では無い。相馬たち自衛隊が中央大陸と呼ばれる新大陸で活動する根拠法、外地法に基づく行動だ。そこに法的制約は一切ない。
しかし、それでもなお野盗に情けを示すのはやはり相馬が自衛官だからだろうか。
「……どうしますか?」
相馬の言葉に、野盗……スラ王国の兵士は困惑気味にダラクに尋ねた。するとすかさず別の兵士が食い気味に言葉を被せる。他の兵士もまた同様だ。
「馬鹿。あんなのたいちょ……いや、ダラクさんの魔法がありゃ余裕だろ」
「そうだ。それに俺たちにかすりもしてない」
しかし、ダラクは彼らの言葉に声を返さず、両手を挙げて投降の意思を示した。原理はわからないまでも、ダラクは相馬たちの攻撃に、魔法のようなタイムラグが発生しないことに気づいたのだ。
「全員武器を降ろせ」
ダラクの言葉に何事かを理解した兵士たちは、素直に武器を投げ捨てた。
そして。
「離脱!」
瞬間。
無数の矢が森から放たれた。矢は青々とした空に弧を描くように飛翔する。それは副官ジーンの指揮の下、森に潜む仲間がダラクたちを援護するために放ったものだ。
突然の遠距離攻撃に騎士たちは虚を突かれる。それは相馬たちも同じだ。
「相馬三尉!早く安全な場所へ」
「し、使節様のお付きの方々をお守りせよ!」
山田一曹の叫びにエドワードの叫び声が被さり、騎士たちを突き動かす。が、魔法の発動には時間を要する故に、己の身体で守るしかない。幸いなことは彼らが全身鎧に身を包んでいたことだろうか。
しかし、自衛官は鎧を身に着けていない。弓矢という原始的な武器であっても、負傷することがあるのだ。
「ぐあぁっ」
兵士の放った矢が、山田の肩に突き刺さった。緑を基調とした斑模様の戦闘服に血が滲む。
「山田!」
「だ、大丈夫だ。蘇原」
相馬は銃口をダラクたちに向けるが、相馬らを守るために殺到した騎士たちが邪魔で撃つことができない。
「畜生」
相馬の叫びは喧騒に飲まれる。ダラクの遠ざかる後姿が相馬の視界を
「土壁」
エドワードの叫びに呼応してダラクたちとの間に土の壁が出現する。他の騎士たちも同様に魔法で土壁を生み出した。見る見るうちに土の壁が相馬や騎士たちを守るように囲んだ。
これで、降り注ぐ弓矢の攻撃から身を守ることはできる。が、同時にダラクたちを拘束することはほぼ不可能になった。
「衛生!」
「はっ」
「使節のお付きの方が負傷された。すぐに手当しろ」
ダラクの指示に、騎士の中でも治癒魔法を得意とする青年マフィンが山田に駆け寄る。
「失礼します」
そう言ってマフィンは俯いた。マフィンの伸びた金の前髪に、彼の端正な顔が隠される。彼はそのまま、山田の傷口から溢れ出た血を自身の指に少しだけ採り、指ごと口に含んだ。
「幸い、毒矢では無いようですね」
マフィンの言葉はすぐに相馬によって訳され、山田に伝えられる。すると、山田は「それは良い知らせだ」と気丈に微笑んで見せた。
「少し痛みますよ」
「ああ。お手柔らかに頼む」
マフィンは山田の言葉に頷き、肩に刺さった矢に手を回した。そして。
「ぐあっ」
一気に突き刺した。矢尻が戦闘服を突き破り、顔を覗かせた。マフィンは矢を両断し、前後から別々に引き抜く。
「大丈夫です。治癒させます……」
ぶつぶつと魔法を詠唱する。傷の修復を促す魔法だ。なかなかに複雑で、詠唱も長い。相馬もその言葉を完全に理解することはできなかった。彼の知識にない言葉は日本語に訳されることはない。
光はやがて収束し、傷口はふさがった。
「……どうでしょう?」
マフィンの問いに、山田は傷口を確認する。
「治っている……ありがとう。助かった」
「いえ」
しかし、相馬の目に、マフィンは少し辛そうに見えた。
「大丈夫ですか?」
相馬の言葉にマフィンは苦笑した。
「えぇ。ただの魔力欠乏の兆候ですよ」
曰く、複雑な魔法は魔力消費も激しいという。特に治癒魔法は魔力消費が激しいらしい。そして魔力の消費によって体力も奪われる。魔力が少なくなるとだるさで体が動かなくなることもあるという。
一回の治癒魔法でも少なくない体力を奪われる。魔法を得意とする近衛騎士団の騎士でさえ、だ。その現実に相馬は魔法が万能ではないことを確信した。
発動までの所要時間然り、魔法の効率然り。
「もっと修業しなければなりませんね。では私は持ち場に戻ります」
そう言うと、マフィンは自分の脚竜のいる後方に駆け出した。すると、彼と入れ替わるように今度はエドワードが相馬に駆け寄ってくる。
エドワードはマフィンが山田の治療をしている間に、フレゴールの遺体を埋葬するよう部下に指示を出していたようだ。街道のすぐ脇で数人の騎士が魔法で埋葬作業を行っている。
「治りましたか?」
エドワードは不安を孕んだ声音で問いかけた。
「おかげさまで」
「それはよかった。本当に」
エドワードは安堵の
野盗の襲撃という不測の事態に遭遇はしたものの、死人が出なかったことは不幸中の幸いであった。
「フレゴール氏のことはなんと言えば良いか……残念です」
相馬の言葉にエドワードは黙したまま頷き、感謝の言葉を口にする。
「ソーマ殿のお陰で死者が増えずに済みました。感謝致します」
しかし対する相馬は申し訳なさそうに首を垂れた。
「いえ。私が前に出たばかりに敵を逃してしまいました。申し訳ありません」
自身の判断ミスが招いた結果に後悔の念を滲ませる。相馬は、守られるべき立場にある自分が出しゃばったことで、現場の騎士たちが自身の守りに走り、思うような行動がとれなくなったと反省していた。
「め、滅相もありません!」
しかしエドワードは大げさに首を振って否定した。そして続ける。
「野盗の素性も気にはなりますが、我々の任務は彼らを断罪することではなく、あなた方を王都へ護送することです」
エドワードはそう言い切ると、自身の脚竜に跨った。
「出発しましょう。王都へ」
エドワードの言葉に、相馬は頷いた。
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