第33話 夢を見た後で
目を覚ました夜シルが最初に聞いたのは、灰谷・真ロウに抗議しているリナ・ブロンの声だった。
「沢田さんと組ませるだなんて、何を考えているんですか! 夜シル君に何かあったら、絶対に許しません!」
「しかしだな、リナ君。お? ……夜シル君! 目を覚ましたか!」
圧倒されていた真ロウが、夜シルに向けて駆け寄る。
ハッとした目で夜シルを見たリナも続き、それから市川も病室にいたらしく、視界の隅から歩いてきた。
「よぉ、少年、生きてたか? ……リナもいい加減に落ち着けよ」
「だって、私、心配で! 夜シル君、大丈夫なんだよね?」
愉快そうに笑う市川を見て、夜シルは笑う。
「リナさん。俺は大丈夫です」
夜シルの手を、リナが強く握った。
「良かった! 無事で……!」
「赤井は良くやったよ。十分、戦力になる」
沢田の声が響く。
傷一つ負っていない体でむくりと起き上がり、頭部に付けている夢見マシンを外した。
「沢田君、その、仕事はどうだったかね。アクシデントは?」
「全く、灰谷さんは勘弁してくれ。夢魔に侵入されたろ」
「いや、それは、すまない」
「すまないで済むか。俺も赤井も、患者も死ぬところだった」
その時、遠くで魚住・希ルエが目を覚ましたと、医者が騒いでいるのが夜シルの耳に入った。
「良かった。魚住さんも、無事で」
「何、あの患者はこれからさ」
灰谷・真ロウは見つめながら言う。
「沢田君が拒否したから渡せなかったけど、本当は仕事が始まる前に教えておきたかった。彼女の境遇を。彼女の夫は、今年の一月に墜落したと言う飛行機の事故で、行方不明なんだ。生きているかは絶望的で……」
「そう、だったんですね」
夜シルは思う。
大切な人を、次々と失う人生を。
自分だってそうだけれど、自分には仲間が出来た。
大切な、自分を想ってくれる人々が。
希ルエに、そんな人はいるだろうか。
「……魚住さん!」
夜シルはたまらなくなって、叫ぶ。
「俺は……俺はあなたの友達になりたいです! あなたは、一人じゃない! だから……!」
頭が痛んで、それ以上は話せなかった。
夢から帰還して間もないので、その負担があるのだろうか。
しかし、病室のドアが開かれるのを見て、夜シルは全て杞憂だったと感じた。
医師たちに止められるのも気にせずに、希ルエの元に走り寄る一人の女性の姿が、そこにあった。
「希ルエ! 大丈夫なの! 目を覚ましたって聞いて……! もう、心配したんだよ? 旦那のこともあって、塞ぎ込んでて……! ちっとも、何も話聞いてくれなかったじゃん。それなのに、病気になって聞いたから! ……生きててよかった!」
希ルエの友達だろうか。
かすれた「ごめん」と言う希ルエの言葉が聞こえる。
……彼女は、一人じゃない。
それが分かっただけでも、夜シルは安心した。
だが。
「夜シル君」
希ルエの声が、病室に響く。
「ありがとう。夜シル君。夜シル君の声、聞こえてたよ。私と、お友達になって」
「……はい!」
そのまま希ルエは眠ってしまったらしい。
夢魔に殺される寸前まで消耗していたのだ。
何日も起きることが出来なくなっていたので、体も相当きついはずだ。
医師たちに彼女の友人が追い出されて、それから夜シル達にも注意が飛ぶ。
「病院ですので、大きな声は」
「すいません」
夜シルは謝罪したが、真ロウたちは形式程度に頭を下げてから、話を続けた。
「沢田君、済まなかったね。セキュリティはしっかり張ってあったんだ。でも、新手の夢魔はそれを突破して入り込んだ。信じられなかったよ。憑りつかれたら、駆除することも出来ないからね。見ていることしか出来なかった」
「まぁ、済んだことは良い。それよりも、赤井」
「はい」
夜シルは体を起こし、夢見マシンを外した。
沢田は酷く疲れた顔をして、ジッと夜シルを見ている。
「……悪いが、俺はすぐに動けそうもない」
「沢田君? 大丈夫なのか?」
心配する真ロウに、沢田は手を振って答えた。
「悪いな、灰谷さん。今回の件でいろいろ報告したいんだが、ちょっと消耗が激しすぎてな。少し、休みたい。ただ、赤井にひと言だけ、言ってやりたかったんだ。なぁ、赤井」
「な、何ですか?」
多少、身構えてしまった夜シルに、沢田は言った。
「良くやった。これからも期待してるぜ、相棒」
それが全てだった。
スゥっと目を閉じて、沢田は眠る。
「夜シル君……」
今まで黙っていたリナ・ブロンが、夜シルの手を握ったまま言った。
「患者の方と、仲良くなったの?」
「ええ? はい」
「そ、そう。奇麗な人だもんね」
どこか不安げに、リナは言う。
と、そこへ市川が下ひた笑いを浮かべながら口をはさんで来た。
「ケケケ、焼いてんのか、リナ? でもよ、あの患者と少年じゃ、歳の差があるだろ? いや、それ考えたらリナも一緒か」
「な!」
リナの顔が赤くなるのが、夜シルの目で見ても分かった。
「何を言うんですか! 私は、別に……!」
「おーっ、怖い怖い。じゃあ、俺は一足先に車に戻っておくぜ、じゃあな、少年、また後でな」
市川は病室を去り、顔を赤くしたリナが「別に、意識なんか、してませんから」と言うのを聞いていた。
――――――――――
数日後、魚住・希ルエは無事に病院を退院した。
入院中、彼女を心配する友人たちが何人か訪れて、彼女の回復を祝った。
そして、彼女の治療に当たった対夢魔特別班の少年もまた、彼女を元気づけるために訪れたと言う。
その後、魚住・希ルエは夫の帰りを待ちつつも、生活のための仕事に忙殺されていったが、時々、ウォッチに連絡してくる少年と彼に教えてもらった音楽の話をしながら、希望をもって生きている。
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